勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第三十五話




「ハァッ……ハァッ……グッ、貴様……やはり実力を隠していたのか」

   肩で息をつきながら、擦過傷や泥で塗れた体を引き摺る魔族。修復こそされるが、そのスピードは明らかに序盤と比べて遅い。彼の状態からも、既に体力が限界に近いというのは目に見えていた。

   目の前に立っているのは、全身の回路を輝かせた状態のディーネ。ある種感じられる神々しさとは裏腹に、その視線はどこまでも冷たい。殺戮兵器を人の形に仕上げれば、きっとこのような姿になるだろう。そう思わせる程の迫力が備わっていた。

   魔族が弱い訳では無い。少なくとも、伝説に伝えられる程度には。魔王を生み出し、世界の覇権を手中に収められる程度には強い。

   だが、いかんせん相手が悪かった。それだけの話である。

   これがディーネでなければ。王国一番の武芸者などであれば、恐らく彼は苦もなく勝利を収められただろう。だが、『IF』の話をしても現状は好転しない。残っているのは、魔族がディーネに圧倒されたというただ一つの事実のみだ。

「……貴様、人間ではないな?」

   戦いの最中に疑念を覚えた魔族は、ディーネにそう問いかける。半ば直感のような考えではあったが、その言葉を聞いたディーネはピクリと眉を吊り上げた。

   一瞬の反応。だが、感覚の優れた魔族がそれを見逃す訳はない。

「何、少々魔力に違和感を覚えただけの話よ。貴様の魔力総量は明らかに我より上……ただの人間が辿り着ける領域ではない。それに貴様のその魔力回路。普通の人間には備わっていないであろう?」

「……」

 魔族の指摘に対し、ディーネは何も言わない。だが、その無言がことさらに魔族の主張が間違っていないことを証明していた。

「ククク……何も卑怯者と責めている訳では無い。ただの確認だよ。そして、いくら強くともただの人間と侮っていた私への戒めでもある」

 禍々しい大剣を構え直し、地面に突き刺す。突き刺した先からは巨大な魔方陣が展開され、魔族の周囲は魔方陣の赤い光で覆い尽くされた。

「!?」

 反射的に反応し、手近な木の上に飛び上がるディーネ。どんな効果をもたらすのか、魔法に精通したディーネでも判別できない魔方陣だ。警戒するに越したことは無い。

 しかし、結果論ではあるがディーネの判断は間違っていた。魔方陣は彼が跳びすさった隙に全ての紋様を描き終え、その効力を発動させる。

 魔方陣はその範囲内に存在する物質から、急激に魔力を吸い上げ始めた。地面に生えていた雑草や、たくましく育っていた若木。そのいずれからも見境無く魔力を吸収し、術者である魔族へと送り込む。

 当然、吸い上げられた対象は無事では居られない。青々しかった葉は黒ずみ、太く育っていた幹は急激にその勢いを失う。本来ありえないその光景は、それらの生命活動が失われた事を如実に伝えた。

「さあ見るといい。これが我の切り札ーー『魔人化デモナイズ』!!」

   そして、掻き集められた魔力が暴発する。

   魔族から溢れ出る魔力の奔流。ディーネは顔を顰めながらその様子を見つめる。

   先程よりも明らかに増大した彼の魔力。先程の魔法陣の影響だというのは見ずとも分かる。

「フフ……我々は魔族などと呼ばれてはいるが、元の有り様そのものが魔族と呼ばれていた訳ではない。こうして『魔人化』の呪文を使い、強大な力を得る事から魔を操る種族ーー魔族と呼ばれ、畏怖されていたのだ。有り体に言ってしまえば、貴様がこれまで戦っていたのは《第一段階》と言ったところかな?」

   体に付けていた傷も修復され、荒い呼吸も今では整っている。恐らく魔力吸収の際、体力も回復したのだろう。顔を隠していたフードも消え、今では長い銀髪が風に揺蕩っている。『魔人化』の恩恵は莫大な物だった。

   普通の人間が相手なら、魔族の姿に畏怖やら恐怖を感じ、即座に逃げ出すか動けなくなるかの醜態を晒すことになるだろう。だが、ディーネは違う。

   敵が強くなったことへの歓喜?

   復活したことへの警戒?

   いや、どれも違う。彼が感じていたのは、ただの『倦怠感』だ。

   また面倒な任務タスクが増えたーーただそれだけ。それ以外のリソースは、全て対象の解析にのみ割かれている。

   彼の価値観が壊れている訳ではない。脅威である事は脅威と感じ、身に危険が迫れば逃走も考える。

   ただ、人よりズレ・・ているだけだ。

   他人より強いから脅威を脅威と感じない。相手より強いから迫る危険など存在しない。至極単純な理由だ。

   そして、ディーネにとって目の前の相手はーー

「さあ行くぞニンゲンよ! 魔王配下《七欲》が一人、《強欲》のアヴァール! 貴様の首も貰い受ける!」

   ーーただ手間を増やすだけの、面倒な存在であった。

「……第一制御装置、解放。魔法炉稼働率、百パーセント上昇。オーバーヒートモード、起動」

  ディーネの言葉に合わせて、彼の体に変化が訪れる。

  体中に走った魔力回路の発光色が、青色から黄色に変わる。それと同期するように、彼の光彩が金色に輝く。

 体内の魔法炉は著しく稼働し、激しい熱を発する。本来人間にはあらざる、激しい駆動音がディーネの体から響き渡った。

「ほほう、貴様も奥の手を隠していたということか。何、遠慮無く来るが良い。我は逃げも隠れもせん……が、それを甘んじて我が受けるはずが無かろう?」

 楽しげな表情を浮かべつつも、その手に握られた大剣を振りかざしディーネへと迫る魔族。その笑みには強敵と戦える喜びのみがあり、一切の慢心や油断は無い。戦いに一切の妥協を許さない、戦士本来の有り様だった。

 しかし、ディーネが付けいられる程の甘さを堂々と晒す筈が無い。そもそも、この作業に隙など存在しない。なぜなら、ただ己に課せられたリミッターを解除しただけの事なのだから。

「フッ――!?」

 鋭い吐息と共に振り抜かれた一撃は、しかしディーネに届くことは無い。

 ディーネは雷光の如き速度で背後に回り込む――!!

「チィ!!」

 魔族もさるもの、咄嗟に腕で背後からの奇襲を受け止める。鳴り響く激しい金属音。

(速い上に重い!! 何だコレは!?)

 先ほどとは打って変わったような、超攻撃的なスタイル。ともすれば打たれ弱いとも言い換えることは出来るが、反撃することが出来なければどうしようも無い。攻撃は最大の防御。ディーネはまさにその言葉を体現していた。

「――考え事をしている場合か?」

「ッ!? ハァァァァァァ!!」

 ディーネの手に集まった闇色の魔力。球体のそれを構えつつ、高速で移動する。目で捉えられない速度に、それでも意地で対抗しようと雄叫びを上げる魔族。  

 だが、視界からディーネが消えた次の瞬間、背後からの殺気。半ば反射的に魔族は腕を振りかぶる。

(――ッ取った!!)

 だが、腕に伝わるのは空を切る感触のみ。自らの直感が外れた、その事実に愕然とする魔族。

 そして、その驚愕はそこで終わらない。

「くっ、今度は前――!?」

 前、右、左、背後、頭上。どの角度からも伝わる殺気に惑わされる魔族。ディーネが四方八方を飛び回り、彼の感覚を惑わせているのだ。

 魔族の直感は間違ってなど居ない。いや、正しすぎたのだ。正しすぎたからこそ、この策に嵌まってしまう。

「このっ……!?」

「遅い」

 せめてもの抵抗に、剣を振り回そうとするが、それすらも遅い。一瞬で懐に入り込んだディーネの一撃が、彼の腹へねじ込まれる。

 腹の装甲を砕きながら、彼の体内で炸裂した魔力の塊。鋭い打撃の音と、鈍い爆裂音がディーネの耳に届く。

「グッ、ガッ……!?」

 軽く宙に浮いた魔族は、そのまま重力に引かれて地面に仰向けで転がる。腹に空いた大穴が、その一撃の衝撃を物語っていた。

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