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勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~

初柴シュリ

第二十九話




 胴体と頭が両断され、光の粒子となって溶けていく元ワルキューレを見ながら、ディーネは小声で呟く。

「……悪いな。仮にも俺の本性を表す訳には行かなくてね」

 ディーネは予め自らの提案が蹴られた場合に備えて、即死魔法の魔法陣をワルキューレの首筋にセットしておいていた。後は魔力を流せば、自動的にその首は両断されるという寸法。唯一の欠点である体表の紋章も、鎧を付けていれば看破されることはない。唯一不安だったのがディーネの隠密性と彼女の看破力、どちらの方が上かという事だったが、軍配は彼に上がったようだ。

 彼が付き人にワルキューレを選んだのも、スキルで呼ばれた存在故、死体が残らないからという単純な理由だ。平常時ならともかく、魔獣蔓延る森林の中では処理も難しい。おまけに迫って来る魔獣の集団も調べる必要があると来れば、死体処理をしている暇も惜しいというのがわかるだろう。

 勿論、ワルキューレ同士には仲間の生死や動向が分かってしまう。ここで彼女が死んだということも、他のワルキューレには既に発覚している筈だ。彼女がやられて、彼だけが無傷では自らに疑いが掛けられてしまう。かといって、彼が居なかったとしても第一の容疑者であることには変わらない。

 ならば彼のすべき事は一つ。

「全力で魔獣を調べてきて、全力でここに戻ってからやられたフリをする……これが最善か」

 纏っていた鎧を消し、変身魔法すら解いて元の姿へと戻るディーネ。

『あーっ! 全力で行くなんて言ってるのに私の鎧をとっちゃうんだ! サイテー!』

「……事実なんだから仕方ないだろ」

 要らないところで出番を求める妖精である。ディーネですら忘れかけていた存在だが、まあ大事な場面で出しゃばって来ないだけマシなのかもしれない。

『ふん! いいもーんだ。帰ったら製造主に有る事無い事吹き込んじゃうもんねー』

「それはやめろ。後でいくらでも出番をやる……もとい構ってやるから止めろ。いや、やめてください」

『どんだけ製造主を恐れてるのさ……』

 途中から懇願に変わったディーネを見て、やや引き気味の妖精。その製造主に散々苦しめられているディーネからしてみれば何よりの脅迫になったようだ。






◆◇◆





「……主よ、付き添いに出していたワルキューレからの反応が途絶えました」

「……へ?」

 水樹はワルキューレの手からトランプを引き抜いた格好のまま、間抜けな声を上げて固まった。

 テントの中で待機していた彼ら彼女らは、薫が帰ってくるまでの暇つぶしとしてもってきていたトランプでババ抜きをやっていたのだが、そんな中唐突にワルキューレが話し始めたのだ。ババ抜きをやっていた者、そしてそれ以外の者達も一斉に彼女を見る。

 反応が途絶えた? 付き添い? 様々な疑問が水樹の頭を駆け巡るが、まず最初に口をついて出てきた言葉がーー

「……えっと、貴女喋れたの?」

「……」

 そこは発言の内容に突っ込むべきだろう。そんな言葉を辛うじて抑えたワルキューレは、主の質問へ忠実に答える。

「はい、私達ワルキューレはスキルで生み出された存在ではなく、呼び出された存在。言葉を交わすことが出来れば、思考を巡らすことも可能です」

「……水樹、自分のスキルなのに知らなかったの?」

 共にトランプをしていた骸が、水樹の手からカードを引き抜きつつ質問する。

「あー、その……恥ずかしながら、会話したことがあんまり無かったというか……」

「機会がありませんでしたので」

 そんなことより、と水樹が机を叩きながら立ち上がる。散らばっていたカード達、それに骸が小さく飛び上がった。

「ワルキューレの反応が消えたって、それってつまり!?」

「ええ。我らの分体、そして薫様に何らかの異常があったと言うことでしょう……一人とはいえ仮にも天使。その彼女がやられたと言うことは、側にいた薫様も……」

「大変!! こうしちゃいられないわ。皆!! 急いで薫の所に行かないと!」

「ええ、早めに準備を終えなければ……っ!?」

 唐突に立ち上がったワルキューレは、剣を引き抜き外へ飛び出す。やや遅れて何かに気付いたのか、春斗が苦い顔をして悪態をついた。

「なるほど、そういう事だったのか……!」

「え? 一体どういうこと?」

「俺がどうやってここに来たのか、疑問に思わなかったか? いくら音がした方向に向かったからって、ピンポイントに森の中を歩くなんて出来るわけじゃ無い。ましてやこの暗闇だ。俺一人で闇雲に探すなんて危険な真似は流石に出来ないよ」

「え、それじゃあどうやって……」

「……」

 春斗は無言でテントを出る。それに付いていくように水樹達が後に続いた。

「……あいつさ」

 月下でワルキューレと向かい合い、相変わらずのニヤニヤとした笑みを浮かべた男。

「よお水樹! 元気してたか?」

「……アンタ」

 宇野恭介。ディーネに惨敗し、情けない醜態をさらしたその人が立っていた。





◆◇◆





「……アンタ、もう関わらないんじゃ無かったの?」

「それはアイツ、古谷に関してだけの話さ。アイツが雑魚かどうかを確認する、それだけの話だったじゃないか」

「……確かにそうだったな」

 そこも条件に加えておくべきだった、と己達の失態を歯噛みするメリエル。

「それで、一体何の用があるの? 私は別に話なんて無いんだけど」

「なーに、ちょっとした提案をしに来たのさ。水樹はそれに『はい』か『いいえ』で答えてくれれば良い」

 スッ、と水樹に手を伸ばす宇野。

「――水樹。俺と共に来い」

「死んでも嫌ね」

((((言い切った!!))))

 水樹と宇野以外、全員の意思が一致した瞬間である。

「……ふう、やっぱりこうなるか」

 宇野は呆れたようにため息を付き、その手を下ろす。

「――だったら力尽くしかねぇよなぁ?」

 次の瞬間、水樹の目の前で火花が散った。

「……へ?」

「主、退避を! この男の狙いは主です!」

「チッ、邪魔をしてくれやがって……」

 ギリギリと切り結ばれる二本の剣。唖然としていた水樹は、ワルキューレの声に意識を取り戻す。

「ご、ごめんワルキューレ!」

「……宇野、同士討ちとかついに狂った?」

「あらあら、あまり好ましくは無いですね」

 それぞれがそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に移行する。ワルキューレも含めれば一対十三という圧倒的不利な状況で、しかし宇野は不敵に笑う。

 鍔迫り合いを解き、素早く後方へステップを踏む宇野。つい先日まで後衛職だったとは思えない程の軽やかさだ。

「おいおい、それだけでいいのか? ほら、古谷も出せよ。アイツがいないと勝てないんじゃ無いか?」

「……お前、異世界に来てからなんかおかしいぞ? 前のお前はお調子者とはいえ、そうそう人をバカにすることなんて無かったはずだ」

 宇野の様子に不信感を覚えたのか、剣を構えた春斗が問いを投げかける。が、それにもろくな問いは帰ってこない。

「ああ? 事実なんだから仕方ないだろ? 現にお前らに一斉に掛かられても、俺は勝てる。ほら、掛かって来いよ」

「……」

 根拠の無い自信にしてはあまりに強すぎる。ということは、彼を増長させるほどの何かがあったのか、それとも、事実として強いということなのか。判断にあぐねる春斗達。

「ま、出てこないって事は古谷はいないって事か。けっ、つまらねぇな」

「何言ってんのよ。アンタこの前惨敗したのを忘れたの?」

「……忘れた訳ねぇだろ」

 下卑た笑みを怒りに歪め、握りしめた剣を更に強く握りしめる。

「あの日、あの屈辱、一度足りとて忘れたことは無かった! 俺の顔に、誇りに、強さに泥を塗られたあの日のことは、俺がこの手で拭い去らない限り忘れられる事はねぇ!」

 急激に沸騰した怒りは、その発露として宇野の周囲に魔力を放つ。これまでの宇野とは別格と言えるほどの魔力量に、春斗達は目を見開いた。

「……宇野、お前……」

「けけっ、まあいい。メインディッシュに入る前に、まずは前菜が必要だ……」

 その手に暗い、闇色の炎を宿しながら、狂った笑みで宇野は微笑む。

「新しく手に入れた俺のチカラ、試させてくれよ?」

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