あるバーのマスターの話

ノベルバユーザー173744

『夢であるように』

今日も寒い日だった。

首都圏や北陸東北地方等、出勤の人々は、猛吹雪で大変そうである。
冬になると、お客はやはり減る。
特にマスターのこの店は狭く大人数は入りきれないし、常連客もいるが毎日来るわけではない。

しかし、最新式のデッキに買い換え、こつこつと集めたCDはかなりの枚数になり、その上常連客が聞かなくなったと言っておいて帰る場合もある。
今日はあるお客が、

「大好きなんだけど、移したから、もらってくれないかしら?」

と置いて帰ったCDから、お気に入りの曲の入ったアルバムを見つけ、かけていた。
DEENのアルバムである。
ZARDの坂井泉水さかいいずみさんに提供してもらった曲などもありとても有名な曲が多く、それに声に癖がなく聞きやすい。

カラン……

ドアベルが響き、現れたのは一人の青年……。
清潔そうな身なりだが、表情は固い。

「いらっしゃいませ。寒いでしょう。どうぞ」
「ありがとうございます」

マフラーをはずしコートを脱ぎ、近づいたのは30前の青年。
重苦しい表情でスマホをカウンターに置いて座った。

「エアコンの温度をあげましょうか?」
「いえ、大丈夫です。マスター、もしよければカクテルをお願いできますか?」
「かしこまりました」

微笑む。
そして準備を始めた。

「……あれ、この曲は……」
「あぁ、DEENのCDです。ご存知ですか?」
「えぇ‼この『ベストアルバム』を持っています」

楽しそうに笑い、そして陰る。

「……ドライブによくかけてました」
「そうですか……」

青年はカウンターに肘をつき、組んだ手の甲に顎をのせる。

「……彼女と別れちゃいました。新年早々。俺としては……結婚を考えてて、その為にも必死に残業をして……でも、彼女のことを忘れてはいなくて、ただ必死だったのに……いつから食い違うようになっちゃったんだろう……」
「どうぞ」
「ありがとうございます」

青年は、グラスを引き寄せる。

「これは……?」
「ソウル・キスです」
「曲も?」
「いえ、『夢であるように』ですね。ゲームの挿入歌になっていますよ」
「……そうなんですね……夢であるように……もう無理だと思った」

ゆっくりとグラスを傾ける青年は、

「ソウル・キスは少し今の自分には苦いですね……」

と呟いたのが、マスターには響いたのだった。

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