アライアンス!

松脂松明

山賊退治②

 自分はなぜあんなことを言ってしまったのだろう?馬に揺られつつケイは考えた。あんなこと、というのは先立ってこの地の家令に向けての発言のことだった。
 確かに、現在の身体能力であればマリユーグの一党程度の兵士相手なら千人が相手でも勝てるだろう。勿論それなりに動き回る必要はあるが。
 だがゲーム時代と同じエネミーがこの世界に存在するなら、ならず者の中にもかなりのレベルの持ち主だって存在する筈だ。高位のダンジョンなどにpopする人型のエネミーであれば、同時に相手取れるのは精々二体か三体。一騎当千というには程遠い。

 それをケイは確信を持って答えた。山賊に遅れを取る可能性など無いと。肉体に精神が引っ張られすぎて、とうとう完全に戦士の思考になってしまったのだろうか。
 それも違う気がする。何かが進行してしまったような、取り返しのつかない感覚…。何と表現するべきか形にできないことに煩悶するケイを従者の声が現実に引き戻した。とりあえずは依頼を達成してしまおう。下手な考えなんとやら、だ。

「団長殿。あれに見えるが、件の廃鉱山です。かつてこの騎士領では数少ない産業の1つとして、随分力を入れて整備されたそうですが…廃棄されてかなりの年月になるとのこと。内部で戦われる場合は、敵より落盤にお気をつけて」
 臨時の従者になってくれた青年…コッラチドは元々はこの領内の出身で、先の見えない生活から抜け出したくて傭兵となり、次いでリンピーノの下に士官したとのことだった。彼を従者としてくれたのはリンピーノの采配だった。青年は聞かずとも色々なことを解説してくれて、元の世界の旅行ガイドを思い出す。
「ふぅむ。採り尽くしてしまったのかな?」
「いえ、単純に資金の限界だそうで。ある程度まで掘り進んだら、採算が取れないぐらい掘り難かったとか。私が生まれる前のことですので、他に何か事情があるかもしれませんが…」
 申し訳ありません、と謝る青年。口調も丁寧であり、何か学問をしていたのかと思わせるような印象だ。思えばこの世界の教育水準など全く分かっていない。いずれ暇ができたら、そのあたりも調べてみたい…と思いつつ鉱山に近付いていく。

 昔は多くの人が立ち働いていたのだろう、坑口前は広場のように開けている。こんもりと盛り上がったボタ山はそのままで、広場の周囲を取り囲むように積もっている。
 かつての賑わいは既に無く、いるのは3人の男だけだった。ボロボロの装備に身を包んだむくつけき男達。持っている武器も、ケイの所有しているスケルトンが落とした武器といい勝負の欠け具合だ。
「おいおい、見ろよ!身なりのいいお坊ちゃん達のお越しだぜ」
 髭面の男が言うと、禿頭の男が品のない笑い声を立てた。
「お小姓と逢引かい、ヒヒヒ。俺たちにも回してくれよ!」
 その少し離れたところにいる、顔に傷が入った男はこれ見よがしにハンマーを振り回して嫌らしい笑みを浮かべている。
(綺麗にキャラの分かれた3人組だなぁ…普段はどんな会話してるんだろう?)
 ここまで見事な荒くれ者など、ケイは今まで見たことがない。興味深く観察しつつ、問いかけてみることにした。
「あなた達がここの山賊さんですかね?頭目以外首を獲ろうと思っているので、指導者的な地位にいる人がいたら名乗り出て欲しいのですが…間違えて切らないように」
 強面の男達は硬直した。

 男達は目の前の騎士を嘲笑おうとした。先程のように。“こいつどうかしてるぜ”そう言って笑えばいい。
 だが、声が出ない。蛇に睨まれた蛙、という諺を思い出す。下級の傭兵たちの男達にも、目の前の騎士が決して戦ってはいけない相手だと言うことがようやく分かってくる。いや、下級だからこそ分かるのだ。
 傭兵というものは脅威に敏感だ。そうでなくては務まらない。そして、下級である彼らには名声もなく、家族もなく、失うものが命ぐらいしかなかった。だからこそ、いつものように逃げるべきだったのだ。恥も外聞もどうせ持っていない。
「いえ、団長殿。彼らは家令が雇ったという傭兵でしょう。聞いていた特徴と一致します」
 助けを出してくれたのは、意外にも相手の側。おかっぱ頭の兵士だった。
「そ、そうだ!俺たちゃあの爺さんに雇われたんだ!味方だ!」
「いつの間に聞いたんだい?コッラチド君」
「あなたが領主様と面会されているときです団長殿」

 男達は安堵の息を洩らす。騎士は考えが足りず、兵士のおかげで誤魔化せそうだ…そう思った時だった。
「?あなた達が傭兵なら、なぜこんな坑道の近くにいるんです?監視が役目ですよね?」
「大方、山賊達から金でも貰ったんでしょう。私も傭兵だったので良くわかります…いえ、今はやりませんよ!?」
 男達が考えていなかったのは自分たちの愚かさだった。

「おわっ。…結局この人達殺して良いのかい?コッラチド君!」
 いきなり振り下ろさた鉄槌を回避しつつ問うてみる。自分で判断して決断力を見せつけたいところだが、雇われた傭兵を殺していいモノなのか判断がつかない。我ながら全く情けない!
「釈明のために最低一人は残して下さい!というか、団長殿!一人逃げます!」
 両手に短剣を持った禿頭の男と対峙している、コッラチドに余裕は無さそうだ。逃げた男はケイがどうにかしなければならない。

(しかし、この傭兵たちには仲間意識とかは無いのだろうか…一人、振り返りもせず走っていってるけど…おっと)

 今度は横から繰り出された攻撃を、わずかに身を反らして躱す。ともあれ逃げられるのは避けたい。そう考えたケイは思いっきりジャンプした。
 家の屋根程の高さまで跳び上がったケイを、顔に傷のある傭兵は阿呆のような顔をして見上げている。自尊心がくすぐられる!
 慌てずマジッグバッグから【スケルトンの剣】――ケイが命名した――を取り出し、ぶん投げる。ケイは投擲のスキルも無ければ、鍛錬も積んでいない。自信が無いので、落下するまでに3本ほど投げておく。【スケルトンの剣】はいくらでもあるのだ。
 回転して飛んでいく3本の剣。2本は綺麗に外れた。ちょっとショック。しかし、幸運にも残りの一本は背中に命中した。素人丸出しの投剣だったため当たったのは柄の部分だが、それでも男は呻いて倒れた。これで最悪、一人は確保できそうだ!
 着地してハンマーの男に向き直る。慌てて構えを取り直す男を前に、殺さないよう無手で挑むことにする。既に傭兵たちの戦闘能力が低いことを見切ったからこそ、可能な方法だった。

 最初に弁明をしておけば、ケイはケイなりにこの世界に来てから必死に生きてきたのだ。この体に染み付いた戦士的感覚も相まって、敵に情けをかけることは無かったが、同時に手を抜いたこともない。巻き込んでしまった仲間たちのためにも、全力で行かなければならない日が続いたのだ。
「「へ?」」
 重なるのは自分と敵の声。素手での殴打は過たずハンマー使いの顎を撃ち抜いた。自然とできた動作は剣を振ったり、走ったりすることのみで、格闘の経験など無いケイにしてみれば褒めてもらいたいぐらい会心の手応えだった。問題は…
 ハンマー使いの首が一回転していることだった。
 まぁなるべくって話ではあったし、問題は無い。無い!そもそも不義理を働いた傭兵が原因であって、自分に責任は無い!
 格好よく全員を取り押さえようとしたケイの目論見と見栄はここに潰えてしまった。

 コッラチドは呆れたようにケイの武勇を横目で見ていた。星界人が並外れた強さだと聞いたことはあったが、10年前の戦乱の時代ではコッラチドは子供の時分であり、ケイ以外には実際に会ったこともない。
 しかし、アレは反則だろうとコッラチドは思う。
 ケイ団長が格闘に関して素人なのは、傍目から見ていても分かった。おそらく動きそのものなら、コッラチドの方がまだマシなパンチが放てるはずだ。つまりケイ団長は身体能力のみで傭兵の首を回転させたのだ。
 惨たらしく相手を殺害したのは恐らくは見せしめのため。あの圧倒的な膂力を見てしまえば、下級傭兵の戦意など枯れ木のように折れるだろう。
(でも…そんなことしなくていいのにな…)
 目の前の禿頭の二刀使いを見やる。真剣な顔で構えているように見えるが、それは演技だ。リンピーノに雇われる前、同じように下級の傭兵だったコッラチドにはそれが分かる。かつての時分であれば、同じことをしていただろうから。
「んー、ゴホン!…コッラチド君、君の手並みが見たい。危なくなったら手を貸すから、そいつの相手は君がしてくれ」
 素か。この人は本当に分かっていないのだ!考えてみれば、それも当然。アレ程の強さを持つ騎士に弱者の世渡りなど分かるわけも無い。
「はぁ…。わかりましたけど、多分この人は…」
 言いかけた時、禿頭の傭兵は慌てて短剣を手放した。
「待て待て!降参だ!降伏するから殺さないでくれよ!」

「…どういうことだ?」
「言葉の通りだよ!降参する…大人しく裁きも受けるから、勘弁してくれ!」
 先程までの様子ではこの男が一番デキそうだったし、真剣に見えたのだが…。困惑するケイにコッラチドが助け舟を出した。
「あーつまりこの人はですね団長殿。私達が弱かったらそのまま戦う、負けそうだったら降伏するって考えてたんですよ」
「なんと…傭兵というのは皆そういうものなのかい?」
 命を張る商売では信頼が大事。そう漫画などで読んだ覚えがあったのだが。
「下級はそうですね。中堅以上になると見栄とか名声とか、あとは集まりの掟なんかでしなくなりますけど」
 引っ張ってきた気絶した髭面と、降参した男を縛り上げながらコッラチドが教える。
「その背骨の無さには感心するな。では中に入らせてもらうよ…ああ、後ろで余計な真似をしようものなら殺す。たとえ、この坑道を潰そうが私なら出てこれる。」
 試したことなど無いので、ハッタリだ。とはいえ、この肉体なら本当にできるかもしれないが。
「へへっ勿論でさぁ旦那。あたしゃここで大人しくしておきやす」
(一度言ってみたいセリフだなソレ…時代劇みたいで)
 肩を竦めてから、坑道の中に入っていく。

「この辺りにあんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ…」
 呻く仲間と共に取り残された傭兵は呟く。
 跳び上がるのも、一撃で仲間の頭を捻ったのも全て見ていた。
 あの男は恐らく国家が抱えるチャンピオン級の戦闘能力だ。会ったことはないが、話は聞く。
 国の守護神的存在で、英雄とも呼ばれる者達。そんな人材が流れてこない小国であれば、王自身が頭を下げてでも欲しがる存在。
 プロヴランの“練刃のラシアラン”、フィアンマの“炎剣”…“フェンサーマスター・ラーイーザ”。
 戦士なら誰でも一度はそのような二つ名で呼ばれてみたいと願う勇士達。そんな奴らと同格の男なのだろう、あの騎士は。
 アレでは山賊たちが戻ってきても・・・・・・どうにもなるまい。
 気がつけば男の目には涙が光っていた。
 自分はなぜあのような才がなかったのだろう…この歳になるまで下級のまま。挙句、もはや不正を犯すことになんの躊躇いもなくなり、虜囚となった。かつて故郷を出たときの気持ちは既に思い出せない。だが涙は頬を伝っていた。

 坑道内を進む…いや、緩やかな斜面になっているので降りていくと言ったほうが正解か。【カンテラ】で照らす先は長く、太い。人が4人は並べそうな広さで、かつては多くの人が行き来したのだろうと思わせた。
「坑木とか意外としっかりしてるね…坑道内とか腐らなかったりするのかい、コッラチド君」
「いや流石に知りませんよ。炭鉱夫だったこともありませんしね。ただ…山賊とかいった連中は生業から脱落した者が多いので、鉱夫出身者がいて整備している可能性がありますね」
 コッラチドの話はいちいちタメになることばかりだ。従者という扱いだったので、あえて敬語を使わなかったが段々と親しくなってきている実感がある。
(しかし…生まれつき山賊というわけじゃないんだな…考えてみれば当たり前か。それにしても山賊というのは意外にマメじゃないと務まらないのか?)
 ケイは坑道を整備する山賊をイメージしようとして失敗する。だらしなく酒を飲んでいる姿のほうがしっくりくるのだ。

「「…」」
 坑道内を探索し始めてはや1時間ほど、誰とも出会わないまま最奥らしき場所に着いてしまった。
(山賊の根城ではなかったのか?いやでも、買収された傭兵が表にいたしなぁ)
 やや開けた空間には簡易寝台のような家具なども揃っている。飲みかけの木椀などもあり、人がいたのは間違いない。
「あの…団長殿…今更気付いたんですが…。」
 なんだい、と首を向けるとコッラチドは話を続ける。
「山賊という連中は通行人を襲ったり、警護料とか言って金品を巻き上げるのを生業にしています。そして、夜は通行人なんて田舎にはほとんどいません。つまり昼である今は…」
 変な言い方だが、仕事に出払っているというわけか。
「…山賊って夜働くのかと思ってた」
「それは夜盗で、山賊ではありません」
 気まずい沈黙が場を満たす。表に縛り上げておいた傭兵を見れば、彼らはどう出るのだろうか?怒って入ってくるか、逃げ出すか。最悪なのは報復のため、あの年老いた領主の村に攻め入ること。
 それにしたって、全員が出払っているというのは妙だ。普通は見張りとか何とかでお預けを食らう連中がいるのが定番だが…
「まぁいいや、折角だから家探しして行こう。この辺りの樽とか全部奪ってきたものだろうから、運び出してしまおう」
「団長殿って結構いい性格してますよね…」

「団長殿!鍵がかかった部屋があるのですが…」
 辺りの物をマジッグバッグに詰めては、外に持っていってばらまく。その作業を3回ほど繰り返したあと、コッラチドが声をかけてきた。外に出る際は全力で走っていて、コッラチドには付いてこれないので探索のため残ってもらっていたのだ。

「よく見つけたなぁ、コッラチド君。君は探偵か何かだったのかい」
「元は傭兵ですよ、というかタンテイってなんですか」
 その扉は古びたワードローブに隠されていた。山賊がこんなもの置くかな、と疑問に感じたコッラチドが押すと出てきたらしい。
「鍵が見当たりませ…」
「うりゃっ!」
 不格好な蹴りを入れると、扉がひしゃげて飛んでいく。身構えたが、特に罠のような仕掛けは無い。
「じゃあ行こうか」
「団長殿といると、驚きというものがこれからの人生から失せてしまいそうですよ」

「…倉庫?…いや武器庫か」
 扉の先、こじんまりとした部屋は狭かった。さぞお宝が眠っているのだろうと期待したが、あったのは3本の剣だけ。立てかけられたソレは淡い緑光を放っている。
「魔法の剣…本当にあったんですね…初めて見ましたよ!」
 興奮しているコッラチドを横目にケイは剣を手に取る。
「ああ…でもコレ大したものじゃないね」
「えぇ!?魔法の剣なんてお偉いさんか、上級の冒険者とか傭兵しか持っていませんよ!それに…なんで分かるんです?」
 …言われてみればおかしい。ステータス画面やインベントリ画面も出ないこの世界では、等級を判別する手段などケイには無い。だが、感じたのだ。これは精々緑等級…下から二番目のランクの武器だと。
「あ、あー。ホラ、経験則だよ。例えばこの武器とか…」
 マジッグバッグから日頃出し惜しみしている【ディフェンダーソード+9】を取り出す。上から二番目の紫等級の武器。メインのストーリーラインを終えたプレイヤーなら、1つか2つは持っているだろう。
(いや…この剣、こんなに光ってたか?)
 【ディフェンダーソード】は黄色がかった光に覆われている。それは変わらない。だが、この世界に来たばかりのころはこんな眩しいほどの光量ではなかった。何か言い様の無い不安感を覚えるが、すぐに修正・・される。
「ビルギッタの瞳にかけて!そんな剣など聞いたことすらありません!」
(あ、同じ神様を信仰してるのか。ちょっと嬉しい。)
 どうもケイが愛用していた剣はこの世界ではとんでもない代物、という認識らしい。確かに等級名は伝説だが…。
 この分だと、耐久力が減少すれば本当に修理できなくなるかもしれない。引き続き出し惜しみすることにした。

 コッラチドは懸命に息を整えた。コッラチドとて戦士の端くれ。伝説に語られるような武器を目にしたことで、心が昂ぶっていた。
「じゃあこの剣は貰っていくか。どうせ出処不明だろうし…1本は証拠用にするとして、1本は私が。残りの1本はコッラチド君が持っていって」
 ケイ団長と話していると、精神が保たない気がする。先程見せてもらった剣にも驚いたが、魔法の剣を一兵士に過ぎない自分にくれるというのだ。
「あり…ありぇ…」
 身分が上の者から下賜される礼を断るのは考えられないことだ。礼を口にしようとするが、言葉にならない。
「それより…私はアレが気になっているんだ!」
 あれ?ケイ団長が指差しているのは武器庫の片隅。そこに鎮座している物がある。
 なんだってそんなものが珍しいんだ?コッラチドの精神は困惑の度合いを深めていった。

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