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勇者なんて怖くない！！～暗殺者が勇者になった場合～

初柴シュリ

第十二話

「ちょっと薫！？いきなり何を言い出してるのよ！？」

「カオル殿！？この女と関わったことでご乱心でもなされたか！？」

唐突に決闘を申し込んだディーネに驚愕し、慌てて止めようとする水樹とメリエル。メリエルの方は若干、いや大分水樹の方へ流れ弾が飛んでいるような気もするが。

一方ディーネの言葉に対して宇野は気味の悪い笑みを浮かべる。予想はしていなかったが、上手く自分に都合のいい方向へ事態が転がってくれたと考えているのだ。

もっとも、ディーネは挑発に乗った訳ではなく、勿論乱心した訳でもない。ただこの展開が彼にとってもっとも都合のよい展開であったというだけだ。

彼の目的は三つほどあり、まず宝具の調整がその一つだ。試運転もせずに自分に渡すとはなんという部下だ、と考えもしたが、されていないものは仕方がない。そこに丁度実験台が降って沸いたのだ。実戦の前に確認する機会を逃すわけにはいかない。

二つ目は勇者の戦力分析。魔王のカウンターとして召喚されたとはいえ、現時点でどれ程の力を持っているかというのは詳細に把握できていない。帝国の脅威となるなら、ある程度事前に削っておくということも視野に入れる必要がある為、これもやっておく必要がある。

そして最後の目的は、この目の前の男を排除するということである。何の因縁があったのかは知らないが、どうにも『薫』を目の敵にしているようであり、しきりに自分へと絡んでこられるのは非常に鬱陶しい。自分のことを一々罵倒してくるのもディーネの癪に障るが、それ以上にディーネの行動にケチを付けられては情報収集にも支障が出る為だ。この辺りで殺すとはいかずとも一度叩きのめし、関わらないようにさせるのが得策だ。

「おいおい、ゴミがあんまし無理すんなよ？いくら調子に乗ったところで、俺の能力には勝てねぇんだからよ」

「心配してくれているところ悪いけど、その言葉そっくりそのまま返すよ。精々足元を掬われないよう気を付けなよ」

「お前は俺の足元にも及ばねぇのに？」

「その余裕、直ぐに崩してあげるよ」

挑発に乗ったふりをしながら会話をヒートアップさせるディーネ。自らの意図の通りに物事が進んでいることを確信し、心の中でほくそ笑む。熟練の暗部からしてみれば、平和な国に暮らしていた学生一人を動かす事など訳無い話だ。ましてや彼のプライドの高さは御しやすい性格の一つでもある。ディーネにとってはこれ以上無いほど簡単な事であった。

「へっ、じゃあ明日の昼、練兵場に来いよ。衆人環視の中、完膚なきまでに潰してやる」

「わかったよ。その時まで先の短いだろう天下を楽しんだら？」

「ちょっと薫！話を聞いて…」

この話を止めようと介入してきた水樹だが、それはディーネの出した腕によって止められた。

「ごめんミズキ。口を出さないでくれ。僕が決めた事なんだ」

「その通り、一度決めたことに口を出しちゃいけないぞ水樹？」

ディーネの発言の尻馬に乗る形で、宇野は嫌らしい笑みを浮かべる。その表情がまた勘に障ったのか、怒りに顔を歪める水樹。

「アンタねぇ……！！」

「よせミズキ殿。ここで私達が暴れても事態は好転しない」

怒りに任せて宇野に近づこうとした水樹は、メリエルによって羽交い締めにされ、その動きを止められる。勿論そのまま大人しく拘束されるはずもなく、水樹はバタバタと暴れだした。

「離して！！それともアンタは悔しくないって言うの！？」

「私とて悔しいさ。だが、それ以上にカオル殿が決めたことだ。あまり口出しはするものじゃない」

「くっ……」

メリエルの力強い物言いと、その予想以上の膂力に暴れても仕方無いと考えたのか、彼女は抵抗をやめて全身の筋肉を弛緩させた。

「……わかった。わかったわよ。もう暴れないから離して頂戴」

「うむ」

そんな彼女達を尻目に、男達の会話は続く。

「そんじゃ、精々俺に倒される準備でもしとけよ。遺書とかどうだ？加減はしてやるが、お前が弱すぎて下手したら死んじまうかもしんねぇからなぁ？」

取り巻きと共にギャハハと大声で笑う宇野。本格的にこいつの頭には笑うことしかインプットされていないのではないかと考え始めるディーネであったが、ここで彼が挑発するというのは『薫』のイメージに反する。ディーネは反論をしない代わりに、腕を組んで目を閉じた。

これ以上の罵倒は意味がないと察したのか、舌打ちをする宇野。

「ケッ、まあいい。今更吐いた唾は戻せねぇからな。明日まで短い命を楽しむといいぜ」

そう言って去っていく宇野とその取り巻き。結局彼の取り巻きは一言も発言しなかったが。

彼が完全に消えたのを確認してから、水樹とメリエルは動き出す。万が一にも逃げられないように素早くディーネの腕を組み、そのまま引きずり出した。あまりに早い二人の動きに思わず逃げ出そうとしたディーネだったが、それも虚しく捕らえられることとなった。

(この俺が一度ならず二度までも！？)

地味に暗部としてのプライドを傷つけられたディーネだが、彼女たちにはそんなこと知る由もない。

「さて、このバカをどこに連れていこう？丁度いい場所はないか？」

「あら、なら私の部屋が近いわ。防音設備も完璧よ」

「ふむ、なら遠慮なく使わせてもらうとしようか」

いつのまに仲直りしたのか、二人の息はピッタリである。抵抗することも叶わず、ディーネはそのまま引きずられていくことになった。

げに恐ろしきは女である。そんな言葉が彼の頭に浮かんだのは仕方の無い事だろう。

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