【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
265 - 「白い冠羽2」
鬱蒼とした森の中を、Bランクパーティの白い冠羽が緊張した面持ちで進む。
リーダーであり、上級剣士のモイロを先頭に、盗人職のガラー、癒し手のタスマ、魔法使いのニーマという順番だ。
そして、白い冠羽の後に、マサト達が続く。
すると、モイロに近付いたガラーが、マサト達に聞こえないくらいの小声でモイロへ話しかけた。
「何でこんな得体の知れない奴らの案内役なんて買って出たんだよ!?」
声量は抑えていたが、その言葉には苛立ちが込められていた。
モイロが心底面倒くさそうに返す。
「うるさいなぁ……仕事が取れたんだから良いじゃんか」
「だからってこんな危険な仕事を自分から取りに行くか普通!? しかも報酬額も提示せずに契約とか! 姉貴はやっぱ頭おかしいんだよ!!」
ガラーはモイロの実弟だ。
モイロとは7歳も歳が離れており、見た目もまだあどけなさが残っているが、見た目はモイロと似ている。
短髪ながらも頭のトップは白髪、刈り込みの入ったサイドはピンク色で、一見自由奔放な姉のモイロと似た性格に見えるが、モイロと違い、ガラーは慎重派だった。
派手な髪色と見た目で損をする性格とも言える。
「それに今すぐ仕事を取らないと困るくらい金に困ってんのは姉貴だけだろ!? オレたちまで巻き込むなよ!」
耳の痛いところを付くガラーだが、モイロにとっては毎度のことでもあるので、その対応も雑だ。
モイロがスッと耳を塞いでガラーの言葉を遮断する。
「なっ!? くそっ……!!」
その態度にガラーが苛立つも、今は任務中だとぐっと堪えた。
ここが遠足気分で立ち入るような安全な森ではないと理解しているからだ。
ヴァートと変わらない年齢ながら、姉のモイロより冒険者としての自覚があった。
「馬鹿姉貴。そんなふざけた態度で森を舐めてると痛い目みるぞ」
「アタシがこんな場所で下手こくかっての。アタシくらいになると、耳塞いでても振動で分かるんだよ、ちびっこガラー」
「チッ! やっぱり聞こえてんじゃんか!」
「2人ともいい加減にして! こんなことになっておきながら、本当にドジ踏んだら私があんた達絞め殺すから!!」
「「うっ……」」
鬼の形相で睨むニーマの怒号を受けて、モイロとガラーが肩をすくめてお喋りを止める。
モイロもガラーも、ニーマの大声が一番問題だろうと心の中で抗議するも、口には出さなかった。
火に油を注ぐようなものだと思ったからだ。
だが、心が擦れていないタスマは違った。
「ま、まぁまぁニーマも抑えて。任務中だし、もうすぐ深層に近付くから警戒しないと」
「あぁん? ドスケベ変態野郎は黙ってろ!!」
「へ、変態野郎っ!? な、なんてことを……あ、あれはだから誤解だって! 俺が来た時には既に部屋の扉が空いてて――」
ニーマに一蹴されたタスマが、顔を引きつらせながら必死に弁明する。
そんな賑やかな4人を後方から呆れた視線を送っていたララがボソリと呟いた。
「信じられないかしら。案内役が内輪揉めし始めたのよ。逆に何かの作戦かしら」
「いや……普通に揉めてるだけっぽいぞ……」
キングも呆れた様子で4人を見る。
「セラフ、あいつら本当に大丈夫なのか?」
「あれを案内役に選んだのはセラフかしら。セラフが責任を取るのよ」
「……はぁ」
マサトは溜息を吐くと、先頭のモイロに一言かけた。
「後どのくらいで着くか教えろ」
マサトの言葉に、白い冠羽の4人がビクリと肩を震わせた。
苦笑いを浮かべたモイロがマサトへ振り返り、頭をかきながら答える。
「深層部に入ったら、数十分で着くから大丈夫だって」
「その深層部にはいつ入るんだ?」
「それはぁ……」
モイロがニーマへ視線を移すと、視線を受けたニーマがやれやれと首を振った。
「すみません、うちのリーダーはどんぶり勘定なもので……今、植物の気配を探るので少しだけお時間ください」
ニーマが木の杖を両手で抱えると、目を閉じて詠唱を開始。
ニーマを中心に魔力の濃度が高まり、草木がざわついた。
「ほほぉ。面白い魔法かしら」
「本当だな。植物と会話でもしているようだ」
その様子を見たララとアタランティスが感心する。
小人族と緑狼族の2人は、自然との親和性が高い故に知覚できたのだろう。
魔法の行使が終わったのか、ニーマが目を開けてマサトに答えた。
「ここから100メートルくらいで深層部に入ります。深層部からは眠り草と呼ばれる植物が群生しているので、すぐ分かるはずです」
眠りの森のダンジョンは、その名の通り眠りの森の中にある。
森の表層は普通の森と大差ないが、森の深層部に近付くにつれて、眠りの森と名が付くようになった原因の植物が増えるのだ。
疑問に思ったキングが質問する。
「その眠り草の対処方法は? 間抜けな話し、俺達は何も対策らしい対策はしてこなかったぜ? まさか伐採しながら進む訳じゃないんだろ?」
「それは大丈夫です。私が魔法で操作して、近付いても眠りの胞子を飛ばさせないようにしますので」
「へぇ、そんなことができるのか。大したもんだな」
キングはそう感心したが、同時に警戒心も強めた。
裏を返せば、眠り草を操作してマサト達を眠らせようとすることも可能だからだ。
警戒心を強めなかったのは、ヴァートとアタランティスくらいだろう。
(念の為、釘を差しておくか……)
マサトが、少しの殺気を込めて白い冠羽全員に向けて告げる。
「俺達に眠り攻撃は効かない。眠り草をけしかけても無駄だ。変な気は起こすなよ」
一陣の風が白い冠羽4人の間を通り抜けると、その濃厚な死の気配に身を震わせた。
モイロはあり得ないものを見たような表情で冷や汗を浮かべ、メンバーの中で一番経験の浅いガラーはがくがくと足を震わせた。
タスマもニーマも一瞬で血の気が引いたのか、顔面蒼白だ。
そんな中、一番早く恐怖から復帰したモイロがおどけた様子で口を開く。
「や、やだなぁ。アタシらがそんな盗賊まがいのことする訳ないじゃん。そこは信用してくんないと」
モイロの言葉で我に返ったのか、他の3人もウンウンと激しく首を縦に振った。
「分かった。それなら良い。先に進もう」
「お、おう」
再び戻ってきた緊張感の中、白い冠羽は森の中の移動を再開した。
◇◇◇
(な、なんだったんだ? さっきの殺気は……)
モイロは非常に混乱していた。
セラフと名乗る黒髪の依頼主から浴びた死の気配は、間違いなく圧倒的な強者から発せられるものだった。
他のメンバーに比べて大したことなさそうに見えていた男が、一瞬で捕食者に見えた。
だが、脅威に感じたのはその瞬間だけで、今は全く脅威に感じないどころか、魔力すら感じられなかった。
(ア、アタシの勘違いか……? いやでも、あれは現実だよな……?)
ちらちらと後方にいる男へ注意を向けるも、やはり脅威は感じられない。
それよりも、小人族と緑狼族の女2人、それに最後尾から一言も発せずに付いてくる白い服を来た男の方が強者に見えるくらいだ。
(アタシの勘が、あの白服眼鏡は危険だと言ってる。ララってちびっ子も相当な魔力保有量だ。緑狼族もあの身のこなしを見る限りは、本物の戦士だろうし……不気味なのはあの3人か……)
金髪の無精髭男も底の見えない不気味さがあった。
白眼のチビちゃんも異質な魔力の気配がする。
一番異質なのは黒髪の男であるのは間違いなかったが。
(見た感じ、あのセラフって男がリーダー格なのは間違いなさそうなんだけど……)
するとその時、ガラーが叫んだ。
「姉貴!!」
「ん? げっ!?」
モイロが背後に注意を向け過ぎていたせいで、急な敵の襲撃に初動が遅れてしまう。
藪から飛び出してきたのは、複数の茶色い鼠だ。
「眠り鼠の生き残りなのよ!!」
後方で声があがるも、先頭にいたモイロは瞬く間に取り付かれてしまう。
(あぁ下手こいた! ニーマに後でぐちぐち言われる!!)
モイロは自分の失態に、恥ずかしさで顔が赤くなったのが分かった。
大抵のことは気にしない性格だが、自信のある戦闘において、格下相手に下手を打つことだけはプライドが許さないという価値観を持っていたのだ。
(アタシに恥かかせやがって! コイツらぁ!!)
モイロの身体が一瞬、淡く輝く。
上級剣士に至ったモイロ必殺の万能剣技――鸚鵡返しだ。
「うらぁあッ!!」
身体を独楽のように勢いよく回転させると、身体に取り付こうとした眠り鼠を一斉に弾いた。
直後、弾かれた眠り鼠の身体が真っ二つに分断される。
その後も、次々に眠り鼠がモイロへと飛びかかったが、モイロは無傷でその全てを討伐してみせた。
残ったのは、モイロの周囲に飛び散った死骸だけだ。
「皆無事か!?」
モイロが後方の無事を確認すると、いつもの落ち着きを取り戻した3人から返事が返ってくる。
「ああ、全部姉貴に向かってった。こっちには1匹も来てないよ」
「こちらは大丈夫です。モイロは怪我してないですか?」
「平気でしょ。モイロは、あの程度でやられる程弱くないから」
幸運にも、狙われたのは先頭にいたモイロだけで、後方へは一体も流れていないようだったが、モイロは後方の依頼人御一行にも声をかけた。
「アンタらも無事だよな?」
だが、要らぬ心配だったようだ。
黒髪の男の冷静な返答だけが返ってくる。
「問題ない。その派手な上着が敵を惹きつけてくれたお陰で、こちらにも敵は流れて来なかった」
「そりゃ良かった! やっぱ高い金払って買っといて正解だったなこれ! あの程度の攻撃なら傷一つ付かないし!」
眠り鼠の群れを1人で蹴散らすことができたという成果に、モイロは気分が良くなる。
反撃技を巧みに操るモイロにとって、ただ着ているだけで敵のヘイトを集めることができる「ハンスの派手な上着」は相性が良かった。
だからこそ、無理してまで購入した訳だが。
黒髪の男が先を促す。
「その調子でダンジョンまで案内を続けてくれ」
「任せなって! ほら行くよ!」
不思議と黒髪の男に認められたような気がして、モイロは何故か嬉しくなった。
それが顔に出ていたのか、ニーマは「え?」という表情でモイロを見た後、後方へ振り返る。
「どうした?」
「え? あ、いえ……なんでもありません……あはは……」
セラフと目が合ってしまったことで焦ったニーマが、すぐさま視線を泳がせて誤魔化す。
まさか目が合うとは思っていなかったのだ。
だが、幸運にも視線を泳がせた先が森の深層部だった。
「あ! モイロ! そろそろ眠り草が近くなるから一度止まって!」
そう告げて、その場から逃げるようにしてモイロの後を追った。
◇◇◇
「最初こそハズレ引かされたのかと思ったが、案外頼りになるもんだな。白い冠羽だったっけか?」
キングが背伸びをしながら呑気に話す。
そしてキングのお喋りに付き合うのは、いつも通りララだ。
「Bランクパーティにしては筋が良いかしら。鶏冠頭の剣術も中々だけど、この眠り草を操る魔法も珍しいのよ」
そう言いながら、眠り草を拾った木の枝でバシバシと叩く。
「おい止めろ! だからって棒で叩くな! 眠りの胞子飛んだら厄介だろーが!?」
「だからそれを飛ばないようにする魔法かしら! これだからお馬鹿なキングって呼ばれるのよ」
「その呼び方初めて聞いたぞ!?」
ララとキングがワーワー騒ぐ。
眠り草の葉は、眠りの胞子が詰まった小葉が葉軸の左右に羽状に並んでおり、生物が触れるとその葉を閉じて胞子を排出する性質をもつ。
そして、眠った生物を棘のある茎で絞め殺し、自身の養分とする植物系のモンスターだ。
眠りの胞子を排出させないためには、眠り草の葉を身体に触れないように避けて通るしかないのだが、ニーアの魔法はこの植物を操作するという便利なものだった。
ニーアが群生していた眠り草の前に立ち、植物操作の魔法を行使すると、モーセの海割りの如く眠り草が動き、一行が進めるだけの道を開けてくれたのだ。
棘のついた草木の道を歩きながらも、ララとキングのお喋りは続く。
「小さい方の鶏冠頭は普通なのよ。歳はヴァートと変わらないくらいだけど、ヴァートの方が腕は数段上かしら」
「うぇ!? あ、ありが、とう。ございます」
不意打ち気味に褒められたヴァートが、驚きながらも恥ずかしそうにもじもじとお礼を言う。
引っ込み思案な性格ながらも、しっかりとお礼を言えるのは、パークスの教えが良かったのかもしれない。
そのパークスはまだ一言も喋っておらず、終始無言だ。
「お礼は良いかしら。別にヨイショしたくて褒めた訳じゃないのよ。事実を言っただけかしら」
「バッハハ! 坊主が反応に困ってんじゃねーか。そのへんにしといてやれよ。それで癒し手の方はどうだ?」
「ザッ、平凡かしら。普通過ぎて評価も糞もないのよ」
「そこまで言われると、最早悪口にしか聞こえねぇーな」
ララの一通りの評価が終わったところで、目的地に到着した。
眠り草が群生していない開けた草原に、茨でできた洞窟のようなものが口を開けている。
全員の到着を待っていたモイロがマサトに話しかける。
「どうだい? アタシらを案内役に頼んで正解だったろ? ここまで来たくても、大抵は眠り草が邪魔で辿り着く前に挫折するからな!」
「そうだな」
マサトが適当に相槌を打つも、モイロは「そうだろそうだろ」と満足気に頷いた。
すると、ララがすかさず口を挟んだ。
「眠り草を操れる魔法使いがいたのは確かに便利だったかしら。でも別にいなくてもどうにかなったのよ」
相変わらずの口の悪さに、キングがフォローに回ろうとする。
「そんな冷たいこと言うなって。助かったのは事実なんだからそれで良いじゃねぇーか」
「ララ達でも問題なくどうにかできたのも事実かしら」
「まぁそりゃそうかもしれねぇが……」
キングがマサトとパークスに視線をやった後、頭をぽりぽりとかく。
マサトなら強引に炎で、パークスなら爆風をも斬り裂いた真空の剣でどうにかする光景がすぐ浮かんだのだ。
そして、キング達のやり取りと反応が、モイロの負けず嫌いに火を付けた。
「へぇ、そこまで言うってんなら、アンタらがこのAAダンジョンでどう立ち回るのか見せてもらおうじゃん」
モイロが腕を組み、挑発的な視線をララ達に送る。
普段はモイロを抑える側のニーマやガラーも、キングとララのやり取りで白い冠羽が侮られたと思ったのか、不満そうな視線を向けていた。
唯一、タスマだけが場の雰囲気が悪くなってしまったことに焦っていた。
ララがない胸を張ってドヤ顔で言い放つ。
「当たり前かしら。うちのセラフの力を見て、せいぜい度肝を抜かれると良いのよ」
いつもマサトに驚かされっぱなしのララが、ここぞとばかりに張り切る。
マサトは軽く溜息を吐くと、白い冠羽を揶揄って遊ぶララを無視してダンジョンの入口へと進んだ。
「行くぞ、モイロ。案内を頼む」
「え……? あ……わ、分かった。ま、待って」
先程の気概のある姿が嘘のように、おどおどしたモイロがマサトの背を追いかける。
そんなモイロの姿に、ニーマが信じられないといった様子で固まった。
ガラーが普段とは違う姉の行動に違和感を覚えたのか、ニーマへ疑問を投げかける。
「なんだか、姉貴がいつもの感じと違う気がするんだけど……」
「え、ええそうね。気のせいよ、気のせい。ま、まさか……まさか……ね……」
▼おまけ
【UR】 二の足踏みのガラー、1/2、(赤)、「モンスター ― 人族、盗人職」、[危険察知Lv2][緊急回避Lv2][警戒Lv2]
「あ、ニーマとタスマ……なんだろう。嫌な予感がする。そっとしとこう――危険を察知したガラー」
【UC】 無慈悲な二つ名、(赤×2)(2)、「エンチャント ― 人族」、[精神被ダメージ2倍][耐久Lv1]
「そんな……誤解なのに――ドスケベ変態野郎、タスマ」
リーダーであり、上級剣士のモイロを先頭に、盗人職のガラー、癒し手のタスマ、魔法使いのニーマという順番だ。
そして、白い冠羽の後に、マサト達が続く。
すると、モイロに近付いたガラーが、マサト達に聞こえないくらいの小声でモイロへ話しかけた。
「何でこんな得体の知れない奴らの案内役なんて買って出たんだよ!?」
声量は抑えていたが、その言葉には苛立ちが込められていた。
モイロが心底面倒くさそうに返す。
「うるさいなぁ……仕事が取れたんだから良いじゃんか」
「だからってこんな危険な仕事を自分から取りに行くか普通!? しかも報酬額も提示せずに契約とか! 姉貴はやっぱ頭おかしいんだよ!!」
ガラーはモイロの実弟だ。
モイロとは7歳も歳が離れており、見た目もまだあどけなさが残っているが、見た目はモイロと似ている。
短髪ながらも頭のトップは白髪、刈り込みの入ったサイドはピンク色で、一見自由奔放な姉のモイロと似た性格に見えるが、モイロと違い、ガラーは慎重派だった。
派手な髪色と見た目で損をする性格とも言える。
「それに今すぐ仕事を取らないと困るくらい金に困ってんのは姉貴だけだろ!? オレたちまで巻き込むなよ!」
耳の痛いところを付くガラーだが、モイロにとっては毎度のことでもあるので、その対応も雑だ。
モイロがスッと耳を塞いでガラーの言葉を遮断する。
「なっ!? くそっ……!!」
その態度にガラーが苛立つも、今は任務中だとぐっと堪えた。
ここが遠足気分で立ち入るような安全な森ではないと理解しているからだ。
ヴァートと変わらない年齢ながら、姉のモイロより冒険者としての自覚があった。
「馬鹿姉貴。そんなふざけた態度で森を舐めてると痛い目みるぞ」
「アタシがこんな場所で下手こくかっての。アタシくらいになると、耳塞いでても振動で分かるんだよ、ちびっこガラー」
「チッ! やっぱり聞こえてんじゃんか!」
「2人ともいい加減にして! こんなことになっておきながら、本当にドジ踏んだら私があんた達絞め殺すから!!」
「「うっ……」」
鬼の形相で睨むニーマの怒号を受けて、モイロとガラーが肩をすくめてお喋りを止める。
モイロもガラーも、ニーマの大声が一番問題だろうと心の中で抗議するも、口には出さなかった。
火に油を注ぐようなものだと思ったからだ。
だが、心が擦れていないタスマは違った。
「ま、まぁまぁニーマも抑えて。任務中だし、もうすぐ深層に近付くから警戒しないと」
「あぁん? ドスケベ変態野郎は黙ってろ!!」
「へ、変態野郎っ!? な、なんてことを……あ、あれはだから誤解だって! 俺が来た時には既に部屋の扉が空いてて――」
ニーマに一蹴されたタスマが、顔を引きつらせながら必死に弁明する。
そんな賑やかな4人を後方から呆れた視線を送っていたララがボソリと呟いた。
「信じられないかしら。案内役が内輪揉めし始めたのよ。逆に何かの作戦かしら」
「いや……普通に揉めてるだけっぽいぞ……」
キングも呆れた様子で4人を見る。
「セラフ、あいつら本当に大丈夫なのか?」
「あれを案内役に選んだのはセラフかしら。セラフが責任を取るのよ」
「……はぁ」
マサトは溜息を吐くと、先頭のモイロに一言かけた。
「後どのくらいで着くか教えろ」
マサトの言葉に、白い冠羽の4人がビクリと肩を震わせた。
苦笑いを浮かべたモイロがマサトへ振り返り、頭をかきながら答える。
「深層部に入ったら、数十分で着くから大丈夫だって」
「その深層部にはいつ入るんだ?」
「それはぁ……」
モイロがニーマへ視線を移すと、視線を受けたニーマがやれやれと首を振った。
「すみません、うちのリーダーはどんぶり勘定なもので……今、植物の気配を探るので少しだけお時間ください」
ニーマが木の杖を両手で抱えると、目を閉じて詠唱を開始。
ニーマを中心に魔力の濃度が高まり、草木がざわついた。
「ほほぉ。面白い魔法かしら」
「本当だな。植物と会話でもしているようだ」
その様子を見たララとアタランティスが感心する。
小人族と緑狼族の2人は、自然との親和性が高い故に知覚できたのだろう。
魔法の行使が終わったのか、ニーマが目を開けてマサトに答えた。
「ここから100メートルくらいで深層部に入ります。深層部からは眠り草と呼ばれる植物が群生しているので、すぐ分かるはずです」
眠りの森のダンジョンは、その名の通り眠りの森の中にある。
森の表層は普通の森と大差ないが、森の深層部に近付くにつれて、眠りの森と名が付くようになった原因の植物が増えるのだ。
疑問に思ったキングが質問する。
「その眠り草の対処方法は? 間抜けな話し、俺達は何も対策らしい対策はしてこなかったぜ? まさか伐採しながら進む訳じゃないんだろ?」
「それは大丈夫です。私が魔法で操作して、近付いても眠りの胞子を飛ばさせないようにしますので」
「へぇ、そんなことができるのか。大したもんだな」
キングはそう感心したが、同時に警戒心も強めた。
裏を返せば、眠り草を操作してマサト達を眠らせようとすることも可能だからだ。
警戒心を強めなかったのは、ヴァートとアタランティスくらいだろう。
(念の為、釘を差しておくか……)
マサトが、少しの殺気を込めて白い冠羽全員に向けて告げる。
「俺達に眠り攻撃は効かない。眠り草をけしかけても無駄だ。変な気は起こすなよ」
一陣の風が白い冠羽4人の間を通り抜けると、その濃厚な死の気配に身を震わせた。
モイロはあり得ないものを見たような表情で冷や汗を浮かべ、メンバーの中で一番経験の浅いガラーはがくがくと足を震わせた。
タスマもニーマも一瞬で血の気が引いたのか、顔面蒼白だ。
そんな中、一番早く恐怖から復帰したモイロがおどけた様子で口を開く。
「や、やだなぁ。アタシらがそんな盗賊まがいのことする訳ないじゃん。そこは信用してくんないと」
モイロの言葉で我に返ったのか、他の3人もウンウンと激しく首を縦に振った。
「分かった。それなら良い。先に進もう」
「お、おう」
再び戻ってきた緊張感の中、白い冠羽は森の中の移動を再開した。
◇◇◇
(な、なんだったんだ? さっきの殺気は……)
モイロは非常に混乱していた。
セラフと名乗る黒髪の依頼主から浴びた死の気配は、間違いなく圧倒的な強者から発せられるものだった。
他のメンバーに比べて大したことなさそうに見えていた男が、一瞬で捕食者に見えた。
だが、脅威に感じたのはその瞬間だけで、今は全く脅威に感じないどころか、魔力すら感じられなかった。
(ア、アタシの勘違いか……? いやでも、あれは現実だよな……?)
ちらちらと後方にいる男へ注意を向けるも、やはり脅威は感じられない。
それよりも、小人族と緑狼族の女2人、それに最後尾から一言も発せずに付いてくる白い服を来た男の方が強者に見えるくらいだ。
(アタシの勘が、あの白服眼鏡は危険だと言ってる。ララってちびっ子も相当な魔力保有量だ。緑狼族もあの身のこなしを見る限りは、本物の戦士だろうし……不気味なのはあの3人か……)
金髪の無精髭男も底の見えない不気味さがあった。
白眼のチビちゃんも異質な魔力の気配がする。
一番異質なのは黒髪の男であるのは間違いなかったが。
(見た感じ、あのセラフって男がリーダー格なのは間違いなさそうなんだけど……)
するとその時、ガラーが叫んだ。
「姉貴!!」
「ん? げっ!?」
モイロが背後に注意を向け過ぎていたせいで、急な敵の襲撃に初動が遅れてしまう。
藪から飛び出してきたのは、複数の茶色い鼠だ。
「眠り鼠の生き残りなのよ!!」
後方で声があがるも、先頭にいたモイロは瞬く間に取り付かれてしまう。
(あぁ下手こいた! ニーマに後でぐちぐち言われる!!)
モイロは自分の失態に、恥ずかしさで顔が赤くなったのが分かった。
大抵のことは気にしない性格だが、自信のある戦闘において、格下相手に下手を打つことだけはプライドが許さないという価値観を持っていたのだ。
(アタシに恥かかせやがって! コイツらぁ!!)
モイロの身体が一瞬、淡く輝く。
上級剣士に至ったモイロ必殺の万能剣技――鸚鵡返しだ。
「うらぁあッ!!」
身体を独楽のように勢いよく回転させると、身体に取り付こうとした眠り鼠を一斉に弾いた。
直後、弾かれた眠り鼠の身体が真っ二つに分断される。
その後も、次々に眠り鼠がモイロへと飛びかかったが、モイロは無傷でその全てを討伐してみせた。
残ったのは、モイロの周囲に飛び散った死骸だけだ。
「皆無事か!?」
モイロが後方の無事を確認すると、いつもの落ち着きを取り戻した3人から返事が返ってくる。
「ああ、全部姉貴に向かってった。こっちには1匹も来てないよ」
「こちらは大丈夫です。モイロは怪我してないですか?」
「平気でしょ。モイロは、あの程度でやられる程弱くないから」
幸運にも、狙われたのは先頭にいたモイロだけで、後方へは一体も流れていないようだったが、モイロは後方の依頼人御一行にも声をかけた。
「アンタらも無事だよな?」
だが、要らぬ心配だったようだ。
黒髪の男の冷静な返答だけが返ってくる。
「問題ない。その派手な上着が敵を惹きつけてくれたお陰で、こちらにも敵は流れて来なかった」
「そりゃ良かった! やっぱ高い金払って買っといて正解だったなこれ! あの程度の攻撃なら傷一つ付かないし!」
眠り鼠の群れを1人で蹴散らすことができたという成果に、モイロは気分が良くなる。
反撃技を巧みに操るモイロにとって、ただ着ているだけで敵のヘイトを集めることができる「ハンスの派手な上着」は相性が良かった。
だからこそ、無理してまで購入した訳だが。
黒髪の男が先を促す。
「その調子でダンジョンまで案内を続けてくれ」
「任せなって! ほら行くよ!」
不思議と黒髪の男に認められたような気がして、モイロは何故か嬉しくなった。
それが顔に出ていたのか、ニーマは「え?」という表情でモイロを見た後、後方へ振り返る。
「どうした?」
「え? あ、いえ……なんでもありません……あはは……」
セラフと目が合ってしまったことで焦ったニーマが、すぐさま視線を泳がせて誤魔化す。
まさか目が合うとは思っていなかったのだ。
だが、幸運にも視線を泳がせた先が森の深層部だった。
「あ! モイロ! そろそろ眠り草が近くなるから一度止まって!」
そう告げて、その場から逃げるようにしてモイロの後を追った。
◇◇◇
「最初こそハズレ引かされたのかと思ったが、案外頼りになるもんだな。白い冠羽だったっけか?」
キングが背伸びをしながら呑気に話す。
そしてキングのお喋りに付き合うのは、いつも通りララだ。
「Bランクパーティにしては筋が良いかしら。鶏冠頭の剣術も中々だけど、この眠り草を操る魔法も珍しいのよ」
そう言いながら、眠り草を拾った木の枝でバシバシと叩く。
「おい止めろ! だからって棒で叩くな! 眠りの胞子飛んだら厄介だろーが!?」
「だからそれを飛ばないようにする魔法かしら! これだからお馬鹿なキングって呼ばれるのよ」
「その呼び方初めて聞いたぞ!?」
ララとキングがワーワー騒ぐ。
眠り草の葉は、眠りの胞子が詰まった小葉が葉軸の左右に羽状に並んでおり、生物が触れるとその葉を閉じて胞子を排出する性質をもつ。
そして、眠った生物を棘のある茎で絞め殺し、自身の養分とする植物系のモンスターだ。
眠りの胞子を排出させないためには、眠り草の葉を身体に触れないように避けて通るしかないのだが、ニーアの魔法はこの植物を操作するという便利なものだった。
ニーアが群生していた眠り草の前に立ち、植物操作の魔法を行使すると、モーセの海割りの如く眠り草が動き、一行が進めるだけの道を開けてくれたのだ。
棘のついた草木の道を歩きながらも、ララとキングのお喋りは続く。
「小さい方の鶏冠頭は普通なのよ。歳はヴァートと変わらないくらいだけど、ヴァートの方が腕は数段上かしら」
「うぇ!? あ、ありが、とう。ございます」
不意打ち気味に褒められたヴァートが、驚きながらも恥ずかしそうにもじもじとお礼を言う。
引っ込み思案な性格ながらも、しっかりとお礼を言えるのは、パークスの教えが良かったのかもしれない。
そのパークスはまだ一言も喋っておらず、終始無言だ。
「お礼は良いかしら。別にヨイショしたくて褒めた訳じゃないのよ。事実を言っただけかしら」
「バッハハ! 坊主が反応に困ってんじゃねーか。そのへんにしといてやれよ。それで癒し手の方はどうだ?」
「ザッ、平凡かしら。普通過ぎて評価も糞もないのよ」
「そこまで言われると、最早悪口にしか聞こえねぇーな」
ララの一通りの評価が終わったところで、目的地に到着した。
眠り草が群生していない開けた草原に、茨でできた洞窟のようなものが口を開けている。
全員の到着を待っていたモイロがマサトに話しかける。
「どうだい? アタシらを案内役に頼んで正解だったろ? ここまで来たくても、大抵は眠り草が邪魔で辿り着く前に挫折するからな!」
「そうだな」
マサトが適当に相槌を打つも、モイロは「そうだろそうだろ」と満足気に頷いた。
すると、ララがすかさず口を挟んだ。
「眠り草を操れる魔法使いがいたのは確かに便利だったかしら。でも別にいなくてもどうにかなったのよ」
相変わらずの口の悪さに、キングがフォローに回ろうとする。
「そんな冷たいこと言うなって。助かったのは事実なんだからそれで良いじゃねぇーか」
「ララ達でも問題なくどうにかできたのも事実かしら」
「まぁそりゃそうかもしれねぇが……」
キングがマサトとパークスに視線をやった後、頭をぽりぽりとかく。
マサトなら強引に炎で、パークスなら爆風をも斬り裂いた真空の剣でどうにかする光景がすぐ浮かんだのだ。
そして、キング達のやり取りと反応が、モイロの負けず嫌いに火を付けた。
「へぇ、そこまで言うってんなら、アンタらがこのAAダンジョンでどう立ち回るのか見せてもらおうじゃん」
モイロが腕を組み、挑発的な視線をララ達に送る。
普段はモイロを抑える側のニーマやガラーも、キングとララのやり取りで白い冠羽が侮られたと思ったのか、不満そうな視線を向けていた。
唯一、タスマだけが場の雰囲気が悪くなってしまったことに焦っていた。
ララがない胸を張ってドヤ顔で言い放つ。
「当たり前かしら。うちのセラフの力を見て、せいぜい度肝を抜かれると良いのよ」
いつもマサトに驚かされっぱなしのララが、ここぞとばかりに張り切る。
マサトは軽く溜息を吐くと、白い冠羽を揶揄って遊ぶララを無視してダンジョンの入口へと進んだ。
「行くぞ、モイロ。案内を頼む」
「え……? あ……わ、分かった。ま、待って」
先程の気概のある姿が嘘のように、おどおどしたモイロがマサトの背を追いかける。
そんなモイロの姿に、ニーマが信じられないといった様子で固まった。
ガラーが普段とは違う姉の行動に違和感を覚えたのか、ニーマへ疑問を投げかける。
「なんだか、姉貴がいつもの感じと違う気がするんだけど……」
「え、ええそうね。気のせいよ、気のせい。ま、まさか……まさか……ね……」
▼おまけ
【UR】 二の足踏みのガラー、1/2、(赤)、「モンスター ― 人族、盗人職」、[危険察知Lv2][緊急回避Lv2][警戒Lv2]
「あ、ニーマとタスマ……なんだろう。嫌な予感がする。そっとしとこう――危険を察知したガラー」
【UC】 無慈悲な二つ名、(赤×2)(2)、「エンチャント ― 人族」、[精神被ダメージ2倍][耐久Lv1]
「そんな……誤解なのに――ドスケベ変態野郎、タスマ」
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