あるバーのマスターの話

ノベルバユーザー173744

『浪漫飛行』

今日の客が来た時に、マスターは渋い顔をした。
古西雄堯こにしたけあき……雄洋たけひろの父親で、マスターの悪友である。
まだ雄洋がいればいいのだが、雄堯の妻の優子が一緒である。
優子はマスターと雄堯の後輩である。

「……よく来たな」
彰一しょういちさん?」
「へぇ〜。彰一の嫁さん……若くないか?」
「あ、申し訳ありません。はるかと申します」
「若っ!彰一、お前、かどわかして来たか?」

マスターはますます渋い顔になる。

「もう帰れ!お前はいらん!」
「彰一さん。お客様ですよ」
「違いますよ。遼。こいつは悪友で、雄洋さんの父親なんです。そして、奥さんの優子さん。高校時代の後輩です」
「そ、そうだったんですね。すみません。はじめまして」
粟井原あいばらさんの奥さんのことは、息子に聞きました。いつもお世話になっております。遼さん」

優子は笑う。

「わぁ、どうしましょう。いっぱい雄洋さんや宣子のりこさんたちに迷惑ばかりかけてます」
「はぁ!本当にお腹が大きいな。お前、父親か〜あんなに家族のこと……」
「これ以上言うなら帰れ!」

彰一が激怒する。

「お前は一言多いんだ!だから面倒だからあれほど来るなと!」
「と言うか、お前の姉さん達から頼まれてなぁ……」
「知るか!もう帰れ!」
「と言っても、お前のお袋さんが老い先短いって知ってるか?」
「……何を今更」

冷たく笑う。

「親父も祖父母も死んだ時、遺産目当てで大騒ぎだけして、俺に、財産放棄しろとお袋と一緒に詰め寄ったのはあいつらだ。俺が養子だからと、言ったのは!親父の死に目にも、祖父母の死に目にもやってこなかったのに、葬式に喪服じゃなく派手な服で乗り込んで来たのはあっちじゃないか」
「まぁなぁ……」
「今更どのツラを下げて言って来る。その上自分から来るならともかく、お前を使ってか……帰ってくれ!」
「俺は、使われたんじゃない。それよりも、うちの息子と宣子さんが早く結婚して欲しいんだ!孫の顔が見たい!」
「勝手にしやがれ!お前よりも、雄洋さんの方が十分ものを考えている。単細胞が!」

彰一はカウンターに入る。
遼は2人に席を勧めるとCDを選ぶ。
今日は米米CLUB。

「へぇ……お前の店、狭いけど居心地がいいなぁ」
「……今は最悪だがな」

マスターは呟き、何かを準備し始める。
しばらくして、

「優子さん、この馬鹿口を閉ざす方法を教えてくださいよ。鬱陶しい」
「無理よ〜先輩が苦労したまんまですもの」

苦笑する優子と雄堯の前に、カクテルグラスを並べる。

「……お前と言う重い荷物を背負う優子さんに。この歌をイメージしたカクテルだ」
「なんだとう!何が荷物だ!」
「これは?」
「『アラウンド・ザ・ワールド』。飲んだら帰れ!雄堯」
「彰一さん。お客様ですよ」

遼はたしなめる。
そして、

「どうぞ、カクテル言葉は『冒険』です。お楽しみください」

と告げたのだった。

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