【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
292 - 「黄金のガチョウのダンジョン6―乱入者」
(夜想曲を奏でる人面鳥を一撃!? な、なんスかあの光線と落雷は!? 火だけじゃなく雷も使えるんスか!?)
一部始終を見ていたチョウジが、マサトの戦闘力の高さに唖然とする。
(いや、もしかしたらあの黒い杖が相当強力な古代魔導具っていう可能性も……)
そう分析するも、舞い踊る人面鳥の群れですら簡単に一掃できるほどの武器であれば、間違いなく神にまつわる武具――神器級クラスの代物だ。
それを装備して使いこなしている時点で、その人物の評価は大きく変わる。
(まともにやりあったら、さすがの自分でも危ないッスね……黒髪の姐さんはべらぼうに強いし。攻撃に関してはうちの姐さん以上かも……)
チョウジが眉間にシワを寄せながら考え込んでいると、アシダカが遠方の空を指した。
さきほど水柱が豪快に噴き上がった方角だ。
「苔生やしの巨大ガニ……70階層の守護者まで……」
黒い樹木の上に、巨大なカニの頭が覗いている。
「マジッスか……ってことは、ここからはまだ見えないだけで、硬くて物騒な断頭ガニも大量に湧いてんスね……」
アシダカが冷や汗を浮かべ、チョウジが呆れかけていると、ヴァートが聞いた。
「ものすごく大きいけど、やっぱ強いの?」
アシダカが答える。
「はい、苔生やしの巨大ガニは第二の難所と呼ばれているほどの強敵です。あの大きさですから、生半可な攻撃では傷を負わすことも難しいほどに分厚い甲殻に守られています。仮に傷つけることに成功したとしても、眠ることで甲殻の傷まで再生させる能力も保有しています。厄介なのは、眠りについている間は、甲殻が更に強化されることにあります」
「あんな大きいのに自分を回復する能力ももってるんだ」
「はい……とはいえ、苔生やしの巨大ガニだけであれば、時間さえかければ討伐も可能です。ですが、苔生やしの巨大ガニは常に大量の断頭ガニを従えて行動しますので、同時に対処する必要があります。また、苔生やしの巨大ガニは、攻撃を受ける度に断頭ガニの卵を生んで兵隊を増やす習性もあり……」
「げぇ……」
ヴァートも難しい顔をする。
黄金のガチョウのダンジョンでは、皇帝ミオトラグス・オクトが最初の難所として、苔生やしの巨大ガニは第二の難所として、冒険者たちに立ち塞がる。
この2体に限っては、一定水準以上の攻撃力を備えたパーティでなければ攻略が不可能だからだ。
すると、目を凝らしていたチョウジが何か違和感に気付いた。
「ちょ、ちょっとタンマ! あのカニの背中……何か咲いてないスか……?」
「まさか……!!」
アシダカが細い目を見開き、叫んだ。
「蓮生やしの巨大ガニ!!」
「よりによって魔法が効かない変異カニッスか……」
「ま、魔法が効かないだって?」
チョウジが頭を抱え、ヴァートが聞き直すと、冷や汗を流し始めたアシダカが答えた。
「はい、蓮生やしの巨大ガニは苔生やしの巨大ガニの変異種です。遭遇確率がかなり低いため、情報の信憑性も怪しいところですが、記録によれば魔法を無効化する力があるようです。更には苔生やしの巨大ガニよりも硬い甲殻で覆われているとか……」
「そんな凄いやつが出てきたんだ……でも大丈夫だよ。父ちゃんや師匠がいるし」
話を聞いて驚くも、大丈夫だと自信満々に言い切ったヴァートに、アシダカがハッとなる。
「そうでした。マサト様とパークス様がいらっしゃるなら、何も心配することはありませんでした。私たちは目の前の皇帝ミオトラグス・オクトに集中するとしましょう」
「ああ! おれたちも負けてらんないよ! やってやろう!」
そう言うや否や、ヴァートが勢いよく柏手を打った。
何事かとチョウジがヴァートを見るも、ヴァートはそのまま地面へ両手を付け、詠唱を開始。
「冥界に君臨せし不遜なる混沌の王よ、終焉を望む我が血と魔力を贄に、その混濁たる常闇の牙を貸し与え給え!」
地面に発現した魔法陣が、黒い煙とともに紫色の光を放つ。
「眷属召喚! 地獄の猟犬!!」
詠唱が完了すると同時に、魔法陣の上を光と黒い煙の放流が起こり、その直後、勢い良く弾けた。
突風が駆け抜け、獣の遠吠えが響く。
――オォォオオオオオン!!
漆黒の身体に黒炎を身に纏った大狼が、鋭い牙を剥き出しにしながら姿を現す。
(なっ!? こんな少年が召喚魔法!? しかも地獄の猟犬!?)
チョウジが口を開けて驚くと、その反応を見て少し浮かれた表情に変わったヴァートが話を続ける。
「じゃあ、おれが影で壁を作って敵の足止めをしてみるから、アシダカさんとチョウジさんは、地獄の猟犬と一緒に漏れたやつの各個撃破をお願い!」
「承知しました」
「お、おうッス」
ふたりの返事に頷いたヴァートが黒い靄を纏って空に飛び上がる。
(召喚魔法だけじゃなく、飛行魔法まで……まだ若いのに、ちと優秀過ぎやしないスか……)
チョウジが感心していると、近くで禍々しいオーラを察知し、一瞬身体が強張った。
(な、なんスか!?)
気配がした方角に振り向く。
「んなッ!?」
あまりの驚きに、思わず短い悲鳴をあげたチョウジ。
その視線の先には、立派な角を生やした、漆黒の翼をもつ大型の悪魔が羽ばたいていた。
それも1体ではなく、3体も。
(あの威圧感、まさか上級悪魔!?)
チョウジが一歩後退ったのと、2体の上級悪魔が振り向きざまにこちらへ移動し始めたのはほぼ同時だった。
「は、上級悪魔ッスよ!!」
チョウジが攻撃態勢に移ろうとする。
だが、それをアシダカが慌てて止めた。
「よく見てください! あれは味方です! シャルル様が召喚された眷属です!」
「しょ、召喚……? ど、どういう……」
そこまで言葉を発し、マサトがシャルルに悪魔を召喚しろと言っていたことを思い出す。
その時はあり得ない内容過ぎて理解できなかったが、その言葉の通りだったのだとようやく理解が追いつく。
「あの姐さんまで召喚魔法が使えるんスか……しかも上級悪魔を複数体……」
ほんまもんの化け物だと、チョウジがシャルルの評価を更に数段階引き上げていると、ヴァートが叫んだ。
「ふたりとも何してるの! 早く!」
「すみません、ヴァート様。今向かいますので」
「あ、ああ、わりぃッス」
ふたりが走る頭上を、大きな翼を広げた上級悪魔が悠々と追い抜かしていく。
(これはわざわざ死ななくてもこのフロアから脱出できるんじゃ……)
上級悪魔の背中を眺めながら、チョウジはそんな淡い期待を抱き始めていた。
◇◇◇
夜想曲を奏でる人面鳥を討伐したマナを回収していたマサトが、皆の状況を改めて確認する。
(シャルルはまだ召喚してたのか……)
どうやら、上級悪魔の召喚にもなると、1体召喚するのにそこそこの時間がかかるようだ。
3体の上級悪魔の召喚を終えたシャルルが、ようやく30階層守護者である鳥使いの亡霊の討伐へと向かう。
その先の空では、先に召喚した数体の中級悪魔が、幽霊の夜鳥の群れと既に戦闘を繰り広げている。
中級悪魔程度の力では、敵の数に封殺されるかと思われたが、実際はその逆だったようだ。
群がる幽霊の夜鳥たちを迎撃し、着実にその数を減らしていっていた。
中級悪魔が苦戦している様子はない。
(この調子なら、鳥使いの亡霊への対処は上級悪魔1体でも十分だったか?)
その考えは正しいように思えたが、既にシャルルと上級悪魔が向かっているため、指示は撤回せずに状況を見守る。
仲間を増やす能力をもったモンスターは早めに仕留めておいた方がいい。
ヴァートたちは50階層守護者である皇帝ミオトラグス・オクトへと既に動き出している。
巨大な山羊のような獣の群れが、幹が黒く染まった木々を問答無用でなぎ倒して突進してくる様子は、何者にも彼らの突進を止めることができないと錯覚させるほどの力強さを感じたが、2体の上級悪魔が護衛についたなら最悪のケースは避けられるはずだ。
すると、パークスが向かった方角から大型の竜巻が発生した。
パークスは60階層守護者、泥棒王メガ・クロオウチュウの対処へと向かっていたはずで、敵をまとめて一掃するためにパークスが放ったものだろう。
(向こうも始まったか)
続々と戦いの火蓋が切られていく。
一通りマナの回収を終えると、目の前にシステムメッセージが表示された。
『舞い踊る人面鳥の群れを獲得しました』
『夜想曲を奏でる人面鳥を獲得しました』
【R】 舞い踊る人面鳥の群れ、(青×2)(黒×2)(1)(X)、「ソーサリー ― ハーピー」、[X:舞い踊る人面鳥召喚X。舞い踊る人面鳥は、[飛行] をもつ2/1のハーピーとして扱う]
【UC】 夜想曲を奏でる人面鳥、2/3、(青)(黒)(1)、「モンスター ― ハーピー」、[眠り魔法Lv4] [飛行]
X呪文の召喚カードと守護者、両方のカードドロップに喜ぶ。
(よし、ついてる。一度、ヴァートたちの加勢に向かうか、それとも――)
遠くに出現した巨大なカニは、動きが遅いのか一向に近付いてくる気配はない。
だが、それはそれで気になった。
攻めてくるモンスターであれば迎え撃てばいいが、守りを固めていくタイプのモンスターであれば、時間の経過とともに不利になるのはこちら側だ。
(先にあれを片付けるか)
マサトが巨大カニへ向かって飛行速度をあげる。
(でかいな……)
遠くからでもその大きさは認識していたが、接近したことでその大きさがより鮮明になる。
サッカーコートほどの広さがありそうな背中には、菫色の花が無数に咲いており、それがカニの背中だとは思えないほどに美しい花畑になっていた。
よくよく目を凝らして見てみれば、その花畑には赤い色の蝶のような生き物が無数に舞っている。
そして、周囲一面が水場だと錯覚するほどの青いカニで溢れており、巨大なカニの足にも大量の青いカニがびっしりとくっついていた。
どうやら予想が当たったようだ。
(ここで兵士となるカニを量産していたから動かなかったのか。早いうちに片付けておこう)
黒杖を翳し、再び積乱雲を作り出そうとしたその時――。
マサトと巨大カニのちょうど中間地点に、上空から光の柱が地上へと伸びた。
(なんだ……?)
光の柱はすぐに消えた。
男女ふたりの冒険者を残して。
凛とした装いの女が周囲を見渡しながら口を開く。
「なに……ここ……?」
同じく、周囲を見渡していた男が続く。
「どうやらワープポイントに細工されたようだな」
「だとしても、こんな不気味な巨大フロア聞いたこともないわ」
女は驚いているようだったが、すぐ目先の巨大なカニに気付くと、声を荒げた。
「苔生やしの巨大ガニ!?」
「いや、あれは蓮生やしの巨大ガニの方だろう。空に赤い斬り裂く蝶カニが飛んでいるのが見える」
「変異種!? よりによってこんな時に!?」
「偶然ならいいが、そういうフロアに意図的に飛ばされたとなれば、話が変わってくるな。時間稼ぎが目的か、あるいは……」
別の気配に気付いたのか、ふたりが同時にマサトの方へ振り向く。
動揺した気配はなく、真剣な表情だ。
「待ち伏せされているか、だ」
男がそう話すと、女が剣を抜いた。
「蓮生やしの巨大ガニに時間を与えると後が厄介よ。早くあいつを捕まえて、目的を吐かせましょう」
――――
▼おまけ
【C】 コオイムシの幼虫、0/1、(緑)、「モンスター ― 昆虫」、[(緑×2)(X):嵐呼びのコオイムシ1/2に進化し、卵カウンター+Xする] [口針攻撃Lv1]
「良く火を通せば煎餅感覚で食べれる。味も悪くない――パラベドの日記」
【UC】 嵐呼びのコオイムシ、1/2、(緑×2)(3)、「モンスター ― 昆虫」、[召喚時、卵カウンター+6] [孵化:卵カウンター-1、コオイムシの幼虫0/1召喚1 ※使用上限、毎ターン1回まで] [口針攻撃Lv2] [風魔法攻撃Lv3] [捕食:再生Lv1]
「菫色のモンスターハウス、攻略1日目。通常階層の出現時よりも大きい気がするが、気の所為だろうか。少し手間取ったが討伐に成功する。強い泥の臭みはあるが、非常食として食えないほどではない――パラベドの日記」
【C】 幽霊の夜鳥、1/1、(青)(2)、「モンスター ― ゴースト」、[呪文や能力の対象になった時、消滅する] [追加召喚2] [防御不可] [物理攻撃無視Lv1] [飛行]
「菫色のモンスターハウス、攻略2日目。こいつらが夜な夜な襲ってくるせいで、満足に仮眠すら取れなかったが、奴らは土や水の中であれば攻撃してこれないことが分かった。これで少しは眠れそうだ――パラベドの日記」
【UC】 鳥使いの亡霊、0/2、(青×3)、「モンスター ― ゴースト」、[他のモンスター死亡時:死亡したモンスターを追放し、幽霊の夜鳥1/1召喚1] [物理攻撃無視Lv3] [飛行]
「菫色のモンスターハウス、攻略3日目。ようやく鳥使いの亡霊を見つけ出して討伐に成功する。だが、皆疲労の色が濃くなってきた。心配だ――パラベドの日記」
【R】 舞い踊る人面鳥の群れ、(青×2)(黒×2)(1)(X)、「ソーサリー ― ハーピー」、[X:舞い踊る人面鳥召喚X。舞い踊る人面鳥は、[飛行] をもつ2/1のハーピーとして扱う]
「菫色のモンスターハウス、攻略4日目。疲労が溜まってきている状況下で、夜想曲を奏でる人面鳥の眠りの歌は耐え難い。対眠り防止効果のある装備のお陰で眠らされることはないが、守護者の連続出現に、皆の不安が大きくなってきている。このままでは――パラベドの日記」
★★『マジックイーター』1〜2巻、発売中!★★
また、光文社ライトブックスの公式サイトにて、書籍版『マジックイーター』のWEB限定 番外編ショートストーリーが無料公開中です!
・1巻の後日談SS「ネスvs.暗殺者」
・2巻の後日談SS「昆虫王者の大メダル」
https://www.kobunsha.com/special/lb/
一部始終を見ていたチョウジが、マサトの戦闘力の高さに唖然とする。
(いや、もしかしたらあの黒い杖が相当強力な古代魔導具っていう可能性も……)
そう分析するも、舞い踊る人面鳥の群れですら簡単に一掃できるほどの武器であれば、間違いなく神にまつわる武具――神器級クラスの代物だ。
それを装備して使いこなしている時点で、その人物の評価は大きく変わる。
(まともにやりあったら、さすがの自分でも危ないッスね……黒髪の姐さんはべらぼうに強いし。攻撃に関してはうちの姐さん以上かも……)
チョウジが眉間にシワを寄せながら考え込んでいると、アシダカが遠方の空を指した。
さきほど水柱が豪快に噴き上がった方角だ。
「苔生やしの巨大ガニ……70階層の守護者まで……」
黒い樹木の上に、巨大なカニの頭が覗いている。
「マジッスか……ってことは、ここからはまだ見えないだけで、硬くて物騒な断頭ガニも大量に湧いてんスね……」
アシダカが冷や汗を浮かべ、チョウジが呆れかけていると、ヴァートが聞いた。
「ものすごく大きいけど、やっぱ強いの?」
アシダカが答える。
「はい、苔生やしの巨大ガニは第二の難所と呼ばれているほどの強敵です。あの大きさですから、生半可な攻撃では傷を負わすことも難しいほどに分厚い甲殻に守られています。仮に傷つけることに成功したとしても、眠ることで甲殻の傷まで再生させる能力も保有しています。厄介なのは、眠りについている間は、甲殻が更に強化されることにあります」
「あんな大きいのに自分を回復する能力ももってるんだ」
「はい……とはいえ、苔生やしの巨大ガニだけであれば、時間さえかければ討伐も可能です。ですが、苔生やしの巨大ガニは常に大量の断頭ガニを従えて行動しますので、同時に対処する必要があります。また、苔生やしの巨大ガニは、攻撃を受ける度に断頭ガニの卵を生んで兵隊を増やす習性もあり……」
「げぇ……」
ヴァートも難しい顔をする。
黄金のガチョウのダンジョンでは、皇帝ミオトラグス・オクトが最初の難所として、苔生やしの巨大ガニは第二の難所として、冒険者たちに立ち塞がる。
この2体に限っては、一定水準以上の攻撃力を備えたパーティでなければ攻略が不可能だからだ。
すると、目を凝らしていたチョウジが何か違和感に気付いた。
「ちょ、ちょっとタンマ! あのカニの背中……何か咲いてないスか……?」
「まさか……!!」
アシダカが細い目を見開き、叫んだ。
「蓮生やしの巨大ガニ!!」
「よりによって魔法が効かない変異カニッスか……」
「ま、魔法が効かないだって?」
チョウジが頭を抱え、ヴァートが聞き直すと、冷や汗を流し始めたアシダカが答えた。
「はい、蓮生やしの巨大ガニは苔生やしの巨大ガニの変異種です。遭遇確率がかなり低いため、情報の信憑性も怪しいところですが、記録によれば魔法を無効化する力があるようです。更には苔生やしの巨大ガニよりも硬い甲殻で覆われているとか……」
「そんな凄いやつが出てきたんだ……でも大丈夫だよ。父ちゃんや師匠がいるし」
話を聞いて驚くも、大丈夫だと自信満々に言い切ったヴァートに、アシダカがハッとなる。
「そうでした。マサト様とパークス様がいらっしゃるなら、何も心配することはありませんでした。私たちは目の前の皇帝ミオトラグス・オクトに集中するとしましょう」
「ああ! おれたちも負けてらんないよ! やってやろう!」
そう言うや否や、ヴァートが勢いよく柏手を打った。
何事かとチョウジがヴァートを見るも、ヴァートはそのまま地面へ両手を付け、詠唱を開始。
「冥界に君臨せし不遜なる混沌の王よ、終焉を望む我が血と魔力を贄に、その混濁たる常闇の牙を貸し与え給え!」
地面に発現した魔法陣が、黒い煙とともに紫色の光を放つ。
「眷属召喚! 地獄の猟犬!!」
詠唱が完了すると同時に、魔法陣の上を光と黒い煙の放流が起こり、その直後、勢い良く弾けた。
突風が駆け抜け、獣の遠吠えが響く。
――オォォオオオオオン!!
漆黒の身体に黒炎を身に纏った大狼が、鋭い牙を剥き出しにしながら姿を現す。
(なっ!? こんな少年が召喚魔法!? しかも地獄の猟犬!?)
チョウジが口を開けて驚くと、その反応を見て少し浮かれた表情に変わったヴァートが話を続ける。
「じゃあ、おれが影で壁を作って敵の足止めをしてみるから、アシダカさんとチョウジさんは、地獄の猟犬と一緒に漏れたやつの各個撃破をお願い!」
「承知しました」
「お、おうッス」
ふたりの返事に頷いたヴァートが黒い靄を纏って空に飛び上がる。
(召喚魔法だけじゃなく、飛行魔法まで……まだ若いのに、ちと優秀過ぎやしないスか……)
チョウジが感心していると、近くで禍々しいオーラを察知し、一瞬身体が強張った。
(な、なんスか!?)
気配がした方角に振り向く。
「んなッ!?」
あまりの驚きに、思わず短い悲鳴をあげたチョウジ。
その視線の先には、立派な角を生やした、漆黒の翼をもつ大型の悪魔が羽ばたいていた。
それも1体ではなく、3体も。
(あの威圧感、まさか上級悪魔!?)
チョウジが一歩後退ったのと、2体の上級悪魔が振り向きざまにこちらへ移動し始めたのはほぼ同時だった。
「は、上級悪魔ッスよ!!」
チョウジが攻撃態勢に移ろうとする。
だが、それをアシダカが慌てて止めた。
「よく見てください! あれは味方です! シャルル様が召喚された眷属です!」
「しょ、召喚……? ど、どういう……」
そこまで言葉を発し、マサトがシャルルに悪魔を召喚しろと言っていたことを思い出す。
その時はあり得ない内容過ぎて理解できなかったが、その言葉の通りだったのだとようやく理解が追いつく。
「あの姐さんまで召喚魔法が使えるんスか……しかも上級悪魔を複数体……」
ほんまもんの化け物だと、チョウジがシャルルの評価を更に数段階引き上げていると、ヴァートが叫んだ。
「ふたりとも何してるの! 早く!」
「すみません、ヴァート様。今向かいますので」
「あ、ああ、わりぃッス」
ふたりが走る頭上を、大きな翼を広げた上級悪魔が悠々と追い抜かしていく。
(これはわざわざ死ななくてもこのフロアから脱出できるんじゃ……)
上級悪魔の背中を眺めながら、チョウジはそんな淡い期待を抱き始めていた。
◇◇◇
夜想曲を奏でる人面鳥を討伐したマナを回収していたマサトが、皆の状況を改めて確認する。
(シャルルはまだ召喚してたのか……)
どうやら、上級悪魔の召喚にもなると、1体召喚するのにそこそこの時間がかかるようだ。
3体の上級悪魔の召喚を終えたシャルルが、ようやく30階層守護者である鳥使いの亡霊の討伐へと向かう。
その先の空では、先に召喚した数体の中級悪魔が、幽霊の夜鳥の群れと既に戦闘を繰り広げている。
中級悪魔程度の力では、敵の数に封殺されるかと思われたが、実際はその逆だったようだ。
群がる幽霊の夜鳥たちを迎撃し、着実にその数を減らしていっていた。
中級悪魔が苦戦している様子はない。
(この調子なら、鳥使いの亡霊への対処は上級悪魔1体でも十分だったか?)
その考えは正しいように思えたが、既にシャルルと上級悪魔が向かっているため、指示は撤回せずに状況を見守る。
仲間を増やす能力をもったモンスターは早めに仕留めておいた方がいい。
ヴァートたちは50階層守護者である皇帝ミオトラグス・オクトへと既に動き出している。
巨大な山羊のような獣の群れが、幹が黒く染まった木々を問答無用でなぎ倒して突進してくる様子は、何者にも彼らの突進を止めることができないと錯覚させるほどの力強さを感じたが、2体の上級悪魔が護衛についたなら最悪のケースは避けられるはずだ。
すると、パークスが向かった方角から大型の竜巻が発生した。
パークスは60階層守護者、泥棒王メガ・クロオウチュウの対処へと向かっていたはずで、敵をまとめて一掃するためにパークスが放ったものだろう。
(向こうも始まったか)
続々と戦いの火蓋が切られていく。
一通りマナの回収を終えると、目の前にシステムメッセージが表示された。
『舞い踊る人面鳥の群れを獲得しました』
『夜想曲を奏でる人面鳥を獲得しました』
【R】 舞い踊る人面鳥の群れ、(青×2)(黒×2)(1)(X)、「ソーサリー ― ハーピー」、[X:舞い踊る人面鳥召喚X。舞い踊る人面鳥は、[飛行] をもつ2/1のハーピーとして扱う]
【UC】 夜想曲を奏でる人面鳥、2/3、(青)(黒)(1)、「モンスター ― ハーピー」、[眠り魔法Lv4] [飛行]
X呪文の召喚カードと守護者、両方のカードドロップに喜ぶ。
(よし、ついてる。一度、ヴァートたちの加勢に向かうか、それとも――)
遠くに出現した巨大なカニは、動きが遅いのか一向に近付いてくる気配はない。
だが、それはそれで気になった。
攻めてくるモンスターであれば迎え撃てばいいが、守りを固めていくタイプのモンスターであれば、時間の経過とともに不利になるのはこちら側だ。
(先にあれを片付けるか)
マサトが巨大カニへ向かって飛行速度をあげる。
(でかいな……)
遠くからでもその大きさは認識していたが、接近したことでその大きさがより鮮明になる。
サッカーコートほどの広さがありそうな背中には、菫色の花が無数に咲いており、それがカニの背中だとは思えないほどに美しい花畑になっていた。
よくよく目を凝らして見てみれば、その花畑には赤い色の蝶のような生き物が無数に舞っている。
そして、周囲一面が水場だと錯覚するほどの青いカニで溢れており、巨大なカニの足にも大量の青いカニがびっしりとくっついていた。
どうやら予想が当たったようだ。
(ここで兵士となるカニを量産していたから動かなかったのか。早いうちに片付けておこう)
黒杖を翳し、再び積乱雲を作り出そうとしたその時――。
マサトと巨大カニのちょうど中間地点に、上空から光の柱が地上へと伸びた。
(なんだ……?)
光の柱はすぐに消えた。
男女ふたりの冒険者を残して。
凛とした装いの女が周囲を見渡しながら口を開く。
「なに……ここ……?」
同じく、周囲を見渡していた男が続く。
「どうやらワープポイントに細工されたようだな」
「だとしても、こんな不気味な巨大フロア聞いたこともないわ」
女は驚いているようだったが、すぐ目先の巨大なカニに気付くと、声を荒げた。
「苔生やしの巨大ガニ!?」
「いや、あれは蓮生やしの巨大ガニの方だろう。空に赤い斬り裂く蝶カニが飛んでいるのが見える」
「変異種!? よりによってこんな時に!?」
「偶然ならいいが、そういうフロアに意図的に飛ばされたとなれば、話が変わってくるな。時間稼ぎが目的か、あるいは……」
別の気配に気付いたのか、ふたりが同時にマサトの方へ振り向く。
動揺した気配はなく、真剣な表情だ。
「待ち伏せされているか、だ」
男がそう話すと、女が剣を抜いた。
「蓮生やしの巨大ガニに時間を与えると後が厄介よ。早くあいつを捕まえて、目的を吐かせましょう」
――――
▼おまけ
【C】 コオイムシの幼虫、0/1、(緑)、「モンスター ― 昆虫」、[(緑×2)(X):嵐呼びのコオイムシ1/2に進化し、卵カウンター+Xする] [口針攻撃Lv1]
「良く火を通せば煎餅感覚で食べれる。味も悪くない――パラベドの日記」
【UC】 嵐呼びのコオイムシ、1/2、(緑×2)(3)、「モンスター ― 昆虫」、[召喚時、卵カウンター+6] [孵化:卵カウンター-1、コオイムシの幼虫0/1召喚1 ※使用上限、毎ターン1回まで] [口針攻撃Lv2] [風魔法攻撃Lv3] [捕食:再生Lv1]
「菫色のモンスターハウス、攻略1日目。通常階層の出現時よりも大きい気がするが、気の所為だろうか。少し手間取ったが討伐に成功する。強い泥の臭みはあるが、非常食として食えないほどではない――パラベドの日記」
【C】 幽霊の夜鳥、1/1、(青)(2)、「モンスター ― ゴースト」、[呪文や能力の対象になった時、消滅する] [追加召喚2] [防御不可] [物理攻撃無視Lv1] [飛行]
「菫色のモンスターハウス、攻略2日目。こいつらが夜な夜な襲ってくるせいで、満足に仮眠すら取れなかったが、奴らは土や水の中であれば攻撃してこれないことが分かった。これで少しは眠れそうだ――パラベドの日記」
【UC】 鳥使いの亡霊、0/2、(青×3)、「モンスター ― ゴースト」、[他のモンスター死亡時:死亡したモンスターを追放し、幽霊の夜鳥1/1召喚1] [物理攻撃無視Lv3] [飛行]
「菫色のモンスターハウス、攻略3日目。ようやく鳥使いの亡霊を見つけ出して討伐に成功する。だが、皆疲労の色が濃くなってきた。心配だ――パラベドの日記」
【R】 舞い踊る人面鳥の群れ、(青×2)(黒×2)(1)(X)、「ソーサリー ― ハーピー」、[X:舞い踊る人面鳥召喚X。舞い踊る人面鳥は、[飛行] をもつ2/1のハーピーとして扱う]
「菫色のモンスターハウス、攻略4日目。疲労が溜まってきている状況下で、夜想曲を奏でる人面鳥の眠りの歌は耐え難い。対眠り防止効果のある装備のお陰で眠らされることはないが、守護者の連続出現に、皆の不安が大きくなってきている。このままでは――パラベドの日記」
★★『マジックイーター』1〜2巻、発売中!★★
また、光文社ライトブックスの公式サイトにて、書籍版『マジックイーター』のWEB限定 番外編ショートストーリーが無料公開中です!
・1巻の後日談SS「ネスvs.暗殺者」
・2巻の後日談SS「昆虫王者の大メダル」
https://www.kobunsha.com/special/lb/
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