【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

243 - 「プロトステガ攻城戦2―始動」


 夜空に浮かぶプロトステガ上空が白く明滅し、静まり返った街に爆発音が木霊する。

 その音に驚いて外に出てくる者は少ない。

 今も街に残っているのは、海亀ウミガメが街を襲撃する筈がないと考えている海亀ウミガメ寄りの貴族や、領主の言葉にも耳を貸さない危機感のない住民達、それと、治安維持の為の兵士達が大半だ。


「何が起きてる……?」


 宿屋の屋根に上がったマサトが、プロトステガを見上げて呟く。

 その呟きに、白い服に身を包んだパークスが答えた。


後家蜘蛛ゴケグモが作戦を実行に移したのでしょう」

後家蜘蛛ゴケグモが?」

「恐らく。私はヴァートとともに単独で行動していたので詳しくは知りませんが、後家蜘蛛ゴケグモがワンダーガーデンの各地に巣を作ったことは知っています。あなたから攻撃命令を受けた後家蜘蛛ゴケグモが、前々から計画していた作戦を実行させたとしても奇怪しくはありません」


 パークスがワンダーガーデンに潜む後家蜘蛛ゴケグモと連絡を取り合っていたことは事前に聞いていた。

 フログガーデンに残してきたファージに、海亀ウミガメを倒すための目眩しとしてワンダーガーデン西部を襲撃させる指示を出したのは、パークスだからだ。

 だが、だとしても不可解な点があった。


後家蜘蛛ゴケグモが前々から計画していた? 後家蜘蛛ゴケグモは、俺がここに現れることを事前に知っていたのか?」

「具体的な場所までは知らなかったようですが、あなたがワンダーガーデンに現れることは予知していましたね」

「予知…… 一体誰が」


 白夢読みデイドリームと呼ばれる占術が使えた土蛙人ゲノーモス・トードの長老ゲノーは、ハインリヒ公国に現れたもう一人のプレイヤー、大宮忠の攻撃を受けて死んだ。

 その他に予知系の能力を持っていた者をマサトは知らない。

 パークスは銀色の縁の眼鏡を指先で少し押し上げると、その者の名を口にした。


「組織でのコード名は、赤糸アカイト。名はフェイト。後家蜘蛛ゴケグモの幹部の一人です」

「知らない名だ……」

「それはそうでしょう。彼女も、あなたが姿を消した後に生まれた、あなたの子の一人なのですから」

「俺の……!?」


 突然の話に動揺する。

 ヴァートに続き、二人も子供を授かっていたとは思ってもみなかったのだ。


(相手は誰だ……? 時を飛ばされる前に関係を持った相手…… ヴァーヴァ以外には、レイアとオーリアとノクトだけ。誰の子だ……?)


「誰の子か、心当たりは?」

「ヴァーヴァじゃないんだよな?」

「違います。フェイトとヴァートは姉弟みたいな関係でしたが、歳が近いせいか、仲はあまり良くなかったようですね。ヴァートはフェイトによく泣かされていたみたいですし、ヴァートはフェイトの事を話題にあげるのを嫌いますから」

「じゃあ…… レイア……か?」

「レイア…… 確かあなたと行動をともにしていたダークエルフでしたか?」

「そうだ。でもレイアは俺を助けて姿を消した後は……」


 嫌な記憶が蘇る。

 ローズヘイムで謎の光によって、レイアが消された時の光景は、まだ記憶に新しかった。

 その後すぐマサトも時を飛ばされてしまったため、レイアの消息は不明なままだ。


「その名は何回か聞いたことはありますが、お会いしたことはありませんね。何処かにいるという話も聞いた覚えはありません」

「そうか……」


 時を飛ばされていた15年の間に、仮にレイアが死んでしまっていたなら、起死回生の指輪の効果も条件不成立で掻き消えてしまったかもしれない。

 だが、確かめる術はマサトにはなかった。

 悔しい思いが胸を焦がし、憎悪の炎が燻り始めたため、マサトは頭を振って話を変えた。


「じゃあ、オーリアか?」


 ヴァートを泣かす程の勝気な性格なら、フロン専属の近衛騎士団クイーンズガード団長であった頑固なオーリアが母親なら納得できる。

 だが、パークスは首を横に振った。


「違います。オーリア殿については…… いえ、これは私の口から話すことではありませんね。ワンダーガーデンのこの一件を片付け、フログガーデンに帰った際に自分の目で確かめることです」

「確かめる……? オーリアに何かあったのか?」

「それは、あなたが直接オーリア殿に会って確認してください」

「……分かった」

「それで、本当に心当たりはないのですか?」

「いや、後一人なら…… でもノクトとの子が後家蜘蛛ゴケグモの幹部になるなんて信じられないな……」


 マサトの言葉に、パークスが首を傾げ、目を細める。


「ノクトとは、ノクト・アールの事ですか? アール族の族長であったノード古老の孫の」

「そう…… もしかして、ノクトでもないのか?」

「違いますね。あなたが関係を持った女性は他にはいないのですか?」

「……いない。これで全員だ」

「おかしいですね…… では何故……」

「誰なんだ? 俺との子だと名乗っているのは」

「それは――」


 パークスが左手の中指で銀色の眼鏡をあげ、真剣な表情で淡々と答える。


後家蜘蛛ゴケグモの頭領、黒崖クロガケです。フェイトは黒崖クロガケの娘ですよ」

黒崖クロガケの!? そんな筈は……」


 それは本当に俺の子供なのかと問おうとして、止める。

 パークスを問い詰めたところで、パークスはその真実を確かめる術はない。

 聞くだけ無駄だ。


「その様子だと、思い当たる節が無いようですね」

「ああ…… ない」

「であれば、本人に直接聞く事です。後家蜘蛛ゴケグモが動いているのであれば、黒崖クロガケ自らプロトステガに突入している可能性が高い」

「何故そんな事を…… 海亀ウミガメの本拠地を海に落とす作戦は伝わってないのか?」

使い鴉カラスに運ばせた手紙には、その旨も記しましたが、それよりも優先する作戦があったのでしょう。それも彼女に直接に聞いてください。私の与り知らぬところです。私は15年前に後家蜘蛛ゴケグモを辞めた身ですから。今はヴァートの頼みであなたを探す手伝いをしていたに過ぎません。重要な情報の伝達はしますが、それ以上の関わりはありません」

「そうか……」


 夜空を金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトが疎らに飛び交う。

 目を凝らして見てみれば、鷲獅子騎士グリフォンライダーを追うようにして、その周辺を黒い靄が執拗に飛び回っているようにも見えた。

 パークスが呟く。


「あれは……」


 下から見上げる形になっているプロトステガから、何かの頭が見えたのだ。

 そして次の瞬間、その頭部から空を紅いの閃光が迸った。


「なっ!?」


 それは瞬く間に一つの線へと収束し、空を飛んでいた一体の鷲獅子グリフォンを焼き払った。

 火の付いた鷲獅子グリフォンが地上へと落ちていく。


「あれは何だ……?」

「あれは、プロトステガを守る一つ目の巨人サイクロプス、ギガスです。海亀ウミガメが誇る最高戦力ですね」

一つ目の巨人サイクロプス…… そんなモンスターを飼っているのか」


 空を飛べる拠点に加えて、あの巨大なモンスターを戦力として保有しているのであれば、小国を蹂躙するなど訳ないのだろう。

 海亀ウミガメが恐れられる要因が分かった気がした。


「あの一つ目の巨人サイクロプス、厄介なのはあの紅い光線だけか?」

「家を簡単に踏み潰せるほどに巨大で、大抵の攻撃など物ともしない強靭な肉体も厄介だと思いますが…… そうですね。あなたからしたら警戒すべきはあの光線だけでしょう。あの光線も、一つ目の巨人サイクロプスの丸い目を潰してしまえば使うことはできません」

「分かった」

「行くのですか?」

「あそこで始まってしまったなら仕方ないだろう。せめて街の外に落とす」

「お気を付けて。ギガスは一体ではありません。それと、プロトステガに住むヘイヤ・ヘイヤの信者達は皆曲者です。搦め手に気を付けてください」

「気を付ける。だから、ヴァートを頼んだ」

「そのつもりです。安心してください。推測するに、黒崖クロガケの狙いは金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルト海亀ウミガメの仲違いでしょう。それは達成されたように思います。であれば、こちらは金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルト側に立って海亀ウミガメを攻め落とすのみです」

「そうだな」


 マサトは炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを展開し、空に浮かぶ。

 プロトステガから頭を覗かせている一つ目の巨人サイクロプスは、空を羽ばたく鷲獅子グリフォンを撃ち落とすのに必死なようだ。


鷲獅子グリフォンか……」


 マサトは炎の翼を広げると、火の粉の尾を引いて落ちていく鷲獅子グリフォンへと速度を上げて近付いていった。



▼おまけ
[UC] 一つ目の浮島巨人兵ギガス・サイクロプス 4/6 (赤)(5)
 [熱光線攻撃Lv3]

「プロトステガを制した者は、大いなる力とともに、滅びの呪文を会得する。その呪文一つで、世界は灰塵と化すだろう――プロトステガの聖刻石碑ヒエログリフ

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