【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

219 - 「巨大奴隷船オサガメ」


 プセリィの鞭を受けても尚、立ち止まるどころか、動じる素振りすら見せないマサトに、鉄格子の内側から場を見守ってきた乗組員達が響めく。


「な、なんだあいつは……」

「船長の鞭を受けて、何で立ってられるんだ……?」

「船長が使ってるあの黒い鞭、最近手に入れたって噂の残虐王の黒い鞭クルエルキングウィップだろ……? 傷付けた相手の命を奪う、伝説級レジェンドの呪いの鞭だと聞いたんだが……」

「今日、その鞭を受けた同僚が一人即死したらしい……」

「それは本当なのか? だってあいつ、無傷だぞ?」

「何がどうなってやがる……」

「さっきの炎もおかしいだろ。どうやって出した? 火の加護か? 仮に加護だとしても、ここは倦怠の印マークトーパーが何重にも刻印されてて加護は使えないはずだろ?」

「それより、あいつ、船長の大砲を至近距離で直撃したよな?」

「意味がわからねぇ…… 俺たちはとんでもない化け物を目覚めさせちまったんじゃ……」

「そうかもな…… あの双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルも一撃だった……」

「化け物だ……」

「ば、化け物……」


 鋼鉄の壁を隔てた、圧倒的優位な場所にいながらも、乗組員達は剣先を喉元に突き付けられたかのような圧迫感を感じていた。

 これまで抱いていた自信は脆くも崩れ去り、心に抱いた恐怖心が不安となって瞬く間に周囲へ伝播していく。

 それは、マサトと対面していたプセリィも同様だった。


「な、何なの!? なんであいつは動けるの!? い、いいえ、何でこの残虐王の黒い鞭クルエルキングウィップを受けて平気でいられるの!? だ、誰か教えなさいッ!?」


 その問いに答えられる者いない。

 そもそも、護衛も引き連れず単身でマサトの前に現れたプセリィの周囲には誰もいなかった。

 この時ばかりは、プセリィの自信過剰とも言える性格が仇となっていた。


「ね、ねぇッ!? だ、誰か、誰か早くッ!?」


 それでもプセリィは誰かに問いかけながら、目の前の男に鞭を放ち続ける。

 鞭を浴びて立ち止まるどころか、瞬き一つせずに向かってくるマサトに、プセリィは完全に混乱していた。

 鞭で打っても打っても、まるで意に介した様子もなく、それでいながら急いで間を詰めてくることもなく、目の前の男は、獲物との距離を淡々と詰める猛獣の如く、ゆっくりと近付いてくる。

 その様子に、プセリィの恐怖心は加速度的に高まっていった。


「キ、キィイイッ! た、倒れなさいッ! わたくしの前にッ! ひ、跪坐くのよッ!!」


 仮に、マサトが鞭を嫌って躱しながら間合いを詰めてきたのであれば、プセリィも恐怖を抱かなかったかもしれない。

 あるいは、鞭を受けたマサトに傷が増えれば、少しは違う精神状態になっていたのかもしれない。

 だが、マサトは鞭を躱す素振りすら見せず、敢えて身体で受けた。

 そして、全くの無傷。

 躱す必要すらないと、意趣返しの如くプセリィへ意思表示してみせたのだ。

 これよって、プセリィの自信は粉々に砕かれることになる。


「覚悟しろ。次は俺の番だ」


 マサトのその発言がトドメとなり、プセリィは生まれて初めて死への恐怖に震え上がった。


「ヒッ、ヒィィイッ!? し、死になさいッ! 死になさいッ! 死になさいぃッ!?」


 及び腰となったプセリィが放つ鞭には、先程までのキレはなく、マサトは甘く放たれた鞭を左腕で受けると、そのまま鞭を掴んだ。

 掴んだ反動で、無数の棘が生えている鞭が腕に巻き付くも、マサトに気にした様子はない。


「そんなッ!? は、離しなさいッ!?」


 まさか放った鞭を掴まれると思わなかったプセリィが、鞭をマサトから取り戻そうと引っ張る。

 だが、力比べでプセリィがマサトに勝てる筈もなく、マサトが勢い良く鞭を掴んだ手を振り上げると、プセリィの手から簡単に鞭を奪い取った。

 引っ張られた拍子で、前のめりになり、数歩たたらを踏むプセリィ。

 気が付けば、マサトのすぐ目の前にまで来てしまっていた。

 あまりの恐怖に、目を見開いたまま顔を上げることができずにいると、マサトの右手がプセリィの首を素早く掴んだ。


「ウグッ!?」


 無理矢理顔を上げさせられたプセリィの瞳に、闇の底のように光の消えた黒い瞳のマサトが映る。


「一つだけ質問する。正直に答えれば、生かしておいてやらないこともない」
 

 プセリィの中で、傲慢とも言える程に肥大化した自尊心と、悪魔のようなマサトに対する恐怖心がせめぎ合う。

 無機質な瞳を向けたマサトと、恐怖に顔を引きつらせながら歯をくいしばるプセリィとの間に、少しの沈黙が流れた。

 その間を否定と感じたマサトが手の力を強める。


「ウ、ウギィッ……」


 プセリィの口から呻き声が漏れる。

 マサトは激しく左右に揺れるプセリィの瞳をじっと見つめながら、首を掴んだ手の力を少しずつ強めていく。

 プセリィがマサトの手を掴み、必死に首から剥がそうとするも、その手の硬さに絶望するだけだった。

 血流が滞り、顔が赤から紫色に変わる。

 口からは涎を流し、マサトを見つめていた長春色ちょうしゅんいろの瞳は、徐々に上を向き始めていた。

 このままプセリィを殺してしまっては、時の秘宝の在り処を聞き出せなくなると判断したマサトは、少しだけ力を緩め、もう一度問う。


「返事をする気になったか?」


 プセリィは咳込みながらも、頭を上下に振る。


「俺の所持品をどこにやった。青い水晶と、刀身のない剣の柄だ」

「し、知らないわよ! あなたの所持品なんて! あなたは西部で奴隷として売られていたのよ? 所持品なんて知る訳ないわ! それに、あなたを買ったのはわたくしじゃなくてよッ!!」


 そう言うや否や、プセリィはガーターベルトに仕込んでいたナイフを素早い動きで取り出し、マサトの脇へと突き立てた。

 プセリィの口元が狂喜でつり上がるも、次の瞬間には、絶望の表情へと変わっていた。

 突き立てたナイフは、マサトの脇を貫けず、鉄に突き立てたかのような感触とともに、弾かれたのだ。


「な、何故なの!? あなたの皮膚は一体どうなってるの!?」

「それが答えか……」

「ヒ、ヒィッ!?」


 焦ったプセリィが、マサトの横腹やら腕をナイフで何度も斬りつける。

 だが、ナイフは服を切り裂くだけで、マサトの皮膚を切り裂くことはできなかった。


「わ、分かったわ! な、何でも言うことを聞…… ぐ…… ぐぇ……」


 プセリィが許しをこおうとするも、マサトにはもう聞き入れるつもりがなかった。

 無言のまま、プセリィの首を掴む手に力を入れる。


「ぐぇっ……」


 プセリィがもがき苦しむも、マサトは気にせずそのまま首の骨を折った。

 手から伝わる悍しい感触に、マサトは自分の中で何が壊れていくような感覚を感じたが、もはや自分でどうにかできる程の余裕はなくなっていた。

 一度走り出してしまった狂気は、そう簡単に心の内に戻すことはできない。

 罪悪感など殆ど感じなくなってしまった自分に溜息を吐く。

 殺しの後に残る感情は、いつしか無に変わっていた。

 一呼吸した後、マサトの目が少しの気怠さとともに据わる。

 プセリィの首の骨が折れる鈍い音が響いた殺戮場は、いつの間にか静まり返っていた。

 だが、その場にいた全員の耳には、プセリィの首の骨が折れる生々しい音が何度も余韻の如く木霊していたのだった。

 少しの間をあけて、マサトが再び口を開く。


「これが最後の通告だ。今から10秒数える。数え終わる前に、俺に投降した奴は見逃してやる。それまでに投降しなかった奴は殺す。皆殺しだ」


 マサトの言葉に、乗組員達はお互いに顔を見合わせた。

 敵前逃亡は重罪。

 更には奴隷商ギルド――海亀ウミガメを見捨てて敵に投降するなど、自殺行為に等しい。

 だが、船長は死に、巨大奴隷船オサガメが誇る最高戦力である双頭の噛み付き亀トゥーへデッド・タートルは一撃で葬られた。

 その状況下で、乗組員が指揮を仰ぐとすれば、巨大奴隷船オサガメの副船長と、ヴァルト帝国において、ただ一人の最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターであるララだけだったのだが――


「ララは投降するのよ! こんなカビ臭いボロ船で死ぬのはまっぴらごめんかしら!」


 肝心のララは、誰よりも早く白旗をあげたのだった。

 すかさず、近くにいた乗組員が説得にかかる。


「し、しかし、ララ様、それでは海亀ウミガメを敵に回すことになります! よろしいのですか!?」

「未来の心配より、今の心配をするべきかしら! あんな化け物相手に、逃げ場のない海のど真ん中で戦うなんて自殺行為なのよ!」

「そ、そんな…… では我々はどうすれば……」

「知らないかしら! ララはそもそも海亀ウミガメの一員になった覚えはないのよ。たまたま南部に用があって、たまたま南部に向かう予定だった船がこの船だっただけにすぎないかしら」


 ララと乗組員が話す間にも、マサトのカウントダウンは続く。


「ま、待つかしら! ララは既に投降したのよ! その証拠に倦怠の印マークトーパーを無効化するから少し待つかしら!」

「お、お止めください! 今、倦怠の印マークトーパーを無効化しては、あの者を拘束する手段がなくなってしまいます!!」

「元からあれを拘束する手段なんてなかったかしら! どのみち、もうここの倦怠の印マークトーパーは保たないのよ! あれの加護を封じるのに、かなり無理し過ぎたせいかしら!」

「で、ですが」


 ララと乗組員が口論していると、新たに殺戮場の観覧側へ顔を出した大男が、大声で命令を下した。


「てめぇら何もたもたしてやがるッ! さっさと武器を拾えッ! 全員であいつを撃ち殺せッ!!」

「副船長!」

「副船長だ! ダガス副船長が来たぞ!!」

「全員武器を取れぇーー!!」
 

 ダガスの登場で持ち直した乗組員達が、落とした武器を拾い、殺戮場に一人佇むマサトへ向けて鉄格子から武器を向ける。

 アタランティスが「セラフッ!」と叫びながら再びマサトへ近付こうとするも、キングに抱き抱えられるようにして止められ、そのまま他の囚人達と一緒に牢獄へと続く通路へ退避していった。

 殺戮場には、マサトだけが残る。


「……いち …………ぜろ」


 マサトがカウントを数え終えるのと同時に、ダガスの号令が響き渡る。


「撃てぇー! あいつを撃ち殺せぇーー!!」


 ダガスの号令の直後、乗組員達が一斉に引き金を引いた。

 武器の先から微量な光の粒子がパァンッと弾け、小さい光の弾丸が次々に放たれる。

 その発砲音はパパパッと連続で木霊し、殺戮場の中心にいるマサトへ向けて無数の光の軌跡を描く。

 そして、無数の弾丸がマサトへ到達しようとした次の瞬間、マサトは残像を残す程の速さで高く跳び上がった。

 乗組員達の放った弾丸が、マサトが先程まで立っていた地面を穿つ。


「上だァッ! 逃すなァッ!!」


 目線の高さまで跳び上がったマサトに標準を合わせるも、その視線の先に反対側で武器を構えている同僚達が見えてしまい、発砲に躊躇いが生じる。

 その一瞬の躊躇いは、マサトが次の行動へ移るのに十分な時間を与えた。

 マサトは炎の翼ウィングス・オブ・フレイムを発動し、背中から三対の炎の翼を生やすと、炎を纏い始めた両手を左右に向けた。


「ま、不味いかしら! は、早く逃げるのよ!!」


 炎の翼を生やしたマサトに唖然とする乗組員達を余所に、ララが短い足を必死に動かして、殺戮場の通路から一目散に逃げる。

 突然のマサトの豹変に度肝を抜かれたダガスだったが、すぐさま立て直すと、部下に向けて再び怒号を飛ばした。


「何をもたもたしてやがるッ! 早く撃ち殺せェッ!!」

「し、しかし、今撃てば反対側にいる仲間と同士討ちになる恐れが」

「うるせェッ! いいから早く撃ち殺せェッ! やらなきゃやられるぞッ!!」

「ハ、ハッ!!」


 乗組員達が一斉に発砲する。

 先程よりも疎らにパパパッと発砲音が響く。

 光の弾丸は空中に浮かぶマサト目掛けて放たれ、マサトを囲うように突如発現した炎の膜に弾かれ、儚くも霧散した。


「なっ!? ふ、副船長! ま、魔法銃が、き、効きません!!」

「何だとォッ!?」


 ダガスが鉄格子を掴み、魔法銃の弾丸を弾くマサトを食い入るように見つめる。

 ダガスの目に、三対の炎の翼を生やし、空中に浮かびながら仄暗い笑みを浮かべる男が、未だにワンダーガーデンに巣食う悪魔デーモンのそれと重なって見えた。


悪魔デーモン……」


 そう呟いた直後、仄暗い笑みを浮かべるマサトと目が合う。


「ば、化け物めッ! う、撃ち続けろォッ! 奴を撃ち殺せェッ!!」

「こ、これ以上は魔力マナが保ちませんっ!!」

「いいから黙って撃ち続けろォッ!!」


 ダガスの視線の先にいるマサトの口が大きく歪む。

 まるで戦闘を楽しんでいるかのような表情に、ダガスの顔が恐怖で引き攣った。


「あ、あいつ、楽しんでやがるッ!」

『覚悟しろよ?』


 ダガスの頭に、目の前の男の声が直接響いたと錯覚した次の瞬間、ダガスは全身を炎で焼かれていた。


「う、うがぁあああッ!?」


 ダガスが悲鳴をあげる。

 だが、悲鳴をあげたのは、ダガスだけではなかった。


「ぎゃああああ!?」

「た、助けてぇええ」

「熱いッ!? 熱いぃいい!?」


 その通路にいた乗組員全員が悲鳴をあげていた。

 マサトの両手から放たれた炎は、鉄格子で隔たれた殺戮場の内通路を一瞬で灼熱地獄へと変えたのだ。

 炎が吹き荒れる通路に逃げ場などなく、乗組員達は炎で身体を焼かれながら、次々と絶命していく。


「ぐッ、こ、こんなところでッ、こんなところで死ぬ訳、にはッ…… がぁはッ……」


 他の乗組員よりも生命力が高かったのか、火達磨になったダガスが最後の言葉を残して命を落とす。

 ダガスが息を引き取る頃には、通路にいた乗組員全員が黒い炭へと姿を変えていた。


「はぁ……」


 マサトは再び溜息を吐くと、炎を止め、周囲のマナを回収し始める。

 鉄格子の隙間から、光の弱い粒子が無数に浮遊しながら近付き、マサトの胸へと吸い込まれていく。

 結果は、(赤×2) と (無×12) 。

 赤マナを手に入れられたお陰で、使えるカードの幅が増えたのは幸いだが、まだまだ十分なマナとは言えない。

 マナ回収を終えたマサトが地面へ降り立ち、身に纏っていた炎と翼を消すと、壁を隔てた外から様子を窺っていた囚人達が駆け寄ってきた。


「あんた、やっぱとんでもねぇ強さだな」

「オレはあんたに付いてくぜ!」


 囚人達が調子の良い言葉をマサトへかけていく。

 その囚人達から遅れる形で、キングに押さえつけられていたアタランティスが、キングを突き飛ばして駆け寄ってきた。


「セラフッ! 怪我はないか!?」


 真っ先に怪我の心配をされたことに意表を突かれたマサトは、目を点にした後、フッと笑みをこぼした。

 馬鹿にされたと思ったアタランティスが、顔を赤くしながら抗議の声を上げる。


「な、なんで笑う!? オレは何も変なことを言ってないはずだぞ!」

「いや、この状況で怪我の心配をされるとは思わなかったからついな」

「い、命の恩人の心配をするのは当たり前のことだろう」


 腕を組み、顔をぷいっと横に向けながらも、嬉しそうに尻尾を左右に揺らしているアタランティスを見て、マサトは少しだけ心の影が薄まった気がしたのだった。

 殺戮場の中央で、呑気にそんなやり取りをしている集団に、ニヤニヤと笑みを浮かべたキングが近付く。


「いつまでこんな危険な場所にいるつもりだ? とっとと、その入口から船内へ抜けちまおうぜ?」

「そうだな」

「しっかし、あんた本物だな! ララですら手も足もでねぇなんてな。恐れいったぜ」

「ララ?」


 マサトが疑問を口にすると、入口から誰かが走ってきた。

 マサトが咄嗟に手を入口へ向ける。


「ま、待つかしら! ララは既に降参済みなのよ! ちゃんと10秒数え終わる前に投降したかしら! 間違って攻撃したらメッなのよ!!」


 暗がりから姿を現したのは、小さな子供だった。

 ボブに切り揃えた髪を後ろでちょこんと束ねた子供が、両手を万歳しながら、ちょこちょこと小走りで走ってきたのだ。


「投降すると叫んでた奴か」

「そうかしら! 投降したら見逃すと言ってたのに、危うく殺されそうになったのよ! どういう事かしら! 誠に遺憾なのよ!」

「生きてるだろ」

「それは結果論かしら! ララが危険を察知して逃げなければまる焦げになっていたところなのよ! プンスコ!」

「……騒がしい奴だな」

「ララを奴呼ばわりするのはやめるかしら! ララには、ララ・ラビット・アクランドっていう可愛らしい名前があるのよ!」


 ララと名乗った子供は鼻息を荒くしながらも、腰に手を当てて胸を反らし、やれやれといった顔付きでマサトに告げる。


「でも許すかしら。ララは強い者に従うのよ。だから、その証としておまえにこの船をくれてやるかしら」


 立場を理解していない不遜な態度のララに、すかさずキングが口を挟む。


「ハッ、あのララが命乞いしてらぁ。笑えるぜ。しかしララ〜よぉ、この船はそもそもお前んじゃねぇーだろ?」

「馬鹿キングは黙るかしら! プセリィとダガスが死んだ今、この船の実権を握れるくらい地位の高い者はララ以外にいないのよ。ということは、この船はララの物と何ら変わりはないかしら」

「バッハハ! 相変わらず無茶苦茶な俺様理論だな。ちんちくりんではあるが、一応女だから私様理論か? バハ」

「チッ! これだからキングは甲斐性なしでウザいと言われるのよ! 元はと言えば、馬鹿キングがちゃんとこの男を見張ってないから、こうなったかしら! 反省すべきはキングの方なのよ!」

「なんだとぉー!? ウザいとは言い過ぎだろ! それにいつ甲斐性なしだと言わ……」

「……見張る?」


 話を遮ったマサトが、睨むようにしてキングを見ると、キングは慌てて手を振り、無罪を訴えた。


「ちょ、ちょっと待て。誤解すんなよ? 俺はあんたの様子を見てろと頼まれただけだ。だから、ちゃんと様子を見ていた。むしろあんたに危害を加えようとする奴を一応止めてたんだぜ? ここの乗組員とも違う中立の人間だ。それに、時期を見てあんたは逃すつもりだったんだよ。一応、あんたを買ったのはそこのちんちくりんだしな。いつの間にか海亀ウミガメの所有物みたいな扱いにされちまっていたが…… まぁ、そこは信じてくれていいと思うぜ?」

「この状況で何を信じろと?」


 ララの「誰がちんちくりんかしら!」と声をあげたのを無視したマサトが、キングへにじり寄ろうとすると、キングは先程よりも慌てて話を続けた。


「待て待て待て早まるな! 信用できねぇのはまぁ分かる。だからそうだな、俺はあんたの持ち物が何処にあるのか調べられる巨大な情報網を持っている。どうだ? 大切な物だったんだろ? 俺は生かしておいた方がいいぜ?」

「キングにそんな情報網ないかしら!」

「うるせぇっ! ちびは黙ってろ!」

「誰がちびかしら!!」


 キングとララの脱線話に少し苛ついたマサトが、再び身体から炎を舞い上げる。


「今すぐ教えろ」

「わぁーった! わぁーったよ! 教えるよ、教える。だからその炎を抑えろって! ったく、まぁ、情報網を使わなくても、神器級ゴッズの代物なら、全て中央都市のお上に献上だろ。あんたの探し物も、そこにあると思うぜ? 中央都市の宝物庫――コロシアムに優勝した者が一つだけ持ち帰れるとされる景品の中にな」

「そうか。じゃあ今すぐそこへ案内しろ」

「案内しろって…… まさか中央都市に乗り込んで宝を強奪するとか自殺行為なこと考えてないよな?

「当然だ」

「だよな」

「奪い返しにいく」

「だから、それが自殺行為だって言ったんだよっ! さては俺の話聞いてなかったな!?」

「邪魔する奴は片っ端から皆殺しにしていけばいい。問題はない」

「問題大有りだろ! 中央都市つったら、ワンダーガーデン最強の剣士、アリスが守護している大都市だぞ!? あんたまさかそのアリスともやり合う気じゃねぇーだろうな?」

「誰が相手でも同じ。俺は引く気はない」

「マジかよ…… おい、ララ、セラフさんはこんなことおっしゃってやがるが、ララから見てその辺どう考える?」

「セラフって誰なのよ。こいつの事かしら?」

「そうだ。六つ羽の悪魔セラフデーモンこと、セラフ様だ」

六つ羽の悪魔セラフデーモン? 意味不明なのよ。アリスと戦いたいなら、戦えばいいかしら。強い方が勝つだけなのよ」

「そりゃ、まぁ、それが真理だが……」

「ただ、名実ともに、アリス・リ・アーサー・サードは紛れもなく歴代最強の剣士なのよ。その相手に勝てなければ、そもそも宝物庫にはたどり着けないかしら」

「普通にコロシアムに参加して優勝すりゃいいだろ。セラフの実力なら出来ると思うんだがな」

「不可能かしら。こいつがコロシアムへ参加するのは無理なのよ」

「そりゃー、あ? 何故だ?」

「コロシアムの運営に、奴隷商ギルドの海亀ウミガメが関わってるからかしら。その幹部のプセリィとダガスを殺して、巨大奴隷船オサガメを奪ったそいつを、海亀ウミガメはきっと許さないのよ」

「あー、まー、そうなるか? 俺は上手く誤魔化せると思うんだが」


 そこでキングがマサトへと視線を送る。


「で、セラフはどうすんだ? やっぱ、乗り込むのか?」

「俺の意思は変わらない。俺は俺の物を取り返しにいく。邪魔する者は殺すだけだ」

「バッハハ! 分ぁーったよ。まぁ、セラフとアリスのどっちが勝つのかは気になるし、何より楽しそうだ。いっちょ腹をくくるか。何よりコロシアムにはフログガーデンから連れてこられた奴隷達が、今も剣闘士として戦っていると聞くしな。セラフがフログガーデンから来たのなら、いつかは行くと思ってたぜ」

「フログガーデンから!? 誰だ!? そのコロシアムで戦ってる者達の名は!?」

「いやいや、悪いが名前までは分からねぇ。大抵は名を覚える前に死んじまうからな。あ、待てよ? 一人だけ粘ってた奴がいたな。確か、フェイスっつったか」

「フェイス!? それは本当かッ!?」


 聞き覚えのある名に、マサトがキングの胸倉を掴んで問いただすと、キングは落ち着けと諭しながら答えた。


「ば、バカ、あ、熱い! 火! 火! あーっもう! 間違いねぇよ! シーフっぽい技を巧みに使う玄人だった気がするぜ? もしかして、あんたの仲間か? ってか熱いから本当にその炎引っこめろって!」

「ああ…… 恐らく」


 キングの胸倉を力無く離し、俯いたマサトに、キングは身体についた火の粉を払いながら話を続ける。


「じゃあ決まりだな。それよりも、先ずはこの船を奪うことからだ。ぞろぞろと乗組員達が武器を持って集まって来てる」


 キングの言葉に、囚人達も一斉に入口へと視線を移す。


「ララは暫く牢獄に入って大人しくしてるかしら! 後は任せたのよ! 馬鹿キングはララを死ぬ気で守るかしら!」

「わぁーった、わぁーったよ。だからズボンを引っ張るな! 脱げる! あ、セラフ、ここを制圧したら呼んでくれ。中央都市までの道案内は約束する」


 キングの言葉に、マサトは一瞬黙った後、入口へ向けて歩き始めた。


「……約束は守れ」

「あいよ。まぁ心配いらねぇーと思うが、気を付けろよ?」


 無言で歩き続けるマサトに、アタランティスと囚人達が続く。

 その二時間後、巨大奴隷船オサガメはマサトによって制圧された。

 乗組員の八割が死に、船から複数の黒煙が上がったが、船の運航に差し支えはなかった。

 奴隷達は皆牢から解放され、生かされた非戦闘員とともに、船は南部へと舵を取る。

 だが、ワンダーガーデン大陸南部にある港都市コーカスでは、オサガメからの定期連絡が途絶えた事を緊急事態と見た奴隷商ギルド――海亀ウミガメが、東部に展開していた船団を続々と南部へ集結させていたのだった。

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