あるバーのマスターの話

ノベルバユーザー173744

『翼をください』

マスターは古いCDをかけつつハッとする。
今日は節分である。

一応、節分は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことを言うらしく、節分とは「季節を分ける」ことも意味しているらしい。
しかし、江戸時代以降は特に立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多い。
と言うことらしい。

一応情報としてマスターは、お客様と話すときに最低限の情報を得ておく。
聞き上手は情報収集を欠かせないのだ。

近くの神社には紅梅が開き始めた。
春に近づいているらしい。

ミモザはまだ元気である。
紅梅を買うのはミモザのあとにしよう……。

と、今日も開店にすると、瓜二つの青年たちが姿を見せた。
背丈も変わらず、顔立ちも瓜二つ。
着ているのは、眼鏡の、右分けの髪の青年は上品な着物姿。
左分けの青年は眼鏡はなく、服装は少々チャラい格好である。

「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「おばんどす~」
「京都の方ですか?」

イントネーションがはんなりとしている。

「あ、はい。洛西らくせいの方ですわ。シィ……弟が、この間、幼馴染みに聞いたと来てみたいて言うて」
「言いながら、サキも気になっとったやろ?」
「双子さんですよね?」
「えぇ。あてが兄の紫野むらさきの言います」
「あては標野しめの言います」

名前に驚く。

「珍しいですね‼それは額田王ぬかたのおおきみの『あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る』からでしょうか?それは、素敵な……」
「くわしいですね……昔はシィはまだましで、あてはよう変な名前やと……」
「いえいえ、素敵な名前です」

おしぼりを二人に手渡す。

「お二人は、こちらに旅行ですか?」
「あ、あては、こっちにおるんですよ。サキは家継いだんで、あては暖簾別けしてもろて……」
「のれんわけ……」
「あ、あてらは京菓子職人で、10年前にあては独立しとるんです。サキは結婚して、上の娘が8才かなぁ?」

ニヤニヤと兄を見る。

「嫁はんに『結婚して‼』言われたんよなぁ……」
「食べるために着いていく‼お菓子食べたい‼頂戴頂戴‼言うて、鳥の雛がピヨピヨと鳴いてる……それに、鳥籠の中の小鳥みたいで……飛びたいなら、好きなように飛べるように訓練でもと……」
「嫁はん、放すつもりやったんか……」
「言うか、小鳥を再び鳥籠にって、出来ひんわ。ほら、この曲みたいに……」

流れる曲を示す。

「『翼をください』……か。学校で歌ったなぁ……」
「……雛菊ひなぎくは辛い目に長い間おうてきたんや、自由にさせてやりたいわ……」
「……サキ。流石は、だいちゃんの兄やなぁ……デレデレやで?」
「シィもな」

その言葉に標野は奇妙な顔をする。

「あては嫁はんには尻にしかれとるわ……」
ひめはんにもろてもろて、よかったやないか」
「あては、飛び回る嫁はんを捕まえる網がほしいわ」

首をすくめると、微笑みながら話を聞いていたマスターが、グラスを差し出す。

「どうぞ」
「これは……?」

グラスを引き寄せた双子に、優しく微笑む。

「『エンジェル・ウイング』と申します。天使の翼……お二人の奥さまのことであり、お二人のことでもあるかと思います。京都でしたら、聞いたことがあると思いますが、『比翼連理』と言うと夫婦仲のむつまじい、男女の離れがたく仲むつまじいことのたとえですし……仲良くなさってくださいね」

顔を見合わせた二人は、グラスをあわせ、優しい味のカクテルを飲んだのだった。

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