アライアンス!

松脂松明

地盤を得るために②

 アナーバ同盟に参加している諸国家の歴史は浅い。しかし、それはあくまで王国としてである。
 例えばヴェント王国などは百年ほど前までは風の部族と名乗っており、他の国々も同じように何らかの部族としての名前を持っていた。
 それが王国を名乗るようになったのは、言ってしまえば見栄のためである。幾つかの部族が勢力を拡大し、支配地域も広がっていくと他国と接触することが多くなったため、族長達がそのまま王を名乗ったのだ。
 ――私が思うに恐らくは族長と呼ばれるよりも、王様と呼ばれた方が気分が良かったのだろう――
 この変化は一部の者達には“我が国の猿真似”だとか言うものもあったが、高位の職にあるものには概ね歓迎された。なぜなら彼らがかつて取っていた階級制度が非常に分かりにくかったため、我が国と似たような貴族制度を取ってくれることは彼らと接触することがある立場の人間には大変有難かったのだ。
 同時にかつての文化を大事にしてもいるようで、彼らは独特の爵位を名乗ることがある。風の部族出身の一族が伯爵となった場合“風伯”などと名乗るのだ。
 いずれにせよ、彼らの新しい文化を吸収する速度は凄まじいものがある。現在の彼らの文化は接触した国々の文化と、土台となった部族ごとの習慣が入り混じっており複雑怪奇なものと化しており、注意が必要だ。
 ――まぁ注意してもどうにもならないのだが――
                                    どこかの誰かの覚え書き

 リンピーノ・デ・バラボー男爵はその日も憂鬱な気分で目覚めを迎えた。正確にいえば彼が憂鬱な気分で無かった時など無い。
 彼が生まれたヴェント王国はかつて風の部族と名乗っていた。風の部族から生まれたヴェント王国はかつての気風を受け継ぎ、良く言えば尚武の国で悪く言えば荒っぽい国である。歴史あるプロヴラン王国と国境を接しているため、生活様式は近いのだが人々の気性が荒いのだ。
 リンピーノはそんな国に生を受けたにも関わらず繊弱な人間だった。爵位を受け継げたのは単に子供がいなかったからだ。
 廃嫡して親族から養子を取ったりせず実の子に後を継がせたのは、彼の父親が最後に見せた不器用な優しさ…だったのかもしれない。しかしながら、リンピーノにとっては放って置いて貰った方が良かったといえる。

 そんな彼に運命は容赦なく難題を押し付けてきた。バラボー砦が強盗騎士達に占拠されたのだ。
 さらにマズイことにバラボー砦は一族と同じ名前をしているだけあってただの砦ではなく、バラボー一族の墳墓なのである。平時に一族の墓を占拠されたという事実だけで既に前代未聞の不祥事である。もし奪還すらリンピーノ主導で行えなかったならば取り潰しは免れないだろう。
 そこが要衝であったのは遥か昔であったため、碌な兵士を配置していなかったのがいけなかった。そう反省しても後の祭りだ。そもそも兵士たちはリンピーノを侮蔑しており、命令など聞かない。
 だが、彼らは本当に事態を分かっているのだろうか?バラボー家が潰れてしまえば彼らも露頭に迷うことになるにも関わらず、未だに動こうとしない。そして、主君の家を見捨てた兵士を雇いたがる家があるはずもない。

(まさか、本当に今日の地位が将来も変わらないと信じているのか?それとも何か次に行くアテがあるのか?)
 考えを巡らせても答えてくれる人間はいない。寝室で考えていても気が滅入るだけなので、リンピーノは執務室に移動することにした。
 執務室は豪華ではあるが古ぼけた調度で整えられていた。書見台の椅子に腰掛けると落ち着いてはきたものの、気分は晴れない。
 リンピーノとて事態を解決するために何もしなかったわけではない――強面の部下を説得しようとはしなかったのだが――。部下の兵士たちが動かないため、数少ない伝手を頼って募兵をかけたのだ。
 しかし、誰も応募してこない。これは危険度の割に報酬が少ないことと、リンピーノの繊弱さが周囲に知れ渡っているためであり、本人も薄々は気付いている。それでも精一杯の額だったのだ。
 頭を抱え込んで突っ伏す。落ち着いたはずが、リンピーノの精神は徐々にすり減ってきている。
(偉大な祖先の霊よ!ヘルミーナ様!ビルギッタ様!ルトラウト様!ええとヴェルダアザ様!アーロイス様!トロメンス様!とにかく助けて下さい!)
 とうとうやけになって神頼みを始めると、応えるものがあった。窓が音を立てて叩かれたのだ。

 リンピーノは恐る恐る窓に近寄る。先々代の見栄のためにこの執務室は窓にガラスがはめ込まれていて、今なお健在だ。かなり昔のもののため曇りきってはいるが、それでも輪郭ぐらいは見える。
 もう一度窓が叩かれる。気のせいではなかった。窓が割れないように気を使っているようでもあった。
(まさか…本当に神が救いを?)
 意を決して窓を開けると、そこには背負子に女性を背負った騎士風の男がしがみついていた。あんぐりと口を開けていると、騎士ははにかんだように微笑んで言った。
「どうも。依頼を受けてきたトワゾス騎士団の者です。…入ってもいいですかね?」
 救いは確かに訪れたのだった。

 窓が開くと、髪が薄くなりかけた線の細い中年が口を開いてこちらを見ていた。随分と驚かせてしまったようだが、着ている服に施された装飾を見れば身分ある人のように思えた。少なくともこの男爵家の一族だろう。

 依頼を受けてバラボー男爵の屋敷にたどり着いたケイ達一行は、門にたむろしていた兵士たちに嘲笑された上に追い払われた。
 正直な所帰っても良かったのだが、ここまで来て手ぶらでは格好が付かない。兵士たちの態度に腹が立ったこともあり、意地になってしまった。
 西洋風の屋敷を見上げると、一箇所だけ窓ガラスが嵌められた部屋があったため、そこを目掛けて昇り今に至るというわけだった。

 勢いで登ってきてしまったケイだったが、まさか招き入れて貰えるとは思っていなかった。兵士の態度に文句でも言った後、無理矢理にでも依頼に食いつこうと考えていたのだ。
 ドワーフであるタルタルが遅れて入ってくる。手足が短いため這い上がるのに時間がかかったのだろう。
 リンピーノと名乗った中年貴族はやたらに腰が低く、兵士たちの無礼を詫びさえした。
「来てくれて感謝する…だが、依頼を受けてくれたのは君たちだけだ。これでは…」
 リンピーノは情けなさそうな表情を浮かべている。つくづく貴族に対するイメージを裏切ってくれる人物だが、元が現代人であるケイは何となく親近感を感じる。
 リンピーノは包み隠さず事情を話してくれる。兵士が言うことを聞かないこと、砦を占拠した一党の数が意外に多いこと。余程不安だったのか話し出すと止まらないようだった。

 重要そうでない話を聞き流しながら、酒場での太った女将さんの説明を思い出す。貴族からの依頼で売れ残っているものには幾つか種類がある。荒くれ者でも関わりたくないような依頼主、報酬を支払う見込みが無い人物からの依頼、そして達成が困難な依頼などだ。
 この依頼は困難かつ報酬が少なく、依頼主にも権力が無いという三重苦である。しかし、依頼主であるリンピーノに力が無くとも領地はある。話している印象では善人だ…なまじ善人であるからこのような事態に陥ってるのだろうが。ともあれ当面の拠点を得ることが第一のケイたちには狙い目の依頼には違いなかった。
 知名度も経歴も無い――ゲーム時代の功績と名声がどうなってるのかは分からないが――ケイ達が食い込むのであれば、依頼主が猫の手も借りたい状態で無ければならない。加えて言えば競争相手がいないのもおいしい。まさにリンピーノの依頼は渡りに船。後の問題は敵の戦闘能力だ。

「とりあえずその砦を見に行きたいと思います。許可をいただけますか?…ああ、可能ならそのまま戦闘に入りたいとも思っています」
 平静を取り戻したばかりのリンピーノが再び表情を変えた。信じられないような物を見る目で、恐らく狂人を見る目とはこういう視線を言うのだろう、と思わせた。
「私が言うのも何だが君は正気かね? 賊は質は知らんが少なくとも人数はかなりのものだそうだ…3人で、などと無謀が過ぎる。近寄るのすら危険だろう」
「まぁ何とかなるでしょう…もっと多くの魔物に囲まれる事態も最近経験しましたしね。その代わり成功したら報酬は我々だけでいただきたい」
「いやそれは構わないが。しかしだね…」
 どうにも信頼して任してくれる…ということにはなりそうもなかった。こうなれば結果を突きつけるのが一番手っ取り早い。
「我々が失敗しても逃げてもあなたに損はない。行かせて貰いますよ…何か証拠になるものが向こうにありますかね?」
 リンピーノは諦めたようにため息をついた。何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
「分かった、許可しよう。砦の地下の棺には我が家の旗が被せられている。捨てられていなければだがね…。無理そうならちゃんと逃げ給えよ?コレ以上の重荷は背負いたくないのだよ」
 疲れたような依頼主は気の毒だった。可能ならば事態をできるだけ早く収拾してやりたいとケイは思う。

 砦は意外と近隣にあり、馬で進むと夜になるまでには着いてしまっていた。“馬笛”で召喚された馬から降りると馬は掻き消えた。こうして使ってみれば地味にとんでもないアイテムであった。ゲーム時代であれば序盤のクエスト報酬にもあったので、それこそ初心者でも持っていたような代物だったが極めて便利だ。この世界で高価なのも頷ける話だった。

 周囲は荒涼とした土地にその砦は建っていた。はるか昔は交通の要衝であったのだろうか、それなりの大きさだ。赤茶けた石材は劣化して頼りなく見えるが、それでもなお形は保っている。
 使われなくなったはずの砦には、兵士の姿が見える。主が変わったことで砦としての役目を取り戻したのだ。

 ケイ達は少し離れた岩陰に身を隠して、砦を覗き見る。時刻は夕方に差し掛かっているのだろう、夕日が荒れ地に良く似合っていた。
「…タルブ砦とはまた随分違うんだね」
 アルレットは子供のような目で砦を眺めている。これから人と戦うかも知れないというのに気負いや迷いは見られない。覚悟から来るのか団長であるケイへの信頼から来るものかは分からない。恐らくは本人にも分からないだろう。
 ケイは木製の背負子を背負っており、アルレットはそこに腰掛けている。いざという時には載せたまま逃げるためでも有り、距離を離さずに守って戦うためでもあった。
「墓として使われているとは聞いていましたが…想像以上にボロボロですね。兵士たちの鎧も古いですが」
 遠目に見た感じではバラボー家の兵達より余程規律が取れており、軍装も揃えている。あれだけの数が一体今までどこに潜んでいたというのか。そしてなぜ今になって立ち上がったのか。本になりそうなドラマが彼らにはあったのだろうが、ケイ達に容赦する気は今のところ無い。

「まずは彼らの力量が知りたいですね…全員がラシアラン卿のような凄腕だとは思いませんが」
 そして自分たちが本当に人を殺めることができるかも知らなくてはならない。
「ではやはり夜になってから動くのですね団長。しかし私が動くとガチャガチャうるさいですから隠密には向きませんよ?」
 タルタルが言うようにケイとタルタルが着ている鎧はほぼ金属製で、大きな音を立てる。
「いえ…隠密するのは最初の相手だけです。行けそうな印象だったら派手に暴れて、ダメそうだったら逃げます。あとは出たとこ勝負ですね」
 どうにか目立たない位置にいる兵士一人を倒して力量を図る。そうすれば全体の大まかな戦力は把握できるだろう。ラシアランのような凄腕がいないとは限らないが、たとえいたとしても3人でかかれば勝てる。もし凄腕がひしめいていても逃げるだけなら難しくは無い。
 このあたり騎士そのものでは無いということは気楽でいい。都合が良い時にだけ格好つけ、都合が悪い時には逃げられるのだ。知名度が上がればそれも叶わなくなる。、ならば尚の事、無名であることを今回は活用するべきだ。

 身を潜めて闇の訪れを待つ。どちらにとって不幸な出会いになるかは分からないが、ケイの心中は相手への期待でふくらんでいた。

 

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