アライアンス!

松脂松明

ウガレト救出開始

 その日ケイは光都の商業区画をうろついていた。先日の棒人間騒動で【山賊の剣】がへし折れてしまったためだ。修復するか代わりの物を購入しなければならない。【ディフェンダーソード】はできるだけ温存しておきたいし、長巻のように柄を長く改造した剣が気に入っていたのもある。
 そんな最中にふと思いつき、目抜き通りの端に向かう。白い町並みにそぐわない古ぼけた掲示板。かつてゲームであった頃にプレイヤー同士のトレードが行われていたマーケットボードだ。なにも見に来たのは今回が初めてではない。だが、この世界はメインクエストクリアから10年が経過していることになっているため出品は全て取り下げられている。この日、見に来たのは本当にただの偶然だった。

「え…?出品がある?」

 珍しいこともあるものだ。とケイは考えた。だが、あり得ない話ではない。プロヴランや他の都市で転移した星界人が落ち着いてきて、他の同胞とコミュニケーションを取りたいと考えても不思議ではないからだ。
 誰が張ったのか分からない張り紙を手に取る。青…神秘等級の出品だ。やはり利益目的ではない。緑等級すら希少なものとして扱われるこの世界では、現地の商人にでも売り払った方が金になる。種別は剣。早速購入の手続きをしなければ。…どう買うんだコレ。
 2時間ほど彷徨った挙句に星界人用の銀行設備を思い出し、相変わらず暇そうにしていた行員に紙を渡せばいいとわかったのだった。

「はい。この金庫に代金振り込んでね、にしてもこの作業するの何年ぶりだろうね?」
「多分、10年ぶりでしょうね」

 中年の男性行員が差し出した金庫に銀貨をたらふく食わせると、行員は別の金庫を持ってきた。マジッグバッグと同じ要領で購入予定の剣を思い浮かべながら手を差し入れると、手に金属の感触が伝わった。それを引き抜く。
 表れたのは血管のように赤い線が走る片手剣。刀身の根っこ…鍔の部分に特徴がある。

「えーと、確か【デュエルスパタ】…だったかな?コレ、どこからの出品になってますか?」
「ウガレトマーケットだね」
「…は?」
「だからウガレトだよ。出品者はうろうろ?相変わらず君たちの名前は独特だね」

 壊滅した筈の街からの売り物。それに込められたメッセージは一体…。ケイは考えようとしてやめた。読み取るのをやめたのではなく、一人で考えるのをやめたのだ。これは全員で考えるべきことだった。


 そんな経緯もあって会議が開かれた。場所は他の兵舎よりも大きめの家屋内の一室。貴族としてのケイの居館である。一人だけの部屋は落ち着くが、一人だけの家は落ち着かない。元の世界に置いてもケイは持っていなかったのだから当然である。そういった理由から客人が訪れる場合を除いて共有スペースと化しているのが現状だ。
 調度品もそれなりの物を揃えているため、団員たちにとっては本来触れる機会のない一種のサロンに見えているらしく人気がある。片付けさえするならば一般団員も使用可能だ。そんな建物の一室で開かれている会議は団員たちに“秘密会議”と呼ばれていた。理由は会議中は扉にデカデカとそう書いた看板が貼られているからだ。丸っこい女性らしい文字はカイワレのものだ。多分、一部の者だけで行われている癖にあっという間に団員たちに広まることを茶化しているのだろう。

「やはり救出を前倒しにすべきですね…!」

 議題はウガレトに星界人がいることが確認されたがどうする?その一点だ。気炎を上げているのはタルタル。彼は同胞に対する情が深い。捨て置くことなど考えもできないだろう。

「タルやんはそう言うっすけどね…ウガレト住人はどうするっすか?星界人だけ助けて、他の人達は放置ってのも後味悪いっすよ」

 グラッシーの言葉に一般団員の代表であるラウレーナ、アルレット、ドルファーが我が意を得たりと頷く。基本的には仲のいい団員達だがこうした場で意見の対立が生まれるのは仕方のないことだ。
 特にタルタルはメンバーの中で唯一の“何をしてでも帰る派”である。議題がこのようなものだと、どうしても浮いてしまう。子供であるトメメも帰りたい派だが何をしてでも、とまでは思えないようだった。そのトメメがおずおずといった様子で手をあげた。

「あの…ウガレトって壊滅したんだよね?なんでそこから出品が行われていたんですか?…その人って本当に救出を求めているのかな?」
「トメちゃんするどーい」

 少年の声を出す巨漢の疑問に大人たちは唸る。マーケットボードは首都にしか存在しない。そしてそこから出品があった。タルタルが考えているように助けを待っている可能性もある。ケイが最初抱いた感想のように単にコミュニケーションを求めているだけの可能性も。そして…

「そもそも出品者が魔軍の側の存在ではないか?と、トメメ君は言いたいわけだね。うん。子供というのはいつだって目のつけどころが良いものだね。見習い給えよ団長君」
「なんで私にそれを言うんですか…」
「君の場合はどうせ罠かもと考えるだけだろう?トメメ君の場合は単に悪意なく魔軍に与した星界人もいるのでは無いか、と思っているわけだから」

 ビーカーの言葉にケイは図星を突かれた。そして、意表も突かれた。
 魔軍が悪い存在、というのはこれまでの騒乱に巻き込まれたケイ達の思い込みに過ぎない。もっと言えばゲーム時代に悪役であったからだ。適応したように思っていたがまだまだ縛られてるらしい。

「団長様。ルーチェ国側の意見はどうなのでしょうか?女王陛下もウガレトの救出には賛成なのでしょう?」

 ラウレーナの発言は確認だ。敏い彼女ならばすでに分かっているはずである。ケイは苦々しげに答えた。

「有能な人材だけ救出…というか連れ帰って欲しいのが本音でしょうね。難民を大量に受け入れるなどゴメンでしょう」

 元の世界でもあった問題だ。特殊技能を持った人間は是非根付いて欲しい。そうでない存在はいらない。だがそんな人材はごくごく限られている。そういった意味ではケイ達星界人は非常に恵まれている。なにせほとんど不死である。生きているだけで特別なのだ。
 加えて難易度の問題もある。転移門を使用できるのは星界人に限られる。地公のかつての発言からすると一般人も使用自体は可能だが、意識が断絶して再生するため転移した存在は似た別人でしかない。実質的に死だ。星界人以外の人物が避難を望んでも徒歩なりの移動手段で地道に移動する他は無い。救出とはよく言ったものだ、出るところまで行わなければ助けることにはならない。
 そもそも避難を望んでいる、ということ自体がケイ達の勝手な想像である。例え滅びていようとも留まりたいという者だっているだろう。
 結局、星界人だけ救出するか何もしないかが無難か。そうした空気になりつつあったとき万事控えめなアルレットが口を開いた。

「…全部助ければいい。団長ならできる」

 とんでもない無茶振りがケイに飛んできた。ケイは砂色の髪を驚いて見つめた。その目は本気…というよりは疑いすら持っていなかった。アルレットにとってケイ達は英雄。ならば難題ではあっても不可能にはならない。そう信じているのだ。
 ケイは頭を掻いて苦笑した。カイワレとグラッシーはまたにやにやといやらしい笑いを浮かべている。いつか見てろよこいつら。

「まぁ結局は感情で場当たり的に動くんですね我々は」

 タルタルも呆れたように締めた。その呆れには自分も含まれているのだろう。見渡せばラウレーナもため息をつきつつ反対はしない。
 ケイも戦闘狂ではあっても、基本的には善の方が好きだ。助けられるものなら助けたい。そして、愛すべき仲間がそれを望むというならば、全てを排する。

「と、言っても今回は造らないといけないなぁ…」

 救援するだけならば転移門を利用した星界人のみによる強行を行えばいい。いや、それは必須だ。どちらにせよ行わなければならない。
 避難を望む者のために経路の確保と拠点の作成。それも非国籍地帯を通るルートで。呆れるほどの難行。そこには当然、予算という現実的な問題が立ちはだかるが…星界人という特権ならばそれもできぬことはない。
 では、故郷の奪還を望むものにはどういった助けが行えるか?コレに関しては流石に手が足りない。ウガレトはほぼ魔軍の支配下にあると考えていい。魔族との接触はこれまでにごくわずか。故にゲームであった頃の知識を元に想定するしかないが、どう考えても無理が生じる。トワゾス騎士団の強者全てをウガレト側に中立させても焼け石に水である。

「ま、とりあえず助けられるだけ助けてみますか。ここの防衛はビーカーに任せる。どうせ研究小屋から出ないんだから、それぐらいやれ」
「インニョート遺跡の方は?」
「ああ、そっちは端から捨てる。というか、材料にする」

 どうせ私のものだし。
 遺跡群を徘徊するゴーレム達も良い石材になるだろう。いや待てよ…、とケイは考えを進めた。そうだ、彼ら・・にも参加してもらおう。
 進んで行く思索に皆から出るアイデア。全員の顔に興奮の色が滲み出す。そう、他国の苦難は所詮他人事であり、対岸の火事。そこに思う様ぶつかっていく。ともすれば無駄になるかもしれない。
 だが、無駄になるかもしれないからこそ楽しいのだ。ケイ達はどこまでも英雄には程遠い。故に英雄の真似事は最高の遊戯。
 “トライ・アライアンス”を遊んでいた時と何も変わらない。変える気はない。
 いっそ自分の国でも立ち上げてみるか?などと思いつつ、ケイは手持ちの札を数え始めた。

「陛下の護衛の任はどうするのですか?団長様」
「針金君・改でも付けとけ」

 忠義があるわけでもないケイの言葉はそっけなかった。とはいえ出せる中では最高の戦力である。戦力だけならば。
 心躍る冒険と戦闘の予感に比すれば、主など大した価値は無い。

 ウガレトへの道行きは長くなりそうだった。

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