アライアンス!

松脂松明

新しい仲間とアンデッド退治③

「流石に慣れてきたっすねぇ」
 グラッシーの呟きにケイは頷く。あれから前進する度にスケルトンの群れに襲われたのだ。人の骨を相手にする不快さなどとうに無くなっていた。
 もっともスケルトンは人の骨だけでなく、犬や牛の骨が材料と思しきスケルトンとも出会した。ネズミのスケルトンが出てきた時には思わず笑ってしまったほどだ。
「これは…実験でもしていたのですかね?」
 ゾンビを造っていた死霊術師の置き土産なのか、はたまた実は死んでいなかったのか。多種多様なスケルトンは確かに試行錯誤の成果にも見える。
「不死の兵団でも作ろうとしていたとか?お決まりのパターンですね」
 アンデッドで構成された不死身の軍隊…手垢の付いた展開である。砕かれたスケルトンがさらに再利用可能ならだが。ケイは微かに鼻で笑うとカイワレに向き直った。
「というわけでそろそろ慣れてきましたか?」
「なにがというわけで、なのよぅ!沢山出てきたら余計怖いに決まってるじゃん!」
 どうもカイワレはホラーは苦手なようだった。ここまでの道中でも慣れることはないようで、ずっとケイの袖を掴んだまま離れない。しかし逃げたりせず時折攻撃に転じたりするあたり見込みがないではなかった。
「そうはいいますが…殴れば倒せてしまいますし、気楽だと思うのですが」
 これが所謂幽霊のように攻撃が素通りしたり、倒しても呪われたりする相手なら確かに恐ろしい。だがスケルトンは物理攻撃が有効であり、スケルトンからの攻撃も物理攻撃に限られる。人型であるため対処は容易でこれから先――いつになるかは分からないが――予想される戦闘への“予行練習”にはもってこいであった。
「変!変だってば!」
「…聞いてる限り団長のほうがよっぽど怖いと思うの」
 ひどい扱いである。グラッシーやタルタルに戦闘狂扱いを受けるのは半ば冗談のようなものであるが、アルレットに言われると流石に堪える。
 少しだけ肩を落としながらも歩を進める。スケルトンの出現は散発的になってきていた。

 しばらくするとやや広い空間に出た。これまでは幅の狭い通路であったのが部屋のようになっている。天井も高い。そこには一体の奇妙なスケルトンが待ち構えていた。
 下半身は4つ足、恐らくは先程出会した牛型の骨。腕と胴体は人型の骨で頭は犬のもの。両手には斧を携えたソレは朱く光る双眸――目玉は無い――に戦意を漲らせていた。
「骨で造ったキメラというところですか。趣味悪いですね」
 タルタルの指摘に全員が頷く。巨大化させることも頭に犬を使ったりするところも単なる趣味としか思えない。性能に関してはこれから分かるのだが。

 キメラスケルトンとでも呼ぶべきだろうか?キメラスケルトンは身体を仰け反らして大きく口を開いている。恐らくは咆哮をあげているのだろうが喉が無いために何の声も出てはいない。ただ全身の骨が音を立てて軋んでいた。
 キメラスケルトンが後ろ足で砂を蹴ったと思うと一気に間合いを詰められていた。
「おっと…これは中々…」
 キメラスケルトンが狙ったのはケイだった。振るわれた斧をバックラーと剣で受ける。まるでハサミに挟まれたような体勢になる…力比べだ。弾き飛ばすこともできないが押し負けるわけでもない。押さえ込んでおけば仲間の攻撃が入るだろう。
 しかし…ケイのバックラーが軋むような音を立て始め、砕けた。
「おや…やはり質が悪かったですね!」
 振るわれる斧は姿勢を低くして躱したものの、咄嗟の突進に弾き飛ばされる。冗談のような威力で壁に叩きつけられるが、星界人の肉体はそれでも潰れることは無かった。
 咄嗟にタルタルがカバーに入る。後衛を狙った突進を受け止めたタルタルは地面に根が生えたかのように動かない。その隙にグラッシーが矢を放とうとしたが、キメラスケルトンは先の恐るべき速度で距離を取っていた。
「意外と賢そうっすね!骨頭のくせに!」

 起き上がってきたケイにカイワレが〈ヒール〉をかける。
(おお…スーッと痛みが抜けるようで気持ちがいいなコレ…)
 ケイは素直に感動する。目に見える傷を負ったわけではないが、それでも〈ヒール〉は効果があるらしい。
 カイワレに礼を言った後ケイはタルタルの横に立つ。
「能力的にはボスなのでしょうね…いえ、黒幕は別にいるでしょうから中ボスですかね団長」
「パーティーで戦うのが前提の敵とは言え、身体能力的には互角です。そう見るのがいいでしょう…」
 流石にこの強さが雑魚とは思えなかった。
「〈タウント〉は効果がありましたか?」
「いえそれが…無視して来ますね」
 そういう個体なのか、あるいは知性あるエネミーが全てそうなのか。現時点では答えは出ないだろうがそれなら他にやりようはある。
「カイワレ!アルレット!一瞬でいい!アイツの動きを止めろ!」
「はぁ!?無茶振り!」
「…うん。相手が突進の構えに入ったら弓と魔法だね」
 何度か共に戦ったためか、アルレットは意図を読んだようだ。タルタルとグラッシーにも目配せをする。

 キメラスケルトンが後ろ足で砂を蹴る仕草をする。それがあの高速突進の予備動作だ。
 相手が奇妙な動作を見せたら回避行動や回復体勢に入るのはゲーム時代でも基本だ。
「…来るね。〈パワーショット〉!」
「こうなりゃヤケだよ!〈ライトアロー〉!」
 放たれた矢と光弾をキメラスケルトンが斧で受け止める。それはケイの狙ったとおりの行動だった。
 知性があるならできるだけ無傷で済ませようとするだろう。だが二人の攻撃ならさほど痛手にはならないのだ。この場合、キメラスケルトンは無視して突進するべきだったのだ。
 わずかに動きが止まったその瞬間、タルタルとケイが左右から襲いかかる。それをキメラスケルトンは武器でかろうじて受けた。
 身体能力は互角なのだ。そのまま力を緩めることも動くことも許されずキメラスケルトンは釘付けとなった。そこにグラッシーが放った矢が襲いかかる。次々に放たれる矢が徐々に骨でできた身体を削っていく。
 キメラスケルトンが回避に入ろうと力を緩めるならケイとタルタルが斬りかかる。そのままの体勢なら遠距離攻撃でじわじわと破壊されていく。
 キメラスケルトンは斧を捨てて、一か八かの離脱を試みた。
 だが末路は変わらない。やや斜めに駆け抜けようとしたキメラスケルトンはケイとタルタルの横薙ぎを受けて足を破壊されて無様に転がった。勝負はあったのだ。
「あと数回は繰り返す必要があると踏んだのですが…この世界だとHPの概念は無くなっているのかもしれませんね?ではさようなら。中々楽しかったですよ」
 移動手段を無くしたキメラスケルトンは懸命に腕を振り回しているが、ケイがソレに付き合う義理は無い。
 少し離れた位置から放たれた〈ソニックスラッシュ〉によって、キメラスケルトンは骨の山と化した。

「洞窟にはまだ先があるようですね。中ボスでコレなら大ボスはさらに楽しめそうです」
 大ボスが戦闘能力で中ボスに劣る。という展開は無いではないが可能性は低い。そう判断したケイは先に進む意思を示す。
「あんた達を雇って良かったわ…」
 カイワレがキメラスケルトンの斧をマジッグバッグに詰め込もうと苦戦しながら言う。一人では無理ということ以外に敵でなくて良かったという感情が滲んでいる。
「キメラスケルトンの斧ですか…中ボスが持っていたことを考えるとユニークアイテムなのかもしれませんね。僕があとで貰っていいですかね?」
「えぇ…売れると思ったのに…」
 ユニークアイテムとはクエスト報酬やエネミーが落とす形で手に入る特殊アイテムだ。ピンキリではあるが大体において同レベル帯の市販品より性能が良いことが多く、何より見た目が異なる。
 ちなみに『トライ・アライアンス』においてはアイテムの等級はアイコンの色でわけられていた。白が一般、緑が優秀、青が神秘、紫が伝説、赤が最上位の神話等級という具合だ。
 キメラスケルトンが落とした斧は確かに他のスケルトンが持っていた武器とは雰囲気が違う。刃が欠けたりしている点は同じだが装飾のような曲線も見て取れるのだ。
「この世界だと二度と手に入らない可能性もあるっすからねぇ」
「…タルタルさん以外使え無さそうだね」
 こうして初のユニークアイテムはタルタルの所有物となったのだった。

 仲間たちと会話をしながら歩きつつ、ケイは先程感じた推測を深めていく。内心を隠しながら。
 HPが無いかもしれないということは前々から頭をよぎっていたことだった。ダイアウルフは眉間を刺し貫かれて死んだ。巨大ハーピーは全身を蜂の巣にされて倒れた。そして今回のキメラスケルトンだ。
 つまり現実世界においても“こうなったら死ぬだろう”という死に様だ。
 そもそもHPがあったならばどうすれば倒れるのかも分からない。ダメージがHPを上回ればいいのだから、小指を攻撃されて死亡などということさえ考えられてしまう。
 VITや防御力の概念は生きている。それは初日の実験やこれまでの旅で証明されている。気力が尽きて倒れたことはあったが、それは精神的なものが大きい。
 生身の防御力は皮膚の硬さということになって現れているのだろう。これらがどういったことに繋がるか。

「ん?どうしたっすか団長。アタシをマジマジと見て」
 グラッシーは一発で巨大ハーピーを倒した。出会ったことが無いエネミーだったのでレベルは不明だが、少なくともスキル一発で倒れるようなエネミーには見えなかった。
 つまり武器の性能とスキルの威力に敵の急所などを加味すれば、はるか格上のエネミーですら倒しうるということになる。傷つけられる武器ならば、だろうが。
 それは同時に“こちら側”にも同じことが言えないだろうか?外皮や防具を貫ける一撃を受ければそれだけで即死してしまうという可能性。それは恐るべき可能性だ。
 例えば敵に同レベルの弓使いがいたならばどうなるか?不意を撃たれれば終わりだし、接敵する前に穴だらけにされかねない。射程もかつてのゲーム時代より遥かに伸びているだろう。

 このままどこかの勢力に所属するのが安泰への道と考えていたが、そうなると戦闘に駆り出される確率は高い。戦闘力以上の技能などケイは持ち合わせていない。他の仲間も同様だろう。
 となれば勢力に所属する前に段階を踏む必要が出て来る。なるべく強敵のいない戦場やダンジョンで経験を積むか戦闘以外の技能を身につけるかだ。個人的には前者で行きたいが、仲間たちが別の道を探る場合も考えなければならない。
 先行きの不安と同時に期待も溢れてくる。兵士や傭兵、あるいは冒険者として一からステップアップしていく。それは心躍る体験となるだろう。
「…団長?」
 アルレットの声で我に返る。まずはこの洞窟を攻略してからの話だ。気を引き締め直さなければならない。

「雰囲気が変わりましたね。深さから考えてここが最奥のように思えますね団長?」
 人の骨で作られたムカデ状のスケルトンを粉砕しながらタルタルが言う。
 奥に進めば進むほど奇妙なスケルトンは多くなってきていた。強さとしては先のキメラスケルトン以上はいなかったものの流石に気分は悪い。
 しかしそれも終わりに近付いているとケイも感じていた。岩と土が剥き出しの地面ではなく、ここからはやや粗雑ではあるが石畳になっているのだ。ここから先にいるのはそうした美観や居住性を気にするもの…知性を持つ存在だということかもしれない。果たしてそこにいるのは――
「オノレ、星界人メガ…再ビ我ヲ阻マントスルカ…」
 ローブを被った黒い人影だった。
 スケルトンとも違うらしく、フードの中にはモヤのようなものしか見えない。

「レイスっすかね」
 レイスは魔術師が自身の意思で生霊化したエネミーで元が魔術師だけあって魔法を多用する。発言からすると以前いた死霊術師の成れの果てのようなので恐らくそれで正解だろう。
「そのようですね…毒とかの状態異常は勘弁して欲しいんですが」
 この世界で毒など受けたらどうなるか想像もしたくないことである。案外平気かもしれないがのたうち回る羽目になることも考えられた。
「この世界なら魔法も全部避けれたりするのかもしれませんよ?全員動き回ってみるとか」
 タルタルの発言はもっともなように思われた。ゲームであった頃のように判定に頼るのではなく自身の足で避けられる可能性は高い。わざわざ棒立ちで食らうことはない。
「…服着る意味あるの?」
 アルレットの感想はややズレている。しかし中身が無いのにローブをどうやって着ているのかは確かに気になる。
「ひぃぃオバケ!?」
 カイワレの驚きが一番マトモだった。どうにもスケルトンで慣れすぎてしまったケイには新鮮に感じられた。

「我ガ不死ノ軍勢ノ完成モ目前ダト言ウノニ忌々シイ…!王国ヲ支配スル我ガ野望ハ邪魔サセンゾ…」
「こいつこんな隅っこでそんなこと計画してたっすか」
「いや…無理でしょ。ここまで出てきたスケルトン全部復活しなかったですし」
 タルタルとグラッシーの評価は辛い。確かにせせこましいし、計画とやらも上手く行ってるようには見えなかった。少なくとも目前ではないだろう。
「材料があれば兵士が作れる…というのは確かに凄いですがそれだけでは難しいでしょう。大方死霊術が使える他のアンデッドの創造か本当に再生する死霊術を目指してたのでしょう。しかし前者は反抗される可能性があるので駄目で、後者はまだまだなので色々研究していたと」
 恐らく素材次第で再生するか試したのが人間以外のスケルトンだったのだろう。外に出て広く素材を求めれば本当に上手く行ったのかもしれないが、ここに閉じこもっているのでは成功の目は薄そうだった。
「貴様ラ風情二ナニガ分カル!…イヤソウダナ星界人ノ肉体ヲ用イタゾンビナラバアルイハ…!」
 どうもロックオンされたようである。発想としてはありなのだろうがその状態で倒されたら結局復活する可能性がある気がするのだが…。
「我ガ野望ノ礎トナレィ!」
「おっとっと…結局こうなるっすか」
 レイスが突然放った火の矢を回避しつつ武器を構える。思えば魔法を使う相手とは初めての戦闘になるダイアウルフとは違った形で楽しめるかもしれない。
「では全員構え。魔法は可能な限り避けろ…攻撃より回避を優先だ。もし状態異常になったらカイワレ頼む」
「ええっと…〈エッセンスヒール〉だっけ…分かった!」
「ではトワゾス騎士団!戦闘開始!」

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