【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
299 - 「黄金のガチョウのダンジョン13―釣り糸」
(グリムの童話世界の管理者……か)
マサトは、管理者と呼ばれた『世界主』が、MEにおいてどういう存在なのか気になっていた。
仮にMEのシステム管理者であれば、元の世界に戻る方法を知っているかもしれないと思ったからだ。
だが一方で、管理者違いだろうという気もしていた。
(せいぜい、上位のモンスタータイプか何かだろう)
ドラゴンやゴブリンといった「モンスタータイプ」――いわゆる「種族」には、絶対的な格というものが存在する。
種族としての格が高いほど、相対的に強い能力をもつ個体が多くなる一方で、種族としての個体数は少なくなるという、生態ピラミッドに似た構造になっており、その最上位種族ともなれば、1体で盤面を支配できるだけの力を有していることもある。
最上位種族として代表的な例でいえば、「神」や「魔王」などが該当するが、世界の管理者という肩書きから推測するなら、神と似た存在、または闇の支配者と同じ類の存在である可能性が高いだろう。
(グリムの名を持つ存在か……)
現実世界でのグリム兄弟は、グリム童話という名作を世に残した歴史的人物である。
MEでは、元ネタになった創作物が有名であればあるほど、強力な存在として描かれることが多いため、本当にグリム兄弟が元になっているのであれば、注意すべき存在であることは間違いない。
(どちらにせよ、話を聞かないことには始まらないか)
MEに関する情報を得られる機会は少ない。
僅かでも可能性があるなら接触を試みるべきだと、腹が決まる。
「そのルートヴィッヒという方に会って話がしたい」
「では、我輩が話を通しておきましょう。ですが、まずはこの大亀を片付けるのが先ですな」
筋骨隆々の大男――タコスが、遠方に見える笑い狂う島嶼、ロンサム・ジョージの頭部に視線を移す。
「何か手が?」
マサトの問いに、タコスは視線を戻すと、立派な白い口髭の端を摘みながら笑みを浮かべた。
「フッフ、策もなしにこんな場所へ乗り込んで来るような間抜けに見えますかな?」
「いや、そういう意味では……」
僅かに苦笑いを浮かべたマサトが、ふと気付いたことを口にする。
「……ということは、ここにこの大亀がいると知っていたと」
その言葉に、今度はタコスが苦笑いに変わった。
「おっと、これ以上の詮索はお互い止めにしましょう。セラフ殿とはこのような数奇な出会いになってしまいましたが、我らヴィリングハウゼン組合の目的は、この特殊フロアの主を討伐することのみ。決してセラフ殿を巻き込もうとしたわけではありませんぞ」
「ああ、特に疑ったわけでは……」
このフロア攻略が目的であろうことは、彼らの行動や反応からも信用できる範囲ではある。
だが、目的がそのひとつだとは限らないため、多少は警戒していた方がいいだろう。
マサトがタコスの背後越しに見える軍人たちに視線を移しながら答えると、タコスはゆっくりと頷いた。
「闇の支配者であるセラフ殿であれば、我輩たちがいなくともこのフロアを攻略可能かと存じますが、ここは我輩たちにお任せを」
「分かりました」
無事に話がまとまったところで、タコスが周囲に貼っていた防音の障壁を解除し、マサトは炎の翼を展開して、ヴァートたちの元へ戻った。
マサトが話の概要――タコスたちにフロア攻略を譲ったことを皆へ共有すると、パークスが意外そうにした。
「よく了承しましたね」
「この大亀を真っ向から相手にするのは、さすがに俺でも消耗する。それに、少し気になることがあって交渉した。後で共有する」
「なるほど。分かりました」
その後、マサトはチョウジへ話しかけた。
「世界主について何か知ってるか?」
「なんスかそれ? 聞いたことないッスね。姐さんなら何か知ってるかもしれないッスけど。多分、その手の情報はクソ高いスよ」
あっけらかんと答える。
嘘をついているようには見えないが、知っていても貴重な情報をタダで渡すことはしないだろう。
「アシダカは?」
「私も初めて聞きます」
後家蜘蛛の上級構成員であるアシダカでも知らない名称のようだ。
マサトはパークスやヴァートにも目を向けるが、どちらも知らなかった。
祝福された庭師のマーティンやランスロットにも聞こうか迷っていると、タコス側に動きがあった。
アシダカがマサトへ話しかける。
「マサト様、ヴィリングハウゼン組合が、ロンサム・ジョージ討伐を始めるようです」
アシダカの言葉に、皆がヴィリングハウゼン組合へと目を向け、マサトが呟いた。
「一体どうやってこの大亀を仕留めるつもりなのか……お手並み拝見といこう」
◇◇◇
「……話は以上である!!」
タコスの野太い大声が響き渡る。
「予定通り、まずは大亀を片付けますぞ!」
「「「ハッ!!!」」」
ヴィリングハウゼン組合の者たちが、一糸乱れぬ動きで敬礼すると、各自班ごとにまとまって動き始める。
タコスは、上級悪魔を従えているセラフたちが敵ではないという最低限の情報だけを伝え、目の前の任務に集中した。
(さて、作戦通り上手く進みますかな?)
セラフというイレギュラーな存在の介入はあったが、今のところは作戦は順調に進んでいた。
タコスは事前に腐敗の運び手へ、前哨戦となる階層守護者たちの討伐任務を依頼してはいたが、当初の想定では中階層以上の守護者討伐に加勢するつもりでいたのだ。
Aランククラン程度では、全ての守護者を討伐してロンサム・ジョージまで辿り着くのは不可能だと考えていたからだ。
だが、タコスは、その計算を良い意味で狂わせた要因がセラフであることを瞬時に見抜いていた。
(願わくば、セラフ殿が敵とならぬことを……)
軽く目を瞑り、祈りを捧げたタコスに、白磁色の髪を一纏めの三編みにして右肩から前にさげた女性――第五班隊長のサヤが声をかけた。
「首領、標的の急所が分かりました。運が良いことに、丁度この真下にあるようです」
「ほう、それは幸先がいいですな。早速、星の準備に取り掛かるように」
「ハッ!」
敬礼したサヤが、所定の位置で待機していた第六班に合図を送る。
第六班は、主に古代魔導具などの武器やアイテムを扱う後方支援部隊だ。
その第六班の隊長であるカシは、魔導具を扱うのに適した加護を持っており、ヴィリングハウゼン組合において倉庫番のような役割を担っている。
合図を受けたカシが、寝癖のついたぼさぼさ頭をぼりぼりとかきつつ、2メートルほどある金庫のような形状の茶色い箱から、特殊な文字が刻まれた札で包まれた玉を取り出した。
カシが独り言を零す。
「いよいよこれのお披露目かぁ。ってか、こんな恐ろしい代物をどうやったら調達できるんだか。厳重に力を封じてあるはずなのに、すでに何か漏れてる気がするし……うへぇ、持ってるだけできついなこれ。俺ごと吸い込まれそう……おーこわ!」
肩をすくめたカシが、そそくさと手に持っていた玉を地面に置くと、サヤに合図を返し、全員がその場から離れた。
サヤがタコスに伝える。
「星の配置が完了しました。いつでもいけますが、本当にあれを解放してよいのでしょうか……」
あれとは、カシが先程地面においた玉のことである。
星とも呼ばれるその玉の正式名称は、奈落の星。
神器級の古代魔導具であり、底のない無限の闇を意味する奈落を、流れ星の如く永遠と飛び続けた結果、触れるもの全てを無に返す力をもったとされる遺物だ。
タコスが立派な白い口髭の端をつまみながら答える。
「確かに、下手をすれば世界を破壊しかねない禁忌の代物ではありますな。とはいえ、ここはグリムの童話世界ではなく、菫色の小世界と呼ばれる小世界。その心配は無用ですぞ」
「なるほど。畏まりました」
「では、狩りを始めるとしよう。星の解放を!!」
「ハッ!」
タコスの指示で、サヤが各隊長に合図を送る。
各班が同時に詠唱を開始すると、それぞれの場所から発生した光が地面を走り、光の壁を作りながら六芒星を描いた。
そして、中央に配置してあった奈落の星が、眩しいくらいの光りに包まれる。
その直後、光を破るようにして溢れ出す漆黒の闇。
闇は瞬く間に光を飲み込み、巨大な闇の玉へと姿を変えた。
「フッフ、始まりますぞ。人生で二度とお目にかかることはできないであろう、星による究極の芸術が!」
タコスが口元に笑みを浮かべつつ、そう溢した刹那――溢れ出ていた闇が逆再生するかのように一瞬にして吸い込まれると、宙に浮かぶ小さな玉だけが残った。
闇に侵食されていた地面は、綺麗に消失している。
皆が固唾を呑むと、変化はすぐに起きた。
宙に浮かんだ玉の周囲の空間が少し歪み始めるや否や、玉に吸い込まれ始めたのだ。
玉に向かって吹き荒れる暴風に、皆が冷や汗を流し始めるも、予め展開してあった光の防壁のお陰で、玉に吸い込まれそうな者はいない。
だが、強固な結界である光の防壁ですら、少しずつ光が玉へ吸い寄せられている気配があった。
心配したサヤがタコスに聞く。
「首領! 奈落の星に、光の防壁が吸われています!」
「我輩にも見えておる。そう心配せずとも、この光景を見られるのも後数秒であろう。しっかり目に焼き付けておかねば損ですぞ」
「何を悠長な!? このままでは……!」
「ほれ、星が落ち始めましたぞ」
ブラックホールの如く、周囲の物だけでなく、光をも吸い込み続ける奈落の星が、地面を掘り下げるようにして、少しずつ下降していく。
粘着質な泥、腐敗した樹木、そして、その下に長年蓄積することでできあがった強固な土壌。
だが、奈落の星の前には空気のようなものだった。
奈落の星は、それら全てを粉々にして片っ端から吸い込んでいく。
たとえそれがロンサム・ジョージの分厚い甲羅であったとしても、この奈落の星を止めることは不可能なように思えるほどだ。
僅か数十秒で、奈落の星の姿は地中へと消え、完全に見えなくなった。
皆の視界に巨大な穴だけが残る。
すると、タコスが口を開いた。
「釣り糸は垂らし終えた。後は、大物がかかるのを待つのみですな」
サヤが口を挟む。
「もし、釣れなかったらどうするつもりですか?」
タコスが笑いながら答える。
「フッフ、その可能性はないに等しいでしょうな。自分の世界を壊されるのを黙って見ている世界主などおりますまい」
「そういうものですか」
「ふむ、サヤも自分の家がシロアリに蝕まれていると気付いたらどうしますかな?」
「徹底的に駆除しますね。一匹残らず」
「そういうことですな」
「なるほど……私達はシロアリですか」
微妙な表情に変わったサヤに、タコスが告げる。
「フッフ。唯一違うところがあるとすれば、我輩たちには猛毒があるということですかな」
「猛毒をもったシロアリ……それはとても厄介ですね」
サヤが苦笑したところで、視界が歪むほどの大咆哮が鳴り響いた。
ロンサム・ジョージの咆哮だ。
「おお、おお。嫌がっとる嫌がっとる」
タコスは口元に笑みを作ったが、サヤが焦った表情に変わる。
「首領! 光の防壁が!」
「大亀の咆哮のせいでしょうな。あれは呪文をかき消す力がある」
「どうしますか!?」
「すでに奈落の星は地中奥深く潜っておる。防壁が消されたところで差し支えあるまい」
すると、今度は空に変化が生まれた。
紫色の空が光り輝き始めたのだ。
「釣れたかッ!!」
タコスの目が大きく見開かれ、一瞬にして真剣な表情に変わる。
「全員、気を引き締めよッ! 世界主のお出ましですぞッ!!」
ヴィリングハウゼン組合全員が、一斉に武器を構える。
その視線の先、紫色の空には、菫色に輝く水晶のような鱗を無数に生やした何かが、大翼を広げて浮かんでいた。
――――
▼おまけ
【UR】 黄昏のサヤ、1/6、(白×2)(2)、「モンスター ― 人族」、[闇落ち(攻撃力と防御力を入れ替える)] [回復魔法Lv1] [魔法障壁Lv2] [死霊操作魔法Lv2]
「ヴィリングハウゼン組合の第五班隊長であり、唯一女性の隊長でもある。黄昏のサヤ、または夕顔のサヤと呼ばれており、見た目は色白でとても美しい女性。組合の回復支援的な役割を担ってはいるものの、曲者の多い隊長たちを取りまとめる統率力も備えている才色兼備。ただ、一部では怒らせると一番怖い存在だという噂もあったりなかったり――冒険者ギルド受付嬢オミオの手帳」
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・1巻の後日談SS「ネスvs.暗殺者」
・2巻の後日談SS「昆虫王者の大メダル」
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2021年、今年も最後の投稿となりました。
念願の書籍化も達成でき、とても実のある一年にすることができたと思います。
これも皆さんのお陰です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
2022年も更新を続けていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
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