勇者なんて怖くない!!~暗殺者が勇者になった場合~
第九話
 ディーネが自らの部屋を探して廊下を彷徨っていると、背後から自らを呼ぶ声が響く。
「おお、カオル殿!! 探しましたぞ!!」
 振り向くとそこには、ガチャガチャと鎧の音を立てながらこちらへ駆け寄ってくるメリエルの姿があった。ディーネは怪訝な顔をして立ち止まる。
騎士として鍛えられているのか、疲労の色こそ見せてはいないが、近寄ってきた彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいる。それだけディーネを探すのに苦労したという事であろう。そこまで焦って一体自分に何の用があるというのだろうか。ディーネは内心で首を傾げながら、彼女に話しかける。
「メリエルさん……そんなに慌ててどうしたんですか?」
「どうもこうも…部屋を訪ねたらカオル殿がいらっしゃらないから必死で探したのですよ! 一体何をしていたと言うのですか!?」
「あー、それは……」
まさか自分の部屋が分からず彷徨っていたとは言えないディーネ。理由を問われるのも困る為、約一名に犠牲になって貰おうと決心する。
「その、実はミズキの部屋まで連れられちゃって…その帰りだったんです」
「な、ななななんですって!? 大丈夫ですか!? ていそ…怪我はありませんか!?」
口走ってはいけない何かを口走りかけているメリエルであるが、そこは聞かなかったことにしてスルー。というか関わってはいけないとディーネの本能が警鐘を鳴らしている。とりあえず彼女の醜態を流すように苦笑で返すディーネ。
「あはは……特に何もされてないよ。問題ないって」
「むむむ、手を出すのがさすがに早い……くっ、やはりアドバンテージは向こうにあるという事か!?」
正直彼女らの相手をするのはディーネを持ってしても非常に疲労が溜まる。これらを毎日相手していたかと思うと、生前の古谷薫には頭が下がる思いだ。たとえ男の夢であるハーレムだとしても、ここまで面倒くさい奴らだと作る気にもならない。
「いっそ早めに既成事実を作っておくべきか? いや、流石にそれは……でも彼女に先手を打たれた以上は……」
「そ、それで僕に一体何の用だったのかな!?」
彼女の思考がとんでもない方向へと向かっていく前に、大声を出すことで慌てて軌道修正を図るディーネ。
「む……そうだった。カオル殿に伝えなければならない事があるんだったな」
なんとか軌道修正に成功。危うくもう少しで自分の貞操が奪われる所であった。過去最高レベルに危険な任務に思わず冷や汗をかいてしまうディーネ。
「実は騎士団長にカオル殿を呼ぶように頼まれていてな。その用件で探していたのだよ」
「え、なんかあったんですか?」
「いや、私も詳細は聞かされていなくてな。ただカオル殿を呼ぶようにと言われただけなのだ」
ディーネは怪訝な表情を作りながらも、頭の中で思考を回転させる。
(まさか正体がバレたか? いや、まさかな。一度も会っていない人物にバレるほど尻尾を出した覚えは無い。だとすれば本来の『古谷薫』に対する指示ということになるが……流石に現在の情報でそこまで予測は出来ないか)
いずれにしても上からの指示を断ることは、怪しまれないようにするためにも出来ることでは無い。なるようになれとディーネは彼女に頷いた。
「わかりました。案内頼みます」
「うむ。了解した」
ガシャガシャと耳障りな鎧の音を立て、ディーネを先導するメリエル。その後ろをゆったりとした足取りで彼は着いていった。
◆◇◆
「え、演習ですか?」
「ああ。近いうちに再び行おうと思っていてな」
ディーネ達が騎士団長の執務室に到着して早々、団長であるメリーランから説明が行われていた。メリーランが発した言葉に、メリエルが抗議をする。
「しかし団長、カオル殿の事があった以上、この短い間隔で執り行うのは些か無理があるのでは無いでしょうか?」
「勇者を育てるのは魔王討伐の為にも急務。それに、当初から演習はこの程度の頻度で計画されていた筈だ。私には君が私情で止めようとしているように見えるがね?」
「そ、それは……」
 心当たりがあるメリエルとしては、その言葉に即答することが出来ない。彼女の実直な性格を示しているとも言えるが、この場においてそれは悪手である。
 と、口ごもるメリエルにそれまでの厳しい表情を一変させ、フッと笑いかけるメリーラン。
「冗談だ。君が彼を大切に思っているのも知っているし、私としても準備も整わぬ内に彼を戦いに出すのは本意ではない」
「え、それでは団長も……?」
「ああ。本当ならばこの短期間に勇者達を送り出すつもりは無かったのだがな」
メリーランは苦虫を噛みつぶしたような顔をすると、苦々しい口調で語り出す。
「だが、いくら不満とはいえ国王の決定に逆らうことは出来ない。何も分かってない大臣共が動いたかと思うと癪だが、それでも命令は命令だ」
「やはり今回もあの大臣ですか?」
「ああ、ファビウスの決定に違いない。全く、実に面倒な奴だ……」
そんな彼らの会話を聞きながら、ディーネは訳の分からないような表情をしながらも彼らの会話に出てきた内容を一語一句聞き漏らさないようにしていた。ファビウスという大臣の概要を記憶の片隅から引っ張り出す。
(本名はファビウス・ペンタ。年齢は52。一代で貴族に成り上がったそれなりのやり手だと聞いているが……そんな野心を持った男が本当に国のためだけを思って勇者を指導するのか?)
ディーネは彼の名前を心に留めておく。この話し合いは、どうやら彼にとって有意義な物になったようだ。
と、そこでメリーランからディーネへと話が振られる。
「そこで本題だ。どうにも上層部の間ではカオル君が逃げ出したということが問題視されていてね。今回の演習に参加させていいのかという意見が出ているのだ」
「それは……」
ディーネとしては残って内部情報を探りたいのだが、問題は『薫』がどうするかということである。ここで下手な選択肢を選ぶ訳にはいかない。ディーネは少し瞑目してから、結論を出す。
「……僕としては、是非とも参加させていただきたいです」
「カ、カオル殿?」
「……ふむ」
戸惑ったような声を上げるメリエルであるが、それを無視して話は進む。
「それで君がまた逃げ出さないという保証はあるのか?」
「……保証なんてありません。でもここで逃げたら、きっとずっと逃げ続ける事になるから。それに…」
受け取った宝具の存在を頭の隅に思い浮かべる。
「……僕だって、弱いままの僕じゃ無いんですから」
「……なるほどな」
ジッとディーネの顔をのぞき込むメリーラン。やがてため息をつくと、視線を切って自らの座っていた椅子にもたれ掛かる。
「いいだろう、私は君を信用する。上層部には掛け合ってなんとか着いてこられるようにしておこう」
「ありがとうございます!!」
頭を下げるディーネ。これで演習に出るための第一関門は突破した。第二関門は――
「カ、カオル殿!? 本当に大丈夫なのですか!?」
―たやすく突破出来そうだ。
「大丈夫だよ。それにその、万一のことがあったら……」
彼女の目を見据えながら、顔を赤らめながら微笑む。
「……メリエルが助けてくれるでしょ?」
「グハッ!?」
鼻から血を流しながらダウンするメリエル。ちょろい、とディーネは内心でほくそ笑んだ。
「我が人生に、一片の悔い無し……」
「……色々と人選を間違えたか?」
頭を抱えるメリーラン。どこの世界も上司は大変だと同情を向けるディーネであるが、その自分自身が主に部下へ迷惑をかける存在だとは気付いていない。
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