【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

221 - 「港都市コーカス」


 ワンダーガーデン大陸南部に位置する、南部最大の港都市コーカス。

 鷲獅子騎士グリフォンライダーによる領空警備が厳重なワンダーガーデン近海において、海賊行為は皆無に等しい。他の海域とは比較にならない程の安全が確保されているのだ。

 海の安全を荒らす無法者達がいなければ、必然的に海上貿易も盛んになる。

 結果、ワンダーガーデンの東西南北に位置する港都市は巨大なマーケットとして成長し、それぞれの港を所有する貴族に莫大な富と権力をもたらしていた。

 その港都市コーカスを牛耳るのは、近海の孤島に生息していたモーリシャス・ドードー鳥の独占に成功し、財を得たジーソン家だ。

 モーリシャス・ドードー鳥とは、高級食材として取引される大型の鳥で、その肉は臭みがなく、トロける様に柔らかい上に大変美味。

 もともと繁殖力の低い鳥でもあったため、人族だけでなく、他の魔獣にも狙われ続けた結果、各地から姿を消すことになった幻の鳥でもある。

 最高級の鶏肉と称される味と、コーカスでしか購入できないという希少性から、ドードー鳥に心奪われた愛食家の貴族達も多く、市場に出れば非常に高額で取引されるのが常だ。

 ジーソン家現当主、キャロルド・ジ・ジーソンも、ドードー鳥に心奪われた愛食家の一人だ。

 キャロルドはそのドードー鳥を幼少期から愛食し続けてきたせいか、ドードー鳥のようにまん丸した胴体に、唇を前に突き出したようなおちょぼ口という変わった風貌をしていた。

 そのキャロルドと、港にあるジーソン家の大豪邸で紅茶に舌鼓を打っているのは、キャロルドが懇意にしている大手の奴隷商ギルド――海亀ウミガメのNo.2であるダックワーズである。

 ダックワーズは、無数の小型軍船で構成された奴隷軍船アカガメの船長だ。

 ワンダーガーデンの領海を守る名目で軍備拡張を続ける船団だが、その実態は領域外での略奪行為を生業とする海賊に他ならない。

 ワンダーガーデンから度々遠征しては、遠方にある島々を襲撃し、金や物だけでなく、人も含めて全て奪う極悪非道の海賊団と恐れられてもいた。

 その奴隷軍船団の船長でもあるダックワーズが、アヒルのように湾曲した黄色い嘴で器用に紅茶啜りながら、机に足を乗せた横柄な態度で話し始める。


「キャロルドさぁん、困りますねぇ。返済期日はちゃんと守っていただけないとぉ」

「そ、そう言ってもだね。最近は、ドードー鳥の値が崩れ始めてるからね。こちらも辛い状況なんだよね」


 キャロルドが額から次々と噴き出してくる汗を拭きながら、口を尖らせて反論する。

 そんなキャロルドを、ダックワーズは片方の眉を釣り上げて「クワックワックワッ」と笑いながら答えた。


「それは、ドードー鳥と称して、ガーガー鳥を売るからじゃないですかぁ? ダックは、ちゃんと進言しましたよぉ? 所詮、ガーガー鳥はドードー鳥には及ばない紛い物だってねぇ〜。クワックワックワッ!」

「そ、そんな酷いんだよね!? ガーガー鳥を勧めてきたのはそっちなんだよね!?」

「だからなんだって言うんですかぁ? 代々飼育してきたドードー鳥を絶滅させてしまったと縋ってきたのはそっちでしょう? 繁殖に必要な個体数以上に食べるからいけないんじゃないですかぁ?」


 そう告げつつ、机に乗っけていた足を退かし、キャロルドへと近付くように身体を乗り出す。


「ダックは自業自得だと思いますけどねぇ?」

「で、でもガーガー鳥がいるから大丈夫だと言ったのも、そっちの入れ知恵なんだよね」


 キャロルドが少し引き気味にそう告げると、ダックはすかさず手を伸ばし、キャロルドの蝶ネクタイごと胸元を掴んで引き寄せた。

 ゴッという鈍い音とともに、キャロルドとダックワーズの額がぶつかり、ダックワーズの鋭い瞳が、キャロルドの怯えた瞳を睨みつける。


「ダックは、貴方が助けを求めてきたから、奇跡的にドードー鳥と見た目が似ていたガーガー鳥を譲ったんですよぉ? ワンダーガーデンから遥か離れた孤島に生息し、誰にも存在を知らていなかったガーガー鳥をです。謂れの無いクレームは困りますよぉ? 感謝はされても、恨まれる筋合いはないだろぉ? なぁ? おい」


 ダックワーズの口調が徐々に荒々しくなっていく。

 だが、意外にもキャロルドは引かなかった。


「し、しかしだね。見た目は同じでも、ガーガー鳥は筋があってあまり美味しくないんだよね。それを知っていたら買わ…… うがっ!? や、やめるんだな、く、苦しいんだな」


 明確な脅しにも、持ち前の無神経さを炸裂させて反論を続けるキャロルドに、ダックワーズが額をぐいぐいと押し付け、キャロルドの顔を自分の顔の真下まで追いやった。

 仰け反る形になったキャロルドが苦しそうにしながら、両手で必死にダックワーズを追い返そうと抵抗するも、立ち上がると2m近い身長を誇る鳥人族のダックワーズの力に抗うことはできなかった。

 ダックワーズの白い全身の羽が逆立ち、身体の大きいダックワーズが更に大きくなる。


「なぁ、ちょっと海亀ウミガメを舐め過ぎじゃあないですかぁ? えぇ? おたく、契約書にサイン交わしましたよねぇ? なんなら、負債分を今ここで強制的に取り立ててもいいんですよぉ?」

「そ、それは困るんだよね。で、でもだね。い、今はお金がないから払えないからね。払いたくても払えないんだよね」

「払う気はあるとぉ?」

「も、もちろん払う気はあるんだよね」

「ははぁ? 本当ですかぁ?」


 キャロルドの襟元を掴みながら、上体を起こしたダックワーズが、「ふうぅん?」と息を吐き捨てながら首を傾げ、訝しむように片眉をあげた。


「本当に払う気あるんですかぁ? 利子がついて、今月にはざっと20億Gはいきますよぉ? 支払いが遅れれば遅れるだけ、負債は増えるばかり。少なくとも、今度は3番ドックを担保に入れてもらわないとぉ。クワックワックワッ」


 3番ドックとは、ジーソン家が港に所有する3番目に規模の大きい船渠せんきょのことで、船の建造から修理、荷役作業などを行うための設備を指す。

 10番まであったジーソン家所有のドックは、既に7割を借金のカタとして海亀ウミガメに差し押さえられており、外注による造船や外船の修理などで利益を得ていたドックを失ったキャロルドは、既に返済が困難な程に収益を減らす結果を招いていた。

 それがダックワーズの狙いだとキャロルドが気付いた時には、既に後の祭りだったのだ。


「そ、それは困るんだよね。3番ドックは、これまでの4番ドック以下のドックとは比べ物にならないくらい利益を生み出す重要な収入源だからね。さすがに担保にはできな…… ちょ、ちょっと近……」


 再びおでこがぶつかる程に顔の距離を詰めてきたダックワーズに、キャロルドが焦るも、ダックワーズはドスの効いた声で畳み掛けた。


「全てを失うかぁ、3番ドックをカタに入れるか。さぁどっちを選ぶんだぁ?」

「そ、そんな。どっちを取っても結末は変わらない気がするんだよね」

「そうかぁ。それが答えかぁ? 恩を忘れたドードー鳥は、皮を剥がれて丸焼きにされるだけだぜぇ?」

「ぶ、侮辱だね!? そ、それは! ぶ、侮辱は許さないからね! ワ、ワダジはドードー鳥じゃないんだよね! ワダジをドードー鳥と、馬鹿にする奴は、許、許さないんだよね!!」


 ドードー鳥と揶揄されたキャロルドが、顔を真っ赤にしながら、意外にもダックワーズへと噛み付く。

 それは大貴族という矜持ではなく、幼少期から不自由なく上流貴族として育ってきた故の無知からくる発言だ。

 腐っても大貴族。

 キャロルドには、例え相手がヴァルト帝国公認の奴隷商、海亀ウミガメ相手でも、最後には権力を盾にどうにかできると考えていた。

 思うように脅しの効かないキャロルドに、ダックワーズは苛立ち、瞼をヒクヒクと痙攣させると、キャロルドの襟元を掴んだその手を身体へと引き寄せ、そのまま持ち上げ始めた。

 ダックワーズに引っ張られたことにより、キャロルドがテーブルの上に乗り上がる形になり、身体にぶつかって押し出されたテーブルの上の食器類が、床に落ちてガチャガチャと音をあげる。


「ぐっ、ぐるしい……」


 怒りで顔を赤くさせたキャロルドだったが、今度は違う意味で顔を赤くさせる。

 すると、異変に気付いたジーソン家の執事が部屋へと飛び込んできた。


「ど、どうされましたか!?」


 それでも動じず、キャロルドの襟元を持ちながら威圧し続けるダックワーズに、執事が叫ぶ。


「ダ、ダックワーズ様、おやめください! こ、これ以上はアリス様を呼ぶ事になります!!」

「勝手に呼べばいぃ。あんな操り人形、海亀ウミガメのNo.2である、このダック様が恐れるとでも思ってんなら、それぁとんだ間違いだぜぇ?」

「そ、それであれば…… だ、誰か! アリス様に至急連絡を!!」

「ちっ……」


 執事の言葉に、ダックワーズは、呼吸困難により顔を青く変え始めていたキャロルドを突き飛ばす。

 突き飛ばされた勢いで、キャロルドは背後へゴロンと転がり、床に大の字に倒れ、咽せ込んだ。

 醜態を晒すキャロルドへ、ダックワーズが鼻で笑いながら言葉を吐き捨てる。


「支払いは明日まで待ってやらぁ。それまでに支払いが済まされなければ、ワンダーガーデンの全商業ギルドを束ねる帽子屋様に直接請求訴状を出すからなぁ? 覚悟しておけよぉ? そうなれば、ジーソン家はお家崩壊だぜぇ? クワックワックワッ」

「あ、明日までに用意なんて、む、無理なんだよね!」

「知らないねぇ。お得意のアリス様にでも頼めば良いんじゃないかぁ? クワックワックワッ!!」


 ダックワーズが部屋を出ると、キャロルドに駆け寄った執事が口を開いた。


「キャロルド様、あのような狼藉者は、アリス様に成敗していただきましょう!」

「そ、それは出来ないんだよね」

「な、何故でございますか!?」

「ど、どうしても駄目なものは駄目なんだよね!」


 キャロルドは、アリスの仲裁によって自らの不正が暴かれることを恐れていた。

 海亀ウミガメとは、ガーガー鳥の偽装販売だけでなく、不正な人身売買から、市場独占まで、兎に角金儲けに関してはどっぷりな関係だったからだ。

 故に、第三者の仲裁が入れば、海亀ウミガメ諸共自らの崩壊を招くことは、さすがのキャロルドでも想像がついていた。

 そして、自らの崩壊は、キャロルドが代々続いたジーソン家を守ること以上に大切にしている秘密が暴かれることに繋がる。

 キャロルドは、何よりもそれが耐えられなかったのだ。

 執事を追い払うように部屋の外へ追いやったキャロルドが、大量に噴き出る汗を拭きながらブツブツと呟く。


「ワ、ワダジの大切な古代魔導具コレクション達を、中央に奪われる訳にはいかないんだよね…… 献上なんて真っ平ごめんなんだよね…… こ、こうなったら、も、勿体無いけど、あの古代魔導具コレクションを使うしかないんだよね…… あ、あれを使えば、海亀ウミガメも、ア、アリスでさえも、め、目じゃないんだよね……」


 そう言って、キャロルドは、寝室の床をめくり、ジーソン家が多額の借金を背負うことになった主原因でもある古代魔導具コレクションが眠る隠し部屋へと姿を消していった。



◇◇◇



「船長、そろそろ潮時ですか?」


 ダックワーズと同じ鳥人族の部下が、前を歩くダックワーズへと声を掛ける。


「クワックワックワッ! そう焦んなぁ。あのドードー鳥からはまだまだ搾り取れるんだからよぉ」

「しかし、アリスを呼ぶとぬかしていましたが」

「それこそ虚勢だよぉ。あいつにそこまでの度胸はないから安心しろぉ?」

「何か根拠でも?」

「あるぜぇ。あいつが何よりも大切なのは、豪邸でも土地でも、ましてや代々続いているお家ですらないからなぁ。馬鹿な人族だよぉ」

「ほぅ、そこまで大切にしているものとは一体何です? 船長、勿体振らずに教えてくださいよ」

「使えない古代魔導具ガラクタだよぉ。あいつが命よりも大切にしてんのはなぁ。クワックワックワッ!」

古代魔導具ガラクタ…… あぁ、うちらが集めたゴミですか。神器級ゴッズ古代魔導具アーティファクトは、帝都への献上義務があると知った上で買い集めるなんて、あのデブ鳥はどうかしてますね」

「クワックワックワッ! だぁが、それがあるからあいつは海亀ウミガメに逆らえない。いいじゃねぇかぁ」

「しかし、もし我々が売った古代魔導具ガラクタが偽物だとバレたらどうするんです? その時は、さすがに潰しますか?」

「バレねぇから安心しろぉ? 中には本物も混ぜてあっからなぁ。不良品ってことで押し通せるだろぉよぉ。帝都の連中にバレても、知らぬ存ぜぬを突き通してりゃぁ、そのうち帽子屋様が揉み消してくれるだろうよぉ。まっ、古代魔導具アーティファクトなんて大半が誰も使えねぇ骨董品だ。バレるこたぁねぇよぉ。クワックワックワッ!」


 ダックワーズの笑い声が港に響く。

 彼らの眼前には、コーカスに召集された多くの奴隷軍船が密集して停泊し、本来は青い海原が広がる港を、赤黒い船体で禍々しく染めていた。

 彼らは船長であるダックワーズの命令を待っている。


「それより、ダック達には、まずやらなきゃいけねぇことがあるだろぉ?」

「はい。オサガメからの連絡ですが、未だに途絶えたままです。やはり何者かによる襲撃でしょうか?」

「クワックワックワッ! 襲撃なら襲撃で結構。この近海にまだ海亀ウミガメに喧嘩売る馬鹿がいるとは思えねぇがなぁ。オサガメが乗っ取られてんならぁ、乗っ取り返すだけだよぉ。仮に海の底で魚の住処と化してんならぁ、サルベージしてお宝だけ回収だなぁ。クワックワッ! どっちでも美味しいよなぁ。クワックワックワッ!!」


 嬉しそうに笑うダックワーズに、部下が両手を膝につき、上体を少し屈めて命令を請う。


「船長、命令を」

「よぉしっ! 先ずはオサガメ用の番いインコを空に放てぇ。番いインコが向かう方角にオサガメがいるはずだぁ。飛び付かれて死んだらちゃんと次の番いインコを放てよぉ? オサガメが見つけるまで出し惜しみせずに続けろよぉ?」

「貴重な番いインコを使い切っても良いので?」

「使い切っても良いぜぇ。先ずは見つけることを最優先だ。その後のことは、オサガメを見付けてから決めらぁ」


 ダックワーズの命令に、部下が「クワッ!!」と応じ、伝令の為に走り去る。

 コーカスの港が一望できる場所で、ダックワーズは磯の香りを肺いっぱいに吸い込みながら、上機嫌に呟く。


「クワワッ! 最近のダック様はついてるなぁおい。プセリィも死んでくれてりゃあ万々歳なんだがなぁ。仮に生きてても、船団の緊急運用費としてたっぷり請求できるがぁ、やっぱオサガメ欲しいよなぁ。オサガメ。人族にあの立派な船は勿体ねぇよなぁ。クワックワックワッ!」


 ダックワーズの笑い声とともに、奴隷船団から数羽の小鳥が空へと羽ばたく。

 番いインコと呼ばれた不思議な小鳥達は、人の手によって無理矢理引き離された伴侶を探して海原へと向かう。

 番いインコは、どんなに距離が離れていても、その特殊な加護の力で、伴侶となる相手の場所が分かるのだ。

 例え伴侶が既に死んでいたとしても、番いインコは伴侶がいた場所目掛けて、その命尽きるまで無心に小さい羽を羽ばたかせる。

 伴侶が海の底に沈んでいれば、もう片方の番いインコも生きたまま海へと身を投げるだろう。

 それは一種の呪いのような習性でもあった。

 そして、そんな悲しい習性を持った小鳥達を追うようにして、全てを喰らい尽くすと恐れられる赤黒い船団も進路を変え、消息を絶ったオサガメ捜索の為に、ゆっくりと進み始めた。

 マサトの乗るオサガメと、ダックワーズ率いる奴隷軍船団アカガメとの衝突の日は近い。

 

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