【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
286 - 「ダンジョンブローカー2」
途中休憩を何回か挟むも、無事に1日足らずでイーディス領に到着。
といっても、生身で飛び続けたわけではない。
イーディス領まで飛び続けるにはヴァートの体力がもたないだろうと、パークスから提案を受けたマサトは、コーカスを出てすぐ真紅の亜竜と永遠の蜃気楼を呼び寄せることにしたのだ。
そこで唯一意外な出来事があったとすれば、それは黒の女王ことシャルル・マルランが、ヴァートを連れて真紅の亜竜の背に乗ったことだろう。
これにより、空の旅はパークスとマサト、ヴァートとシャルル・マルランという奇妙な組み合わせで始まった。
「うわぁ、コーカスがちっぽけに見えるくらい広いや」
徹夜明けの瞳に射し込む朝陽に目を細めながら、目の前に広がる大都市に、ヴァートが感嘆の声をもらす。
遠方には、山頂が白い巨大な山々がそびえ立ち、左手には青々とした巨大な湖、右手には深緑の森林地帯と、黄金色に輝く麦畑が広がっている。
そして中央一面に建ち並ぶ居住施設。
それは、日本で生まれ育ち、都会の街並みは見慣れているマサトにとっても、思わず感心しまうほどの光景だった。
「これが大都市イーディスか」
第二の帝都、または資源の宝物庫といわれるだけはあり、その街の規模は以前の王都ガザの倍はあるように感じられた。
だが、城壁は存在しない。
フログガーデン大陸とは違い、敵対国家や敵対モンスターの襲撃がないからだろうか。
その代わりに、上空には警備隊と思わしき鷲獅子騎士を数体視認できた。
「これ以上はさすがに見つかる恐れがあります。この辺で降りた方がいいでしょう」
パークスがそう提案する。
黒崖から渡された視認阻害の魔導具に加えて、パークスが周囲の大気を操作し、外部から視認できないように対策していたが、それでも距離が近付くにつれて看破されるリスクはあがる。
「分かった。ヴァート、そろそろ降りるぞ」
「はい!」
シャルルに頭を撫でられ続けていたヴァートが、「や、やめてよ」と恥ずかしそうに拒否しながらも元気よく答える。
どういうわけか、シャルルはマサトと同じ雰囲気をもつヴァートのことも気になるらしく、まるで母親のような笑みを浮かべながらヴァートのことをかわいがっていた。
ヴァートの方はその手の対応に免疫がなかったのか、耳まで真赤にして終始照れっぱなしだ。
(あの調子なら大丈夫そうか……)
マサトとしても、シャルルが誰に対しても黒崖相手の時みたいな突っかかり方をしないか心配だったが、ヴァートとの様子を見て胸をなでおろした。
すると、パークスがマサトに聞いた。
「このドラゴンたちは、どうするつもりですか?」
「念の為、この周辺で待機させる」
「であれば、認識阻害の魔導具はドラゴンに付けておいた方がいいでしょう。魔導具なしでは、この距離でも容易く気付かれてしまうでしょうから」
「分かった。そうしよう」
空の支配者たるドラゴン種には、恐れるべき捕食者が存在せず、気配を隠す必要がない。
そのため、その場にいるだけで圧倒的な気配を放ってしまうのだ。
マサトとパークスがドラゴンの背から飛び降りると、それに続いて「一人で降りれるよ!」と嫌がるヴァートを抱きかかえたシャルルが飛び降りる。
すると、その時、遠方から何かの嘶きが響いた。
――クォオオオオン!!
鷲獅子の叫びだ。
「気付かれたか?」
「おそらく、ドラゴンたちの方でしょう。さすがに魔導具だけでは、鷲獅子の優秀な察知能力は騙せなかったようですね。私たちもこれ以上近づいていたら危なかったかもしれません」
地上へ落下しながらも、パークスは周囲の目を欺くため、周囲の大気を操作し続けている。
遠方に小さく見えていた鷲獅子騎士も高度を下げてきてはいないため、パークスの推測は正しいように思えた。
その後、4人が難なく地上へと降り立つと、街の方から空へ飛び立つ影がいくつか見えた。
「ドラゴンを追っていったのか。コーカスにはいなかったが、ここには鷲獅子騎士が常駐しているのか」
「ワンダーガーデンの主要都市の警備は、大抵鷲獅子騎士で構成されているようです。コーカスも以前は雇っていたようですが」
鷲獅子騎士は維持費も金がかかるらしく、領主のキャロルド・ジ・ジーソンが散財したせいで財政難に陥っていたコーカスでは維持できなかっただけのようだ。
周囲を警戒しつつ、都市を目指して歩く。
すると、街を区切る柵の手前に、1台の竜車が止まっていた。
その周りでは、黒いローブを着た集団が、何やら兵士らしき男ら数人と揉めているようにも見える。
「……厄介だな」
マサトがそう呟くと、パークスが答えた。
「いえ、逆に喜ぶべきでしょう」
「どういう意味だ?」
「行けばわかりますよ」
パークスの言葉を信じ、マサトたちはそのまま進む。
ある程度まで近付いたところでパークスが周囲の大気操作を解除すると、黒いローブを着た背の高い男が、すかさずマサトたちに気が付き、長い手をあげて声をあげた。
「ああ! ようやく来た! 心配してたんだぞ!」
釣られるようにして全員がマサトたちを見る。
男は続けて兵士らしき男らへ話しかけた。
「ほら言ったでしょ。はぐれた連れを待ってるだけだって。もう用は済んだからちゃんと戻りますよ」
「待て」
兵士らしき男らの中から、体格のいい男がそう告げて前へ出ると、マサトたちへ告げた。
「名前を答えろ」
その横柄な態度にマサトが少し顔を顰めるも、隣にいたパークスがすかさず答える。
「パークスといいます。こちらはセラフ。その少年がヴァート。黒髪の女性がシャルルです」
「ふん、いいぞ。通れ」
事前に連れの名前を聞き出していたのだろう。
だが、パークスがその名前通りに答えたため、納得せざるを得なかったようだ。
不満そうな顔つきではあったが。
「ささ、詳しい話は竜車の中でしましょう。そのまま目的地へお運びします」
背の高い黒いローブ姿の男が、小声でそう話しながら、マサトたちを竜車へと誘導する。
竜車は4人を乗せると、ゆっくりと走り始めた。
「自己紹介が遅れました。私は後家蜘蛛の上級構成員、アシダカと申します。頭領よりイーディス領の案内役を任されました。何でもおっしゃってください」
黒いローブの者たちは、後家蜘蛛の構成員で間違いなかったようだ。
マサトたちはドラゴンの背に乗って寄り道せずに向かってきたのだが、それよりも先回りして動いていた彼らに感心していた。
「助かった」
「いえいえ、そんなもったいない。私は当然のことをしたまでですよ」
細く長い目の端を垂れさせた、人当たりが良さそうな笑顔を向けながら、長い手を左右に振る。
その謙虚な姿勢には好感すら覚えた。
「お疲れのようですし、まずは宿で一休みしますかね?」
「そうだな……」
マサトはまだ余裕があったが、ヴァートが辛いだろうと視線を向けると、その意味に気付いたのがヴァートが強がってみせた。
「父ちゃん、おれなら全然大丈夫だから!」
「ふふふ」
「ちょ、ちょっとシャルルさんやめて。お願いだから撫でないで」
シャルルに頭を撫でられて困るヴァート。
面識もあまりなく、更には絶世の美女ということもあり、元々引っ込み思案体質のヴァートは強く拒否もできないようだった。
すると、パークスが口を開いた。
「ヴァートはまだ大丈夫でしょう。シャルルさんに抱きかかえられて安心したのか、道中居眠りしていたようなので」
「ち、ちがっ! ね、寝てないよ!」
「ふふふ」
「や、やめて」
本人は否定したが、ヴァートがシャルルの腕の中で居眠りしていたのは事実だろう。
「そうだな。じゃあブローカーの元へ案内してほしい」
「承知しました! お任せを」
◇◇◇
「姐さん! 奴らが来たッスよ!!」
ダンジョンブローカー――青の天眼を裏の顔としてもつ、表向きはダンジョンから運び出された希少な古代魔導具のブローカー――青の涙の事務所の2階。
その扉を勢いよく開けて入ってきたのは、楓色のパーマが似合う肉体派のイケメン――長寿族のチョウジだ。
「チョウジ〜、乱暴にドアを開けるなっていつも言ってるだろ〜? お前の馬鹿力で何回ドアが壊れたと思ってる?」
「こ、今回は大丈夫ッス。ほら、壊れてな……あ」
「「はぁ〜……」」
留め金が大破したドアを抱えたチョウジに、センリとメグリスが盛大にため息をつく。
「め、面目ないッス……いやそれより奴らが!」
「ふぅ〜、いいよ。通しな」
「りょ、了解ッス」
チョウジがドアを壁に立て掛け、事務室を出て階段を降りていく。
すると、眼鏡のフレームをもって位置を直したメグリスが、厳しい表情で口を開いた。
「まさか、ここで会うつもりですか?」
「仕方ないだろ〜? 四六時中見張り立てられちゃってんだしさ。外の方が危険だよ。それなら私のテリトリー内で会った方がまだマシだろ〜? 違うかい?」
「それはそうですが……」
「心配しなくても、こんな狭い部屋でやり合うつもりはないよ。私も馬鹿じゃないからね〜。向こうはどうか知らないけどさ」
「それならいいですが、極力戦闘は控えてください。こんな古い店舗でも、状態次第でそこそこのお金になるんですから」
「はいはい、メグリスがお金に細かくて助かってるよ本当に」
メグリスは青の天眼の金庫番だ。
ダンジョンブローカーとしての裏の顔をもつ青の天眼だが、懐事情は芳しくなかった。
決して、ダンジョンブローカーの稼ぎが悪いわけではない。
むしろ裏家業なだけあって、稼ぎは相当なものだった。
だが、それ以上にセンリとチョウジの消費が激しかったのだ。
センリは極度のギャンブル好きであり、酷い浪費癖があった。
チョウジはそれこそ四六時中食べ続けており、更には定期的に高価な霊薬を摂取しなければいけないなど、とにかく食費がかかった。
入ってくる額も大きければ、出ていく額も大きく、結局それほどの蓄えはないというのが現状だ。
イーディス領を離れるのであれば、暫く収入が激減するであろうことは想像に容易く、メグリスとしては、先々のことを見据えて少しでも多くの金を用意しておきたいと考えてのことだった。
そうこうしているうちに、チョウジが例の客人を連れて戻ってくる。
(ほぉ〜?)
センリの目つきが変わる。
最初に入って来たのは、背の高い糸目の男。
気配や足音の消し方の癖などから、その者が暗殺ギルドの者――更には手練れだとすぐに気付いた。
(話の流れからすると、後家蜘蛛の連中かね。自ら案内役を買って出たのか。ふ〜ん)
最近、各地で急成長していると噂の後家蜘蛛が、ここまで尽くす相手が何者なのか、センリは俄然興味が湧き始めた。
(さて、一体どんな大物かね)
次に入って来たのは、黒髪の男だ。
童顔だが、表情に緩さはなく、異質な雰囲気を漂わせていた。
(筋肉の付き方を見る限り、チョウジと同じ系統かね。ん? 魔力を感じない……? へぇ〜、魔力を完全に隠せるなんて、面白い能力じゃないの)
その後に続いて、至極色の髪に白眼、更には薄紫色の肌をもつ珍しい少年と、膝上くらいまでの長さがある黒髪を靡かせた絶世の美女、そして銀縁の眼鏡をかけた白い服の男が入ってきた。
(あらあら、こっちも面白い力をもった少年だこと。後から入ってきた女はちょっと危険な臭いがするねぇ〜。白い服の男も相当な実力者みたいだけど、要注意は女だけかねぇ〜)
一通り値踏みが終わったセンリが、手に持っていた煙管煙草で一服しつつ、先頭に立っていた糸目の男へ話しかける。
「ふぅ〜。さ〜て、どういった要件かな?」
机の上に足を投げ出した横柄な態度だが、それがいつものセンリの姿でもあった。
スカートから覗く生足は、相当な色気があり、普通の男なら目を奪われたはずだ。
だが、糸目の男はセンリの足元には見向きもせず、薄ら笑いを浮かべながら本題を口にした。
「こちらが以前、依頼した内容の人物になります。くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ」
そう忠告すると、糸目の男は腰を低くして、背後にいた黒髪の男を案内するように前へ誘導した。
「ささ、セラフさん、どうぞ、何でも要望をお伝えください。料金は私たちが全て負担しますからご安心を」
(セラフ? 聞かない名だねぇ〜。でも、後家蜘蛛がこんなにも低姿勢で対応するなんて、何者かねぇ〜)
センリが興味深そうにセラフと呼ばれた男――マサトを値踏みする。
すると、マサトは表情を変えずに告げた。
「ダンジョンを紹介してほしい。ランクは高ければ高いほど良い、場所は近ければ近いほど助かる」
その言葉に、センリが思わず吹き出す。
「ハッ! ランクは高ければ高いほど良いだって? ダンジョンのランクがいくつまであるのか知ってるのかい?」
「AAまでしか知らない。が、つい先日、AAランクと呼ばれていた眠りの森のダンジョンは踏破した」
「へぇ〜? あの眠りの森を? そりゃ凄いじゃないの」
センリだけでなく、後方で様子をうかがっていたチョウジも笑う。
メグリスにいたっては呆れ顔だ。
マサトは冗談だと受け取られたのだと悟ったが、構わず続けた。
「別に信じてもらわなくても構わない。ダンジョンは紹介してもらえるのか?」
「ふふ、そう焦るんじゃないよ〜。紹介してやらないこともないけどさ。私としても自殺場所を教えるのは後味が悪いんだよねぇ〜」
さすがに父ちゃんを侮られたと気付いたヴァートが怒気を飛ばすも、マサトが手を出して止める。
だが、チョウジが追い打ちをかけた。
「偶にいるんスよね。そうやって無謀な挑戦で無駄死にしていく奴が。まっ、少し力を付けた奴が、勘違いして調子に乗っちゃう気持ちも分からなくはないッスけど」
「くっ、この……」
我慢の限界にきたヴァートが顔を真っ赤にして反論しようとするも、それよりも先に動いた者がいた。
シャルルだ。
「旦那様の悪口を言ったのはどの口かしら。もうこれ以上開けないように、縫い合わせてしまいましょう」
「ウグッ!?」
一瞬でチョウジとの距離を詰めたシャルルは、片手でチョウジの首を締め、もう片方の手で黒い縫い針をチョウジの口元へ突き刺そうとしていた。
チョウジの瞳に、限界まで見開かれた、シャルルの飲み込まれそうなほどに真っ暗闇な瞳が映る。
「シャルル、止せ。こっちに来い」
マサトがそう告げると、すぅと音も立てずにマサトの横へ移動し、何事もなかったかのように澄まし顔で立ち止まった。
その一部始終を見たセンリが呆気に取られ、メグリスが冷や汗を流す。
ヴァートもシャルルの行動に驚いていた。
込み上げていたチョウジへの怒りも霧散する。
「ゴホッ、ゴホッ! な、なにするんスかいきなり!」
「ハッ、不意打ちとはいえ、チョウジの首を締めるとは、中々やるじゃないか」
(やっぱりあの女が一番危険だねぇ〜。本気を出したチョウジが負けるとは思えないけど、警戒は必要だろう)
「これで十分か?」
マサトがセンリに問いかけるも、センリは首を横に振った。
「いんや、その程度じゃ納得できないね」
「じゃあどうすればいい」
にやりと口元を歪めたセンリが、マサトを焦らすように一服挟み、煙を吹き出しながら話を続ける。
「ふぅ〜、私たちと取引する実力があるか証明するために、黄金のガチョウのダンジョンを踏破しておいで。ちゃんと踏破できたら考えてあげようじゃないの」
黄金のガチョウのダンジョンとは、大都市イーディスの西部――涙の湖のほとりにある、Aランクのダンジョンだ。
100階層の森林ダンジョンとも呼ばれており、ボスを倒す度にフロアがリセットされる形式のランダム生成ダンジョンで、ボスフロアだけは固定で必ず100階に存在する。
ただし、ボスフロアに出現するボスにもランダム性があり、ボスによって難易度も達成報酬も変わるのが特徴だという。
「見届け役として、そこにいるAAランクのチョウジを同行者として付けてあげるから安心しな」
センリが再び煙管煙草を吹かす。
(暗殺ギルドと関係が深いだけあって、対人戦が得意なようだけど、対モンスターはどうかね〜? せいぜい足掻いてみることだね)
こうして、マサトたちはセンリから高ランクダンジョンを紹介してもらうため、Aランクダンジョンである黄金のガチョウのダンジョンへ挑むことになったのだった。
――――
▼おまけ
【UR】 金庫番のメグリス、1/3、(緑)(1)、「モンスター ― 栗鼠人族」、[防御魔法Lv3] [応急処置Lv2] [武術Lv1]
「青の涙の秘書。独身。30歳。Aランカーであり、測定当初のLvは109。蒸栗色の髪をポニーテールにしている栗鼠人族の女性。眼鏡の似合う美しい容姿。菫色の鋭い眼光に心を射抜かれた男性冒険者も多いが、彼女を口説き落とした男は未だにいない。類まれなる防御スキルと、その身持ちの固さから、ついた二つ名が金庫番のメグリス。ただし、彼女に嫌われたくなければ本人の前でその二つ名を呼ばないこと――冒険者ギルド受付嬢オミオの手帳」
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といっても、生身で飛び続けたわけではない。
イーディス領まで飛び続けるにはヴァートの体力がもたないだろうと、パークスから提案を受けたマサトは、コーカスを出てすぐ真紅の亜竜と永遠の蜃気楼を呼び寄せることにしたのだ。
そこで唯一意外な出来事があったとすれば、それは黒の女王ことシャルル・マルランが、ヴァートを連れて真紅の亜竜の背に乗ったことだろう。
これにより、空の旅はパークスとマサト、ヴァートとシャルル・マルランという奇妙な組み合わせで始まった。
「うわぁ、コーカスがちっぽけに見えるくらい広いや」
徹夜明けの瞳に射し込む朝陽に目を細めながら、目の前に広がる大都市に、ヴァートが感嘆の声をもらす。
遠方には、山頂が白い巨大な山々がそびえ立ち、左手には青々とした巨大な湖、右手には深緑の森林地帯と、黄金色に輝く麦畑が広がっている。
そして中央一面に建ち並ぶ居住施設。
それは、日本で生まれ育ち、都会の街並みは見慣れているマサトにとっても、思わず感心しまうほどの光景だった。
「これが大都市イーディスか」
第二の帝都、または資源の宝物庫といわれるだけはあり、その街の規模は以前の王都ガザの倍はあるように感じられた。
だが、城壁は存在しない。
フログガーデン大陸とは違い、敵対国家や敵対モンスターの襲撃がないからだろうか。
その代わりに、上空には警備隊と思わしき鷲獅子騎士を数体視認できた。
「これ以上はさすがに見つかる恐れがあります。この辺で降りた方がいいでしょう」
パークスがそう提案する。
黒崖から渡された視認阻害の魔導具に加えて、パークスが周囲の大気を操作し、外部から視認できないように対策していたが、それでも距離が近付くにつれて看破されるリスクはあがる。
「分かった。ヴァート、そろそろ降りるぞ」
「はい!」
シャルルに頭を撫でられ続けていたヴァートが、「や、やめてよ」と恥ずかしそうに拒否しながらも元気よく答える。
どういうわけか、シャルルはマサトと同じ雰囲気をもつヴァートのことも気になるらしく、まるで母親のような笑みを浮かべながらヴァートのことをかわいがっていた。
ヴァートの方はその手の対応に免疫がなかったのか、耳まで真赤にして終始照れっぱなしだ。
(あの調子なら大丈夫そうか……)
マサトとしても、シャルルが誰に対しても黒崖相手の時みたいな突っかかり方をしないか心配だったが、ヴァートとの様子を見て胸をなでおろした。
すると、パークスがマサトに聞いた。
「このドラゴンたちは、どうするつもりですか?」
「念の為、この周辺で待機させる」
「であれば、認識阻害の魔導具はドラゴンに付けておいた方がいいでしょう。魔導具なしでは、この距離でも容易く気付かれてしまうでしょうから」
「分かった。そうしよう」
空の支配者たるドラゴン種には、恐れるべき捕食者が存在せず、気配を隠す必要がない。
そのため、その場にいるだけで圧倒的な気配を放ってしまうのだ。
マサトとパークスがドラゴンの背から飛び降りると、それに続いて「一人で降りれるよ!」と嫌がるヴァートを抱きかかえたシャルルが飛び降りる。
すると、その時、遠方から何かの嘶きが響いた。
――クォオオオオン!!
鷲獅子の叫びだ。
「気付かれたか?」
「おそらく、ドラゴンたちの方でしょう。さすがに魔導具だけでは、鷲獅子の優秀な察知能力は騙せなかったようですね。私たちもこれ以上近づいていたら危なかったかもしれません」
地上へ落下しながらも、パークスは周囲の目を欺くため、周囲の大気を操作し続けている。
遠方に小さく見えていた鷲獅子騎士も高度を下げてきてはいないため、パークスの推測は正しいように思えた。
その後、4人が難なく地上へと降り立つと、街の方から空へ飛び立つ影がいくつか見えた。
「ドラゴンを追っていったのか。コーカスにはいなかったが、ここには鷲獅子騎士が常駐しているのか」
「ワンダーガーデンの主要都市の警備は、大抵鷲獅子騎士で構成されているようです。コーカスも以前は雇っていたようですが」
鷲獅子騎士は維持費も金がかかるらしく、領主のキャロルド・ジ・ジーソンが散財したせいで財政難に陥っていたコーカスでは維持できなかっただけのようだ。
周囲を警戒しつつ、都市を目指して歩く。
すると、街を区切る柵の手前に、1台の竜車が止まっていた。
その周りでは、黒いローブを着た集団が、何やら兵士らしき男ら数人と揉めているようにも見える。
「……厄介だな」
マサトがそう呟くと、パークスが答えた。
「いえ、逆に喜ぶべきでしょう」
「どういう意味だ?」
「行けばわかりますよ」
パークスの言葉を信じ、マサトたちはそのまま進む。
ある程度まで近付いたところでパークスが周囲の大気操作を解除すると、黒いローブを着た背の高い男が、すかさずマサトたちに気が付き、長い手をあげて声をあげた。
「ああ! ようやく来た! 心配してたんだぞ!」
釣られるようにして全員がマサトたちを見る。
男は続けて兵士らしき男らへ話しかけた。
「ほら言ったでしょ。はぐれた連れを待ってるだけだって。もう用は済んだからちゃんと戻りますよ」
「待て」
兵士らしき男らの中から、体格のいい男がそう告げて前へ出ると、マサトたちへ告げた。
「名前を答えろ」
その横柄な態度にマサトが少し顔を顰めるも、隣にいたパークスがすかさず答える。
「パークスといいます。こちらはセラフ。その少年がヴァート。黒髪の女性がシャルルです」
「ふん、いいぞ。通れ」
事前に連れの名前を聞き出していたのだろう。
だが、パークスがその名前通りに答えたため、納得せざるを得なかったようだ。
不満そうな顔つきではあったが。
「ささ、詳しい話は竜車の中でしましょう。そのまま目的地へお運びします」
背の高い黒いローブ姿の男が、小声でそう話しながら、マサトたちを竜車へと誘導する。
竜車は4人を乗せると、ゆっくりと走り始めた。
「自己紹介が遅れました。私は後家蜘蛛の上級構成員、アシダカと申します。頭領よりイーディス領の案内役を任されました。何でもおっしゃってください」
黒いローブの者たちは、後家蜘蛛の構成員で間違いなかったようだ。
マサトたちはドラゴンの背に乗って寄り道せずに向かってきたのだが、それよりも先回りして動いていた彼らに感心していた。
「助かった」
「いえいえ、そんなもったいない。私は当然のことをしたまでですよ」
細く長い目の端を垂れさせた、人当たりが良さそうな笑顔を向けながら、長い手を左右に振る。
その謙虚な姿勢には好感すら覚えた。
「お疲れのようですし、まずは宿で一休みしますかね?」
「そうだな……」
マサトはまだ余裕があったが、ヴァートが辛いだろうと視線を向けると、その意味に気付いたのがヴァートが強がってみせた。
「父ちゃん、おれなら全然大丈夫だから!」
「ふふふ」
「ちょ、ちょっとシャルルさんやめて。お願いだから撫でないで」
シャルルに頭を撫でられて困るヴァート。
面識もあまりなく、更には絶世の美女ということもあり、元々引っ込み思案体質のヴァートは強く拒否もできないようだった。
すると、パークスが口を開いた。
「ヴァートはまだ大丈夫でしょう。シャルルさんに抱きかかえられて安心したのか、道中居眠りしていたようなので」
「ち、ちがっ! ね、寝てないよ!」
「ふふふ」
「や、やめて」
本人は否定したが、ヴァートがシャルルの腕の中で居眠りしていたのは事実だろう。
「そうだな。じゃあブローカーの元へ案内してほしい」
「承知しました! お任せを」
◇◇◇
「姐さん! 奴らが来たッスよ!!」
ダンジョンブローカー――青の天眼を裏の顔としてもつ、表向きはダンジョンから運び出された希少な古代魔導具のブローカー――青の涙の事務所の2階。
その扉を勢いよく開けて入ってきたのは、楓色のパーマが似合う肉体派のイケメン――長寿族のチョウジだ。
「チョウジ〜、乱暴にドアを開けるなっていつも言ってるだろ〜? お前の馬鹿力で何回ドアが壊れたと思ってる?」
「こ、今回は大丈夫ッス。ほら、壊れてな……あ」
「「はぁ〜……」」
留め金が大破したドアを抱えたチョウジに、センリとメグリスが盛大にため息をつく。
「め、面目ないッス……いやそれより奴らが!」
「ふぅ〜、いいよ。通しな」
「りょ、了解ッス」
チョウジがドアを壁に立て掛け、事務室を出て階段を降りていく。
すると、眼鏡のフレームをもって位置を直したメグリスが、厳しい表情で口を開いた。
「まさか、ここで会うつもりですか?」
「仕方ないだろ〜? 四六時中見張り立てられちゃってんだしさ。外の方が危険だよ。それなら私のテリトリー内で会った方がまだマシだろ〜? 違うかい?」
「それはそうですが……」
「心配しなくても、こんな狭い部屋でやり合うつもりはないよ。私も馬鹿じゃないからね〜。向こうはどうか知らないけどさ」
「それならいいですが、極力戦闘は控えてください。こんな古い店舗でも、状態次第でそこそこのお金になるんですから」
「はいはい、メグリスがお金に細かくて助かってるよ本当に」
メグリスは青の天眼の金庫番だ。
ダンジョンブローカーとしての裏の顔をもつ青の天眼だが、懐事情は芳しくなかった。
決して、ダンジョンブローカーの稼ぎが悪いわけではない。
むしろ裏家業なだけあって、稼ぎは相当なものだった。
だが、それ以上にセンリとチョウジの消費が激しかったのだ。
センリは極度のギャンブル好きであり、酷い浪費癖があった。
チョウジはそれこそ四六時中食べ続けており、更には定期的に高価な霊薬を摂取しなければいけないなど、とにかく食費がかかった。
入ってくる額も大きければ、出ていく額も大きく、結局それほどの蓄えはないというのが現状だ。
イーディス領を離れるのであれば、暫く収入が激減するであろうことは想像に容易く、メグリスとしては、先々のことを見据えて少しでも多くの金を用意しておきたいと考えてのことだった。
そうこうしているうちに、チョウジが例の客人を連れて戻ってくる。
(ほぉ〜?)
センリの目つきが変わる。
最初に入って来たのは、背の高い糸目の男。
気配や足音の消し方の癖などから、その者が暗殺ギルドの者――更には手練れだとすぐに気付いた。
(話の流れからすると、後家蜘蛛の連中かね。自ら案内役を買って出たのか。ふ〜ん)
最近、各地で急成長していると噂の後家蜘蛛が、ここまで尽くす相手が何者なのか、センリは俄然興味が湧き始めた。
(さて、一体どんな大物かね)
次に入って来たのは、黒髪の男だ。
童顔だが、表情に緩さはなく、異質な雰囲気を漂わせていた。
(筋肉の付き方を見る限り、チョウジと同じ系統かね。ん? 魔力を感じない……? へぇ〜、魔力を完全に隠せるなんて、面白い能力じゃないの)
その後に続いて、至極色の髪に白眼、更には薄紫色の肌をもつ珍しい少年と、膝上くらいまでの長さがある黒髪を靡かせた絶世の美女、そして銀縁の眼鏡をかけた白い服の男が入ってきた。
(あらあら、こっちも面白い力をもった少年だこと。後から入ってきた女はちょっと危険な臭いがするねぇ〜。白い服の男も相当な実力者みたいだけど、要注意は女だけかねぇ〜)
一通り値踏みが終わったセンリが、手に持っていた煙管煙草で一服しつつ、先頭に立っていた糸目の男へ話しかける。
「ふぅ〜。さ〜て、どういった要件かな?」
机の上に足を投げ出した横柄な態度だが、それがいつものセンリの姿でもあった。
スカートから覗く生足は、相当な色気があり、普通の男なら目を奪われたはずだ。
だが、糸目の男はセンリの足元には見向きもせず、薄ら笑いを浮かべながら本題を口にした。
「こちらが以前、依頼した内容の人物になります。くれぐれも粗相のないようにお願いしますよ」
そう忠告すると、糸目の男は腰を低くして、背後にいた黒髪の男を案内するように前へ誘導した。
「ささ、セラフさん、どうぞ、何でも要望をお伝えください。料金は私たちが全て負担しますからご安心を」
(セラフ? 聞かない名だねぇ〜。でも、後家蜘蛛がこんなにも低姿勢で対応するなんて、何者かねぇ〜)
センリが興味深そうにセラフと呼ばれた男――マサトを値踏みする。
すると、マサトは表情を変えずに告げた。
「ダンジョンを紹介してほしい。ランクは高ければ高いほど良い、場所は近ければ近いほど助かる」
その言葉に、センリが思わず吹き出す。
「ハッ! ランクは高ければ高いほど良いだって? ダンジョンのランクがいくつまであるのか知ってるのかい?」
「AAまでしか知らない。が、つい先日、AAランクと呼ばれていた眠りの森のダンジョンは踏破した」
「へぇ〜? あの眠りの森を? そりゃ凄いじゃないの」
センリだけでなく、後方で様子をうかがっていたチョウジも笑う。
メグリスにいたっては呆れ顔だ。
マサトは冗談だと受け取られたのだと悟ったが、構わず続けた。
「別に信じてもらわなくても構わない。ダンジョンは紹介してもらえるのか?」
「ふふ、そう焦るんじゃないよ〜。紹介してやらないこともないけどさ。私としても自殺場所を教えるのは後味が悪いんだよねぇ〜」
さすがに父ちゃんを侮られたと気付いたヴァートが怒気を飛ばすも、マサトが手を出して止める。
だが、チョウジが追い打ちをかけた。
「偶にいるんスよね。そうやって無謀な挑戦で無駄死にしていく奴が。まっ、少し力を付けた奴が、勘違いして調子に乗っちゃう気持ちも分からなくはないッスけど」
「くっ、この……」
我慢の限界にきたヴァートが顔を真っ赤にして反論しようとするも、それよりも先に動いた者がいた。
シャルルだ。
「旦那様の悪口を言ったのはどの口かしら。もうこれ以上開けないように、縫い合わせてしまいましょう」
「ウグッ!?」
一瞬でチョウジとの距離を詰めたシャルルは、片手でチョウジの首を締め、もう片方の手で黒い縫い針をチョウジの口元へ突き刺そうとしていた。
チョウジの瞳に、限界まで見開かれた、シャルルの飲み込まれそうなほどに真っ暗闇な瞳が映る。
「シャルル、止せ。こっちに来い」
マサトがそう告げると、すぅと音も立てずにマサトの横へ移動し、何事もなかったかのように澄まし顔で立ち止まった。
その一部始終を見たセンリが呆気に取られ、メグリスが冷や汗を流す。
ヴァートもシャルルの行動に驚いていた。
込み上げていたチョウジへの怒りも霧散する。
「ゴホッ、ゴホッ! な、なにするんスかいきなり!」
「ハッ、不意打ちとはいえ、チョウジの首を締めるとは、中々やるじゃないか」
(やっぱりあの女が一番危険だねぇ〜。本気を出したチョウジが負けるとは思えないけど、警戒は必要だろう)
「これで十分か?」
マサトがセンリに問いかけるも、センリは首を横に振った。
「いんや、その程度じゃ納得できないね」
「じゃあどうすればいい」
にやりと口元を歪めたセンリが、マサトを焦らすように一服挟み、煙を吹き出しながら話を続ける。
「ふぅ〜、私たちと取引する実力があるか証明するために、黄金のガチョウのダンジョンを踏破しておいで。ちゃんと踏破できたら考えてあげようじゃないの」
黄金のガチョウのダンジョンとは、大都市イーディスの西部――涙の湖のほとりにある、Aランクのダンジョンだ。
100階層の森林ダンジョンとも呼ばれており、ボスを倒す度にフロアがリセットされる形式のランダム生成ダンジョンで、ボスフロアだけは固定で必ず100階に存在する。
ただし、ボスフロアに出現するボスにもランダム性があり、ボスによって難易度も達成報酬も変わるのが特徴だという。
「見届け役として、そこにいるAAランクのチョウジを同行者として付けてあげるから安心しな」
センリが再び煙管煙草を吹かす。
(暗殺ギルドと関係が深いだけあって、対人戦が得意なようだけど、対モンスターはどうかね〜? せいぜい足掻いてみることだね)
こうして、マサトたちはセンリから高ランクダンジョンを紹介してもらうため、Aランクダンジョンである黄金のガチョウのダンジョンへ挑むことになったのだった。
――――
▼おまけ
【UR】 金庫番のメグリス、1/3、(緑)(1)、「モンスター ― 栗鼠人族」、[防御魔法Lv3] [応急処置Lv2] [武術Lv1]
「青の涙の秘書。独身。30歳。Aランカーであり、測定当初のLvは109。蒸栗色の髪をポニーテールにしている栗鼠人族の女性。眼鏡の似合う美しい容姿。菫色の鋭い眼光に心を射抜かれた男性冒険者も多いが、彼女を口説き落とした男は未だにいない。類まれなる防御スキルと、その身持ちの固さから、ついた二つ名が金庫番のメグリス。ただし、彼女に嫌われたくなければ本人の前でその二つ名を呼ばないこと――冒険者ギルド受付嬢オミオの手帳」
光文社ライトブックスの公式サイトにて、書籍版『マジックイーター1』のWEB限定 番外編ショートストーリー「ネスvs.暗殺者」が無料公開中です。
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