勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~
第四十六話
「す、すごい……あんなに居た魔物達が一瞬で」
宣言通り十秒で、いや、詠唱時間を除けば十秒もかからずに並み居る魔獣を全て蹴散らしたドローレン。彼女は整えるように軽く息を吐き、手慰みのようにくるりと手元のメイスを回す。
あれだけの呪文を使いながらも、その程度の疲労で済む彼女の力量。そして魔獣以外に一切周囲へ被害を及ぼさない卓越した技術。どの点を取ってみてもディーネが一目置くレベルのものであり、彼女が《聖女》と呼ばれる由縁でもある。
世界に害なすと称される魔獣に対して非常に有効な力を持ち、一瞬でその力を奪う『聖句詠唱』。それに対して彼女は類い希なる才能を持ち、教会の中でも随一の技術を持っている。教会の理念に沿い、なおかつそれに適した力を所持している彼女は、教会にとっても非常に丁度いい人材なのだ。
「まあ、奴が魔獣掃討にピッタリの技を持っているとはいえ確かに手際はいい。流石に教会お抱えの聖女様と言ったところか」
「聖女?」
「ああ、そう言えば君達には彼女のことを詳しく説明していなかったな。ふむ……では軽く説明をしておくか」
《聖女》の称号を知らない水樹が、フィリスの言葉に反応する。彼ら勇者はこの世界の知識をある程度把握しているが、詳しいところまでは説明されていない。その為スレイ教の事自体については学んでいるが、内部構造までは把握していないのが彼らの現状だ。
「《聖女》というのは教会が定めた人物に贈られる称号の一つでな。多くの人の為になる行動をしたり、大きく社会の利益に貢献した人物なんかが指名されることが多い。例えばそこに居るドローレンなら多くの人物を無私の精神で救った、といった具合にな」
「へぇー、ドローレンさんって凄い人だったんですね!  あ、でも『例えば』って事はあの人以外にもそういう人がいるって事ですか?」
「中々察しがいいじゃないか。その通り、教会は過去に度々称号を送っている。現在称号を受けた者で存命中なのは、奴を含めて三人ほどだ」
「ドローレンさんみたいなのが後二人も!  何だか凄いですねぇ……」
  ほうと溜息をつく水樹だが、残念ながらフィリスは『同じく称号を与えられた者がいる』と言っただけであり、『まともな精神をしている』とは言っていない。いずれもフィリスとは面識があるが、その実情を見てしまえばきっと失神するだろうなと彼女は感じた。
  社会に影響を与えるような人物は、往々にしてまともな精神をしていない。そういう意味では今現在人格者と称されているドローレンも例外では無いだろう。少なくとも、ディーネやフィリスの観点からはまともとは思えない。
  だからこそフィリス達はあまりドローレンと関わりたくないのだが、なんの因果か彼女とは不思議と縁が出来る。今回の遭遇も意図しないものであり、初回の邂逅に至っては絶対に会うはずのない場所においての出来事だ。詳細は省くが、少なくとも本来あるはずの無かった出会い方である。
「クク、確かに奴のようなのが後二人もいると考えると気が滅入る。付きまとわれる人数が一人から三人に増えては、こちらも溜まったものでは無いからな」
「え、私そんなつもりでは……」
「あらあら、本人が居ない間に随分と勝手な事を仰られていますのね。私、とっても悲しいですわ」
  いつの間に居たのか、水樹の言葉を遮ってフィリスへと文句を飛ばすドローレン。が、悲しいと口では言いつつもその表情は笑顔から変わっていない。袖を目に当て泣く演技はして見せるものの、実際には泣いてなどいないというのが雰囲気から伝わってくる。
「随分と白々しいな。胡散臭さで言えば貴様も奴らもたいして変わらんだろうに」
「うふふ、そう仰らずに。彼らも彼らで頑張っているのですから……」
  どうだかな、とフィリスは肩を竦める。因みに『奴ら』の一言で誰を指しているのか理解したという事は、先程までのフィリスらの話をしっかりと聞いていたという事である。結構な距離が開いていた為、本来ならば聞こえるはずは無いのだが。まあ、彼女に関しては考えるだけ無駄である。
「まあ、そいつらの事はどうでもいい。それで?  用事が済んだのなら私達は帰るぞ」
「そんなに焦らないでくださいませ。まだお礼が済んでいませんのに……」
「礼など要らん。さっさと帰れ」
「まあ、なんとお酷い……うう、どう思いますカオルさん?」
「え、あの……」
  落ち込んだような声を上げつつ、側に立っていたディーネへとしなだれ掛かるドローレン。これが健全な男であれば役得と思うところだろうが、本来の姿を知られているディーネからしてみれば正体がバレてしまうのでは無いかという戦々恐々とした気分に襲われるだけである。得どころか損しかない。
  当然水樹にとっても見逃せる物ではない。彼女は慌てて駆け寄り、やんわりとディーネからドローレンを引き剥がそうとする。
「ま、まあまあドローレンさん落ち着いて!  ほら、アメリアさんとそんなに目くじら立てなくていいんじゃ無いですか?  その、何があったか知りませんけどここは私達を立てると思って一つ!」
「……う、うむ。ミズキ殿がそう言うのであれば……」
  必死さの伝わってくる水樹の説得に、戸惑いつつも頷くフィリス。確かに彼女の勢いにはそうさせるだけの迫力があった。
「……やっぱり水樹、必死だね」
「元から分かりやすいとはいえ、今回は何時もよりも分かりやすいですわね」
「うーん、俺はノーコメントだな」
  骸達は完全に傍観者態勢を取っている。対岸の火事を野次馬視点で眺めている状態だ。確かに他人の恋路を見るのは楽だろうが、悪趣味と言えるのも確かである。
「決まりですわね。それでは素材を回収したら一度村に戻りましょう。何はともあれ、落ち着かなければ話も出来ませんから」
  ディーネの体から手を離し、ポンと両手を打ち合わせるドローレン。やはり先程の行為は同情を誘う為の物だったようだ。ディーネの正体がバレているかは分からないが、一先ずはやり過ごせた安心から一つ溜息をついた。
「……薫、なんか残念そうね」
「え?  そんな事ないさ。離れられてホッとしたと言うか……あ」
  水樹の問いかけに思わず本音で答えてしまったディーネ。だが、当の本人が近くにいる事を彼は失念していた。
「カオルさん、そんな言い方をしなくとも……うう」
(絶対嘘泣きだろこれ……)
  心の中ではそう考えつつも、下手に邪険に扱うのも憚られる為仕方なく宥める。心の声と逆の事をするのは彼にとって既に慣れきった事である為、面倒臭いとかそういった感情は既に浮かんでこないのだ。来ないったら来ない。
「あー、その、そう言うわけでは無くてですね。ただ女性にあまり慣れていないというか……恥ずかしかっただけといいますか」
「……本当ですか?  私は魅力的でしたか?」
「みりょっ……」
  とんでもない質問が来た。思わずディーネは声を詰まらせる。
  はいと答えた場合、水樹の機嫌がダダ下がりになる事は確実である。この後の活動に下手をすれば影響が出るかもしれない。
  いいえと答えた場合、この後もしつこくドローレンに絡まれる事は明白である。あまりディーネに纏わり付かれては、彼女の鋭い勘で下手をすれば正体までバラされかねない。
  助けを求めるようにフィリスを横目で見るも、肩を竦めて首を振るのみ。役に立たない部下に恨みの視線を浴びせると、ディーネは観念したようにポツリと呟く。
「……はい」
「まあ!  ありがとうございますカオルさん!」
  先程の落ち込み具合はどこへいったのか、ケロリと笑顔を浮かべると感謝の言葉を述べるドローレン。やはり演技であったかとディーネは脱力する。
  結構どちらのルートを辿っても面倒臭くなるのは同じ。ならばと致命的な一撃が来ないルートを選んだのである。
「……薫?  少し良いかしら?」
  ガシリと掴まれる肩。背後を振り向かずとも分かるのは、この迫力のある殺気を飛ばしてくる人物は水樹だという事である。
「……優しくしてください」
  この後めちゃくちゃ怒られた。
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