勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~
第四十話
王国から法国までの距離は比較的近いが、それでも一日でたどり着くには少々遠過ぎる。燦々と輝いていた太陽も西へと沈みかけていた為、ディーネ達は道中での野営を余儀無くされていた。
  先の演習でもやっていた為か、水樹らの勇者勢も自然と野営の準備が出来るようになっていた。手際良くテントを組み上げ、焚き木に使う為の枝を回収する。
「……異世界も楽じゃない」
「まあ、期待通りの物ばかりとは行きませんわよ」
  テントのロープを固定する為、地面に釘を打ちつけながらぼやく骸。因みに、使っているハンマーはスキルで生み出した物である。まさかスキルの方もこのような使われ方をするとは思ってもみなかったに違い無い。
  奏は春斗が回収して来た枝に火を付けている。まだ明かりが必要な程暗い訳では無いが、案外夜がやって来るのは早い。今の内から準備しておく事が大事である。
  因みに一連の事を彼ら彼女らに教えたのは、S級冒険者のフィリスである。冒険者としてあちこちを旅した経験から、多少の指南をしていたのだ。
「それにしてもアメリアさんって凄いわよね。あんなに綺麗なのに、超が付くほど強いし。あの人見てると、天は二物を与えずって言葉が嘘のように思えてくるわ」
  テントの布を広げていた水樹が、フィリスについての話題を出す。彼女らにしてみれば、異世界に来て初めての冒険者という特殊な存在であり、興味が高まるのも無理はない。
「……よくいるお助けキャラの匂い。ああいうのは大抵一物を抱えてる」
「抱えてるって何をよ?」
「わかんないけど……例えばスパイだったとか」
「あんたねぇ……あの人に限ってそんなことしないでしょ」
  水樹はそう否定するが、骸の発言は知らずに核心を突いていた。げに恐ろしきはゲーム知識である。
  と、そこでフィリスが彼女らに話し掛ける。
「おや、随分面白い話をしてるようだね」
「……あ、アメリアさん」
「いやその、すいません! 骸が失礼を……」
  水樹が慌ててフィリスに謝罪するが、彼女は鷹揚に手を振って気にしていないということをアピールする。
「何、興味深い話だったよ。確かに私がスパイであれば、各国の情報を都合良く手に入れられる。S級冒険者というのは、それなりに権力のある肩書きだからね」
  例えば今回のように、勇者の護衛を自然な形で受ける事が出来る。また、先の禁呪が露見した件に関しても彼女に罰則は設けられていなかった。S級冒険者というのは、それだけ信頼と権力のある肩書きなのだ。
  一介の冒険者がそれだけの権力を持つにはそれだけの後ろ盾があるという事である。冒険者という身分を支えているのは、偏に《冒険者ギルド》の存在だ。
  ギルドは国が解決するには細か過ぎたり、急遽人員が必要となるような出来事に冒険者という人員を派遣する、端的に言って大規模な便利屋のような存在だ。
  全国に支部が存在し、それぞれの国内には本部と呼べる拠点があるが、どの国のギルド間にも立場の差は存在しない。公平性を期す為の処置であり、ギルドとしての決定事項はそれぞれの国のギルド長による談合にて決められる。
  基本的には国の重要な出来事には介入しない、中立の立場とされているが、あくまでそれはギルドとしての立場だ。冒険者一人一人には当てはまらない。故に、フィリスが所属しているのも問題無いと言えば問題は無い。
  最も、彼女の事実が知られていればS級にはなれなかっただろうが。
「本当にすいません……ほら、骸も謝りなさいよ」
「……むう、気にしすぎたみたい。ごめんなさい」
  素直に頭を下げる骸。フィリスは苦笑しつつも、内心で彼女の勘の鋭さに舌を巻く。
(尻尾は出していないけれど、まさか勘だけで正体を勘付かれるとは……無自覚でしょうけど、案外厄介ですね)
  場合によっては彼女を消す事も考えなくてはならない。警戒のレベルを一段階上げつつ、本題に入る。
「おっと、話が逸れた。私は少し、辺りで夕飯を確保してこようと思う。その間、野営の準備は任せるという事を言いに来たのだ」
「夕飯ですか? それなら保存食を持って来てた筈ですけど……」
「保存食は保存食さ。食い物が供給出来る場所なら、使わないに越したことはない。それに、持って来ているのは塩っ辛い干し肉と石よりも硬いパン……積極的に口にしたい代物ではないからな」
「うーん、アメリアさんがそう言うなら……」
  因みに水樹は保存食をあまり忌避していなかった。両者の意識の差は、これまでの経験の差から生まれて来た物だ。
  水樹の知るパンは総じて柔らかい物であり、塩辛い干し肉と言えばよく売っているビーフジャーキーが思い起こされる。どちらも立派な嗜好品だ。
  ましてや国の勇者という立場で、そうそう保存食を口にすることなどない。この時点での水樹の想像は、完全に地球寄りの思考であった。
  余談だが、後日彼等がこの世界の保存食を食した時、想像との違いに大いに驚かされた事は当然の帰結であろう。
「この辺りは法国へ続く街道だ。整備はされているが、一応魔獣には気をつけろよ」
「はい」
「それと、焚き木に使う枝はきちんと選別してくれ。水分を含んでいる様なら、使い物にならないからな」
「はい」
「後は……ああ、カオルは借りていくぞ」
「はい……はい?」
  ひたすらYESで答えていた水樹だったが、何気無く答えた最後の発言には疑問符を付ける。
「な、なんで薫を?」
「獣を追うだけの速度があるからな。後は……まあ多少なりとも顔馴染みだから、と言った所か」
「なら私のワルキューレでも!」
「済まないが、彼女らは少々目立ち過ぎる。無自覚に光を放たれては、寄ってくる獣も逃げてしまうのでな」
「むぐぐ……」
  慌てて出した対案があっさり否決されると、水樹は次なる策を探して唸り始める。
  フィリスは苦笑すると、彼女の耳元に口を近付けた。
「……安心しろ。別に取って食ったりはしないさ。君が心配している様な事は何も起こらん」
「にゃ、にゃにお!?」
  噛み噛みの口調で慌てながら、急いで飛び退く水樹。まさか骸や奏はまだしも、付き合いの浅い彼女にまで知られていたとは想像もしていなかったのだろう。羞恥に顔が真っ赤に染まるのを抑えきれていない。
「はっは! 君が挙動不審になったら、大体彼が理由だという事を教えて貰ったが……確かに事実みたいだな」
「え、教えて貰った……?」
  チラリとフィリスが視線を向けた先。追っていくと、素知らぬ顔でそっぽを向いている骸が鎮座していた。
「むぅーくぅーろぉー? ちょーっとこっちに来ましょうか?」
「……むう、裏切られた。やっぱりアメリアは裏切り者」
  慌ててその場から離脱しようとする骸だったが、水樹は彼女の首根っこを掴んでそれを阻止する。ぷぎゅ、という情けない声が漏れ聞こえた。
「勝手に人の秘密を喋る悪い口はこの口か! このっこのっ!」
「いふぁい、いふぁい、ひっふぁらないへ(痛い、痛い、ひっぱらないで)」
(……見てる分には面白いのだけれど)
ズルズルと引き摺られ、どこかへと消えていく水樹と骸。フィリスはそれを見送った後、ディーネの待つ森の中へと踵を返した。
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