アライアンス!

松脂松明

怪鳥⑤

「…意外と遅いんですねハーピーって」
「まぁ人間の胴体に顔っすからねぇ…実は飛ぶのに向いてないんじゃないっすか?」

 遠目に見えた雷雲らしきモノがハーピーの群れだと判明したタルブ砦は大騒ぎとなっていた。現在ラシアラン卿を初めとした指揮官達は対策を講じるため執務室に篭っている。
 グラッシーの優れた感覚を活かすためにトワゾス騎士団は物見塔の一つで監視中だ。客人を働かすことにラシアラン卿は抵抗があったようだが、背に腹は代えられないようで許可が降りていた。

「…ハーピーの様子はどう?グラッシー」
「妙っすねぇ…真っ直ぐこちらに向かっているように見えるんすよ。〈ホークアイ〉で見れば結構人里も見えるんっすけど、そっちには見向きもしてないようっす」
「指揮官でもいるんですかね。ほら〈ハーピーシャーマン〉とか〈ハーピーコマンダー〉とかいたじゃないですか」

 トライ・アライアンスに限った話ではないが、亜人系の敵は多くの種類に別れており彼らの生活や文化も匂わせるのもファンタジーの醍醐味というものだ。タルタルが話題に上げた〈ハーピーシャーマン〉は魔法を使ってくるし、〈ハーピーコマンダー〉はサイズが大きい個体だ。

「流石にそこまではわからないっす…数が多すぎて目が滑るっすよ。1000匹ぐらいいるんじゃないっすかね?」
(ハーピーって1000羽って数えるのかなぁ…いや、胴体と頭が人型だから案外1000人?)

 距離が離れすぎていてケイには群れの様子が詳しくは分からない。そのため現実感が薄く、思考も逸れがちだった。ついでにいえば危機感も薄い。


「どうなると思いますか団長?」

 タルタルに話を振られてケイは我に返った。

「うーん…ハーピー達の目的地が分からないですからね。ラシアラン卿としては早めに進行方向にある拠点とかに伝令だけ出して、守りを固めるしかないんじゃないですか?」

 この物見塔はケイ達しかいないため、どうもだらけた雰囲気となってしまう。配置された兵士達は戦に備えて奔走している。

「ここが目当てだったりして」
「まさか!ははは!」
「そういうこと言ってると本当に来るっすよ。変なフラグ立てないで欲しいっす」
「…ふらぐ?」

 アルレットが小首を傾げている姿が愛らしい。ここ数日で分かったが彼女はまだ本当に成人前らしい。背丈などは既に大人と変わらないし、顔立ちも凛々しい感じのためギャップがある。そこがグラッシーを筆頭としてケイ達に可愛がられているのだが。


「真面目な話ですが、本当にこの砦に来た場合、トワゾス騎士団としてはどうしますか団長?」
「ラシアラン卿は良い人です。それにこれから首都に向かう以上、案内人以外の保証も欲しい。出来る限り助ける方針でいきましょう」

 星界人が暴動を起こしたという話を聞いた後では尚更だ。“この人達は良い星界人です”と立場のある人から一筆いただければ万々歳。ひどい話だがトワゾス騎士団だけの利益を求める場合、少しばかりハーピーがこの砦を襲ってくれたほうがありがたいのだ。全部はいらないが。

「そんなこと言って。団長は戦いたいだけじゃないっすか」

 ジト目でグラッシーが睨んでくる。ぐるぐるメガネのせいで実際にどうかは分からないが。

「…気付かれてました?」
「ダイアウルフと戦ったっていう日以降、そんな部分が見え隠れするっす。そんなに楽しかったんっすか?」

 口調は砕けたままだが表情は真剣だ。鋭さという意味でならグラッシーはこの面子で一番優れているのだろう。

「そうですね…言葉にするのは難しいですが、楽しかったです」

 身内に隠し事は無しだ。そう、ダイアウルフとの戦いは楽しかった。

「この体を使い切れる充足感。程よい緊張。敬意を抱ける誇りある敵…スポーツに打ち込む人はあんな気分なのかもしれませんね」
「…ケイ団長、なんか危ない人みたい」
「みたいじゃなく、完全に危ない人っすよアルレットちゃん。こういう大人になっちゃ駄目っす」
「良いじゃないですか。別に僕達に害があるわけじゃなし。むしろ頼もしくなったというものでしょう」
「タルやんも結構あっち側の人っすよね…薄々そんな気してたっすけど」

 気がつけば常識人役がグラッシーに移ることになってきているが、グラッシーはめげずに付き合う気のようだ。素の口調と良い、根は面倒見がいいのだ。


 話題も尽きてきたが、ハーピーの群れはまだ遠い。どうやら予想以上に飛ぶのは遅いらしい。緊張感が完全に消え失せてきた頃、息を切らしながら兵士が駆け寄ってくる。

「ケイ卿!ラシアラン卿が執務室にお越しいただきたいとのこと!ご案内いたしますのでお早く!」
(卿じゃないんだけどなぁ…)

 そう思いながらも口には出さず、素直に応じることにした。

「この砦はこれから戦闘態勢に入る。客人方には申し訳ないが、すぐに出発していただきたい」

 執務室にいたのはラシアラン、ジェロック含めて5人。ジュリュカ騎士団に所属する正騎士二人と、ファブリーの言っていた兵長とは初対面だった。軽く挨拶をしてから話し合いを始める。

「一応聞いておきたいのですが、戦闘になる場合撤退とかはしないのですか?」
「できん。ここは王家より任じられた地。退けば我らはどの道生きては行けぬし、陛下の足を引っ張ることになろう」

 そう答えたのは騎士ブリエール。黒髪の陰鬱そうな男だ。

「我々にも家名ってものがあるんでね。兵たちにもここ以外に居場所が無い連中が多いんだ」

 金髪の青年騎士ミュエリクは気さくに語る。爽やかな印象で、元の世界だと友達になる機会はなさそうなタイプだ。

「ジェロック殿は?ヘルミーナ神殿騎士団の所属なのでしょう?」
「だからこそです。ジュリュカ騎士団員が残ってヘルミーナ神殿騎士だけ逃げた、などと言われては堪りませぬ」
(宮仕えの悲しさというやつだなぁ…)
「伝令は出したのですか?」
「麓の村々には避難に備えるよう伝えるため兵を送った…が、あの大群相手では各方面にも送らなければなりますまい。馬が足りませぬな」

 ラシアラン卿は苦い顔をしている。ハーピー達の目的地が分からないのではそれしかできない為だろう。

「うちの団員の話ではタルブ砦に真っ直ぐ向かっているそうです。数は千を越え、なぜか進路上の人里には見向きもしてないようで」
「ますます分からんな…餌を求めてというわけでもないのか。情報、感謝いたす…物見まで任せてしまったのですから、約束通り案内人はつけましょう。客人方を巻き込んだとあらば我らの名折れ故、早いうちに出発されよ」

 室内の全員が立ち上がって礼をした。彼らは貴族ではないケイに本当に感謝して頭を下げているのだ。
 仮にハーピー達が砦の上を通過するだけだとしても、彼らは義務として素通りを許さずに自分たちから攻撃を仕掛けるだろう。不利な敵を前にも引かず義務を果たす。それはケイ達が真似をしようとしていた想像上の騎士そのもののように思われた。

(あとでグラッシーさんに小言を言われそうだなぁ…)

 やはり見捨ててはおけない、そう考えケイは照れ隠しに軽い口調で提案した。

「では傭兵を雇われてはいかがですか?お安くしておきますよ?」


「で、受けてきたわけっすか」
「はい…すいません…。あ、でもちゃんと団員が参加するかは本人に任せるって伝えましたよ?」

 タルタルとアルレットが苦笑いしながら、グラッシーの前で正座する団長を見ていた。

「アタシ達が団長を置いて参加しないとでも思ってるっすか。参加するっすよ。でもこういう時は一旦時間を貰って相談すべきことっす。いざとなれば自分だけ腹切ればいいや、じゃないんっすから。ケイくんはもう団長さんなんっすよ?反省してるっすか?」

 早口の説教にケイは身体を縮こまらせる。とても団長と団員には見えなかった。

「はい…反省してます…」
「じゃあもういいっす…それで報酬は?」
「各地への紹介状と物資、それに予備の武具一式です…」
「まぁお金はいまのところ必要ないっすからね。それでいいと思うっす」
「あ、それと〈馬笛〉の実験がてら馬を貸しました。死にそうになったら逃げていいって条件と引き換えで」
「なんで情報小出しにするっすか!?」
「すいません!自分の馬だからいいかなって!」
「…なんかグラッシーってお母さんみたいだね」
「はは…」

 平謝りする団長を見てアルレットが呟き、タルタルは乾いた笑い声をあげていた。


「これで良いかなケイ殿?貴殿の佩いた剣とは比ぶべくもない代物だが」

 騎士ブリエールが剣を渡してくれた。飾り気のない量産品とのことだが、愛用の〈ディフェンダーソード+9〉に似たブロードソードであり問題なく使えそうだった。

「ありがとうございますブリエール卿。あの数相手では流石に耐久力が保たなそうなので」
 ケイだけでなく、他の団員も予備の武器を借りる予定になっている。これは報酬のものとは別だ。ゲーム時代の設定が生きているなら、愛用の剣もあと何十匹か倒したら使用不可になってしまうだろう。切り札として活用したいところであった。

「しかし貴殿も物好きだな。危険が報酬と釣り合ってないように思えるが」
「そうですか?死にそうになったら逃げても良いわけですし、かなり要求したつもりだったのですが」
「そういうことを言うやつほど逃げないものだ。言葉通り捉えても死にそうになるまでは戦うということではないか」

 主君と名誉のために逃げないと言った人に言われるほどではない、とケイは思う。単体としてのハーピーは大したエネミーではないため、本気でケイ達が逃げれば追いつけないだろう。アルレットを抱える必要はあるが。

「買いかぶりすぎですね。私は単なる報酬目当ての星界人です」
「そういうことにしておこうか。…タルタル殿の技で敵を引きつけるのだったな。〈タウント〉が使えるとは大した勇気の持ち主だ」
「素通りするかもしれないハーピーたちをわざわざ自分たちの砦に呼び込むあなた達が言いますか」

 物見塔に立ったラシアランとタルタルが〈タウント〉で敵を引きつけ、グラッシーを主軸とした弓兵隊ができるだけ数を減らし、あとは敵か自分たちが全滅するまで乱戦というのが作戦だ。口に出す気はないが、それこそ正気とは思えない。

「我ら騎士は王と民の盾となるのが役目だからな。…生きて帰れたら貴殿の剣じっくり見せてくれ」
「いくらでも。報酬として貰える武具はあなたに見繕って貰いますよ」

 くすぐったいような気分で肩を並べて歩き出す。いくら速度が遅いといっても今日中にはこの砦に到達するだろう。一体何人が生き残れるのか知らないが、自分だけは死ぬ気がしなかった。


「しかし本当によろしいのですかなタルタル卿。兵士たちにこんな…」
「僕は星界人なので卿じゃないですよイジドナ兵士長。団長達も出していますし、礼なら団長に言ってください」

 タルタルは【HP回復ポーション(中)】を兵士たちに配っていた。回復量はタルタル達にしてみればそう大したものではないが、レベル20ほどと思われる兵士たちなら瀕死からでも立ち直れそうであった。
 【HP回復ポーション(大)】や【HP回復ポーション(特大)】は渡していないし、ポーションが飲めるかは試したが実際効き目があるかを確認する機会が無かったため半分実験扱いである。なんとも打算まみれの贈り物だが、兵士たちは見ず知らずの騎士の厚意に感謝しているようで大変居心地が悪い。
 兵士たちは100人もいないため、全員に行き渡った。

「まぁ飲む暇があるかは分かりませんが…ジェロック殿も全員には手が回らないでしょうからこれぐらいは」
「お前ら!タルタル殿達からのご厚意だ!持ち帰って売ろうなどと考えるなよ!」

 兵士長の声に何人かの兵士が目を逸らす。売る気だったようだ。

「全くこいつらは…」
「まぁまぁ。生きて帰る気なのですから、頼もしいではないですか」

 タルタルはこの世界から戻るため、仲間以外は見捨てても良いとさえ思っている。だが彼らの顔を見ているとその決意はどんどん鈍っていきそうだった。


 タルブ砦の中央に立つキープタワー。その屋上がグラッシーとアルレットの持ち場だ。周囲の物見塔と比べて僅かに高いだけだが見晴らしは良く全方位に援護が可能だ。広さもかなりあるため、動き回らねばらならないだろうが。

「主力っすか。慣れないっすねぇ。いざとなれば抱えて降りるっすからアルレットちゃんは近くにいて欲しいっすよ」
「…分かった。グラッシーほど強くないけど頑張るよ」
「健気っすねぇアルレットちゃんは…。お姉さんが絶対に守ってあげるっすよ!」

 抱きついて頭をわしわしと撫でる。髪が短めなため弟のようでもあり妹のようでもあり、グラッシーにとってアルレットは最高の妹分だった。

「二人は俺が守って見せるから、心配はいらないさ」

 主力である弓使いには護衛が付いている。その護衛に選ばれた騎士ミュエリクが歯を輝かせながら笑う。見た目通り女性にも積極的らしい。

「ミュエリク殿お願いしますね。頼りにしています」

 グラッシーが眼鏡を外しながら微笑むと、凄まじい勢いでミュエリクは気炎を上げ始めた。
「…グラッシー。悪女みたい」
「アルレットちゃんは覚えなくていいっすからねー」


「全く状況がわかっているのかあいつらは…すまんなジェロック。巻き込んでしまって」
「それは言いっこなしだラシアラン。それに良い若者たちではないか」

 二人の時にだけする口調で初老の二人は会話をしていた。

「ああ頼もしいやつらだ。それを俺たちは巻き込もうとしている」
「若すぎる連中は伝令として送ったのだ、やるだけはやった。あとは身体を張って彼らを死なせないようするのだな。その歳で〈タウント〉役とは…、腰をやらないようにな」
「抜かせ、貴様こそ間違えてハーピーを癒やすのではないか?」
「そんなことはせん!」
「昔敵兵にやっただろうが!」
「あれは慈悲の心というのだ!」

 言い合いが終わると二人は笑い合う。

「自分から危機を呼び込んで死んだのでは笑い話にもならん…生き残るぞジェロック」
「あの数だ。いずれどこかで害をなすのは間違いあるまい。お前は間違ってはいないさラシアラン。正しいかは神のみぞ知るというやつだが」

 長い一日が始まる。



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