【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
208 - 「プレイヤー6」
俺の前に、人の顔をした怪物が立ちはだかる。
名を人を喰らう神獣。
「マンティコア」という名前は、神話で良く聞く名前だ。
MEでの「人を喰らう神獣」も、聞いた事がある。
だけど、能力までは知らなかった。
その怪物が、不気味な笑みを浮かべながら俺を見据えている。
「人を喰らう神獣か、でも所詮はモンスターだろ。そんな手で――」
「やってみろよ。お得意の金箔付き。おら来いよ」
大宮忠が俺の言葉に言葉で被せると、掌を上に向け、手招きで挑発してきた。
どうやら相当の自信があるらしい。
もしくはブラフか――
(何か手があるのか……? 対抗魔法を狙ってる? それなら対抗魔法で打ち消すだけだ。もしや人を喰らう神獣の能力に何か秘密が……? こんなことならクローンにデッキの詳細を聞いておけば……)
だが、考えていても悔やんでいても始まらない。
ここは一度試して相手の出方を見るしかない。
人を喰らう神獣が何マナのモンスターかは分からないため、様子を見るなら中級悪魔だ。
それが駄目なら天使で試せばいい。
マナもカードもまだ余裕がある。
これならいけるはず!
「金箔付き中級悪魔、召喚!!」
俺の召喚に応じ、黒い光の粒子が突風の如く吹き荒れ、瞬く間に黒い肌に金粉を付けた悪魔が姿を現した。
だが、それを見た大宮忠が吹き出す。
「ブハッ! やっぱ、お前素人かよ! 人を喰らう神獣を知らないとはな! 人を喰らう神獣、フェードアウトだ!!」
大宮忠の笑い声とともに、先程までそこに存在していた人を喰らう神獣が突如透過し始め、あっという間に目の前から消えてしまった。
対象を失った金箔付き中級悪魔が、召喚条件不成立となり、光の粒子となって消えていく。
「何!?」
「ダッセェ、オレはこんな素人にビビってたのか。人を喰らう神獣、フェードイン!」
再び人を喰らう神獣が姿を現わす。
人を喰らう神獣にそんな能力があるなんて知らなかった。
腹を抱えながら大袈裟に笑ってみせた大宮が、俺を指差して再び吼える。
「殺れぇッ! 人を喰らう神獣! そいつを焼き殺せぇええッ!!」
不気味に笑う人を喰らう神獣の瞳が一瞬白く輝く。
すると、左胸に焼けるような痛みが走った。
「あっづ!? なんだ!?」
咄嗟にその場から飛び退く。
痛みの走った左胸は服が消失し、黒い煙があがる。
消失した服の箇所から覗く皮膚は、少し黒く焦げていた。
大宮が、露出した肌に入ったマナ喰らいの紋章を見て叫ぶ。
「ハッ! やっぱり心臓の加護か! 何の工夫もねぇ素人加護が! 素人は大人しく退場しとけよ!!」
大宮の手から再び放たれる青い閃光。
直後に発生する見えない斬撃をなんとか躱すも、その隙をついて人を喰らう神獣が一瞬で距離を詰めてきた。
足音もなく、空間に残像を残して瞬間移動してくる。
「なっ!?」
「――フヒヒヒヒ」
瞳孔が開ききった狂気の人の表情で、人の含み笑いのような鳴き声を発しながら迫る人を喰らう神獣の姿に、背筋が凍り付く。
初めてワイバーンの咆哮を聞いた時のような、本能からくる筋肉の萎縮だ。
身体は危険信号をあげているが、想像以上に怪物の移動が速い!
「くっ…… 振り切れない!?」
間近に迫った怪物は、大きく口を開き――
「ハァアアンッ!!」
丸ごと齧り付こうと、口から迫ってきた。
「くっ!?」
態勢を立て直そうと素早く回避行動を取るも、まるで影のようにピッタリと追従してくるため、振り切ることができない。
(不味い!!)
人を喰らう神獣の三列に並ぶ大きな歯が、俺を噛み砕こうと上下から急速に迫る。
大きく開いた口の中には、あるべき筈の咽喉はなく、ただただ先の見えない暗闇だけが広がっていて、それが余計に不気味な恐怖感を感じさせた。
(口の中どうなってんだ!? くそ! 回避が間に合わない! 駄目だ! 迎撃しろ!!)
逃げ切れないと判断し、瞬時に反撃へ切り替える。
「くらえ!!」
咄嗟に手を伸ばし、火の玉を口の中へ乱れ撃つ。
だが、火の玉は口の中で爆発することなく、暗闇へと消えていっただけだった。
「なっ…… うわぁっ!?」
「ングゥウッ!!」
無情にも上半身を飲まれる形で、人を喰らう神獣に噛み付かれる。
「いっつ…… ぐ、ぐそ!!」
腹に人を喰らう神獣の歯が食い込むも、腹筋に力を入れて何とか耐える。
だが、目の前――口の中は真っ暗だ。
何もない。
手を左右に伸ばすも、あるはずの上顎や下顎に手が届かず、空を切る。
「ほ、本当にこの口の中はどうなってんだ!?」
再び火の玉を連射するも暗闇に消えるだけで手応えがない。
その間も、人を喰らう神獣の歯が腹に食い込む。
その力は徐々に増していっていた。
「うぐぅ…… このままじゃ腹を噛み潰される…… 何とかしないと……」
◇◇◇
「キタァアアアアッ!!」
ついにやった!
人を喰らう神獣が、期待通り敵を捕えた!
「人を喰らう神獣を目の前にして、そう簡単に逃げられるかよ! バーカ!」
最高に気分が良い。
うざい相手程、蹂躙できた時の喜びは大きいものに変わるというもの。
小躍りしそうなテンションで、人を喰らう神獣に噛み付かれた敵へ向けて中指を立てて煽ることも忘れない。
相手が負ける瞬間に煽ることこそ、相手にとっての屈辱になる。
相手の顔が屈辱に染まれば染まる程、オレの自尊心は満たされるのだ。
残念ながら、敵の顔は人を喰らう神獣の口の中にあるため拝めないが、狙い通りの結果に、オレは満足していた。
人を喰らう神獣が対人最強とされる由縁は、[対人無敵、与ダメージ2倍] といった強力な対人能力も大きな理由ではあるが、特質すべきは、その異常な捕食能力の高さだ。
標的として捉えた敵に対し、回避不能かと思わせる程の移動速度と追従力で迫り、瞬く間にターゲットへ喰らい付く。
そして、その大きな口に飲まれたら最後、口の中に広がる無の胃袋により、脱出することも叶わず消化されることになるのだ。
攻撃の命中率の高さが重要になるMEにおいて、人を喰らう神獣のプレイヤーkill率は群を抜いて高く、ミドルモンスターの中ではトップクラスに位置している。
攻撃力5でありながら、対人に対しては与ダメージ2倍になるため、プレイヤーは一度の被弾で10程度のダメージを受けることになる。
通常の加護であれば、ライフ満タンでも2回。
心臓の加護持ちでも4回で倒せる計算だ。
噛み付きが成功すれば、相手は口の中から出られずにダメージを受け続けることになるため、噛み付きの一撃で決まるパターンも多い。
これらの事から、カードスペック以上の性能を発揮するカード筆頭であり、対プレイヤーkill用のフィニッシャーとして起用されるSRカードが、この人を喰らう神獣なのだ。
「ホント、ザマァーねーな! 過去に何人のカードを盗んだのか知らねーが、今回は相手が悪かったな! 素人が調子に乗るからだバーカ! ヒャッホーウ! やっぱ勝った瞬間は超気持ちぃーー!!」
人を喰らう神獣の口から飛び出したマサトの足を見ながら、勝利の雄叫びをあげる。
過去、あの状態になった場合は必ず勝利してきた。
人を喰らう神獣に半身飲み込まれた状態から、逆転された事などないし、聞いたこともない。
故に、オレは勝利を確信していた。
だが、余裕をカマして相手にチャンスを与えるヘマはしない。
早々に決着をつけるため、オレは人を喰らう神獣に「早く噛みちぎってしまえ」と命令を飛ばす。
だが、敵は防御力を強化しているのか、中々しぶとく、人を喰らう神獣が胴体を噛み千切る瞬間が一向に訪れない。
気持ち良く決まらない流れに、少しずつ苛立ち始める。
「ハッ、流石は心臓の加護。しぶといねぇ〜。もう飽きたから、さっさと死ねよ」
人を喰らう神獣が胴体を噛みちぎろうと頭を左右に振るも、マサトはまだ足をバタつかせて足掻いている。
いっその事、マサトの下半身を「大気の大鉈」で切断してやろうかと人を喰らう神獣へ近付こうとすると、周囲を土蛙人に囲まれている事に気付く。
「なんだ? 見世物じゃねーぞ。シッシ。真っ二つにされたくなかったら、蛙はどっか行ってろ」
追い払おうと手を払うも、土蛙人達は退こうとしなかった。
それどころか、雄叫びをあげながら一斉に襲いかかってきた。
「マサト王を助けるぎゅー!」
「「ゲロ、ギュー!!」」
武器を持った土蛙人達が、一斉に人を喰らう神獣とオレへ飛び掛る。
「チッ…… 雑魚が」
冷静に手を横一線に振り払い、大気の大鉈を放つ。
[UC] 大気の大鉈 (青)(2)
[(青):風魔法攻撃Lv3]
青マナで風魔法攻撃Lv3が撃てるようになる付与魔法だ。
弾道は直線的でホーミング性能はないが、発動からの詠唱硬直もなく、弾速も速い上に、弾は無色透明でほぼ視認できない。
更にはマナさえあれば連発が可能なため、使い勝手が良く、個人的に愛用しているカードでもある。
「邪魔だ!」
青い閃光が走り、土蛙人達の胴体を真っ二つに切断。
胴体を切り離された土蛙人達が、その臓物を撒き散らしながら地面へと転がっていく。
だが、それでも土蛙人達は怯まず突撃を続けてきた。
次から次へと湧いてくる土蛙人に、堪らず空へと一時退避する。
「無駄にマナ使わせやがって……」
雑魚にマナを吸われることは腹立たしい。
小型モンスターで相手にマナを無駄撃ちさせるのは、MEでの常套手段ではあるが、その場を制圧できれば、そこで死んだモンスター達のマナを総取りできるため、諸刃の剣でもある。
今回の土蛙人の突撃は、主人の危機による総攻撃で、相手にマナを使わせる戦術ではないと分かるが、それでもフィニッシュまでの流れを雑魚に邪魔されるのは腹が立つ。
「……ん?」
空から地上を見下ろすと、人を喰らう神獣に土蛙人が纏わりつき、その身体へ剣や槍を突き刺しているのが見えた。
「あのクソ蛙ッ!!」
人を喰らう神獣は必死にサソリの尾で群がる土蛙人を薙ぎ払っていくが、口にマサトを含んでいるためか、動きが悪い。
苛立ったオレが人を喰らう神獣の援護に回ろうとするも、すぐ様思い直し、やめる。
逆に腕を組んで鼻で笑ってみせた。
「ハッ、人を喰らう神獣を殺せるもんなら殺してみろ。完全再生を持つ人を喰らう神獣を殺すなんて無理だろうけどな!」
雑魚の無駄な足掻きに焦るのはダサい。
オレの勝ちパターンはあの程度では揺るがない。
人を喰らう神獣が死にそうになれば、[(2):完全再生] で再生してしまえば良いのだ。
手持ちのマナ残量に若干不安は残るものの、この一戦を乗り切るだけのマナは、事前に国中の奴隷を片っ端から処分して確保してきた。
奴が金箔付きデッキであれば、手札送還系の魔法も警戒する必要があったが、異次元扱いとなる人を喰らう神獣の口の中では、"対象を取れない" という、こちらに有利な状況も発生する。
つまり、敵が人を喰らう神獣の口の中に入った時点で対象を必要とする魔法が封じられるため、対応策が一気に減るのだ。
対象を取らない最強の殲滅魔法――神の激怒でも、人を喰らう神獣の口の中から人を喰らう神獣を殺すことはできない。
更に、[対人無敵] の効果により、どんな強力な武器を装備していたとしても、プレイヤーから生じるダメージは0となる。
ということは、後は敵のライフが0になるのを待てば勝ちなのだが、一向にマサトを咥えたままの人を喰らう神獣に対し、次々と土蛙人が飛び掛かっていく光景に、不安を感じないことはなかった。
「クソッ…… 早く噛みちぎっちまえよ…… 何してんだ……」
焦ったオレが人を喰らう神獣へ再び近付こうとした刹那――
人を喰らう神獣の口から灼熱の炎が噴き出し、瞬く間に人を喰らう神獣を炎で包み込んだ。
同時に、土蛙人が一斉に退いていく。
「なっ…… いや落ち着け…… 大丈夫なはずだ…… あいつに人を喰らう神獣は倒せない」
灼熱の炎の中にいながらも、人を喰らう神獣にダメージは見られない。
だが、異変が起きたのは次の瞬間からだった。
「な…… なんだとッ!?」
人を喰らう神獣の口からマサトの手が伸び、上下の歯を掴むと、口を力尽くでこじ開けてようとしているのが見えたのだ。
「う、嘘だろ!?」
人を喰らう神獣の口が、徐々に開かれていく。
「バカかッ!? なんで人を喰らう神獣に噛み付かれながら、あの体勢で口をこじ開けられんだよッ!? どんな怪力だよ!?」
人を喰らう神獣の口から、ゆっくりと真っ赤に染まったマサトが、鬼の形相で顔を出す。
灼熱の炎の中にいながらも、マサトが火傷を負った様子はない。
それどころか、瞳は黄色く染まり、髪は逆立ち、炎の化身であるかのような風貌に変化していた。
そして、ついに上半身を口の外へと出すことに成功して見せたマサトが、ゆっくりとオレの方へ視線を移す。
その表情は、憎悪そのものだった。
「な、なんの効果だ? 何をした?」
マサトの放つプレッシャーに焦る。
「くっ…… ヤ、ヤバそうなバフは…… 消すのみ!!」
オレがマサトへ手を向けると、奴の方が先に呪文を行使してきた。
「魂の脅迫」
「何ッ!?」
[C] 魂の脅迫 (黒)
[手札破壊Lv1]
相手の手札をランダムで一枚破壊してくる厄介な手札破壊の簡易魔法だ。
目の前に、『対抗魔法のカードが破壊された』というシステムメッセージが表示される。
「ふ、ふざけんなッ! 魂の脅迫だと!?」
驚くオレに、マサトの呪文行使は続く。
「魂の脅迫」
「またッ…… クソがァッ! 対抗魔法!!」
「対抗魔法」
「なにぃッ!?」
魂の脅迫如きに、対抗魔法は勿体ないが、運悪くキーカードを潰されるのだけは不味い。
だから打ち消さざるを得なかったのだが、それを更に打ち消してくるとは想定外だった。
だが、一度こうなってしまったら最後、引くことはオレのプライドが許さない。
こうなれば意地の張り合いだ。
「上等だよッ! 妨害魔法!!」
「対抗魔法」
「くッ…… 妨害魔法!!」
「対抗魔法」
「ふ、ふざけんなッ! 何枚対抗魔法持ってんだよッ!!」
打ち消し魔法の応戦に競り負けると、再び目の前に手札破壊のシステムメッセージが流れた。
それにより、もう一枚の人を喰らう神獣が手札から消える。
「クソッタレがァッ! 調子に乗んなよッ! 人を喰らう神獣何してる! 奴を殺せぇッ!!」
そう叫んだ直後、再び眼を疑う光景が飛び込んできた。
「何!?」
マサトに掴まれて移動を封じられていた人を喰らう神獣目掛けて飛びかかった土蛙人の一匹に、人を喰らう神獣の胴体が両断されたのだ。
慌ててマナを練り、人を喰らう神獣を再生させる。
だが、今度は別の土蛙人に両断されてしまった。
「な、何故だッ!?」
その土蛙人の手に持っている武器は、先程の土蛙人達と変わらぬボロ武器。
しかし、一点だけ先程とは違う点があった。
周囲に再び集まった土蛙人は、身体から青紫色のオーラを溢れさせていたのだ。
「まさか…… 憎悪の力を使ったのか……? 人を喰らう神獣に噛み付かれている状況下で……? ライフを削る選択を……? あ、あり得ないだろ……」
人を喰らう神獣に噛み付かれた状態で、憎悪の力でライフを犠牲に攻撃力を上げてくるなんて対応、聞いたことがない。
憎悪の力で攻撃力を底上げし、力尽くで人を喰らう神獣の顎をこじ開けて脱出するなんて――
そんなことをする奴は、自滅目的か、ただの馬鹿か、ど素人かのどれかだ。
「だから脳筋馬鹿は嫌いなんだよッ!!」
再生が間に合わないと判断し、人を喰らう神獣をフェードアウトさせる。
すると、炎の化身と化したマサトが、オレを指差し、こう告げた。
「奴を殺せ」
その直後、地上からは土蛙人が、そして空からは何処からともなく現れた大量の火傷蜂が、空へ浮かぶオレ目掛けて突撃してきたのだった。
▼おまけ
・大型魔法カード
[SR] 憎悪の力 (黒)(4)(X)
[追加コスト:ライフX点。能力補正+X/+0。支配下モンスター一時強化+X/+0]
「憎悪。それは天使を悪魔に変えてしまう程の強力な魂の呪い。全能なる神の浄化でも、時の大精霊による時間逆行でも、一度灯った憎悪の炎を消すことはできない。故に、悪魔が天使に戻ることはない――憎悪する魔神マスティア」
名を人を喰らう神獣。
「マンティコア」という名前は、神話で良く聞く名前だ。
MEでの「人を喰らう神獣」も、聞いた事がある。
だけど、能力までは知らなかった。
その怪物が、不気味な笑みを浮かべながら俺を見据えている。
「人を喰らう神獣か、でも所詮はモンスターだろ。そんな手で――」
「やってみろよ。お得意の金箔付き。おら来いよ」
大宮忠が俺の言葉に言葉で被せると、掌を上に向け、手招きで挑発してきた。
どうやら相当の自信があるらしい。
もしくはブラフか――
(何か手があるのか……? 対抗魔法を狙ってる? それなら対抗魔法で打ち消すだけだ。もしや人を喰らう神獣の能力に何か秘密が……? こんなことならクローンにデッキの詳細を聞いておけば……)
だが、考えていても悔やんでいても始まらない。
ここは一度試して相手の出方を見るしかない。
人を喰らう神獣が何マナのモンスターかは分からないため、様子を見るなら中級悪魔だ。
それが駄目なら天使で試せばいい。
マナもカードもまだ余裕がある。
これならいけるはず!
「金箔付き中級悪魔、召喚!!」
俺の召喚に応じ、黒い光の粒子が突風の如く吹き荒れ、瞬く間に黒い肌に金粉を付けた悪魔が姿を現した。
だが、それを見た大宮忠が吹き出す。
「ブハッ! やっぱ、お前素人かよ! 人を喰らう神獣を知らないとはな! 人を喰らう神獣、フェードアウトだ!!」
大宮忠の笑い声とともに、先程までそこに存在していた人を喰らう神獣が突如透過し始め、あっという間に目の前から消えてしまった。
対象を失った金箔付き中級悪魔が、召喚条件不成立となり、光の粒子となって消えていく。
「何!?」
「ダッセェ、オレはこんな素人にビビってたのか。人を喰らう神獣、フェードイン!」
再び人を喰らう神獣が姿を現わす。
人を喰らう神獣にそんな能力があるなんて知らなかった。
腹を抱えながら大袈裟に笑ってみせた大宮が、俺を指差して再び吼える。
「殺れぇッ! 人を喰らう神獣! そいつを焼き殺せぇええッ!!」
不気味に笑う人を喰らう神獣の瞳が一瞬白く輝く。
すると、左胸に焼けるような痛みが走った。
「あっづ!? なんだ!?」
咄嗟にその場から飛び退く。
痛みの走った左胸は服が消失し、黒い煙があがる。
消失した服の箇所から覗く皮膚は、少し黒く焦げていた。
大宮が、露出した肌に入ったマナ喰らいの紋章を見て叫ぶ。
「ハッ! やっぱり心臓の加護か! 何の工夫もねぇ素人加護が! 素人は大人しく退場しとけよ!!」
大宮の手から再び放たれる青い閃光。
直後に発生する見えない斬撃をなんとか躱すも、その隙をついて人を喰らう神獣が一瞬で距離を詰めてきた。
足音もなく、空間に残像を残して瞬間移動してくる。
「なっ!?」
「――フヒヒヒヒ」
瞳孔が開ききった狂気の人の表情で、人の含み笑いのような鳴き声を発しながら迫る人を喰らう神獣の姿に、背筋が凍り付く。
初めてワイバーンの咆哮を聞いた時のような、本能からくる筋肉の萎縮だ。
身体は危険信号をあげているが、想像以上に怪物の移動が速い!
「くっ…… 振り切れない!?」
間近に迫った怪物は、大きく口を開き――
「ハァアアンッ!!」
丸ごと齧り付こうと、口から迫ってきた。
「くっ!?」
態勢を立て直そうと素早く回避行動を取るも、まるで影のようにピッタリと追従してくるため、振り切ることができない。
(不味い!!)
人を喰らう神獣の三列に並ぶ大きな歯が、俺を噛み砕こうと上下から急速に迫る。
大きく開いた口の中には、あるべき筈の咽喉はなく、ただただ先の見えない暗闇だけが広がっていて、それが余計に不気味な恐怖感を感じさせた。
(口の中どうなってんだ!? くそ! 回避が間に合わない! 駄目だ! 迎撃しろ!!)
逃げ切れないと判断し、瞬時に反撃へ切り替える。
「くらえ!!」
咄嗟に手を伸ばし、火の玉を口の中へ乱れ撃つ。
だが、火の玉は口の中で爆発することなく、暗闇へと消えていっただけだった。
「なっ…… うわぁっ!?」
「ングゥウッ!!」
無情にも上半身を飲まれる形で、人を喰らう神獣に噛み付かれる。
「いっつ…… ぐ、ぐそ!!」
腹に人を喰らう神獣の歯が食い込むも、腹筋に力を入れて何とか耐える。
だが、目の前――口の中は真っ暗だ。
何もない。
手を左右に伸ばすも、あるはずの上顎や下顎に手が届かず、空を切る。
「ほ、本当にこの口の中はどうなってんだ!?」
再び火の玉を連射するも暗闇に消えるだけで手応えがない。
その間も、人を喰らう神獣の歯が腹に食い込む。
その力は徐々に増していっていた。
「うぐぅ…… このままじゃ腹を噛み潰される…… 何とかしないと……」
◇◇◇
「キタァアアアアッ!!」
ついにやった!
人を喰らう神獣が、期待通り敵を捕えた!
「人を喰らう神獣を目の前にして、そう簡単に逃げられるかよ! バーカ!」
最高に気分が良い。
うざい相手程、蹂躙できた時の喜びは大きいものに変わるというもの。
小躍りしそうなテンションで、人を喰らう神獣に噛み付かれた敵へ向けて中指を立てて煽ることも忘れない。
相手が負ける瞬間に煽ることこそ、相手にとっての屈辱になる。
相手の顔が屈辱に染まれば染まる程、オレの自尊心は満たされるのだ。
残念ながら、敵の顔は人を喰らう神獣の口の中にあるため拝めないが、狙い通りの結果に、オレは満足していた。
人を喰らう神獣が対人最強とされる由縁は、[対人無敵、与ダメージ2倍] といった強力な対人能力も大きな理由ではあるが、特質すべきは、その異常な捕食能力の高さだ。
標的として捉えた敵に対し、回避不能かと思わせる程の移動速度と追従力で迫り、瞬く間にターゲットへ喰らい付く。
そして、その大きな口に飲まれたら最後、口の中に広がる無の胃袋により、脱出することも叶わず消化されることになるのだ。
攻撃の命中率の高さが重要になるMEにおいて、人を喰らう神獣のプレイヤーkill率は群を抜いて高く、ミドルモンスターの中ではトップクラスに位置している。
攻撃力5でありながら、対人に対しては与ダメージ2倍になるため、プレイヤーは一度の被弾で10程度のダメージを受けることになる。
通常の加護であれば、ライフ満タンでも2回。
心臓の加護持ちでも4回で倒せる計算だ。
噛み付きが成功すれば、相手は口の中から出られずにダメージを受け続けることになるため、噛み付きの一撃で決まるパターンも多い。
これらの事から、カードスペック以上の性能を発揮するカード筆頭であり、対プレイヤーkill用のフィニッシャーとして起用されるSRカードが、この人を喰らう神獣なのだ。
「ホント、ザマァーねーな! 過去に何人のカードを盗んだのか知らねーが、今回は相手が悪かったな! 素人が調子に乗るからだバーカ! ヒャッホーウ! やっぱ勝った瞬間は超気持ちぃーー!!」
人を喰らう神獣の口から飛び出したマサトの足を見ながら、勝利の雄叫びをあげる。
過去、あの状態になった場合は必ず勝利してきた。
人を喰らう神獣に半身飲み込まれた状態から、逆転された事などないし、聞いたこともない。
故に、オレは勝利を確信していた。
だが、余裕をカマして相手にチャンスを与えるヘマはしない。
早々に決着をつけるため、オレは人を喰らう神獣に「早く噛みちぎってしまえ」と命令を飛ばす。
だが、敵は防御力を強化しているのか、中々しぶとく、人を喰らう神獣が胴体を噛み千切る瞬間が一向に訪れない。
気持ち良く決まらない流れに、少しずつ苛立ち始める。
「ハッ、流石は心臓の加護。しぶといねぇ〜。もう飽きたから、さっさと死ねよ」
人を喰らう神獣が胴体を噛みちぎろうと頭を左右に振るも、マサトはまだ足をバタつかせて足掻いている。
いっその事、マサトの下半身を「大気の大鉈」で切断してやろうかと人を喰らう神獣へ近付こうとすると、周囲を土蛙人に囲まれている事に気付く。
「なんだ? 見世物じゃねーぞ。シッシ。真っ二つにされたくなかったら、蛙はどっか行ってろ」
追い払おうと手を払うも、土蛙人達は退こうとしなかった。
それどころか、雄叫びをあげながら一斉に襲いかかってきた。
「マサト王を助けるぎゅー!」
「「ゲロ、ギュー!!」」
武器を持った土蛙人達が、一斉に人を喰らう神獣とオレへ飛び掛る。
「チッ…… 雑魚が」
冷静に手を横一線に振り払い、大気の大鉈を放つ。
[UC] 大気の大鉈 (青)(2)
[(青):風魔法攻撃Lv3]
青マナで風魔法攻撃Lv3が撃てるようになる付与魔法だ。
弾道は直線的でホーミング性能はないが、発動からの詠唱硬直もなく、弾速も速い上に、弾は無色透明でほぼ視認できない。
更にはマナさえあれば連発が可能なため、使い勝手が良く、個人的に愛用しているカードでもある。
「邪魔だ!」
青い閃光が走り、土蛙人達の胴体を真っ二つに切断。
胴体を切り離された土蛙人達が、その臓物を撒き散らしながら地面へと転がっていく。
だが、それでも土蛙人達は怯まず突撃を続けてきた。
次から次へと湧いてくる土蛙人に、堪らず空へと一時退避する。
「無駄にマナ使わせやがって……」
雑魚にマナを吸われることは腹立たしい。
小型モンスターで相手にマナを無駄撃ちさせるのは、MEでの常套手段ではあるが、その場を制圧できれば、そこで死んだモンスター達のマナを総取りできるため、諸刃の剣でもある。
今回の土蛙人の突撃は、主人の危機による総攻撃で、相手にマナを使わせる戦術ではないと分かるが、それでもフィニッシュまでの流れを雑魚に邪魔されるのは腹が立つ。
「……ん?」
空から地上を見下ろすと、人を喰らう神獣に土蛙人が纏わりつき、その身体へ剣や槍を突き刺しているのが見えた。
「あのクソ蛙ッ!!」
人を喰らう神獣は必死にサソリの尾で群がる土蛙人を薙ぎ払っていくが、口にマサトを含んでいるためか、動きが悪い。
苛立ったオレが人を喰らう神獣の援護に回ろうとするも、すぐ様思い直し、やめる。
逆に腕を組んで鼻で笑ってみせた。
「ハッ、人を喰らう神獣を殺せるもんなら殺してみろ。完全再生を持つ人を喰らう神獣を殺すなんて無理だろうけどな!」
雑魚の無駄な足掻きに焦るのはダサい。
オレの勝ちパターンはあの程度では揺るがない。
人を喰らう神獣が死にそうになれば、[(2):完全再生] で再生してしまえば良いのだ。
手持ちのマナ残量に若干不安は残るものの、この一戦を乗り切るだけのマナは、事前に国中の奴隷を片っ端から処分して確保してきた。
奴が金箔付きデッキであれば、手札送還系の魔法も警戒する必要があったが、異次元扱いとなる人を喰らう神獣の口の中では、"対象を取れない" という、こちらに有利な状況も発生する。
つまり、敵が人を喰らう神獣の口の中に入った時点で対象を必要とする魔法が封じられるため、対応策が一気に減るのだ。
対象を取らない最強の殲滅魔法――神の激怒でも、人を喰らう神獣の口の中から人を喰らう神獣を殺すことはできない。
更に、[対人無敵] の効果により、どんな強力な武器を装備していたとしても、プレイヤーから生じるダメージは0となる。
ということは、後は敵のライフが0になるのを待てば勝ちなのだが、一向にマサトを咥えたままの人を喰らう神獣に対し、次々と土蛙人が飛び掛かっていく光景に、不安を感じないことはなかった。
「クソッ…… 早く噛みちぎっちまえよ…… 何してんだ……」
焦ったオレが人を喰らう神獣へ再び近付こうとした刹那――
人を喰らう神獣の口から灼熱の炎が噴き出し、瞬く間に人を喰らう神獣を炎で包み込んだ。
同時に、土蛙人が一斉に退いていく。
「なっ…… いや落ち着け…… 大丈夫なはずだ…… あいつに人を喰らう神獣は倒せない」
灼熱の炎の中にいながらも、人を喰らう神獣にダメージは見られない。
だが、異変が起きたのは次の瞬間からだった。
「な…… なんだとッ!?」
人を喰らう神獣の口からマサトの手が伸び、上下の歯を掴むと、口を力尽くでこじ開けてようとしているのが見えたのだ。
「う、嘘だろ!?」
人を喰らう神獣の口が、徐々に開かれていく。
「バカかッ!? なんで人を喰らう神獣に噛み付かれながら、あの体勢で口をこじ開けられんだよッ!? どんな怪力だよ!?」
人を喰らう神獣の口から、ゆっくりと真っ赤に染まったマサトが、鬼の形相で顔を出す。
灼熱の炎の中にいながらも、マサトが火傷を負った様子はない。
それどころか、瞳は黄色く染まり、髪は逆立ち、炎の化身であるかのような風貌に変化していた。
そして、ついに上半身を口の外へと出すことに成功して見せたマサトが、ゆっくりとオレの方へ視線を移す。
その表情は、憎悪そのものだった。
「な、なんの効果だ? 何をした?」
マサトの放つプレッシャーに焦る。
「くっ…… ヤ、ヤバそうなバフは…… 消すのみ!!」
オレがマサトへ手を向けると、奴の方が先に呪文を行使してきた。
「魂の脅迫」
「何ッ!?」
[C] 魂の脅迫 (黒)
[手札破壊Lv1]
相手の手札をランダムで一枚破壊してくる厄介な手札破壊の簡易魔法だ。
目の前に、『対抗魔法のカードが破壊された』というシステムメッセージが表示される。
「ふ、ふざけんなッ! 魂の脅迫だと!?」
驚くオレに、マサトの呪文行使は続く。
「魂の脅迫」
「またッ…… クソがァッ! 対抗魔法!!」
「対抗魔法」
「なにぃッ!?」
魂の脅迫如きに、対抗魔法は勿体ないが、運悪くキーカードを潰されるのだけは不味い。
だから打ち消さざるを得なかったのだが、それを更に打ち消してくるとは想定外だった。
だが、一度こうなってしまったら最後、引くことはオレのプライドが許さない。
こうなれば意地の張り合いだ。
「上等だよッ! 妨害魔法!!」
「対抗魔法」
「くッ…… 妨害魔法!!」
「対抗魔法」
「ふ、ふざけんなッ! 何枚対抗魔法持ってんだよッ!!」
打ち消し魔法の応戦に競り負けると、再び目の前に手札破壊のシステムメッセージが流れた。
それにより、もう一枚の人を喰らう神獣が手札から消える。
「クソッタレがァッ! 調子に乗んなよッ! 人を喰らう神獣何してる! 奴を殺せぇッ!!」
そう叫んだ直後、再び眼を疑う光景が飛び込んできた。
「何!?」
マサトに掴まれて移動を封じられていた人を喰らう神獣目掛けて飛びかかった土蛙人の一匹に、人を喰らう神獣の胴体が両断されたのだ。
慌ててマナを練り、人を喰らう神獣を再生させる。
だが、今度は別の土蛙人に両断されてしまった。
「な、何故だッ!?」
その土蛙人の手に持っている武器は、先程の土蛙人達と変わらぬボロ武器。
しかし、一点だけ先程とは違う点があった。
周囲に再び集まった土蛙人は、身体から青紫色のオーラを溢れさせていたのだ。
「まさか…… 憎悪の力を使ったのか……? 人を喰らう神獣に噛み付かれている状況下で……? ライフを削る選択を……? あ、あり得ないだろ……」
人を喰らう神獣に噛み付かれた状態で、憎悪の力でライフを犠牲に攻撃力を上げてくるなんて対応、聞いたことがない。
憎悪の力で攻撃力を底上げし、力尽くで人を喰らう神獣の顎をこじ開けて脱出するなんて――
そんなことをする奴は、自滅目的か、ただの馬鹿か、ど素人かのどれかだ。
「だから脳筋馬鹿は嫌いなんだよッ!!」
再生が間に合わないと判断し、人を喰らう神獣をフェードアウトさせる。
すると、炎の化身と化したマサトが、オレを指差し、こう告げた。
「奴を殺せ」
その直後、地上からは土蛙人が、そして空からは何処からともなく現れた大量の火傷蜂が、空へ浮かぶオレ目掛けて突撃してきたのだった。
▼おまけ
・大型魔法カード
[SR] 憎悪の力 (黒)(4)(X)
[追加コスト:ライフX点。能力補正+X/+0。支配下モンスター一時強化+X/+0]
「憎悪。それは天使を悪魔に変えてしまう程の強力な魂の呪い。全能なる神の浄化でも、時の大精霊による時間逆行でも、一度灯った憎悪の炎を消すことはできない。故に、悪魔が天使に戻ることはない――憎悪する魔神マスティア」
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