【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

178 - 「蛙人討伐戦3」




 ケロォオオオ……


 霧の奥から、蛙人フロッガー達の悲鳴があがる。

 その叫びは次第に大きくなり、青蛙人王フロッキングの不安を加速させた。


「こ、今度は何が起きてるケロか……」


 そう呟く青蛙人王フロッキングの視線の先、白い霧の中に、突如として巨大な紅い輪郭が浮かび上がる。


「ゲ、ゲロロ!?」


 霧を身体に纏いながら現れたのは、巨大な翼を広げた二匹目の怪物――青蛙人王フロッキングがそんなものいる訳ないと鼻で笑ってみせた伝説上の生物――ドラゴンそのものだった。


「ド、ドラゴンケロォオオオ!?」


 青蛙人王フロッキングが、その小さな瞳を大きく見開き、口をあんぐり開けて驚き叫ぶ。

 肉裂きファージの威圧プレッシャーには何とか耐えた青蛙人王フロッキングであったが、突如現れたドラゴンの衝撃には耐えられなかった。

 恐怖で身体が硬直し、部下へ咄嗟の命令が出せなくなる。

 大きな翼を広げながら登場したドラゴンはというと、ドシャァアアンッと泥を撒き散らしながら荒々しく着地。

 鼻から火を噴き出し、周囲をゆっくりと睥睨し始めた。

 その場にいた全ての蛙人フロッガー達が、恐怖で身体を硬直させる。

 その中には、黒い怪物と同士討ちを始めてくれと願った者も多かった。

 だが、ドラゴンは先約である黒い怪物に見向きもしない。

 黒い怪物も、突如現れたドラゴンを気にした素振りすら見せず、再び水中へと飛び込んで蛙人フロッガー狩りを再開していた。


「ど、どういうことケロか!? い、一体何が起きているケロ!?」


 何かがおかしい。

 つがいのドラゴンならまだしも、黒い方の怪物はドラゴンとは似ても似つかない全くの別物。

 それがこの距離で互いに干渉し合わないなどありえるのか。

 ありえない。

 やはり何かがおかしい。

 あまりの異常事態に、青蛙人王フロッキングは混乱して状況を正しく把握できなくなっていた。

 その青蛙人王フロッキングへ、不意にドラゴンが言葉を投げかける。


「お前が蛙の王か?」


 突然話しかけられた青蛙人王フロッキングは、あまりの驚きに背筋をピンと伸ばしながら咄嗟に答えた。


「そ、そうだケロ。ド、ドド、ドラゴンが、ここに、何の様だケロ」


 実際は、ドラゴンの背からマサトが話しているのだが、混乱状態にある青蛙人王フロッキングは気付かない。

 ドラゴンは続ける。


「フロンを知ってるか? アローガンスの女王、フロンだ」


 なぜ人族の王であるフロンの名が出てくるのか青蛙人王フロッキングには理解出来なかったが、助かりたい一心でドラゴンの質問に正直に答えた。


「フ、フロケロか? し、知っているケロ。ケロと契りを交わした、ケロの可愛いお嫁さんだケロ」


 そう青蛙人王フロッキングが答えると、周囲の空気が一転。

 息ができなくなるほどの濃厚な殺気に包まれる。


「グ、グゲゲ」


 ドラゴンの放つ殺気に、周囲の蛙人フロッガー達が白目を剥きながらパタパタと倒れていく。


「な、何んで急に怒り出したんだケロ!?」


 何がドラゴンの怒りに触れたのか、青蛙人王フロッキングは理解できなかった。

 慌てふためく青蛙人王フロッキングを他所に、ドラゴンは淡々と質問を続ける。


「契り? フロンがそれを許すとは思えないが」

「あ、相手の許可なんていらないケロ。さすがに人族とすぐ子供を作ることは難しかったケロが、そ、その種は既に植え付けてあるケロ。あと数年で、ケ、ケロの子を宿すケロよ」


 その瞬間、青蛙人王フロッキングはドラゴンの毛が荒々しく逆立ったかのように見えた。

 ドラゴンに毛など生えていないのに、だ。

 炎と陽炎で歪んだ空間の中で、牙を剥き出し、怒りの形相に変わったドラゴンが話す。


「子を宿す……? それは本当なのか? 嘘を言えば今すぐに喰い殺すぞ」

「ヒ、ヒィイイ!? ほ、本当ケロ! 蛙人フロッガーの秘術と水魔法があれば可能ケロ! も、もちろん、母体にも相応の素質が必要ケロよ? で、でもフロケロにはその資格があったケロ! フロケロがケロの子を身籠もれば、ケロは人族の王になれるんだケロよ!」


 ドラゴンに恐怖しながらも、そう熱く語る青蛙人王フロッキング

 蛙人フロッガー種でありながら、人族の女王に恋し、人族の王となることを夢見た唯一の蛙人フロッガーである青蛙人王フロッキングが、数年前に夜な夜なフロンの寝室へと忍び込み、フロンの身体に悪戯しながらも、自身の子種を秘術で植え付けたのは事実だった。

 その子種は、強力な水魔法とともにフロンの身体に残り、長い月日をかけてその身体へと浸透していっている。

 蛙人フロッガーに伝わる秘術とは、不可能な他種族交配を可能にし、新たな種族を作り上げる禁忌の魔法だったのだ。


「ケ、ケロ……」


 青蛙人王フロッキングの瞳に、炎でできた六つ羽を生やした新たな怪物の姿が映る。


「ド、ドラゴンの次は悪魔が出て来たケロ…… こ、ここは、いつからこの世の終わりになったケロか……?」


 腰を抜した青蛙人王フロッキングへ、炎を身に纏った悪魔が、明確な殺意を放ちながら言葉を投げかけた。


「人族の王になるだと? 蛙人フロッガーのお前が?」

「じ、人族は血で王を決めるケロ。ケロの子に王の血が流れれば、ケ、ケロの子は人族の王ケロ! 王の血を受け継いだケロの子に、人族は皆跪くケロよ!!」


 威勢良く言い返した青蛙人王フロッキングに、悪魔は灼熱の炎を巻き上げ、憤怒の表情で静かに告げる。


「そうか。それがお前の望みか」

「そ、そうケロ!」


 悪魔の瞳から色が消える。

 その変化に、青蛙人王フロッキングは内臓を鷲掴みにされたような不快感と恐怖を感じ、震え上がった。

 悪魔の冷たい言葉が、静まり返った湿地帯に響く。


「最後に聞く」

「な、何ケロか……?」

「フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」

「そ、そんな方法知らないケロ」


 そう言い返した青蛙人王フロッキングの左手が発火し、瞬く間に灰へと変わった。


「ゲロォオオオ!?」

「もう一度聞く。フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」

「ゲロゥ…… ケロの…… ケロの手が……」


 何の前触れもなく手が灰となって消えた。

 その事実に、青蛙人王フロッキングは戦慄する。

 あわよくば隙を見て反撃しようと思っていたのだ。

 蛙人フロッガー特有の簡易詠唱ショートキャストがあれば、それも可能だと考えていた。

 だが、それすら不可能だと悟る。

 その上、魔法行使に必要な腕を片方消されてしまった。

 仮にもう片方の腕まで燃やされてしまえば、青蛙人王フロッキングをもってしても抗う術がほとんど無くなってしまう。

 捕食者を前にして、抗う術を失うということは、死を受け入れるのと同じ。

 しかし、一瞬で離れた相手の腕を灰にできる悪魔相手に、どう抗えばいいというのだろうか。


「フ、フロロ…… フロロロロ……」


 腕を失った痛みと、その絶望的な状況に、さすがの青蛙人王フロッキングも自棄になっていった。


「悪魔もフロケロを狙っていたケロか? フロロロ、でも遅かったケロね。フロケロの処女はケロが貰ったんだケロ。フロケロの柔肌はとても気持ち良かったケロよ?」


 このままただ死ぬくらいなら、せめて意趣返しをしてやろうと、悪魔へ卑しく笑い返す青蛙人王フロッキング

 肌を突き刺すような悪魔の怒りの視線に冷や汗が噴き出すも、青蛙人王フロッキングは挑発を止めることはしなかった。


「フロケロはケロのものケロ。ケロの可愛い可愛いフロケロは、ケロの子を産むんだケロよ。そう、フロケロはケロの子を産む運命なのケロ! それは誰にも止められないケロ!!」


 そう告げた次の瞬間、今度は右手が発火し、即座に灰となって空中へと舞った。

 両手を失った激痛に、青蛙人王フロッキングが「ゲロォオオオ」と叫びながらのたうちまわる。


「聞くのはこれが最後だ。フロンが身籠もらずに済む方法を教えろ」


 悪魔の要求は変わらない。

 だが、青蛙人王フロッキングの悪態も変わらなかった。


「フロロロ…… フロケロの魅力に悪魔もぞっこんケロな。さすがケロの嫁ケロ。でも、フロケロはお前じゃなくてケロの子を産むケロ。残念だったケロな。フロロロロロ!!」


 青蛙人王フロッキングが悪魔を嘲笑う。


「それがお前の答えか…… まぁ良い。魔法を解く方法など腐る程ある。お前はここで消えろ」


 無表情となった悪魔が手をかざす。


「フ、フロロロロ、や、やれるもんならやってみるケロォオ!!」


 死を覚悟した青蛙人王フロッキングがそう言い返す。

 だが、青蛙人王フロッキングは炎に包まれなかった。

 暫く沈黙が流れた後、悪魔が無機質な表情のまま再び口を開く。


「いや…… 駄目だ。お前を殺すのは俺じゃない……」


 殺されなかった。

 まだ生きている。

 悪魔の詰めの甘さに、青蛙人王フロッキングが内心でほくそ笑む。

 命を取られないのであれば、まだ抗う術は残っている。

 何万といる蛙人フロッガー達は健在だ。

 隙を見て口寄せし、その混乱に乗じて姿を消す。

 だが、その僅かな望みも、新たな訪問者達によって絶たれようとしていた。


「キシャァァアアアア!!」

「つ、木蛇ツリーボアケロォオ!?」


 蛙人フロッガーの得意とする水魔法だけでなく、ヌマエイの毒すら効かない蛙人フロッガー種の天敵――木蛇ツリーボア

 木蛇ツリーボアに見つかった蛙人フロッガーの住処は、そこに住む蛙人フロッガー全てが捕食されるまで狙われ続ける。


 『木蛇ツリーボアに見つかれば最期。生き残りたければ住処を捨てろ。木蛇ツリーボアに見つかった時点で、そこは住処から狩場へと変わる』


 それは蛙人フロッガー種の常識であり、種族を絶えさせないための言い伝えでもあった。

 水の中だろうが土の中だろうが関係なく移動でき、戦いで受けた傷も瞬く間に再生してしまう蛙人フロッガーにとって最悪ともいえる天敵――木蛇ツリーボアの登場に、青蛙人王(フロッキング)は再び絶望の淵へと追いやられたのだった。


「お、終わったケロ……」



◇◇◇



 両手を失った青い蛙が呆けている。

 真紅の亜竜ガルドラゴンを前にしてもぎりぎり戦意を残していたが、両手を失った状態で木蛇ツリーボアを見たことで諦めたようだ。

 瞳から生気が消えた。

 だが、その程度で絶望してもらっては困る。

 この蛙は、幼い頃のフロンにトラウマを植え付けた元凶の蛙だ。

 フロンの仇敵でもある。

 この蛙が幼い頃のフロンにしたことは到底許せないし、許すつもりもない。

 フロンも同じ気持ちのはず。

 それに、この蛙を殺すのは俺じゃなく、フロンであるべきだ。


「おにいさまー! 必要ないと分かってたけど、加勢に来たよー!」


 木蛇ツリーボアの背に乗っていた少年――ゴブリンの革命王オラクルが手を挙げながら叫ぶ。


「おにいさまが突っ込んで行った時はさすがに焦ったけど、無事でほっとしたよー」

「ああ、悪い。敵の待ち伏せがありそうだったからつい。でも、そのお陰で被害も最小に抑えられただろ?」

「うん、こっちの被害はほぼないよ! さすがおにいさま!」

「良かった。で、蛙人フロッガーの殲滅状況は?」

「順調だよー。ゴブリンで周囲を包囲しつつ、水の中に逃げた蛙人フロッガー達を土蛙人ゲノーモス・トードで殲滅してるところ。後数時間もすれば、大方殲滅できるんじゃないかな?」

「分かった。じゃあマナ回収はその後にやるか。それと、この蛙が逃げないように拘束したいんだが」


 俺がそう告げて蛙を指差すと、オラクルは満面の笑みで「了解〜!」と返事をしながら敬礼で応じた。

 さっそく木蛇ツリーボアに指示を出して青蛙人王フロッキングへと近付いていく。

 木蛇ツリーボアの接近に、青蛙人王フロッキングが震えながら後退る。


「く、く、く、来るなケロ!!」

「にしし、この子が怖いの? そっかぁ、じゃあ、このままスネークに見張っててもらおう。後は、こういう時の為に禿山から持ってきた魔縛りのロープで拘束すれば、逃げられることはないかな」


 蛇に睨まれた蛙の如く、青蛙人王フロッキングが身体を硬直させる。

 動かなくなった青蛙人王フロッキングへ、オラクルは背負っていたリュックから魔縛りのロープを取り出す。

 魔縛りのロープとは、縛った対象の魔力マナを減少させる古代魔導具アーティファクトだ。

 普通のロープでは魔法で拘束を解かれる心配があるが、この魔縛りのロープで拘束されると、魔法を行使するための魔力マナが抑制されるため、結果として魔法での拘束解除が難しくなる。

 もちろん、魔力マナが潤沢にあるマサトのような者には全くと言って良いほどに効果はないが、現地に住むものにとっては効果絶大だ。


「よし! 完璧! これでもう逃げられないと思うけど、そもそも逃げようとしないでね? もし逃げようとしたら、次は眼と脚が無くなるから覚悟してね」

「ゲ、ゲロォ……」


 胴体と両脚を縛られた青蛙人王フロッキングがオロオロと泣き始める。

 オラクルが青蛙人王フロッキングを縛り終えると、木蛇ツリーボアの後方から、黒い大狼に跨った魔女が颯爽と現れた。


「ようやく追いついた。その大蛇がこんなに早く沼地を移動できるなんてね。木蛇ツリーボアって言うモンスターだったかい? 乗り心地も良さそうじゃないか。アタシにも一匹融通して欲しいねぇ」

「あ、ヴァーヴァ」


 地獄の猟犬ヘルハウンドに跨った魔女は、禿山で一悶着あった黒死病の魔女ペストウィッチのヴァーヴァだった。

 空へと浮かぶ俺へウィンクしたヴァーヴァは、そのまま周囲を見渡し、オラクルが縛り上げた青蛙人王フロッキングを見て視線を止めると、片眉を吊り上げた。


「その蛙を縛っているロープ…… もしや魔縛りのロープかい? オラクル、アンタまさか勝手にアタシの宝物庫から持ち出して来たんじゃないだろうね?」

「あれっ、持って来ちゃ駄目だった?」

「はぁ、アンタは旦那の使役モンスターだから別にいいんだけどさ。持って行く時は一言アタシに断ってからにしな」

「はぁーい、ごめんなさい」


 旦那?

 何か聞き流せない単語が出てきた気がする。


「しかしねぇ、こうも簡単に青蛙人王フロッキングが捕まえられるとはねぇ。さすがはアタシの旦那だよ。水陸両用の木蛇ツリーボアと大量の土蛙人ゲノーモス・トード、空にはドラゴンもいるときたもんだ。デタラメな力を持った男は嫌いじゃないよ」

「いや、旦那って……」

「あ、その蛙人フロッガーの眼や青い皮膚は滅多にお目にかかれない希少な素材だからね。もしいらないならアタシにおくれよ。ダーリン」


 寒気がするほどの妖艶な笑みを浮かべながら、ヴァーヴァが青蛙人王フロッキングの眼や青い皮膚は良い素材になると笑っている。

 そうか。

 素材になるのか……


「って、だから誰が旦那で、誰がダーリンだ。誰が」

「アンタに決まってるだろ? 他に誰がいるってんだい。アタシを抱いて生きていられるなんて、この世にアンタしかいないんだ。アタシの旦那じゃなけりゃなんだっていうんだい?」

「無茶苦茶な……」

「はぁ〜、嫌だねぇ。これだから心が童貞のままの男は。男なら一度抱いた女くらい生涯面倒見てやるくらいの気概を見せな!」

「ぐっ」


 ヴァーヴァの有無を言わさぬ剣幕に若干押される。

 誰が心が童貞のままだ。誰が。

 ……いや、自分で気付いてないだけで、もしかして精神童貞?

 マジ? 甲斐性って何?


「なぁいいだろ? その蛙、アタシに譲っておくれよ。その分、たっぷりと夜にご奉仕してあげるからさぁ」


 ヴァーヴァが流し目で誘惑してくる。

 心なしか股を少し開いた気がするのだが、今はレイアのお陰で欲が満たされているので問題なく抵抗レジストできた。


「駄目だ。この蛙は渡せない。こいつを殺したい奴は他にいるんだ。そいつの元まで連れて行くまで殺せないし、渡せない」

「やれやれ、困ったねぇ。うちの旦那は強情だよ。でも、アンタがそう決めたのなら仕方ない。こうしようじゃないか」


 ヴァーヴァが顔を振りながら肩を竦め、話を続ける。


「アタシはこの蛙の素材が欲しい。アンタはこの蛙を殺せれば良い。なら死なない程度に眼をくり抜いて、皮膚を剥げばいいのさ」

「そんな事が…… いや、上級回復薬ハイポーションがあれば可能か?」


 皮膚を剥いで、上級回復薬ハイポーションで再生させ、また剥ぐ。

 考えただけで鳥肌もんだが、理にはかなっている。

 上級回復薬ハイポーションだと流石にコスパが見合わないかもしれないが、回復薬ポーションで代用できれば費用対効果も悪くないだろう。

 何しろ、青蛙人王フロッキングは間違いなく変異種だ。

 変異種の素材はとても貴重で、例外なく高値が付くというのはトレン談。

 この方法で素材の量産が可能であれば、大きなビジネスチャンスになるかもしれない。

 金を稼げれば、ガチャでカード追加もできる。

 いっそのことヴァーヴァに任せてみるのも手かもしれない。


「それなら、素材剥ぎ取りの件は任せた。でも決して殺すなよ? 後で回復薬ポーション上級回復薬ハイポーションを回すから、それを使ってどれだけ素材を剥ぎ取り続けられるか試してほしい」

回復薬ポーション? それに上級回復薬ハイポーションだって? ははぁん、アンタも相当な極悪人だね。回復薬ポーション使ってこいつの素材を量産しようってんだね。いいじゃないか。アタシはアンタのその強欲なところ嫌いじゃないよ。任せな」


 そう話すと、ヴァーヴァは地獄の猟犬ヘルハウンドから降り、両手を失ったまま呆けている青蛙人王フロッキングの前まで歩く。


「い、いやケロ…… くる、来るなケロ……」


 青蛙人王フロッキングがガタガタと震えながら顔を引きつらせる。

 死ぬ事すら許されずに、眼や皮膚を剥ぎ取られ続けるとなれば、誰でも戦慄するだろう。

 青蛙人王フロッキングへ近付いたヴァーヴァは、髪にさしていた一本の鋭利なかんざしを抜くと、何の躊躇もなく蛙の側頭部へと突き刺した。


「ゲェッ!?」

「お、おい」


 青蛙人王フロッキングが白眼をむいて倒れる。


「この程度で動揺するんじゃないよ。みっともない。仮死状態にしただけじゃないのさ」

「それ、本当に死んでないのか?」

「なんだい、アタシを疑うのかい?」


 疑われてご立腹な様子のヴァーヴァだったが、オラクルが倒れた青蛙人王フロッキングまで駆け寄り、その状態をすぐ確認すると、満足気に胸を逸らした。


「どうだい? 大したもんだろ?」

「おおー、本当に死んでないみたい。凄い技術だよこれ! おねえさま、これ後でぼくにも教えて!」

「仕方ないねぇ。なら、アタシの拷問技術も特別に披露してあげようかね」

「うわ〜い! やったー! ありがとー!」


 オラクルが無邪気に喜んでいる。


「仮死状態にする前にここへ蛙人フロッガー全部呼び寄せてほしかったからどうしてくれようかと思ってたけど、その件はそれでチャラにしてあげるね!」

「そういうことは早く言いな」

「はーい。あ、今、手持ちに回復薬ポーションあるから、この魔力マナを帯びた青い皮膚、ぼくも一つ貰うね」


 お土産一つ貰っていくねみたいな調子で言ってのけたオラクルが、そのまま躊躇なく青蛙人王フロッキングの皮を剥いでいく。

 その手際にヴァーヴァが関心の声をあげた。


「へぇー、手際良いじゃないか。アタシの助手として申し分ないね」

「助手〜? ぼくはおにいさまの言うことしか聞かないよ?」

「アンタのおにいさまは、アタシの旦那だよ。ならアンタはアタシの命令も聞くべきだろ?」

「そんなことを言ってるけど、おにいさまどうすれば良い?」


 オラクルが青蛙人王フロッキングの皮を剥ぎながら、然程興味なさそうに表情を変えず話を振ってきた。

 オラクルはヴァーヴァに対して情といった感情は持ち合わせていないのだろう。

 鬱陶しいから殺してしまいたいな、くらいには思っているかもしれない。


「オラクルの判断で構わない。俺たちに不利益がないなら手伝ってやれば良いし、逆なら敵対も止む無しだ」

「は〜い。だってさ」


 さすがにヴァーヴァは怒るか?

 そう思ったのだが、ヴァーヴァの反応は想像の逆をいくものだった。


「はぁ…… はぁ…… アタシにそこまで冷たい態度を取った男は初めてだよ…… 興奮しちゃうじゃないか……」


 恍惚とした表情を浮かべながら、一人股に手を挟んでもぞもぞとしていた。


「……俺もあんたみたいな女性に初めて会ったよ。とにかく、その手をもぞもぞさせるのやめなさい」

「じゃあアンタが相手してくれるのかい?」

「シルヴァー退治が終わったらな」


 そう、俺はこれからシルヴァーと戦わないといけない。

 正直勝てるのかどうか分からない。

 だが、その戦いの勝敗は、この後のマナ回収にかかっているということは確かだ。

 周囲に目を向ける。

 十数メートル先は濃い霧のせいで真っ白だ。

 肉裂きファージが潜水しているであろう水辺の水面は荒々しく波立っている。

 耳を澄ませば、霧の先から怒号やら悲鳴が聞こえてくる。

 手を天へと掲げ、マナを呼ぶ。

 すると、すぐさま白い霧の中から青い光の粒子がポツポツと現れた。


「来い!」


 そう強く念じると、青い光の軌跡を残しながら一直線に手に集まり、青い光の球体を形成していく。


「ちょ、ちょっとアンタ何始めたんだい!? そんなに魔力マナを凝縮して…… あ、危ないじゃないか! い、今すぐやめるんだよ!!」

「うわぁああ! すごぉおおおい! おにいさまの魔力マナがあんなに濃くなっていくぅうう!」

「ああ、心配しなくても大丈夫。一度試してみたかっただけだから」


 生き物を殺した時にマナを回収できるのであれば、そのマナを取り込まずにそのまま使うことで、魔法を行使するような真似事を再現できるんじゃないかと思って試してみたのだが、思いのほか上手くいった。

 満足したので手に凝縮させたマナ玉をそのまま胸へと近付け――マナ喰らいの紋章に喰わせる。

 するとたちまち身体に力が溢れた。


「き、消えた!? あの異常な魔力マナを取り込んだっていうのかい!?」

「おにいさま痺れるー! かっくいー!!」


 ヴァーヴァが冷や汗を流しながら驚き、オラクルは目を輝かせて喜んでいる。

 だが、まだまだ足りない。

 新たな力を解放するには、マナが――

 蛙人フロッガーの命が必要なんだ――


 身体を駆け巡る心地よい全能感に、感情が高ぶる。


蛙人フロッガーは殲滅しろ! 一匹足りとも残さず殺せ!!」


 ――ガアアァァ!!


 思念で繋がった全てのゴブリンが雄叫びをあげる。

 それは蛙人フロッガー達への死刑宣告となって湿地帯へ轟いたのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品