あるバーのマスターの話
『Love is all』
今日は、マスターは珍しくうんざりしていた。
クリスマス直前だと言うのに、学生時代の友人が、他の店で飲んで悪酔いのままやって来たのである。
来てくれるのはうれしいが、くだをまく姿は見られない……。
共にいるのが息子らしい。
彼が小さい頃に会っていたが、大きくなると、面影はあっても目を見張るものである。
「だからな……えーと、そうなんだ‼最近は不景気で本当に駄目だ‼」
「父さん‼だからやめよう、ね?恥ずかしいから」
「何が恥ずかしい‼私は必死に働いて……働いて、働いてきて……お前に譲ろうと思っていたのに……」
「景気が悪いんだから仕方ないよ」
隣に座っている青年は苦笑する。
「父さんは、ちゃんと働いてきたんだから……」
「……家族も省みず……お前にも、別れた嫁さんにも……」
酒の勢いのせいか、泣き出す。
「どうしてなんだ……こんなはずじゃなかったのに……本当は……」
「……温かいおしぼりをどうぞ」
「ありがとうございます。はい、父さん」
「うぅぅ……」
鼻はかまないが、涙をぬぐう父の肩を撫でながら、息子は流れている音楽を聴き呟く。
「徳永英明さんの『Love is all』ですね。たしか湾岸戦争の頃に……」
「そうですね。確か雄洋さんでしたか?お父さんには肩掛けを用意いたしますから、こちらをどうぞ……」
二人のようすを静かに見守りつつ、何かを作っていたマスターはグラスを差し出す。
「これは……」
「『クリス』と言うカクテルです」
「『刀剣(Kris)』……ですか?」
「『クリスマス(Christmas)』『サンタクロース(Santa Claus)』の『クリス』ですよ。ブランデーベースのカクテルで、シェイカーは使わないものです」
「ワシが飲む……」
手を伸ばす友人に、
「雄堯は、これにしろ」
と、柚子茶を渡す。
「いただきます」
「どうぞ」
ようやくおとなしくなった父親の横で、カクテルを手にして、
「大きいですね、グラス……」
「トニックウォーターで割っているので、ですが自信作ですよ」
ゆっくりと飲み干した雄洋は、目を丸くする。
「……美味しいです‼私は、日本酒とか、焼酎の緑茶割りとか、烏龍茶割り……だったので」
「あぁ、焼酎割りも一工夫加えると美味しくはなるのですが、甘いものは?」
「好きです」
「じゃぁ、炭酸ジュース割りなどは?焼酎にも味の好みは分かれますので」
「そうなんですか……」
少し嬉しそうな顔をする。
「お酒は飲みすぎるとダメですが、ここでは楽しんで飲んで戴けたらと思います」
柚子茶と飲みすぎのせいだろうか、寝入ってしまった父親の背中を撫でながら、雄洋は呟く。
「父の背中は……本当に大きかったです……。強くて働き者で、自慢の父でした……」
「……」
グラスを拭きながら、青年の声に聞き入る。
「やっぱり景気が悪くなって……人件費を削減しようと、母も僕も必死で……でも、母は疲れてしまって……妹の家に……。妹の家にも小さい甥に姪もいるのに……実家には帰れないし……戻ってくれと言うのですが……父も母も意地を張って……。離婚届は出してないんです」
「……雄洋さんは……大変ですね」
「……慣れてますから」
苦笑とも、諦めともつかぬ微妙な表情で目を伏せた。
「戦いで残るのは荒れ果てた大地に、濁った水に、埃っぽい空気……がれきを取り除き、一からよりマイナスからです。父は……心配してくれる母や妹がいるのに……もっと……自分を責めないで欲しいです」
「……次は、少し、楽しめるカクテルをお出ししますね。ゆっくりされてください」
「ありがとうございます……」
音楽を聴きながら氷のカラカラという音が優しく響いたのだった。
クリスマス直前だと言うのに、学生時代の友人が、他の店で飲んで悪酔いのままやって来たのである。
来てくれるのはうれしいが、くだをまく姿は見られない……。
共にいるのが息子らしい。
彼が小さい頃に会っていたが、大きくなると、面影はあっても目を見張るものである。
「だからな……えーと、そうなんだ‼最近は不景気で本当に駄目だ‼」
「父さん‼だからやめよう、ね?恥ずかしいから」
「何が恥ずかしい‼私は必死に働いて……働いて、働いてきて……お前に譲ろうと思っていたのに……」
「景気が悪いんだから仕方ないよ」
隣に座っている青年は苦笑する。
「父さんは、ちゃんと働いてきたんだから……」
「……家族も省みず……お前にも、別れた嫁さんにも……」
酒の勢いのせいか、泣き出す。
「どうしてなんだ……こんなはずじゃなかったのに……本当は……」
「……温かいおしぼりをどうぞ」
「ありがとうございます。はい、父さん」
「うぅぅ……」
鼻はかまないが、涙をぬぐう父の肩を撫でながら、息子は流れている音楽を聴き呟く。
「徳永英明さんの『Love is all』ですね。たしか湾岸戦争の頃に……」
「そうですね。確か雄洋さんでしたか?お父さんには肩掛けを用意いたしますから、こちらをどうぞ……」
二人のようすを静かに見守りつつ、何かを作っていたマスターはグラスを差し出す。
「これは……」
「『クリス』と言うカクテルです」
「『刀剣(Kris)』……ですか?」
「『クリスマス(Christmas)』『サンタクロース(Santa Claus)』の『クリス』ですよ。ブランデーベースのカクテルで、シェイカーは使わないものです」
「ワシが飲む……」
手を伸ばす友人に、
「雄堯は、これにしろ」
と、柚子茶を渡す。
「いただきます」
「どうぞ」
ようやくおとなしくなった父親の横で、カクテルを手にして、
「大きいですね、グラス……」
「トニックウォーターで割っているので、ですが自信作ですよ」
ゆっくりと飲み干した雄洋は、目を丸くする。
「……美味しいです‼私は、日本酒とか、焼酎の緑茶割りとか、烏龍茶割り……だったので」
「あぁ、焼酎割りも一工夫加えると美味しくはなるのですが、甘いものは?」
「好きです」
「じゃぁ、炭酸ジュース割りなどは?焼酎にも味の好みは分かれますので」
「そうなんですか……」
少し嬉しそうな顔をする。
「お酒は飲みすぎるとダメですが、ここでは楽しんで飲んで戴けたらと思います」
柚子茶と飲みすぎのせいだろうか、寝入ってしまった父親の背中を撫でながら、雄洋は呟く。
「父の背中は……本当に大きかったです……。強くて働き者で、自慢の父でした……」
「……」
グラスを拭きながら、青年の声に聞き入る。
「やっぱり景気が悪くなって……人件費を削減しようと、母も僕も必死で……でも、母は疲れてしまって……妹の家に……。妹の家にも小さい甥に姪もいるのに……実家には帰れないし……戻ってくれと言うのですが……父も母も意地を張って……。離婚届は出してないんです」
「……雄洋さんは……大変ですね」
「……慣れてますから」
苦笑とも、諦めともつかぬ微妙な表情で目を伏せた。
「戦いで残るのは荒れ果てた大地に、濁った水に、埃っぽい空気……がれきを取り除き、一からよりマイナスからです。父は……心配してくれる母や妹がいるのに……もっと……自分を責めないで欲しいです」
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音楽を聴きながら氷のカラカラという音が優しく響いたのだった。
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