勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~
第四十九話
  静まり返った空間に、六人分の足音は酷く反響して聞こえる。建物自体が全体的に石造りの為、余計に足音が強調されるのだろう。
  とは言え、その反響が騒がしい物かと言えばそうではなく、寧ろ訪れる者の緊張感をより高める効果さえあると言える。僅かな咳払いさえ大きな騒音に聞こえる、試験中の空間を思い出して貰えれば一番想像がつくだろうか。勿論、この例に漏れず水樹達は若干強張った表情で辺りを見回していた。
  縦に並べられた木製の長椅子に、奥に鎮座している祭壇と石で作られた像。夜が訪れた時の為に備えられた物だろうか、周囲には燭台が設置されており、火の消えた蝋燭が刺さったままだ。現在は磨りガラスから差し込む太陽の光がある為、無用の長物としてそこに佇んでいる。
  奥の像の違いにさえ目を瞑れば、地球の教会と殆ど変わらない造りである。実際、水樹達は一瞬間違えて地球に戻ってきたのかとさえ思っていた。最も、神を間違えられるなど信者にとっては侮辱以外の何物でもない。口に出さなかった事が彼等にとっての幸いだ。
「あら、皆さんどうしたのですか?  急に黙り込んでしまって……もしかして、気付かぬ内に何か私が粗相でも!?」
「えっ、いや……そういう訳では無いんですけど……少し緊張すると言いますか」
「……あんまり話したらダメみたいな……」
「まあ、嬉々として雑談に耽っていい場所とは思えませんわね」
  水樹達の返答で自身が何かしてしまった訳では無いと確認出来たドローレンは、安堵の表情を浮かべて彼女らの言葉をフォローする。
「そういう事でしたか……ならば大丈夫です。我らが主はそのような事を責めるほど狭い器量では無いのですよ。勿論礼を忘れてはいけませんが、通常通りの私語程度なら問題ありません」
「……それなら遠慮なく聞く。あの像って女神様なの?」
  骸が目線を向けた先には、奥に鎮座した女神像。彫像ではあるが、その表情は非常に柔らかく、見ているものに安心感を与える見事な出来となっている。
「ええそうです。このお方こそ我等の崇める唯一神、女神スレイ様でございます。どうです?  立派な御姿でしょう」
  確かに背後から差し込む光も相まって、祈りを捧げる像の姿は非常に神々しく映る。成る程、確かにドローレンの言う通りではあるのだが、残念ながら彼女らが注目していたのはその点では無い。
「……ねぇ、あの像って……」
「……ああ、そうだろうな」
  その女神像の御姿に、水樹達は見覚えがあった。勿論、以前に教会で見たなどという理由でこの様な反応は取らない。
  彼女らが女神を見たのは、この世界に来る前。厳密に言えば、この世界へと連れて来られる直前だ。そこで水樹達は力を授けられ、勇者として異世界に降り立った。つまり、そもそもの元凶と呼んでも差し支えない。
  確認を取る様に水樹は奏や骸、春斗へと目線を向ける。勿論それは、ディーネも例外では無い。だが、言葉少なである彼女らの会話からは女神像との関係が読み取れない。ディーネは戸惑いつつも、その感情は表に出さないよう静かに頷く。
(……なんだ?  一体何を考えている?  女神像を見ての反応ということは、あの像と何がしかの関係があるという事だろうが……)
  そんな思考に耽るディーネを置いて、話は別の方向へと進んでいく。ドローレンは彼女らの反応に戸惑いつつも声をかけた。
「あら、皆さんどうなさいました?  何だかこう、凄く妙な反応をなさいましたが……」
「……あ、すいません。その、気になさらないで下さい。ちょっと見覚えがあった位ですから……ハハハ」
  『以前神と会った』という言葉は、この世界においては地球以上に重い意味合いを持つ。神が実在する証明として『聖句詠唱』が存在する為、会う事が出来る確率はゼロと言い切れないからだ。
  また、彼らの身が勇者であることはみだりに外部へ出していい話では無い。例え相手が敬虔な聖女であったとしてもだ。神と出会ったなどと言ってしまえば、彼らが勇者なのではないかという疑いが掛けられても可笑しくは無いだろう。実際にどうなるかは分からないが、少なくとも水樹達はそう考えていた。
  なおスレイ教の聖女たるドローレンにそんな話をしてしまえば、勇者とは気付かれずとも丸一日は質問責めにされること間違い無しではあった為、水樹達の判断は間違っていない。
  ドローレンはそんな彼女らの態度に疑問を覚えつつも、ここは追求する所では無いと感じたのかそのまま話を進める。
「そうですか……まあいいでしょう。ささ、ずずいと奥までどうぞ。私の教会ではありませんが、神は来るものを拒みませんから」
「若干詭弁のような気もするが……まあいいか。何かあったら責任は貴様が取れよ」
「もう、だから大丈夫だと言っているでは無いですか。信用が無いですね」
「まあ、信用していないのは事実だからな」
  胡乱げな視線を向けられるドローレンだが、口笛を吹きながら目を背ける事で回避。本当に此奴は聖女なのだろうか。
  奥にある木製のドアを開け、さらに奥へと進んでいく一同。少し進んだところで、ドローレンが異常に気付く。
「……司祭どころか、シスターの一人も居ませんわね。何故でしょうか?」
「え、確かに人は少ないですけど……教会ってそういうものじゃないですか?  あんまり人がいるイメージは無いような」
「確かに人員は多くありませんが、それでも一人も居ないというのは問題です。何か問題が起こった時、悩める信徒が尋ねて来た時など、我々が対応するべき事は多いのですよ。それなのに全員出払っているとは、少し『教育』が必要かもしれませんわね」
  物騒な台詞を口にするドローレン。顔は笑顔だが、それが逆に恐ろしい。背後から彼女を見た水樹達は、彼女の背中に黒いオーラを幻視していた。
  とはいえ、確かに人が来たというのに出迎えの一つもないのは明らかにおかしい。こういった教会であれば、シスターの一人くらい常駐してそうな物なのだが。
「……夜逃げ?」
「お店とかならわかるけど、まさかねぇ……」
「偶然全員出払っている、という可能性の方がまだあると思いますが?」
「うーん、いくらなんでもそんなに管理がガバガバとは思わないけど……何かあった、って考える方が自然じゃない?」
  水樹達は各々の意見を交わし合う。どれも可能性で言えばありそうな話だが、あくまで可能性に過ぎない。何れにせよ、この教会の関係者から話を聞かねば分かる事はないだろう。
  やがて、ドローレンは一つの部屋の前で立ち止まる。やや大きめな木製のドアだ。恐らくそれなりの地位を持った者の部屋であろう事は容易に想像出来る。
「ここが司祭の居室ですわね。ここにいなければ、本当にこの教会には誰一人として居ない事になりますが……」
  ドローレンは念の為、やや強めにドアをノックする。
「申し訳ありません!  番外司祭、ドローレン・フェミニウスという者ですが、司祭様はいらっしゃいますか!?」
  声も張り上げ、しっかりと伝わるように名前を名乗るドローレン。しかし、帰ってくるのはこれまでと変わらず、痛いほどの静寂だけだ。
  困惑の表情を全員が浮かべる中、彼女は溜息を吐くとドアの金具に手を掛ける。
「仕方有りません。返答はありませんが、勝手に入らせて頂きます」
  ガチャリ、と金具が音を立てて回る。鍵は掛かっていないようで、蝶番が軋む音を立てながらドアはゆっくりと開いた。
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