【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
252 - 「プロトステガ攻城戦11―陥落」
「マサト! 一旦退けッ!!」
「何……?」
黒崖の叫び声を拾ったマサトが一瞬何事かと考えるも、すぐさま鳥人族のアヒル種からの思念で状況を知った。
(空飛ぶ船からの総攻撃……? このままでは巻き添えになるか)
一つ目の浮島巨人兵との戦闘を切り上げて空へ逃げるマサトを、巨人達が一斉に顔をあげて視線で追う。
勿論、熱光線で追撃するためだ。
だが、その見開かれた瞳にすかさずファージ達が特攻したことで、巨人達の追撃は事前に防がれる。
(ファージ達が的確に動いてくれるのは助かる。指示は黒崖が出しているのか……?)
その黒崖は、大鷲獅子に跨りながらマサトが来るのを待っていた。
だが、そこはまだ巨人達の射程圏内だ。
黒崖はマサトの接近を確認するや否や、大鷲獅子の手綱を引いて身体を翻すと、そのまま高度を上げ始めた。
「詳しい話は後だ! 今はここからの退避を優先するッ!!」
大きな翼を広げて空を駆ける大鷲獅子に、紅蓮の翼を広げたマサトが追従する。
プロトステガを見渡せば、巨人達に取り付いていたファージ達も島からの離脱を始めていた。
「仲間や囚人の回収は済んだようだな」
「フッ、お陰で上手くいった。ダック・ガルダン達はよくやってくれた。しかし、召喚者との繋がりは便利だな。説明せずとも状況を把握できるというのは、軍を指揮する上で圧倒的な強みとなる」
「だが、そっちに意識を集中しないと分からない弊害はある。現に、巨人達との戦闘中に状況を常に把握するような余裕はなかった」
「そうか。お前も万能ではないということか」
大鷲獅子が翼を大きく広げ、身体を翻す。
マサトも黒崖の隣に並ぶ形で滞空すると、黒崖はプロトステガを見下ろして不敵に笑った。
「見ろ。飛空艇の軍隊を。これが、お前が居なかった十五年間で得た、我らの新たな戦力だ」
「……飛空艇」
その次の瞬間、南の空に浮かぶ数十隻の飛空艇が、プロトステガに向けて無数の紫色の光を一斉に放った。
それら紫色の弾丸は、プロトステガへと次々と着弾し、あっという間に島の半分を小爆発で埋め尽くした。
目を眩ますほどの連続した閃光の後に、微かな振動が肌を揺らし、爆発音が遅れて夜空に響く。
だが、プロトステガを墜とすには火力が不足しているように思えた。
マサトの思考を読んだかのようなタイミングで、黒崖が話す。
「まだだ。まだ」
そう告げた黒崖の顔を一瞬だけ覗き、視線を飛空艇側へと移す。
「あの大型の船か」
「そうだ。大型飛空艇という。そしてあれが――」
一瞬、視界が青白い閃光に奪われる。
目を細め、閃光が引いた後の状況を凝視する。
「なっ」
大型飛空艇と呼ばれた大型の船の先頭から放たれた極太の青白い光は、瞬く間にプロトステガへと到達すると、その巨大な島を穿ち、真っ二つに割ってみせたのだった。
「ハハハッ! どうだッ! これが大型飛空艇最大の武器、海神砲だッ!!」
◇◇◇
「嘘だろ…… マジかよ……」
基盤を割られ、崩壊しながら墜ちていく浮島を、唖然としながら見つめていたキングが呟く。
その事実に驚愕したのはキングだけではない。
コーカスから避難してきた住民達も、皆、その光景を見て言葉を失っていた。
その中にいて、あまり動揺した様子のないララがキングの呟きに続く。
「プロトステガにはマサトが向かったはずなのよ。大丈夫なのかしら。ここからじゃ状況が分からないのよ」
プロトステガが墜とされた事実よりも、マサトの安否を心配をしたララに、キングは意外な顔をして驚いた。
「い、いや、それは心配だけどよ。それよりもあのプロトステガが」
「形あるものはいつか壊れる運命かしら」
「い、いやいやいや。さすがにどんなに達観した奴でも、すぐ受け入れられる規模の話じゃねぇーだろ! ワンダーガーデン唯一の空中都市であり、堅牢な要塞でもあったプロトステガだぞ!? それが一撃で撃ち落とされるっていうことがどういうことか――」
「そ、そんなことは分かっているかしら! ぎゃーぎゃーと煩いのよ!!」
「あ! さてはお前、一周回って目の前の事実を受け入れるの放棄したな!? そうだろ!? そ――イダ!? 噛みつくな馬鹿! イダダダ!?」
「二人ともおふざけはそこまでだ! モンスターの群れが迫ってくるぞ!!」
土煙を巻き上げながら吹き荒れる突風に、緑色の髪を抑えながら前方を見据えていたアタランティスが叫ぶ。
「ちっ、やっぱりこっちにも流れてきたか。だが、あの大群、ちと面倒だな。ララ、何か手はねぇーのか?」
「ないことはないのよ」
「じゃあ」
「でも、もう少し様子を見た方がいいかしら」
ララがそう話した直後、黒い煙を纏いながら飛んできたヴァートが空中で停止し、その姿を皆の前に晒した。
「これはおれと師匠が食い止めます! 常闇の壁!!」
何処からともなく取り出した大杖に黒い光を纏わせながら、ヴァートが予め詠唱していた呪文を行使すると、眠り鼠の群れと避難民を隔てるようにして、大地に黒い煙が立ち昇った。
その魔法に、「おお」と歓声が湧く。
「へぇ、やるじゃねぇーか」
「筋は悪くないかしら」
「さすがはマサトの息子だ!」
キング、ララ、アタランティスがそれぞれ賛美を送ると、その言葉を目敏く拾ったヴァートが口元を緩ませる。
すると、ヴァートのローブから黒い靄が飛び出し、キング達の前に着地した。
それは、黒い毛並みの狼――地獄の猟犬だった。
「狼!?」
「もしかして…… 眷属かしら!?」
驚くキングとララの反応に満足したヴァートが、地獄の猟犬に指示を与える。
「地獄の猟犬は、皆を守れ!」
そして、迫りくる眠り鼠へと向き直った。
「さぁ来い! ネズミども!!」
ヴァートがそう気合を入れた直後、眠り鼠の群れが壁に到達した。
黒い煙の領域に足を踏み入れた眠り鼠が、ゆっくりと煙に包まれ、ギュィという断末魔とともに命を落とす。
闇が眠り鼠の存在を握りつぶしたのだ。
次々と眠り鼠が常闇の壁へと突っ込み、その度に闇が静かに握りつぶす。
だが、それもすぐさま許容範囲を超えた。
常闇の壁では処理できぬ量の眠り鼠が殺到し、闇の領域に踏み入れられなかった鼠が折り重なって壁の半分の高さまであがってきたのだ。
「ぐっ、きつい……」
苦悶の表情を浮かべるヴァートの身体が淡く輝くと、両手で掲げていた大杖のヘッドの輝きが増した。
「えっ?」
身体が軽くなり、魔法の出力があがったことにヴァートが驚く。
「魔力強化の補助魔法をかけたのよ。感謝するかしら」
いつの間にか短杖を片手に付与魔法を行使していたララがヴァートへ言葉を投げかける。
「それより、次の手はあるのかしら。これだけじゃ埒が明かないのよ」
「あ、ありがとう、ございます! で、でも大丈夫、です! おれは時間稼ぎと敵の動きを止めるのが目的だから!!」
「分かったのよ。それなら、もう少しだけ信用するかしら」
たどたどしい敬語で、しかしながら自信満々に宣言してみせたヴァートに、ララが大人しく引き下がる。
そんなララに、キングがあり得ないものを見たような顔を向けるも、ヴァートの言葉が事実になるのにそう時間はかからなかった。
ヴァートの先、眠り鼠の群れの中央上空で、突風に白い服を靡かせた男――パークスが、そろそろ頃合いだと銀縁の眼鏡を中指で押し上げた後、ゆっくりと両手を広げた。
「魔力消失!!」
パークスの両手から、灰色の波紋が広がり、それが周囲の色をくすませていく。
変化が起きたのは、パークスの足元にいた眠り鼠からだ。
眠り鼠の身体から微量の黒い光の粒子が舞い上がると、眠り鼠は急激に色を失い、干からびるようにして息絶えた。
そして、その灰色の波紋は急激に範囲を拡大し、瞬く間に大半の眠り鼠を殲滅してみせた。
「あれは…… 一体何なのかしら…… 途轍もなく厄介な能力だということだけは分かったのよ」
「ああ、確かに。俺でも鳥肌が立ったぞ。かなりの手練れだとは分かってたが、相当つぇーな。あいつ」
「す、すごい…… あんなにいた眠り鼠の群れが一瞬で……」
ララ、キング、アタランティスがパークスの魔力消失に驚くと、ヴァートは自分のことのように嬉しくなった。
「あの程度の小物が相手なら、どんなに数が多くても師匠の敵じゃない、です!」
パークスの魔力消失の範囲外にいた眠り鼠は、大半がヴァートの常闇の壁に飲まれ、その命を落としていく。
だが、苦難の波はまだ終わってはいなかった。
人一倍五感の鋭いアタランティスが危険を察知して声をあげる。
「み、皆伏せろ!!」
直後、大気が震え、轟音とともに大地が大きく揺れた。
「うお!?」
「プロトステガが墜ちた衝撃かしら!!」
コーカスの住民達からも悲鳴があがる。
立っていられないほどの激しい揺れと轟音に、恐怖で泣き出す子供も多かった。
「マジかよ……」
前方へと目を向けたキングが息を呑む。
巨大な土煙を舞い上げた爆風がこちらへ向かって迫ってきていたのだ。
「ララッ!!」
「言われなくても分かってるかしら!!」
ララが急いで物理障壁を展開する準備を始めると、周囲を淡い光の線が走った。
「ヴァート! 早くこっちの線の中に入るかしら!」
「え? わ、分かりました!」
「それと、これだけじゃ耐えられないのよ! 馬鹿キングがどうにかするかしら!!」
「無茶言うな! これは専門外だ!!」
キング達が混乱し始めた場へ、魔力消失を解除したパークスが颯爽と現れ、冷静にヴァートへ指示を出す。
「ヴァートはここを囲うように壁を展開し直しなさい。ララさんと協力して出来る限り衝撃緩和を」
「はい! 師匠!」
「あなたも早くここに入るのよ! 強度を高めるために、展開領域はできる限り狭くしたいかしら!」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私のことは気にしないでください。自分の身は自分で守れますので。では」
そう告げると、迫りくる土煙へと飛び立つ。
「お、おい!?」
「ちょ、ちょっとどこに行くのかしら!?」
「キングさん、ララさん大丈夫です! 師匠がああ言うときは大丈夫な時です!」
そうヴァートが自信満々に言い切ると、土煙へと立ち向かったパークスが刀身のない剣を抜き、すかさず両手で構えた。
直後、目に見えるくらいに激しい風の放流が天に向けて一直線に伸びる。
「風の、剣……!?」
誰かがそう呟いた直後、パークスが素早く剣を振り下ろす。
空高く伸びていた風の刀身は、白い剣線を扇上に残し、強烈な風切り音とともに、迫ってきていた土煙を真っ二つにぶった斬った。
「爆風を斬りやがった!?」
二つに割れた衝撃が、そのままキング達へと迫る。
「く、来るぞ! 衝撃に備えろッ!!」
ヴァートの常闇の壁が聳え立ち、ララの物理障壁が皆を包むように展開される。
直後、ドッ――と耳の鼓膜を叩く音とともに、突風が常闇の壁を突き破り、物理障壁へと衝突する。
辺り一面を土煙が覆い、避難民達の恐怖は絶頂へと達した。
恐怖のあまり、皆が息を殺す。
ヴァートは全ての常闇の壁が消し飛ばされないよう歯を食いしばって耐え、ララも物理障壁が破られないように踏ん張った。
その間、僅か数秒。
初動の勢いから徐々に勢いが弱まると、次の瞬間、視界を覆っていた土煙とともに、それまでヴァートとララに負荷を与えていた衝撃が霧散した。
「師匠!」
ヴァートの明るい声が響き、皆が恐る恐る顔をあげる。
目前に積み上げられていた眠り鼠の死骸は、それまで青々しく生い茂っていた草原とともにごっそりなくなり、一面茶色の土が広がっていた。
「皆無事か!?」
キングの問いかけに、ララとアタランティスが答える。
「奇跡的に何ともないかしら。物理障壁も破られずに済んだのよ」
「うん、こっちも怪我人は出ていない! 全員無事だ!」
無事を確かめ合うキング達へ、ゆっくりと空から降りてきたパークスが言葉をかける。
「眠り鼠の群れは消えましたが、衝撃で吹き飛ばされた生き残りが空から降ってくる可能性が高い。暫くそこで待機していた方が良いでしょう」
空中に浮かんでいるパークスが、銀縁の眼鏡を中指で押し上げなら涼しい顔でそう告げると、プロトステガが墜ちた場所へ視線を移した。
「あちらの状況が分かるまで、私もここで待機するとしますか」
プロトステガが墜落した場所には巨大な土煙が舞い上がっており、飛空艇は滞空したままだ。
すると、空を見上げていたアタランティスが再び声をあげた。
「ラ、ララ! 空から眠り鼠が降ってくる!!」
「なんて厄介な鼠かしら!!」
ララが解除しかけていた物理障壁を張り直すと、光の膜にぼたぼたと茶色い鼠達がぶつかる。
その大半は死骸だったが、中にはまだ生きている個体もあった。
そして、それは周辺の地面にも落ち始めていた。
「ヴァート! その壁は上空に展開できないのかしら!?」
「ご、ごめんなさい! それは無理です!」
「それならキングとアタランティスの出番なのよ! 障壁を食い破ってきた奴らをしっかりと仕留めるかしら!!」
「しゃーねぇ、やるか!」
「ああ、任せろ!!」
「船大工達にも武器を持たせて戦わせるのよ!」
「ララさん! 地獄の猟犬も使ってください!!」
「そのつもりかしら!」
光輝く物理障壁の内側で、慌ただしく皆が動き始める。
その様子を空から一瞥したパークスは、もう彼らに任せて大丈夫だろうと高度を上げていった。
▼おまけ
【UC】 嵐を断ち斬る一撃、(青×2)(3)、「インスタント」、[風魔法斬撃Lv5]
「名高い剣豪は、その剣撃で天候をも変えてしまうと聞いたことはありますが、まさかそれを自分で実証できる日がくるとは――真空を操る者 パークス」
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