アライアンス!

松脂松明

怪鳥⑥

 ハーピーの群れはタルブ砦に迫ってきていた。人の頭と胴体に鳥の羽と足を持つ異形の群れだ。羽音とともに響く人のような金切り声が聞くものを不安にさせ、迎え撃とうとする兵士たちの顔は青褪めている。それでも逃亡したりするものが出ないあたりにラシアランの人望の厚さが窺えた。

 乱戦になるため兵士たちはキープタワーの左右に展開している。空にいる相手には城壁も意味をなさないため胸壁の前にも兵士は配置されていない。前方を空けてあるのは矢を降らして先制するためでもあった。
 長々としたラシアランの訓示の後にジェロックが神の名を唱えて加護を祈っている。兵士たちの呟く神の名はバラバラだったが特に誰も気にしていない。宗教的対立とかはあまり無いのかもしれないな、とケイはボンヤリと考えていた。

 正直なところで言えばケイは気楽な立場だ。視界のハーピーがヤニク達を襲っていたものと同種なら1対1で負ける要素はないし、あの数相手でも勝てるかどうかは別として逃げるのは可能だ。
 命の危機を共有できていないのはやや申し訳なく感じなくもないが、本来部外者がギリギリまで手伝うのだから文句を言われても困るのだ。
 左翼の指揮――指揮を取る余裕があるとは思えないが――は騎士ブリエールだ。長い黒髪の騎士はプレートメイルを着込み、兜のバイザーはまだ上げてあった。

「我らが騎士団の興亡がかかった戦いだ。不謹慎だがやり甲斐を感じるなケイ殿」
「確かに軍記物の一幕のようですね。生き残れば詩に残るかもしれません」
「その詩に名が出るような活躍をしなければな」

 陰鬱そうな印象だったが、ブリエールはケイにはよく話しかけてきた。なにかシンパシーを感じているのか、単に認めた相手には気安いのかは分からなかったが。


 ハーピー達の輪郭がはっきりするにつれてケイ達を含めた砦の全員が違和感を覚え始めていた。

「なぁケイ殿…タルタル殿とラシアラン卿の〈タウント〉で敵を呼び寄せるという作戦だったよな?」
「そうですねブリエール卿。そのあと出来る限り弓で射落とすという流れです」

 応えたケイはいつもの中装鎧姿だ。ブリエールのものと違いくまなく全身を覆っているわけではないが、様々な特殊効果があり見た目に反して防御力はブリエールの鎧よりはるかに上だろう。愛用の剣は腰に差したままで、ブリエールから借りたブロードソードを手に持っている。
 刈り込んだ髪は黒く、ブリエールと並んでいると兄弟に見えなくもなかった。

「気のせいかな?ハーピー共は真っ直ぐこちらに向かっているように見えるのだが…」
「奇遇ですね。私にもそう見えますよ」

 砦の方角に進んでいるのは遠目に見た時と変わらないが、角度が付いている。徐々に下に高度を下げているのだ。

(あっ。目があった)

 既にグラッシーでなくともその姿が見えている。朝に出くわした際はそれほど注視していなかったが、こうしてマジマジと見れば大変気味の悪い姿だった。髪の代わりに羽毛が生えているし、その顔は女のもので凶相で固定されている。

「つまりだ…ハーピー共の目的は最初からタルブ砦だったわけか?」
「ということになりますね。昔襲撃してきた魔物っていうのもハーピーだったのかもしれませんね」

 二人は笑い合う。現実逃避だ。内心は互いに汗が流れているだろう。

「つまりアレ全部が我々に突っ込んでくるわけか」
「しかも全体的にはアチラの先制になりそうですね」

 妙に冷静に周囲が把握できる。ラシアラン卿とタルタルは慌ててこちらに合流しようと動き始めている。

「「洒落になっていないな!」」

 妙に息の合った二人の声は羽音の濁流にかき消された。


「しまったっす!」

 作戦の流れに従い過ぎて〈アローレイン〉を溜めるタイミングを逃した。現在のグラッシーでは“力”を矢に込める時間がかかりすぎるため、溜め始めるタイミングは〈タウント〉発動と同時という打ち合わせだったのだ。

「…グラッシー!こっちにも来てるよ!」
「タワーに来てるのは俺たちに任せろ!弓兵隊は下の援護を優先だ!」

 ミュエリクが兜の面を下ろしながら叫んでいた。ハーピーは攻撃手段に乏しく、主に足の鉤爪を武器とする。そのため攻撃する際には降りてこなければならず、近接武器による対応も可能だ。

「こうなったら撃って撃って撃ちまくるっす!」

 塔の胸壁から身を乗り出して、下に向かって矢を放つ。〈ホークアイ〉で強化された感覚による攻撃は正確にハーピーのみを撃ち抜いていたが、焼け石に水といったところだ。愛用の〈銀月弓+8〉でないためか一発で倒せないのも問題だ。
 ハーピーは人に似ているため攻撃するのに抵抗があったが、そんな余裕はすぐになくなった。目線を戻せば既に塔の周囲も取り囲まれていた。

「アルレットちゃん!背中お願いっす!」
「…分かった!」

 アルレットはグラッシーと背中合わせになり、ハーピーに対処することにした。既に屋上もハーピー達が降り立っており、兵士たちと取っ組み合いのようになっている。短剣を抜いて時折振りながら、近付いてこようとするハーピーを威嚇する。
 ミュエリクは踊るようなステップを踏みながらハーピー達の間を立ち回っている。一撃で殺すのではなく、撹乱して弓兵に意識を向けさせないようにしてるのは流石騎士だ。

「…キリがない」

 アルレットの呟きが状況を一番正確に表しているのかもしれなかった。


 ブロードソードにして正解だった、そう思いながらケイは剣を振る。やや短めの刀身がこの混乱した状況では味方を傷つける可能性を減らしてくれるし、何より動きやすかった。
 目の前に突然降りてきたハーピーの首を迷わず切り飛ばす。この世界では急所の概念もちゃんとあるようで、本来通常攻撃一発では倒せないエネミーでもこのようにやれば一撃で片がつく。思えば先の〈ダイアウルフ〉も眉間に剣を叩き込んで倒したのだ。これがこの世界におけるクリティカルヒットの正体なのかもしれない。
 やはりというべきか、一匹一匹は大したことがない。こちらの兵士とさして変わらない程度だろう。とはいえこの数はただそれだけで厄介だ。加えて空を飛んでいるものも多いため地上近くまで降りてくるのを待たねばならなかった。
 この身体の身体能力ならジャンプで飛び上がれば届くだろうが、そんなことをすれば捕まってさらに上空へ連れて行かれて落とされる可能性があり、それだけは避けるべきだった。

「試してみるか…!」

 温存しすぎて敗北など冗談ではない、“力”を剣に込めて以前からのアイデアを形にする。

「〈ソニックブレード〉!」

 衝撃波が空中を奔り、ハーピー3羽をまとめて両断した。
 地面を伝わせて使う〈ソニックブレード〉を空中に転用する。それがアイデアの中身。結果はまぁ成功と言えるだろう…発動には成功したのだから。
 しかし射程距離が短い。通常なら10メートルの効果範囲のはずが半分程度だ。
 そんなことを考えているとハーピーの顔が突然視界に現れ…その額に風穴が開いた。

「〈ソニックブレード〉を空に放つか。良い技です。初心者は脱しているのですな」
「ラシアラン卿…!」

 駆けつけるのが早いところを見れば作戦が崩壊したのを知って物見塔から飛び降りてきたのだろうが、だとすれば星界人並の身体能力だ。
 その手に持つのは無骨な長剣。それでどうやって銃痕のような風穴を開けたのか。そんなスキルはトライ・アライアンスにはなかった。ということは――

「私の技と少し似ていますな。私の場合はこのように…〈ソニックスラスト〉!」

 奇妙な構えから突きを繰り出すと、再びハーピーの頭に風穴が開く。

「〈ソニックブレード〉の衝撃波を収斂して放ちます。急所を確実に狙わなければなりませんが」


 やはりこの世界ではスキルは基本的な型に過ぎなかったのだ。ならば“力”の使い方は無限とも言える広がりを見せることになるだろう。無意識にハーピーの翼を切り飛ばしながらケイは心が沸き立つのを感じる。

「是非!色々!教えて!もらいたいですね!」
「構いませんよ!報酬が!少ないと!思っていましたからね!」

 言葉が途切れ途切れになっているのはその都度ハーピーを叩き切っているからだ。楽しげに血しぶきを振りまく二人を兵士たちは最初は気味悪げに眺め、次いで感染したかのように雄叫びをあげた。この二団長がいれば生き残れるかもしれない。そう感じたのだ。


 右翼ではジェロックと物見塔から降りてきたタルタルが奮戦していた。

「なにやらアチラは盛り上がっておりますな」

 ハーピーの羽音すらかき消すような鬨の声が聴こえる。〈ホーリーショック〉で周囲のハーピーを吹き飛ばすと、背中から落ちたハーピーにタルタルが踊りかかった。

「左翼には団長達がいますからね…なにかやったのでしょうよ」

 いつもの表情のままメイスでハーピーの顔面を叩き潰すタルタルを見て、ジェロックは奇妙な表情を浮かべた。こういった兵士や騎士はたまにいる。ただ黙々と戦闘をこなすのだ。敵になにも感じないのではなく単純に割り切っているらしく、それは分かりやすい狂気より遥かに気味が悪いものだ。

「さぁ僕らは堅実に頑張りましょう。他に手が無いですしね」

 タルタル本人は至って善良に見えるのがさらに恐ろしい。彼はジェロックが障害になれば仕方なく、それでいて平然と排除するのだろう。

「…そうですね。我らにヘルミーナの加護があらんことを」

 ヘルミーナが司るのは慈愛と誠実。彼は別にそれらが不足しているわけでもないのだが、それでも加護を祈らずにはいられなかった。


(駄目だ…足りないっす)

 一方で高所に陣取っているグラッシーには戦況がよく見えていた。各所の実力者は一方的にハーピーを屠っているし、右翼に至っては魔法のサポートのため兵士たちも善戦している。
 だが敵の数が多すぎた。正確に把握するのは不可能だが、1000どころか2000はいるのではないか。ケイとラシアランが見せているスキルはグラッシーも見たことが無いものだったが、広範囲を殲滅するものでは無いし、連発し続けることはできない。このままでは砦はいずれ落ちるだろう。
 高位の装備に身を包んだグラッシー達は最後まで生き残れるだろうが、この装備の守りも耐久力がなくなってしまえばそれまでの可能性がある。
 高所から叩き落されることにさえ注意すれば逃げることは可能だったが、それは敗北だ。超人的な身体能力を持ったグラッシー達3人とラシアランだけでは連れて逃げれる人数には限度があり、それ以外は死ぬのだから。そしてそれを他人事で片付けられるほど人情味が無いわけではない。
 現在広範囲を攻撃可能なのはグラッシーのみ。しかしこの状況ではアローレインは味方を巻き込む。

「…グラッシー?大丈夫?」

 アルレットが声をかけてくる。グラッシー達と違いただの革鎧の彼女は既に傷だらけだ。砂色の髪も土と血に汚れていて、どうみても彼女のほうが大変だ。それでも彼女はグラッシーの心配をしてくる。
本当に可愛い妹分だ。そんなアルレットには無様は見せられないので努めて明るい声を出す。

「大丈夫っすよアルレットちゃん!まぁ決め手に欠けるのは事実っすね」
「あの矢がバーっと振ってくるスキルは使えないの?」
「味方が巻き込まれるっすねぇ…範囲は広いっすけど。上に打ち上げるスキルっすから距離が…」

 話してる間にもハーピー達は群がってくる。2羽ほど護衛達を抜けて鉤爪を振るってくるが、防具に阻まれて小突かれる程度ですんだ。すかさずアルレットが短剣で威嚇して追い払う。

「…じゃあ横に向かって撃てないの?」
「へ?」
「ケイ団長達はそうしてるみたいだけど…」

 確かにラシアランの方は良く分からないが、ケイのスキルは〈ソニックブレード〉に見える。スキルがゲーム時代の通りなら、失敗したり貯めが必要になる時点で変だ。

「…物は試し、というやつ」
「アルレットちゃんがそう言うなら…」

 矢を番える。基本は〈アローレイン〉のイメージのままだが、放たれた後に発動するような“力”の流れは難しい。ならば矢から枝葉が生えるようなイメージだ。イメージの矢を番えた矢から幾つも生やす。

「これで…どうっすか!?」

 矢が放たれると、実体のない矢が共に飛ぶ。手元から逆円錐状にバラけた矢がハーピーを襲い、一気にかなりの数が射落とされた。

「…グラッシー凄い」
「アルレットちゃんのおかげっす!これで勝ちの目が見えてきたっすよ!」


「なんだあのデタラメは…」

 ボトボトと振ってくるハーピーを呆然と眺めながらブリエールは呟く。

「ほう…グラッシー殿かな。アレ程の矢を生成するのは初めて見た。稀有な個性だ」

 ラシアランが感心しながら上を見上げている。近くを通ったハーピーを見もせずに頭を叩き割っており、この人も大概な化物だ。
 個性というよりは相性という方が正確かもしれない…スキルや魔法を使う者には特定のスキルや属性の扱いが極端に上手いものが稀に現れる。あのグラッシーというエルフは〈アローレイン〉の扱いに長けるのだろう。ラシアラン卿が衝撃波の扱いに長けるように。

「狙いは付けれないようですが…この状況ならどこ撃っても当たるでしょうね」

 ラシアランの横ではケイが落ちてきたハーピーにトドメをさして回っている。喜々として喉を踏み抜いたり、頭を蹴り上げたりと容赦がない。時折弧を描くような衝撃波を出してハーピーを何体かまとめて両断している。

(化け物ばかりか!俺の周りは!)

 特異な素質を出せる人間はほとんどいない。大抵は一生かけても基本のスキルを習得するのがやっとで、応用など望めない。それがこの場には3人いるのだ。一体いかなる偶然か。
 真っ当な騎士であるブリエールは思考を停止させることにした。ただ黙々と剣を振るう。脇役には脇役の役割があるのだ。規格外と自分を比べると碌なことにならないのが世の常なのだから。詩に名前が残ることは諦めなければならないようだった。


 戦い始めて何時間経ったのだろうか。いや実は一時間も経っていないのかもしれなかった。
 誰も彼もが傷だらけだ。ケイの鎧でさえ既にボロボロになっている部分が出てきており、顔など剥き出しの肌には鉤爪で付けられた切り傷が赤い線を引いている。
 兵士たちはほとんどが倒れてしまった。まだ息があるものは傷が浅いうちにポーションを飲んだ兵士によってキープタワーの中に避難させられている。どうやらポーションは確かに傷を癒やすようだが、疲労が取れるかはまた別問題のようで避難した負傷者はすぐに戦線復帰とはいかないようだ。
 もっともどちらの被害が大きいかといえば敵側の方だ。その理由は時折キープタワーの頂上から放たれる無数の矢。グラッシーの思いがけないスキルによって、ハーピー達の勢いに陰りが出始めていた。 出し惜しみを止めたグラッシーが本来使っていた〈銀月弓+8〉を持ち出すと、“横殴りアローレイン”がハーピーを貫通するようになったためだ。この戦いでハーピーの討伐数トップは間違いなくグラッシーだろう。

「やぁブリエール卿。どうにかなりそうですね…」
「ケイ殿…か。すまない…間違えて…斬りそうに…なった」

 背中がぶつかった相手の声は途切れ途切れだ。ブリエールの兜は既にもぎ取られたようで素顔を晒しており、剣を杖にしてかろうじて立っていた。これほどの時間戦い続けてその程度なあたりブリエールも充分超人の部類だろう。


 日が傾き始めた頃にはハーピーの群れはすでにまばらとなっていた。足下に広がる血溜まりと羽毛の後からひどい臭いがする。

「しかし…この連中はどうして逃げないんでしょうね?」

 ケイ自身も疲労でぼうっとしてきている。一日中続く単調作業は、命がかかっていようとも精神に疲労を与えて休息をねだる。何か話していなければ眠り込んでしまいそうだった。

「さて…何かに追い立てられて…いるなどとは…考えたくも…ないが」

 ハーピーを狂騒に駆り立てている何か。指揮官のような存在がいるとでもいるのだろうか。

(いけない…こういうことを考えていると…)

 みしり、という音が聞こえた。


 ハーピーが掃討されて開けたあたりに裂け目ができている。赤黒く光るそれは徐々に瞼のように開いていく。そこから何かが現れようとしている、と見た者達は誰もが直感した。
 近くのハーピーを蹴り飛ばして“裂け目”の前で剣を正眼に構える。同じことを感じたラシアランとタルタルも横に並ぶ。
 裂け目が広がりきった後一瞬で消える。その後には家一軒程の大きさのハーピーが出現していた。

 兵士たちはそれを見て膝をつき、誰ともなく呟いた。

「終わりだ…」

 しかし巨大なハーピーの前に立つ騎士たちは誰も諦めてはいなかった。それはあたかも神話の巨人に立ち向かう英雄たちのようだった。既にTP…“力”も残り少ない。だが短時間で勝負を付けなければ気力の問題でケイ達は倒れてしまうだろう。覚悟を固めたその瞬間――

「命名!〈グラッシーアロー〉!っす!」

 巨大ハーピーは蜂の巣となった。


「「「…」」」
 身体が巨大だったため、広間に飛び降りてきたグラッシーが放った矢の雨を文字通り一身に受けてしまったのだ。散弾銃で撃たれればこんなふうになるのかもしれない。

(この戦いはひょっとしたらグラッシー無双伝説の始まりになるのでは…)

 あまりの落差に倒れ込んだケイは馬鹿らしいことを考えながら意識を手放した。



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