【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
174 - 「蒼き神」
暗闇を感知した魔導灯に、淡い光が灯り始める。
黄昏時の空に雲は見当たらない。
あるのは、宝石のように散りばめた星達のみ。
空が暗闇に染まるにつれ、その星達は、少しずつその主張を強くし始めている。
「シュビラの言う通り、明日は快晴になりそうだ」
雨なら蛙人討伐も延期したかもしれないが、晴れなら決行で間違いないだろう。
今のうちに、ここで出来ることはやっておかなければと、屋敷へ戻った俺は、書斎にいたトレンを中庭へ呼び出した。
伝達役に行かせたゴブリンと共に、トレンが中庭へ現れる。
すると、開口一番、フロンのことを聞かれた。
「女王陛下との話は済んだのか?」
「まぁ、一応は」
「それで? 何を言われた?」
「心配したって」
「へぇー、あの女王陛下がね。で、他には?」
「俺の子を最初に身籠りたいってよ」
「おお…… 結構な直球できたな。主張していること自体は当然な内容だが。余程焦ってるみたいだな。で、他には何て?」
「それだけ」
「ん? それだけ?」
「そう、それだけ。それでお茶して帰ってきた」
そう返すと、トレンが何とも言えないといった表情で止まった。
「……そ、そうか。それだけか。おれはてっきり女王陛下がまた癇癪を起こすものとばかり」
俺もそう思っていたのだが、実際そこにいたのは以前の癇癪娘ではなく、守ってあげたくなるような、儚さを含んだ美少女がいただけだった。
あんな美少女の微笑み、今まで見たことない。
いや、二次元ならいたかもしれない。
そう思うくらいの衝撃の笑みというか可愛さだった。
「マサト? お〜い?」
フロンの泣き顔を思い出して、思考が飛んでしまっていたところを、目の前で手を振っているトレンに呼び戻される。
「あ、ああ。悪い」
「大丈夫か? 心ここに在らずって感じだが」
「大丈夫大丈夫」
「本当か? 大丈夫ならいいんだが」
訝しげに聞いてくるトレン。
呼び出しておいて、フロンの事を思い出して惚けていたなんて言えない。
俺はゴホンッとワザとらしく咳き込むと、尚も探る目を向けてくるトレンを無視して話を進めた。
「明日の決戦は早いんだ。さっさとやることやってしまおう」
「それもそうだな。取り敢えず、言われた通り、ドレイクと蒼鱗様召喚のお触れは出しておいたぞ」
「お、さすがトレン。仕事が早い。じゃあ、さっそく召喚するか」
「おう。でも中庭で平気なのか?」
「蒼鱗様は、さすがにここでは召喚できないけど、ドレイクくらいなら広さ的には問題ないでしょ」
「分かった。ふぅ、よし。心の準備はできた。おれはいつでもいいぞ」
そう言いつつも、トレンの顔は若干強張っている。
何度か話はしているとはいえ、神をも降臨させてしまう召喚術に、身体が勝手に身構えてしまうようだ。
「じゃあ、まずは虹鳥か。虹鳥、召喚っと」
[SR] 虹鳥 0/1 (緑)(1)
[飛行]
[マナ生成(虹)]
緑と赤の淡い光の粒子が暗がりを照らしながら舞い上がり、インコ程の大きさの鳥を形取った。
そして、その光が弾けると、虹色に輝く小鳥が姿を現す。
数本の冠羽が、頭の曲線に沿って後頭部から上へと飛び出し、美しい尾羽はとても長く、体長の2倍ほどはある。
「お、おお…… なんて神々しい鳥なんだ……」
トレンが感嘆の声を上げると、更に背後から複数の声がかかった。
「こりゃあ驚いたね。リーダーが珍しく姿を見せたと思いきや、こんな奇跡を拝めるなんて。来て正解だったさね」
「マサトさん…… す、すごいです!!」
「あんちゃん、きらきら。きれい」
熊の狩人のマーレとパンだ。
その二人にクズノハが手を引かれてやってきた。
「お、マーレさんにパンちゃん、それにクズノハも。三人で何かしてたの?」
虹鳥が俺の肩へと止まる。
それを目で追っていたマーレが質問に答えた。
「トレンからリーダーが神を召喚するって聞いて、屋敷で待機してたのさ」
「神って…… あぁ、蒼鱗様のことか」
「あたしらにとっては子供の頃から昔話で良く聞かされた神様だからね。そんな神様が拝めるってんなら、これを逃す手はないさね」
そう告げながら笑うマーレの長い赤髪が、さらさらと風に揺れる。
「あれ、マーレさんなんかいつもと様子が違うような…… 髪下ろしてるせいかな?」
いつもは髪を後ろに束ねているが、今日は縛らずに下ろしている。
風呂上りなのか、湿った髪が喉元に少し張り付いていたりと少し色っぽい。
そしてノーぶっ……
「かっかっか。よく気が付いたね。うちの連中はそういう些細な気配りができない連中だからねぇ。気付いてくれただけでも嬉しいさね」
「そ、そっすか」
視線、バレなかっただろうか。
危うくガン見するところだった。
マーレさんはそういうの永遠に弄ってきそうなので、注意が必要だ。
しかし、爆乳なのにノーブラでシャツ一枚とか無防備すぎる。
ふと、苦し紛れに視線を外した先にいたパンちゃんやクズノハも、髪がしっとりしていることに気が付く。
「もしかして一緒にお風呂入ってたとか?」
「はい! ここのお風呂、改築して広くなったので、最近は皆でよく入るんです。ね、クズノハちゃん」
「うん。みんなで、おふろ。きもちいい、よ? こんど、あんちゃんも、いっしょに入ろ?」
「えぇえぇ!?」
俺がリアクションするよりも早く、クズノハの隣にいたパンが顔を真っ赤にさせながら叫んだ。
「だ、ダメだよー? え? いいの? 違う違う! やっぱり恥ずかしいよぉ! 一緒にお、おふ、おふ」
「はぁ〜…… パン! 落ち着きな! あんたが一番動揺してどうすんだい! ったく」
「あ、あぅ〜…… は、恥ずかしぃ……」
恥ずかしさのあまり、パンが両手で顔を隠して俯く。
その頭からは湯気がもくもくと立ち昇っている。
完全にリアクションを取り逃がしたが、自滅したパンちゃんを弄るのも可哀想なので、話を先に進めることにする。
「じゃ、じゃあ、次はドレイクを召喚するから、皆もう少しだけ離れてて」
俺の言葉に皆が応じ、距離を取る。
「よし、忠実なドレイク、召喚!」
[UC] 忠実なドレイク 2/2 (青)(2)
[飛行]
虹鳥から虹色の粒子が舞い上がるのと同時に、自分の身体から赤色の淡い光の粒子が溢れ出す。
そして、その二色の粒子が混ざると、光はその体積を急激に膨らませていった。
「こ、これがドレイクなのか!?」
トレンが驚きに目を見開いて天を仰ぐ。
「こりゃあ、たまげたね」
「ドラゴン種とも、ワイバーン種とも違うんですね…… この子がドレイク種……」
「あおい、きらきら。きれい」
皆が見上げたそこには、青空のように透き通った翼を広げた翼竜が、ゆっくりと下降してきていた。
身体の大きさは灰色の翼竜と然程変わらない程度だが、頭が小さく全体的にスリムで、頭から尻尾にかけての曲線が美しい。
瞳も蒼く、威圧感のある形相のワイバーン種とは対照的に、大人しそうな顔付きをしている。
ドレイクは二本の脚で優しく着地すると、大きく広げていた翼を器用に折り畳んでみせた。
「着地が優雅だな…… 真紅の亜竜とは全く違う。これならトレンでも騎乗できそうな気がするよ」
俺の言葉が分かるのか、ドレイクは頭を下げると、目の前に近付けてきた。
その頭をよしよしと撫でてやる。
もちろん、頭部の鱗は硬く、トゲトゲしているので触り心地はよろしくない。
だが、頭を撫でられたドレイクは、何処と無く嬉しそうだった。
「気性も問題なさそうだ。さすが、忠実なドレイク。さ、皆おいで。触ってごらん」
ビビる大人三人を余所に、クズノハが一人トテトテと手を前に伸ばしながら近付いてくる。
その手を取り、ドレイクへと誘導してやると、ドレイクに触れたクズノハの顔に花のような笑顔が咲いた。
「ふふ。クズノハ、だよ。こちらこそ、よろしく、ね」
「なんか会話してるし」
もしかして、クズノハは俺より召喚獣との意思疎通能力が高いんじゃないだろうか?
少なくとも、受信機の感度は俺よりクズノハの方が高いように思える。
「す、凄いな。実際に目で見ると、その凄さを改めて実感する」
遅れてトレンが近付き、恐る恐るドレイクの脚に触れながら告げると、マーレとパンもそれに続いた。
「同感さね。召喚できるとは聞いてたけど、ドレイク召喚なんて聞いた試しがないよ。本当、大した男だよ」
「マーレさん、言ってることがなんか変ですよ」
「あぁん? さっきまでテンパってた子が何言ってんだい! 一丁前に人様の揚げ足取ってんじゃないよ!」
「それはそれ! これはこれです! あ、マサトさん、このドレイクは何て名前ですか?」
「名前? 忠実なドレイクだよ」
「あ、その…… そうではなくて、この子の名前」
「あー、そういうことか」
カード名じゃなくて、固有名ね。
しかし、俺が固有名付けるのは色々と制限があるので、ここはトレンに一任しておくとしよう。
「名前はまだ決めてないよ。このドレイクはトレンに預けるつもりだったから、トレンが決めてくれ」
「お、おれ? いいのか?」
「その方が愛着湧くでしょ」
「そりゃあそうだが…… 本当におれが付けるぞ?」
「ああ、いいよ」
その後、少年のように瞳を輝かせていたトレンをドレイクに乗せ、北の防衛塔へと移動する。
マーレとパン、クズノハは、落下の心配のない永遠の蜃気楼に乗せて運んだ。
人生で初となる空の旅に、大人三人のはしゃぎようは凄かった。
だが、それよりも驚いたのは、城壁の上に集まった人の多さだ。
人々が上空を羽ばたくドレイクと永遠の蜃気楼に気が付くと、空気が振動する程の大歓声が夜空に響き渡ったのだ。
「まさか、ここまで人が集まるとは」
俺がそう零すと、ドレイクの前に相乗りしているトレンが応じる。
「皆、一度はマサトの奇跡を目の当たりにしてる。再びその奇跡を見たいと思うのは自然な流れだろうな」
召喚術を敢えて見せることで、民からの信頼を確固たるものにするべきだというのは、シュビラの提案だ。
俺がマジックイーターだという事実は、既に闇の手へ漏れた。
元々、隠し通せるようなものでもなく、そこまで厳重に隠そうとしていた訳ではないので、いつか漏れるだろうとは思っていた。
一度漏れてしまえば、そこから広まるのは時間の問題だ。
であれば、裏でその事実が利用される前に、積極的に有効利用していこうという話になった。
知名度の高い蒼鱗様が召喚可能になったのは良い機会だった。
フログガーデン大陸に住む人々の間では、蒼鱗様は神様として認知されている。
その蒼鱗様を召喚してみせることで、民の間で広まっている噂を事実に塗り替え、その信仰心を不動のものにしようというのが狙いだ。
既にローズヘイムの民が俺へ向ける信頼は、他では類を見ないほどに高いとトレンは言っていたが、シュビラは民全員が王の為に命を投げ出す覚悟ができるくらいの忠誠心がほしいとも言っていた。
それはもはや忠誠心というより洗脳なんじゃないかと思わなくもないが、反乱分子の生まれにくい環境になるなら、それに越したことはない。
上空からは、城壁に登った人々の熱気がもやもやと立ち昇っているのが見える。
「なんだか凄い盛り上がりだな。よーし。せっかくだし、いっちょお祭りのように盛大にやるか」
「お祭り? 召喚以外に何かするつもりなのか?」
「うーん、そうだね。花火的なもの?」
「……はなび?」
疑問を口にしたトレンをドレイクの背に残したまま、俺は大空へ炎の翼を広げて飛び立つ。
「あっ!? ちょ、ま、待て! マサト! おい! おれを置いていくなぁあああ!」
遠ざかるドレイクに必死にしがみ付くトレンを見送りながら、俺は手の中に火球を作る。
イメージは、一尺玉。
ゆっくり、丁寧に、爆発時に飛び散る火の粉も細かくイメージしていく。
「よし、これでどうだろうか? ……よっとっ!」
出来た火球を空へ放る。
火球は火の粉の尾を引きながら、シュルシュルと上空へ昇り、ドンッと爆発。
四方へ光の星が円状に飛び散り、夜空に巨大な光の花を咲かせたのだった。
◇◇◇
「なんだ!? 爆発音!? それにあの光は!?」
屋敷の屋根から空を見上げていた男が、珍しく驚きに声を上げている。
「カジート、少し落ち着け。マサトが放った
ただの火球だろう」
その男へ声をかけたのは、銀髪のダークエルフ――レイアだった。
「あれがただの火球? 冗談だろ? あそこまで大爆発を起こす火球を、そう易々と行使できてたまるか!」
「フッ、ドレイクの召喚を目の当たりにしておきながら、まだそんな子供みたいなことを言っているのか? 情けない」
「それは…… 確かにドレイクを召喚してみせたのには驚いたが…… いや、だが、召喚術と火魔法はまた別の話だろ。召喚の後に、あんな大規模な魔法を一人で行使なんて…… きっと魔力欠乏で空から落ちるぞ!?」
「問題ない。マサトはこの世の理から外れているからな。あの程度の魔法なら、魔力を使ったうちにも入らないんじゃないか?」
「あれが魔力を使ったうちにも入らない程度!? そんなことがあって良い訳…… くそ…… あるのかよ……」
「竜語りに加入するなら、まずはそのくだらない常識を捨てるところからだな」
そう告げると、レイアは「ピュー」と指笛を吹いた。
「何の合図だ?」
カジートが問う。
「灰色の翼竜を呼び寄せた。早く移動しなければ、本日のメインイベントを見逃してしまうからな」
「灰色の翼竜? ここで飼っているドラゴンを呼んだのか? それにメインイベントって…… まさか蒼鱗様の召喚というネタを本気で信じてるんじゃないだろうな?」
「ネタかどうかは自分の目で確かめろ」
二人の上に影が落ちる。
カジートが見上げると、そこには灰色の鱗で覆われた翼竜が、大きな翼を羽ばたかせながらゆっくりと下降してきたところだった。
「本当に呼び寄せたのか…… くそ…… この屋敷には何頭のドラゴンがいるんだよ……」
「さぁな。数頭増えたようだが、詳しい数は私でも分からない。さぁ、もたもたしてないで行くぞ! 乗れ!」
レイアが慣れた動きで灰色の翼竜へと飛び乗ると、カジートが慌てて飛び移る。
「ちゃんと掴まってろ。落ちたら怪我じゃ済まないからな」
「ま、待て待て! まだちゃんと掴まってな…… うぉっ!? ばっ、だからまだ! くっ!?」
灰色の翼竜から落ちそうになるも、尻尾の付け根に上手くしがみ付くことに成功したカジート。
その様子にレイアが笑う。
「灰色の翼竜、マサトのところへ!」
「レュォオオオ!!」
灰色の翼竜がレイアとカジートを乗せて大空へと舞い上がる。
カジートは体験したことのない高度に、顔を引きつらせたのだった。
◇◇◇
夜空に、大小様々な星の花が次々と咲き乱れる。
その迫力に、人々は唖然としていた。
だが、それがマサトの放った魔法だと分かると、沈黙は直ちに歓声へと変わった。
星の花が咲く度、地上からはワァアアと数多の歓声が重なり合った音となり、空へと届く。
マサトは、花火師ってこういう感覚なのだろうかと、込み上げる感情に浸りながら考えていた。
「打ち上げた花火に観客が沸く度、何だか誇らしい気分になるんだよなぁ。これ定期的にこの国の出し物としてやるのいいかも知れないな。っと、調子にのって本題を忘れるところだった」
最後に、特大の一発を打ち上げると、再びドンッと爆発音とともに星が円状に飛び散った。
ワッと沸く歓声。
弾けたその星は、柳の枝が垂れ下がるように変化。
その光景に、今までで一番大きな大喝采が沸き起こる。
「うしっ! 場が温まったところで、主役を呼ぼうか!」
そう意気込んだマサトの両手に、緑色の光の粒子が集まり始める。
それは城壁の上にいた人々からも視認できる程に輝いてみえていた。
「王がまた何かするぞ!?」
「なになに!? 今度はなにを見せてくれるの!?」
「いよいよ、蒼鱗様がご降臨なさるのか!?」
「神の召喚か!」
「ついに、ついに蒼鱗様が現れるのか!?」
期待と不安が入り混じった声も、その根幹にあるものは、マサトへの期待だ。
誰もが、マサトが齎す神の御業に魅入っている。
始まりは、ローズヘイムを土蛙人の襲撃から救った奇跡の御業――巨大な炎の樹冠。
人々の目には、あの奇跡を起こした英雄の姿と、再び空に浮かぶ炎の翼をもったマサトの姿が重なって見えていた。
何の前触れもなく、この圧倒的な力を見せられたならば、人々は拒絶反応を起こしたかもしれない。
人は自身と異なる存在を拒絶するようにできている。
保身の為に。
だが、その力が自分達を守る為に使われている事実を知る人々には、そんな忌避感は全く生まれていなかった。
そして、その信仰心にも似た感情は、次の光景で、更に強固なものへと昇華されることになる。
「いでよ蒼き神! 古から伝わる神よ! この地に住む者を永遠に守れ! 蒼鱗のワーム、召喚!!」
[C] 蒼鱗のワーム 7/8 (緑)(8)
淡い緑色の光の粒子が、旋風の如く大量に舞い上がる。
そして、次の瞬間、その光の放流の中から、白い髭を大量に生やした竜のような生き物が顔を出した。
紺桔梗色に輝く鱗が美しく、その鱗とは反対色となる紅い瞳には、畏怖を抱かせるほどの力強さを感じる。
頭部には、根本から何叉にも枝分かれした角が複数生えており、白い鬣も相まって、見る者にそれがワームだとは思わせない存在感を放っていた。
「顔は竜そのものでかなりカッコいいけど、腕とかはないから、やっぱりワームなんだな。蛇っぽくもあるが」
光の放流を掻き消すように体をうねらせながら飛び出した蒼鱗様は、とにかく巨大だった。
胴体だけで高さが城壁の半分はある。
当然、顔を持ち上げるようにして立ち上がっているため、その高さは軽く城壁を超え、更には防衛塔をも超え、上空に浮かんでいるマサトにも届く勢いだった。
「近付かれると凄い迫力だな…… これは神だと思われてもおかしくない」
高度を落とし、蒼鱗様へと近付く。
先程までの大喝采から一転、場は静まり返っている。
皆が皆、マサトと蒼鱗様の接触を固唾を飲んで見守っていた。
「よしよし、これからは俺の代わりにローズヘイムを守ってくれよ」
「グァァアアアァァァアアア――」
蒼鱗様の、低く、重い咆哮が周囲に響き渡る。
その咆哮を切っ掛けに、ローズヘイムは再び大歓声に包まれたのだった。
◇◇◇
「シュホホホホ! 空を喰らう大木だけでなく、蒼鱗様まで召喚してみせましたか!!」
城壁の上の一角で、凶悪な笑みを浮かべたサーズの族長であり、コロナ族の族長でもあるニドが話す。
その呟きに答えるのは、ニドの右腕――口髭を生やしたギョロ目の男――トロウだ。
「どちらも民に神と崇められている存在…… しかしながら、空を喰らう大木の時と違い、蒼鱗様を討伐したという話は聞きませんでしたな。一体どういう力なのか」
「シュホホホホ。急がずとも、直に分かりますよ」
「左様ですか。では、待つとしましょう。しかし、蒼鱗様相手では、さすがの公国もローズヘイムへ手出し出来なくなりましたな」
「神が守る国へ攻め込むというのも見聞が悪いですからねぇ。それ以前に、蒼鱗様自身が低く見積もってもSランク以上。各国の英傑との総力戦でようやく討伐が可能とされるくらいのモンスター相手に戦争を挑むとなれば、王国を攻め落とす以上の戦力を整えないといけませんからねぇ。更にはドラゴンもいることですし、もはや公国がローズヘイムを落とすこと自体が不可能になったとも言えるでしょうねぇ」
「ほぅ、そこまでですか。ですが、そうなれば公国は些か邪魔では? ローズヘイムとの国交を開いたようですし、暫く大人しくなるはず。そうなれば、また停滞が生まれてしまう可能性がありますな」
「そうですねぇ。少なくとも、公国の王――ハインリヒは、勝算の薄い戦争など挑まないでしょうねぇ」
「他の者はそうではないと?」
「公国も一枚岩ではありませんからねぇ。ハインリヒの意思を色濃く受け継ぐ側近達ならまだしも、南に残された面従腹背の重臣達がどう思うか。王国がなくなり、残りのローズヘイムを降伏させさえすれば、悲願のフログガーデン大陸統一が叶ったのですからねぇ」
「なるほど。ここで止まることを良しとしないでしょうな」
「元々、フログガーデンのような小さな大陸に、王は二人も必要ないですからねぇ。ワンダーガーデンの間者も、しっかりと手土産を持って帰ったようですし、ワンダーガーデンとの大戦が始まる前に、公国には退場していただきたいですねぇ」
「では、こちらへも何か仕掛けますかな?」
「シュホホホホ。それも良いですが、まずは鬱陶しい蝿を片付けてからですかねぇ」
「ほぅ。しかし、相手はかの闇の手。そう都合よく見つけられるとは思いませんが」
「難しいでしょうねぇ。彼らが身を隠しているうちは」
「ふむ、いつか接触してくると」
「えぇ。それまではエンベロープ族の族長――ヨヨアに任せておけば良いでしょう」
「はっ」
会話が一区切り付くと、ニドは再び目の前に高々と立っている蒼鱗様を見上げた。
「昔話でよく聞かされた神様が、こんなに美しい生き物だったとは驚きましたねぇ。これが味方のうちは良いですが、もし敵に変わるようなことがあれば…… シュホホホホ。血が滾りますねぇ」
そう告げたニドに、神を敬うような雰囲気はない。
蒼鱗のワームに向けられたその瞳には、獲物の様子を伺うような、獰猛な光を宿していたのだった。
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