【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
258 - 「胸に燻る慕情」
海亀との交戦から2日目。
ワンダーガーデン大陸南部の港都市コーカスは、ようやく平時の落ち着きを取り戻しつつあった。
だが、その様子は以前とは異なる。
港に複数存在する船渠は、飛空艇の整備が出来るように急ピッチで改築され、街の内外には厳重な警備が敷かれていた。
空には無数のファージ達が飛び交い、焦土と化した街の外ではゴブリンの大群が至る所で野営しており、外からの脅威に備えている。
浮島から逃げ延びた眠り鼠の生存が確認されたからだ。
また、残骸の山となった浮島プロトステガの墜落現場には、大小様々な自立型魔導兵が配備され、利用可能な資源の発掘作業に励んでいた。
街の中も異様だ。
黒いローブの背中に竜と蜘蛛の紋章が描かれた者達が定期巡回し、マサトの召喚した鳥人族のアヒル種達は空から地上を監視していた。
一時的に、冒険者や商人の移動も禁止されている。
だが、街への物流を止め続けることはできないため、あくまでも補給拠点としての整備が終わるまでの時間稼ぎが目的だ。
伝書鳩の代わりとなる使い鷲の捕獲、検閲も徹底しているが、ワンダーガーデン大陸にはない未知の技術である飛空艇の軍団が、コーカスを占領したという噂が広がるのは時間の問題であった。
勿論、海亀の本拠地であった浮島要塞プロトステガが墜とされたという、帝国民にとっては信じ難い事実も。
「外の様子が気になるのか?」
リヴァイアス号から外を眺めていたマサトの横へ、黒髪の美女が並ぶ。
声をかけてきたのは黒崖だ。
「この戦力でも帝国を攻め落とすには不十分なのか……?」
「難しいだろうな。さすがに敵の数が多い。コーカスに仮の補給拠点を設けたからといって、長期戦は不利だ。全ての敵を葬る前に燃料切れを起こす」
ワンダーガーデン大陸は広大だ。
彼らからしてみれば、フログガーデン大陸は「西の海に浮かぶ孤島」という認識になるほどの差があった。
海亀を墜としたからといって、ワンダーガーデン大陸全土を掌握する帝国の軍事力は揺るがない。
現に、フログガーデン大陸への侵攻を幾度となく失敗しても尚、毎回大軍を差し向けてくるだけの余力があるのだ。
「言っただろう。まずは敵の戦力を削ぐ、と」
「金色の鷲獅子騎士団の調略か。どのくらい引き込める?」
「全ては無理だ。だが、上手くいけば三割くらいは引き込めるだろう」
「上手くいって三割か」
金色の鷲獅子騎士団に所属している鷲獅子騎士は、十万を超えると言われており、その三割といえ三万もの大軍となる。
そして、その兵力がこちらの攻撃に加われば、金色の鷲獅子騎士団の戦力の半分を相殺できることに繋がるのだ。
その鍵となるのは、海亀の領主――ヘイヤ・ヘイヤによって囚われ、拷問されていた北部スペード領の元領主――改革派のライオス・グラッドストン伯爵と、保守派のユニコス・ディズレーリ伯爵の2人。
彼らには、それぞれ忠誠の誓いを交わした隊長格の鷲獅子騎士がいる。
今は秘密裏に連絡を取ろうと動いている最中だ。
(キングが、元第一王位継承者のグリフィス・キング・ヴィ・ヴァルトだと分かれば、更に上手くことを運べる可能性も高くなる。早めにキングと話を付ける必要があるな……)
そう考えるマサトを余所に、黒崖は続ける。
「今回、陽動に使った部隊は殲滅されてしまったようだが、肉裂きファージ級であれば一体で十騎以上を葬れることが分かった。使い魔ファージも乱戦に持ち込めば一対一以上の戦果をあげられる。金色の鷲獅子騎士団が厄介なのは、その機動力と数だけだ。そのどちらかを削ってしまえば、自力で遥かに上回る我らに敗北はない」
軽く鼻で笑った後、笑みを消して再び口を開く。
「だが、問題は別にある」
「……アリスか」
黒崖が頷く。
「あれは脅威だ。お前がまだ時を彷徨っている時、一度正面からやり合ったが、勝ち筋が見えなかった」
「黒崖にそこまで言わせる相手か。確か、あのフラーネカルもそいつに討ち取られたんだろ?」
「そうだ。私も目を疑った。だが事実だ。奴にはフラーネカルの死の攻撃が効いていなかった。それだけでなく、あらゆる魔法に耐性を持っていたようだ」
「即死攻撃無効と魔法無敵か。確かに厄介だな」
マサトの言葉に、黒崖が首を振る。
「違う。洗脳や毒、麻痺、火傷、凍結、こちらが行使できるあらゆる状態異常が効かなかった」
「まさか……」
マサトの頭に一つの効果が浮かぶ。
「状態異常無効……」
「恐らくな。それでいて、音速で空を舞い、光の剣で大抵の物を真っ二つに斬り裂く。私達はお前と戦っているような感覚にすらなった程だ」
そう話し、自虐的な笑みを浮かべる黒崖。
一方で、マサトは脳裏を過った一つの可能性について考えていた。
マサトの横顔を暫く見つめていた黒崖が再び口を開く。
「十五年振りに再会したというのに、お前は心ここにあらずだな」
「悪い……」
マサトが謝罪を口にしながら振り向くと、腕を組みながら窓に肩を預けていた黒崖の瞳と視線が重なった。
その紅い瞳は揺れ、憂いを帯びた顔は、強気な黒崖とは思えない程の大人の色香に包まれている。
「初日こそ娘に譲ったが、今夜は私のために空けておけ」
「ああ」
「約束したぞ?」
いつもの表情に戻った黒崖が、ツカツカと靴底を鳴らしてマサトの傍まで距離を詰めると、マサトの首元を掴み、ぐいっと下へ引っ張った。
思わずマサトが前屈みになり、息がかかるほどにお互いの顔が近付く。
そして暫し沈黙。
黒崖の紅いの瞳に、目を見開いたマサトの顔が映る。
「お前と出会ってから、私はお前を求めてばかりだな」
そしてまた自虐的に少しだけ笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。
リヴァイアス号の窓に、薄っすらと反射した2人の影が重なり、離れる。
少しだけ頬を染めた黒崖が、顔を隠すようにして踵を返す。
「そういえば、この大陸には不思議の国のダンジョンと呼ばれる異界へ繋がる洞窟があるらしい。この周辺にまだ攻略されていないダンジョンが残っていれば、肩慣らしに攻略してきたらどうだ?」
「日帰りで攻略できるような場所なのか?」
「さぁな。だが、ダンジョン内は時間の進みがこちらよりも遅いと聞いた。お前の実力なら可能だろうと思っただけだ」
「時間の流れが違うのか……なるほど。考えてみる」
「運が良ければ良質な古代魔導具が手に入るかもな。詳しくはキャロルドに聞け。何か知っているはずだ」
「分かった」
「それと、お前の例の力に利用する白金も夜までに用意しておく。だから約束は絶対に忘れるな」
そう言い残し、颯爽と立ち去る黒崖の背中を見送る。
突然のことに呆気に取られたマサトだったが、黒崖の想いに触れたことで少し心が温かくなったのも自覚していた。
(……取り敢えず、まずはキングに話をしに行くか)
▼おまけ
【UC】 胸に燻る慕情、(赤)(1)、「エンチャント ― モンスター」、[(赤):一時能力補正+1/+0、思考低下][能力補正+2/+0][耐久Lv5]
「手に入らないモノに対し抱いた切望は、時に意思を貫く動力源となる。だが、一転して手に入る可能性の火が灯れば、それは制御不能な情熱の炎となって身を焦がすだろう――恋心と性愛の大魔導師アイアモール」
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