【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
268 - 「眠りの森のダンジョン3―怯えるニーマ」
背丈が数十メートルはあるかと思える植物系の大型モンスター――樹人が森の奥から続々と姿を現す。
樹木でできた身体には、目と口と思わしき穴が空いており、眼球のない瞳は森に侵入してきた獲物を探しているようだった。
それは前方だけでなく、左右の森からも現れた。
根と蔦が絡み合ってできた太い足が一歩前に踏み出される度、どすんと鈍い音とともに地面が震え、足元の小石が踊る。
(む、無理よ……無理だわ……不可能よ……)
鈍い足音が聞こえる度、ニーマは自分の腰が引けていくのが分かった。
いつの間にか、杖を握る手も震えていた。
植物操作の魔法に通じるニーマは、その魔法を通して植物の意識を感じることができる。
そうして得た情報から分かったことといえば、自分程度の魔法使いでは到底及ばないくらいに、樹人はここ一帯の植物を支配する絶対的な存在であるということくらいだった。
そのくらいの力の差があると分かってしまったのだ。
ダンジョン内でニーマの植物操作魔法が不発に終わる理由も、この樹人が原因だ。
そして、樹人が周辺の植物を支配しているということは、同時に植物を介してこちらの居場所も把握できることを意味していた。
(逃げられない……樹人の追跡から逃れる場所なんてここにはない……)
もちろん、問題はそれだけではない。
妖精の存在だ。
完全に怖気付いたニーマの姿をあざ笑うかのように、先程から子供の様な高い声が頭の中へ響いている。
(樹人に妖精まで……何で入口付近で待ち構えているのよ!!)
二―マは錯乱していた。
これまでも数回足を運んだことのある眠りの森のダンジョン内部。
それまでは何事もなかったため、ニーマだけでなく、白い冠羽全員が入口付近は安全だと思い込んでいた。
危険が迫ってもダンジョンから出てしまえば、ダンジョン内のモンスターは外までは追ってこないと経験から知っていたからだ。
だが、それも入口が開放されていればの話。
退路を断たれてしまった今、目の前のモンスターを無視することはできない。
――グォォオオ!!
樹人が短い呻りを上げる。
(あ、あんな大型モンスターの群れに勝てる訳ない……)
本来であれば樹人1体でも苦戦する強敵。
それが複数。
雇い主の一行が想像を超える力を発揮し、奇跡的に1体を討伐してみせたが、何体いるか分からない樹人の群れ相手では勝ち目などない。
敵に囲まれ、逃げ道もない。
その状況は火を見るより明らかで、絶望的だ。
(AAランクのダンジョンを舐めてた罰だわ……もう逃げられない……こんなところで終わりになるなんて……)
ニーマの心が折れかける。
だが、雇い主の男はまだ諦めてないようで、再び何か召喚魔法を行使したようだった。
確かに、失われた古代魔法に位置する召喚魔法を使えるのは凄い。
更には魔法使いのニーマから見ても、雇い主の男が召喚魔法を行使する際に発生させる魔力の濃さは異常だった。
だが、だからといってこの状況を打開できる一手を打てるとは思っていなかった。
(樹人の群れ相手に戦える召喚モンスターなんている訳――)
そう悲観していると、それまで頭の中に響いていた耳障りな声がピタリと止まった。
(……え? な、なに?)
それまでニーマ達へと向けられていた樹人達の意識が後方へと逸れ、重荷のように感じていたプレッシャーが弱まる。
だが、その一方で、後方から別の気配が発生したのが分かった。
それも、目の前の樹人が発していた殺気とは比べ物にならない程に強く、濃厚な何かだ。
(う、後ろ……? 後ろに何が……)
背後から流れてくる気配に、ぞぞぞと背筋が粟立つ。
(やだやだやだ、なになに見たくない! 怖い怖い怖い!?)
どんなに怖くても、危険から目を背けることは死に直結する。
ニーマは、恐怖で吐きそうになる気持ちを必死に堪えながら、恐る恐る背後を振り返った。
そしてそれを視界に入れたことで失神しそうなほどの衝撃に襲われる。
「ひぃいッ!?」
目の前の脅威に本能が怯え、それが悲鳴となって口から漏れる。
それまで必死に踏ん張っていた足腰から力が抜け、ニーマは地面にへたりと座り込んだ。
(な、ななななんなの!? あれはなんなのぉお!?)
あまりの衝撃に、目を背けたくても背けられず、そこに新たに姿を見せた恐怖を凝視する。
そこには、樹人の数倍は巨大で、そして凶悪な顔をした大木の化け物が鎮座していた。
混乱するニーマに声がかかる。
声の主は、セラフと名乗った黒髪の雇主だ。
「心配するな。あれを召喚したのは俺だ。今、樹人達と戦わせる」
ニーマは男の言葉の意味を瞬時に理解できなかった。
(な、何を言ってるの……? あれを召喚……? う、嘘でしょ……? あ、あんなの、あんなのどう見てもAAランク以上の化け物じゃない!!)
ようやく大木の化け物から目を離すことに成功したニーマが、今にも泣き出しそうな顔でセラフを見る。
だが、セラフはニーマ達のことなど心配した様子もなく、少しだけ不敵に微笑んでいるだけだ。
それはこの状況を楽しんでいるかのようだった。
(何が楽しいの……? この状況で、何で笑っていられるの……? もしかして、この人が本当にこのモンスターの召喚を……? フログガーデンの英雄王じゃあるまいし、そんなの伝説の中の話じゃ……えっ、まさか!?)
隣の大陸に現れた英雄の伝説。
その英雄は炎の翼を生やし、光の剣で闇を斬り裂く。
何千何万ものモンスターを使役、召喚する小国の王でもあり、フログガーデン大陸に出現したSランク級のモンスターを討伐した救世主だとも言われていた。
噂の起源は諸説あるが、金色の鷲獅子騎士団が捕虜として捕まえてきたフログガーデンの民が話したことで、大海を隔てたワンダーガーデンに伝わったというのが大半だ。
ニーマも、偶に港や酒場に現れる吟遊詩人が唄っているのを耳にしたことがあり、知っていたに過ぎない。
(う、嘘……だってこの人の名前はセラフだって……で、でも確かあの時も空に飛び交う悪魔をけしかけるって言ってた……あの時はハッタリだと思っていたけど……炎の翼を生やして、ましてやあんな簡単に次々と召喚できる人なんて聞いたことない……もしセラフというのが偽名なら……この人は――)
眉唾ものの噂でも、藁にもすがる思いでいた極限状態の中では、信じたいと願う動機としては十分過ぎる内容だった。
「……フログガーデンの英雄王……マサト」
ニーマの呟きに、男がぴくりと反応し、止まる。
依頼主の他メンバーも、ニーマの呟きを拾ったようで、ニーマへと興味深そうに視線を向けていた。
依頼主の男がゆっくりとニーマへと振り向く。
男の瞳は凍凪の如く静かで、冷たく、飲み込まれそうなほどに黒かった。
「ぃ……」
男に目を向けられたニーマは、声もあげられないほどにすくみ上がる。
だが、依頼主の男はすぐ視線を外すと、あまり興味なさそうに言葉を返した。
「人違いだ。その間抜けは15年前に死んだ。俺はそんな失敗はしない。絶対に」
◇◇◇
突然、名を呼ばれたことに少し驚いたマサトだったが、ふと、以前パークスが話していたことを思い出し、一人で納得していた。
パークスから聞いた話とは、黒崖がマサトを見つけるために、後家蜘蛛や竜信教を使って流布した噂のことだ。
(炎を翼を生やして召喚魔法を使えば、黒崖が流した噂が真実味を帯びて更に拡散される……か。確かに、これなら俺を見つけやすいかもな)
未来へと飛ばされた先で、既に黒崖が蜘蛛の糸を張り巡らせ待ち構えていたという事実を実感し、不思議と笑みが溢れた。
繋がりは消えても、召喚した者たちは召喚者の味方だったのだ。
その事実に、改めて召喚魔法に対する信頼が強まる。
(さぁ、今度はお前の番だ。強さを示せ――ウッド)
マサトの呼びかけに応じるように、大木の精霊ウッドが身体を小刻みに震わせると、耳をつんざく大咆哮をあげた。
――グォォオオオォォォオオオォォォオオオ!!
暴風がマサト達を襲い、葉や小枝が宙を舞う。
やり過ぎだとマサトが顔をしかめるも、すぐそれが勘違いだと気付く。
舞い上がった葉や枝は、そのまま意思をもった風に運ばれて樹人へと襲いかかったのだ。
(魔法か? だがあれでは威力が弱い。いや、目的は別か?)
マサトの瞳が、光の線の残滓を捉える。
またたきのスピリットだ。
ウッドの攻撃に合わせて、またたきのスピリットによる精神攻撃が繰り広げられているようだ。
妖精達の悲鳴が微かにあがる。
『イタイイタイ!!』
『ヤメテヤメテ!!』
『キャーキャー!!』
ララが樹人の群れを小さい手で指差しながら声をあげる。
「妖精達の注意が逸れたかしら! その調子で畳み掛けるのよ!!」
再びウッドの雄叫びが短く響くと、目の前の森に劇的な変化が訪れた。
「お、おいおいマジかよ!?」
「や、やっぱりウッド様はウッド様なのよ!!」
キングとララが驚きに目を丸くする。
その視線の先では、それまで背景の一部でしかなかった木々が、まるでウッドの手足になったかのようにその幹をしならせ、樹人へと襲いかかっていた。
鞭のようにそり曲がった大木が勢いよく樹人の身体へとぶつかると、体勢を崩した樹人に長く伸びた枝葉が絡みつき、身体の自由を奪う。
樹人は必死に抵抗するも、数では圧倒的に周囲の植物の方が多い。
地面へと引き倒された樹人には、地面から無数の木の根が飛び出し、瞬く間に地面へと縛り付けていった。
その力は余程強いのか、樹人はミシミシと音を上げ、縛り上げられた部分がへこんでいき――遂には樹人の四肢を引き千切ってみせた。
「あ、ありえない……アタシらは一体何を見せられているんだ……?」
「あれが召喚したモンスターの力なの……森全てを操るなんて……信じられない……」
モイロ、ニーマが半ば放心状態で呟く。
ガラーとタスマもその場で唖然としていた。
アタランティスとヴァートも口を開く。
「この調子だと援護は要らないな」
「はは! さすが父ちゃん! ここまで凄い奴を簡単に召喚してみせるなんてやっぱ凄いや!!」
「油断はするな」
「承知した!」
「分かった!」
勝利を確信した2人に注意を促したマサトだったが、マサト自身もこのまま片付けられるという手応えを感じていた。
そしてそれはその通りになる。
程なくして、森が最初の時の静けさを取り戻すと、樹人は全て無機質な木材へと変わり果てていた。
妖精もその大半を討伐できたようだ。
白い冠羽の面々にとっては受け入れ難い光景だったのか、抜け殻のように茫然としているが、キングやララ達は呆気ない幕引きを当然のことのように受け止めていた。
(マナを回収をしておこう。樹人が手に入れば上出来だ)
マサトが両手を広げ、地面に転がる骸からマナを引き寄せる。
森の中から流れてきた光の粒子は淡い緑色と意外にも青色が混ざっていた。
マナ回収が終わり、カードドロップを告げるシステムメッセージが表示される。
『眠りの森の樹人を獲得しました』
『眠りの森の樹人を獲得しました』
『眠りの森の樹人を獲得しました』……
【C】 眠りの森の樹人、3/5、(緑)(5)、「モンスター ― 樹人」、[眠りの叫びLv1]
コストが重い割に性能があまり良くない樹人のコモンカードが8枚。
そして――。
『眠りの森の守護者達を獲得しました』
【SR】 眠りの森の守護者達、(緑×5)(X)(X)、「ソーサリー」、[X:眠りの森の樹人の召喚X]
強力なX召喚カードを手に入れることができた。
1枚では利用価値の低い眠りの森の樹人でも、それを1度に大量召喚できるX召喚カードは貴重だ。
(この1枚を入手できただけでも、ダンジョンにきた甲斐はあったな)
期待通りの収穫に既に満足していたマサトの視界には、カード獲得を告げるメッセージの表示が続いていた。
『蠢く球根を獲得しました』
『蠢く球根を獲得しました』
『優艶な紫蝶を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『呪術師ショウズの光のロザリオを獲得しました』
『呪術師ショウズの命の指輪を獲得しました』
『呪術師ショウズの魔杖サクラを獲得しました』
・
・
・
『千年樹人を獲得しました』
▼おまけ
【C】 蠢く球根、0/1、(緑)、「モンスター ― 植物」、[(緑):「絡みつき草」「噛みつき草」「寄生植物レシア」のいずれかへ進化]
「おいお前ら! そいつを運ぶときは、ちゃんと根を縛っておけよ!? じゃないといつの間にか逃げちまうからな――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【C】 絡みつき草、0/2、(緑)、「モンスター ― 植物」、[拘束Lv1][移動不可]
「ああ、言い忘れた。球根は地面に直接置くなよ……ってもう手遅れだったか。これ解くの大変なんだよなぁ。まぁ暫くそのままで我慢してろ。今ナイフ持って来るから――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【C】 噛みつき草、1/1、(緑)、「モンスター ― 植物」、[噛みつき攻撃Lv1][移動不可]
「イダぁッ!? 痛い痛い!? て、店長ぉおおお! は、早く来てぇえええ! 助けてぇええええ!!――絶叫する店員スズキ」
【R】 寄生植物レシア、0/1、(緑×3)、「モンスター ― 寄生植物」、[人族宿主寄生][(1):パラレシア化。人族限定。パラレシア化した対象は寄生衰弱Lv1を得る][パラレシア化した対象のライフ上限-1:一時能力補正+1/+1][宿主生贄時:人喰い植物バラフレシア4/3召喚1]
「おっ、これは珍しい植物が生まれたな。こいつは闇市で高く売れるぞ。問題はどうやってこいつを引き剥がすかだが――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【R】 優艶な紫蝶、0/1、(緑)、「モンスター ― 昆虫」、[毒Lv3][飛行]
「綺麗なものには大抵毒がある。魅せられたら最後、それ無しでは生きられなくなってしまうっていう麻薬みたいなもんだな。お前も酒場の娘に入れ込みすぎるなよ?――店員スズキに釘を刺す店長のハレルヤ」
【SR】 眠りの森の守護者達、(緑×5)(X)(X)、「ソーサリー」、[X:眠りの森の樹人の召喚X]
「彼らがいれば森は平穏を維持できるの。侵略者達も、彼らのことが怖いのよ。必死に彼らの領域を探して、器用に避けて通るもの。それなら、彼らの領域を避けて通れないくらいに広げてあげれば、この森もより平和になると思わない?――憎まれ役の大賢女マレフィセント・ヴィラン」
樹木でできた身体には、目と口と思わしき穴が空いており、眼球のない瞳は森に侵入してきた獲物を探しているようだった。
それは前方だけでなく、左右の森からも現れた。
根と蔦が絡み合ってできた太い足が一歩前に踏み出される度、どすんと鈍い音とともに地面が震え、足元の小石が踊る。
(む、無理よ……無理だわ……不可能よ……)
鈍い足音が聞こえる度、ニーマは自分の腰が引けていくのが分かった。
いつの間にか、杖を握る手も震えていた。
植物操作の魔法に通じるニーマは、その魔法を通して植物の意識を感じることができる。
そうして得た情報から分かったことといえば、自分程度の魔法使いでは到底及ばないくらいに、樹人はここ一帯の植物を支配する絶対的な存在であるということくらいだった。
そのくらいの力の差があると分かってしまったのだ。
ダンジョン内でニーマの植物操作魔法が不発に終わる理由も、この樹人が原因だ。
そして、樹人が周辺の植物を支配しているということは、同時に植物を介してこちらの居場所も把握できることを意味していた。
(逃げられない……樹人の追跡から逃れる場所なんてここにはない……)
もちろん、問題はそれだけではない。
妖精の存在だ。
完全に怖気付いたニーマの姿をあざ笑うかのように、先程から子供の様な高い声が頭の中へ響いている。
(樹人に妖精まで……何で入口付近で待ち構えているのよ!!)
二―マは錯乱していた。
これまでも数回足を運んだことのある眠りの森のダンジョン内部。
それまでは何事もなかったため、ニーマだけでなく、白い冠羽全員が入口付近は安全だと思い込んでいた。
危険が迫ってもダンジョンから出てしまえば、ダンジョン内のモンスターは外までは追ってこないと経験から知っていたからだ。
だが、それも入口が開放されていればの話。
退路を断たれてしまった今、目の前のモンスターを無視することはできない。
――グォォオオ!!
樹人が短い呻りを上げる。
(あ、あんな大型モンスターの群れに勝てる訳ない……)
本来であれば樹人1体でも苦戦する強敵。
それが複数。
雇い主の一行が想像を超える力を発揮し、奇跡的に1体を討伐してみせたが、何体いるか分からない樹人の群れ相手では勝ち目などない。
敵に囲まれ、逃げ道もない。
その状況は火を見るより明らかで、絶望的だ。
(AAランクのダンジョンを舐めてた罰だわ……もう逃げられない……こんなところで終わりになるなんて……)
ニーマの心が折れかける。
だが、雇い主の男はまだ諦めてないようで、再び何か召喚魔法を行使したようだった。
確かに、失われた古代魔法に位置する召喚魔法を使えるのは凄い。
更には魔法使いのニーマから見ても、雇い主の男が召喚魔法を行使する際に発生させる魔力の濃さは異常だった。
だが、だからといってこの状況を打開できる一手を打てるとは思っていなかった。
(樹人の群れ相手に戦える召喚モンスターなんている訳――)
そう悲観していると、それまで頭の中に響いていた耳障りな声がピタリと止まった。
(……え? な、なに?)
それまでニーマ達へと向けられていた樹人達の意識が後方へと逸れ、重荷のように感じていたプレッシャーが弱まる。
だが、その一方で、後方から別の気配が発生したのが分かった。
それも、目の前の樹人が発していた殺気とは比べ物にならない程に強く、濃厚な何かだ。
(う、後ろ……? 後ろに何が……)
背後から流れてくる気配に、ぞぞぞと背筋が粟立つ。
(やだやだやだ、なになに見たくない! 怖い怖い怖い!?)
どんなに怖くても、危険から目を背けることは死に直結する。
ニーマは、恐怖で吐きそうになる気持ちを必死に堪えながら、恐る恐る背後を振り返った。
そしてそれを視界に入れたことで失神しそうなほどの衝撃に襲われる。
「ひぃいッ!?」
目の前の脅威に本能が怯え、それが悲鳴となって口から漏れる。
それまで必死に踏ん張っていた足腰から力が抜け、ニーマは地面にへたりと座り込んだ。
(な、ななななんなの!? あれはなんなのぉお!?)
あまりの衝撃に、目を背けたくても背けられず、そこに新たに姿を見せた恐怖を凝視する。
そこには、樹人の数倍は巨大で、そして凶悪な顔をした大木の化け物が鎮座していた。
混乱するニーマに声がかかる。
声の主は、セラフと名乗った黒髪の雇主だ。
「心配するな。あれを召喚したのは俺だ。今、樹人達と戦わせる」
ニーマは男の言葉の意味を瞬時に理解できなかった。
(な、何を言ってるの……? あれを召喚……? う、嘘でしょ……? あ、あんなの、あんなのどう見てもAAランク以上の化け物じゃない!!)
ようやく大木の化け物から目を離すことに成功したニーマが、今にも泣き出しそうな顔でセラフを見る。
だが、セラフはニーマ達のことなど心配した様子もなく、少しだけ不敵に微笑んでいるだけだ。
それはこの状況を楽しんでいるかのようだった。
(何が楽しいの……? この状況で、何で笑っていられるの……? もしかして、この人が本当にこのモンスターの召喚を……? フログガーデンの英雄王じゃあるまいし、そんなの伝説の中の話じゃ……えっ、まさか!?)
隣の大陸に現れた英雄の伝説。
その英雄は炎の翼を生やし、光の剣で闇を斬り裂く。
何千何万ものモンスターを使役、召喚する小国の王でもあり、フログガーデン大陸に出現したSランク級のモンスターを討伐した救世主だとも言われていた。
噂の起源は諸説あるが、金色の鷲獅子騎士団が捕虜として捕まえてきたフログガーデンの民が話したことで、大海を隔てたワンダーガーデンに伝わったというのが大半だ。
ニーマも、偶に港や酒場に現れる吟遊詩人が唄っているのを耳にしたことがあり、知っていたに過ぎない。
(う、嘘……だってこの人の名前はセラフだって……で、でも確かあの時も空に飛び交う悪魔をけしかけるって言ってた……あの時はハッタリだと思っていたけど……炎の翼を生やして、ましてやあんな簡単に次々と召喚できる人なんて聞いたことない……もしセラフというのが偽名なら……この人は――)
眉唾ものの噂でも、藁にもすがる思いでいた極限状態の中では、信じたいと願う動機としては十分過ぎる内容だった。
「……フログガーデンの英雄王……マサト」
ニーマの呟きに、男がぴくりと反応し、止まる。
依頼主の他メンバーも、ニーマの呟きを拾ったようで、ニーマへと興味深そうに視線を向けていた。
依頼主の男がゆっくりとニーマへと振り向く。
男の瞳は凍凪の如く静かで、冷たく、飲み込まれそうなほどに黒かった。
「ぃ……」
男に目を向けられたニーマは、声もあげられないほどにすくみ上がる。
だが、依頼主の男はすぐ視線を外すと、あまり興味なさそうに言葉を返した。
「人違いだ。その間抜けは15年前に死んだ。俺はそんな失敗はしない。絶対に」
◇◇◇
突然、名を呼ばれたことに少し驚いたマサトだったが、ふと、以前パークスが話していたことを思い出し、一人で納得していた。
パークスから聞いた話とは、黒崖がマサトを見つけるために、後家蜘蛛や竜信教を使って流布した噂のことだ。
(炎を翼を生やして召喚魔法を使えば、黒崖が流した噂が真実味を帯びて更に拡散される……か。確かに、これなら俺を見つけやすいかもな)
未来へと飛ばされた先で、既に黒崖が蜘蛛の糸を張り巡らせ待ち構えていたという事実を実感し、不思議と笑みが溢れた。
繋がりは消えても、召喚した者たちは召喚者の味方だったのだ。
その事実に、改めて召喚魔法に対する信頼が強まる。
(さぁ、今度はお前の番だ。強さを示せ――ウッド)
マサトの呼びかけに応じるように、大木の精霊ウッドが身体を小刻みに震わせると、耳をつんざく大咆哮をあげた。
――グォォオオオォォォオオオォォォオオオ!!
暴風がマサト達を襲い、葉や小枝が宙を舞う。
やり過ぎだとマサトが顔をしかめるも、すぐそれが勘違いだと気付く。
舞い上がった葉や枝は、そのまま意思をもった風に運ばれて樹人へと襲いかかったのだ。
(魔法か? だがあれでは威力が弱い。いや、目的は別か?)
マサトの瞳が、光の線の残滓を捉える。
またたきのスピリットだ。
ウッドの攻撃に合わせて、またたきのスピリットによる精神攻撃が繰り広げられているようだ。
妖精達の悲鳴が微かにあがる。
『イタイイタイ!!』
『ヤメテヤメテ!!』
『キャーキャー!!』
ララが樹人の群れを小さい手で指差しながら声をあげる。
「妖精達の注意が逸れたかしら! その調子で畳み掛けるのよ!!」
再びウッドの雄叫びが短く響くと、目の前の森に劇的な変化が訪れた。
「お、おいおいマジかよ!?」
「や、やっぱりウッド様はウッド様なのよ!!」
キングとララが驚きに目を丸くする。
その視線の先では、それまで背景の一部でしかなかった木々が、まるでウッドの手足になったかのようにその幹をしならせ、樹人へと襲いかかっていた。
鞭のようにそり曲がった大木が勢いよく樹人の身体へとぶつかると、体勢を崩した樹人に長く伸びた枝葉が絡みつき、身体の自由を奪う。
樹人は必死に抵抗するも、数では圧倒的に周囲の植物の方が多い。
地面へと引き倒された樹人には、地面から無数の木の根が飛び出し、瞬く間に地面へと縛り付けていった。
その力は余程強いのか、樹人はミシミシと音を上げ、縛り上げられた部分がへこんでいき――遂には樹人の四肢を引き千切ってみせた。
「あ、ありえない……アタシらは一体何を見せられているんだ……?」
「あれが召喚したモンスターの力なの……森全てを操るなんて……信じられない……」
モイロ、ニーマが半ば放心状態で呟く。
ガラーとタスマもその場で唖然としていた。
アタランティスとヴァートも口を開く。
「この調子だと援護は要らないな」
「はは! さすが父ちゃん! ここまで凄い奴を簡単に召喚してみせるなんてやっぱ凄いや!!」
「油断はするな」
「承知した!」
「分かった!」
勝利を確信した2人に注意を促したマサトだったが、マサト自身もこのまま片付けられるという手応えを感じていた。
そしてそれはその通りになる。
程なくして、森が最初の時の静けさを取り戻すと、樹人は全て無機質な木材へと変わり果てていた。
妖精もその大半を討伐できたようだ。
白い冠羽の面々にとっては受け入れ難い光景だったのか、抜け殻のように茫然としているが、キングやララ達は呆気ない幕引きを当然のことのように受け止めていた。
(マナを回収をしておこう。樹人が手に入れば上出来だ)
マサトが両手を広げ、地面に転がる骸からマナを引き寄せる。
森の中から流れてきた光の粒子は淡い緑色と意外にも青色が混ざっていた。
マナ回収が終わり、カードドロップを告げるシステムメッセージが表示される。
『眠りの森の樹人を獲得しました』
『眠りの森の樹人を獲得しました』
『眠りの森の樹人を獲得しました』……
【C】 眠りの森の樹人、3/5、(緑)(5)、「モンスター ― 樹人」、[眠りの叫びLv1]
コストが重い割に性能があまり良くない樹人のコモンカードが8枚。
そして――。
『眠りの森の守護者達を獲得しました』
【SR】 眠りの森の守護者達、(緑×5)(X)(X)、「ソーサリー」、[X:眠りの森の樹人の召喚X]
強力なX召喚カードを手に入れることができた。
1枚では利用価値の低い眠りの森の樹人でも、それを1度に大量召喚できるX召喚カードは貴重だ。
(この1枚を入手できただけでも、ダンジョンにきた甲斐はあったな)
期待通りの収穫に既に満足していたマサトの視界には、カード獲得を告げるメッセージの表示が続いていた。
『蠢く球根を獲得しました』
『蠢く球根を獲得しました』
『優艶な紫蝶を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『小さなならず者を獲得しました』
『呪術師ショウズの光のロザリオを獲得しました』
『呪術師ショウズの命の指輪を獲得しました』
『呪術師ショウズの魔杖サクラを獲得しました』
・
・
・
『千年樹人を獲得しました』
▼おまけ
【C】 蠢く球根、0/1、(緑)、「モンスター ― 植物」、[(緑):「絡みつき草」「噛みつき草」「寄生植物レシア」のいずれかへ進化]
「おいお前ら! そいつを運ぶときは、ちゃんと根を縛っておけよ!? じゃないといつの間にか逃げちまうからな――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【C】 絡みつき草、0/2、(緑)、「モンスター ― 植物」、[拘束Lv1][移動不可]
「ああ、言い忘れた。球根は地面に直接置くなよ……ってもう手遅れだったか。これ解くの大変なんだよなぁ。まぁ暫くそのままで我慢してろ。今ナイフ持って来るから――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【C】 噛みつき草、1/1、(緑)、「モンスター ― 植物」、[噛みつき攻撃Lv1][移動不可]
「イダぁッ!? 痛い痛い!? て、店長ぉおおお! は、早く来てぇえええ! 助けてぇええええ!!――絶叫する店員スズキ」
【R】 寄生植物レシア、0/1、(緑×3)、「モンスター ― 寄生植物」、[人族宿主寄生][(1):パラレシア化。人族限定。パラレシア化した対象は寄生衰弱Lv1を得る][パラレシア化した対象のライフ上限-1:一時能力補正+1/+1][宿主生贄時:人喰い植物バラフレシア4/3召喚1]
「おっ、これは珍しい植物が生まれたな。こいつは闇市で高く売れるぞ。問題はどうやってこいつを引き剥がすかだが――素材買取屋の店長、ハレルヤ」
【R】 優艶な紫蝶、0/1、(緑)、「モンスター ― 昆虫」、[毒Lv3][飛行]
「綺麗なものには大抵毒がある。魅せられたら最後、それ無しでは生きられなくなってしまうっていう麻薬みたいなもんだな。お前も酒場の娘に入れ込みすぎるなよ?――店員スズキに釘を刺す店長のハレルヤ」
【SR】 眠りの森の守護者達、(緑×5)(X)(X)、「ソーサリー」、[X:眠りの森の樹人の召喚X]
「彼らがいれば森は平穏を維持できるの。侵略者達も、彼らのことが怖いのよ。必死に彼らの領域を探して、器用に避けて通るもの。それなら、彼らの領域を避けて通れないくらいに広げてあげれば、この森もより平和になると思わない?――憎まれ役の大賢女マレフィセント・ヴィラン」
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