【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
150 - 「勝敗の行方」
光源のない地下通路で、ローズヘイム最大の暗殺ギルド――後家蜘蛛と、フログガーデン大陸では知らぬ者のいない最大手の暗殺ギルド――闇の手がぶつかる。
闇の手が、後家蜘蛛の構成員だと知らずにゴブリンを討伐してしまったことが事の発端だ。
だが、それは避けようのない事故でもあった。
地下通路に低級モンスターであるゴブリンが湧いていれば、力ある者なら討伐を優先するだろう。
それが王国の地下通路であれば尚更だ。
流石にゴブリンが後家蜘蛛の構成員だと気付ける者はいない。
一方で、ゴブリンとはいえ、自身の配下となる構成員がやられた黒崖としては、黙って見過ごせるものでもなかった。
黒崖とゴブリンには、マサトに召喚された者同士としての意思の繋がりができていたのだ。
その仲間意識による復讐心と、舐められたらギルドとして成り立たなくなる暗殺ギルドとしての矜持が、黒崖をより好戦的にさせていた。
結局のところ、相手が闇の手でなくとも、このような結果になっていたのかもしれない。
ローズヘイムでは互いに干渉することを避けていた新旧二つの暗殺ギルドが、ふとしたことがきっかけで、殺し合いへと発展しようとしていた。
そして、現在。
先に仕掛けたのは、意外にも闇の手の方だった。
引く姿勢を微塵も感じさせない強気な黒崖に痺れを切らしたオーチェが、先に口火を切った。
オーチェの言葉を合図に、闇の手の簒奪者が一斉に黒崖へと襲いかかる。
だが、距離を詰める簒奪者を狙い澄ましたかのように、黒崖の背後から無数の背骨のような白い鞭が放たれると、迫る簒奪者達を弾き返した。
人狼のガウルが両手に持った片手斧を交差させて防ぎ、吸血鬼のヴァゾルが赤黒い剣で器用に弾く。
だが、蜥蜴人のテナーズは、主装備ではない短剣だったためか上手く捌ききれず、迫る骨の鞭に自慢の鱗を削り落とされるように引き裂かれ、シワがれた悲鳴をあげていた。
その他にも、数人が鞭の餌食になり、地面へと転がる。
「ほほぅ。それが噂に聞く後家蜘蛛の対組織用暗殺部隊――背赤か。この目で見たのは初めてだが、いやはや…… ククク、面白い武器を扱う」
オーチェが笑う。
対する黒崖は無表情のまま。
黒いローブの背中に、赤い模様の入った背赤達だけが動き、黒崖を守るように隊列を組むと、黒崖が再び口を開いた。
「聞こえなかったのか? お前達が殺したゴブリン一匹につき、白金貨20枚だ」
相手を見下すように言い放つ黒崖。
その言葉に、場が凍りつく。
「クックック、そこまで言うのであれば仕方がない。払ってやろう」
オーチェが、ゆっくりと顔を上げながら一人歩き始める。
「お 前 達 の 命 で な」
そう告げたオーチェの口は耳まで裂けていた。
口には人の歯とは思えぬほど鋭利な黒い牙がみっしりと二重に並び、まるで生き物のように不規則に蠢いている。
「死人か!」
黒崖がオーチェの姿を見て一瞬驚くも、すぐ様対抗手段を講じようと動く。
だが、オーチェの動きは、その黒崖の反応を上回った。
瞬時に四つん這いの体勢になると、目にも留まらぬ速さで黒崖へと肉迫し――
顔が見えなくなるほどに大口を開け――
黒崖の首元へと喰らい付いた。
「ぐっ!?」
黒崖が首に噛み付いたオーチェを引き剥がそうとするも、その動きよりも早く、オーチェの顔が勢いよく振り上げられた。
皮がブチブチィイと引き千切られ、肉片とともに鮮血が舞い散る。
オーチェの口からは大量の血が零れ落ち、黒崖の首からはドクドクと脈打つように血が噴き出した。
顔を歪めながらも、黒崖が吠える。
「死人如きが舐めるなぁああ!!」
黒崖が光魔法を行使しようと魔力を込めると、簒奪者の一人――カジートがすかさず対抗魔法を行使、黒崖の魔法を打ち消した。
生のない死人には、斬撃や打撃といった物理攻撃があまり意味を持たない。
肉体は既に死んでおり、破壊したところで闇の力で修繕されるだけだ。
後家蜘蛛が得意とする毒も、死人への効果は期待できないだろう。
それ故に、咄嗟に光魔法で対抗しようとした黒崖の選択は正しかったと言える。
だが、少人数での接近戦において、闇の手は言わばプロだ。
死人が唯一恐れる光魔法への対処もお手の物だった。
「馬鹿な!?」
黒崖が驚く。
まさか魔法を打ち消されるとは思ってもいなかったのだ。
黒崖の詠唱は、[無詠唱] により、詠唱を省略できる。
通常、詠唱のない魔法は威力が落ちるか、不発になる確率が格段にあがる。
だが、[無詠唱] の適性があれば、詠唱を挟まずに通常威力の魔法を行使することができる。
そして、詠唱がないということは、魔法の行使に合わせた詠唱妨害がほぼ不可能になるということでもある。
予備動作がなければ、魔法行使に合わせて妨害などできない。
だが、打ち消された。
打ち消されてしまった。
それが黒崖にとっては誤算だった。
「クックク、ハハハッ!!」
黒崖の驚きに、オーチェが甲高い笑い声をあげ、再び黒崖の首元へと顔を埋めた。
耳元で、ジュルジュルクチャクチャと血を啜り、肉を咀嚼する音が響く。
オーチェを引き剥がそうにも、上手く身体に力が入らない。
「くっ…… 魔力奪取か!? 不味いっ…… アカァ!!」
自力での脱出が困難だと判断した黒崖が、背赤へと助けを求める。
すると、簒奪者達の一斉攻撃を受け止めていた背赤達が、瞬時にオーチェへ攻撃目標を変更。
黒崖を拘束しているオーチェへと迫った。
だが、オーチェはそれを逸早く察知。
黒崖から躊躇なく飛び退くと、素早い動きで天上へと貼りついた。
そして、四つん這いの姿勢のまま、天上を這うようにして素早く動き回り、黒崖の方を向いて停止――
身体が天地逆さまになりつつも、首だけが180度回転して地を向くと、その奇怪な体勢のまま、黒い牙を剥き出しにして笑いながら、噛み切られた首元を抑える黒崖を見下ろした。
「生きたまま食される気分はどうだ? ククク、お前が提示した額の倍払えば、見逃してやってもいいぞ? どうする?」
ケタケタと笑うオーチェ。
黒崖は、そのオーチェを睨みつけ、力強く呟く。
「……気が変わった。貴様ら闇の手は、我ら後家蜘蛛が皆殺しにしてやる」
黒崖が首から手を離し、目の前の空気を掴むように右手を突き出す。
掌にいくつもの光の線が走ると、その光は一本の短剣へと形を変えた。
その刀身は、白く、淡い聖なる光に包まれている。
「クククッ、光の加護をもつ短剣か。だが、その傷でどう…… 何?」
そう話したオーチェの瞳が見開かれる。
その視線の先、噛みちぎったはずの黒崖の首は、いつの間にか傷一つ無くなっていた。
「傷がどうした。まさか首に噛み付いただけで勝ったとでも思ったのか?」
表情を変えず、淡々と告げる黒崖。
そして――
「奴らの息の根を止めろ。総員、かかれ」
後家蜘蛛の反撃が始まった。
◇◇◇
踠き苦しむテナーズに、マリンが解毒薬を乱暴に浴びせながら声を荒げる。
「ダッサ! 蜥蜴人が毒にやられてどうする訳!? あり得ないっしょ!」
「…それは偏見だ。全ての蜥蜴人が毒に強い訳じゃない。それに、この毒は強力だ……」
「泣き言はいいから早く弓であいつの頭を射抜きなさいよ! いつまで大して上手くもない短剣握ってる訳!? 戦い舐めてんの!? ねぇ! 死ぬの? 死にたいの!? ねぇってば!!」
「…言われなくとも分かってる。前衛は任せた」
「はぁ!? 調合師のアタシが前衛できる訳ねぇーだろ鱗野郎! 殺すぞっ!!」
「…はぁ ……来るぞ」
テナーズが素早く弓を構えると同時に、鞭のように伸びる白い骨の剣を袖から出した背赤が一斉に動き出した。
更にその背後から、十数匹のゴブリンが続く。
「クソクソクソが! あーイライラする! これでも喰らいやがれぇっ!!」
マリンが緑色の液体が入った瓶を投擲すると、すかさずテナーズが矢でそれを射抜く。
瓶は破裂し、後家蜘蛛と闇の手を隔てるように、通路へ緑色の煙幕――マリン特性調合の毒煙が瞬く間に広がった。
迫る毒煙を確認した簒奪者達は、ローブから桃色の液体の入った親指くらいの小瓶を取り出すと、躊躇いなく一気に飲み干す。
桃色の液体は、マリンの調合毒を中和する解毒剤だ。
これで、敵は解毒剤なく毒煙の中で戦わなければいけなくなった。
相手が引かなければ、この場での戦いは有利になるだろう。
――いや、そのはずだった。
「残念ながらあちらに引く気はないようです。皆さん来ますよ!」
ヴァゾルが警戒を促し、簒奪者達が無言で応じる。
直後、数人が毒煙から飛び出し、闇の手へと肉迫。
すぐ様、背赤と簒奪者達による殺し合いが始まった。
最前衛にいたヴァゾルには二人、他の簒奪者にはそれぞれ一人ずつ張り付く。
「そうきましたか。私達に連携をさせないつもりですね。個々の実力を見定めて、勝てる戦力を適切に割り当てる。良い判断です」
ヴァゾルが敵を称賛しながらも、背赤二人相手に押されることなく応戦している。
オーチェには三人の背赤が向かったが、背赤をもってしてもオーチェの動きを捉えることはできなかった。
天井やら壁を、重力を無視して這いながら素早く移動するオーチェ。
背赤が放つ鞭を難なく躱し、その鋭く鋭利に尖った爪で、すれ違いざまに引き裂いていく。
「ククク、キィハハ!」
返り血を浴びながら、オーチェの甲高い笑い声が響く。
だが、そこへ眩いばかりの閃光が走った。
「ギィッ!?」
その閃光に、オーチェが怯み、動きが一瞬止まる。
「チッ、煙のせいで効果が落ちたか。貴様の声は耳障りだ、今すぐに消し去ってやる」
先程の光は、黒崖の閃光魔法だった。
動きを止められたオーチェが背赤に斬られ、咄嗟に後方へと飛び退く。
「カジート! 対抗魔法はどうした!?」
「この状況じゃ無理だ! 誰かこの骨鞭女を止めてくれ!」
カジートが、サーベルの仕込まれた杖で、背赤の猛攻を必死に凌いでいる。
近接戦が多少できるとは言え、背赤相手に近接戦をしながら敵の魔法を打ち消すことは、優秀なカジートをもってしても不可能だった。
それどころか、背赤の攻撃を捌ききれず、少しずつ押し込まれている。
カジートにとっては、近接戦の間合いでの戦闘を挑まれること自体不本意だったが、他の簒奪者も続々と現れるゴブリンとの応戦で手一杯になり、カジートの援護に来れる状況ではなかった。
ヴァゾルが背赤二人の攻撃を捌きながらオーチェに語りかける。
「珍しく劣勢です。予想外に、あちらの個々の能力が高い。流石、ローズヘイムで最も規模の大きい暗殺ギルドなだけはあるようですね。オーチェ、どうしますか? このままではこちらの被害も大きくなりそうですよ」
「クククッ、暫く腑抜けた戦いばかりだっただろう? 鈍った身体を鍛え直す良い機会だとは思わないか?」
オーチェの言葉に、ヴァゾルがやれやれと頭を左右に振った。
その間も、背赤二人の猛攻を涼しい顔で一人で凌いでいる。
「後で辛い後遺症に苦しむので、この力はなるべく解放したくないのですが…… 仕方ありませんね。仲間の為です」
そう一人呟くと、ヴァゾルは右手側にいた背赤を全力で弾き飛ばした。
ヴァゾルに隙が生じる。
その隙を、左手側にいた背赤が突いた。
白い剣線が、ヴァゾルへと迫る。
ヴァゾルをもってしても躱すことが困難なタイミングでのカウンター。
だが、ヴァゾルはあたかもそれが狙いだったかのように、振り下ろされる剣諸共背赤を受け入れた。
ザリュッと剣が肉を引き裂く音が響き、剣先が途中で止まる。
「――ッ!?」
「貴方の血は、私の中で新たな血となります。決して無駄にはしませんよ」
背赤を剣ごと抱き締める形となったヴァゾルが、暴れる背赤の首元へと素早く噛み付いた。
直後、背赤の手から剣が溢れ落ちる。
それまで必死にもがいていた背赤だったが、ヴァゾルに噛まれたと同時に身体を大きく仰け反らせると、まるで高圧電流が流れているかのように手足を激しく痙攣させた。
ローブから覗いた手がみるみるうちに痩せ細っていく。
一方で、ヴァゾルの腕や身体はみるみるうちに太く、大きくなり、ついにはその背中から大きな黒い翼が生え始めた。
「ご馳走様でした。良い喉越しでした」
ヴァゾルが顔を上げ、皮と骨だけになった背赤を解放する。
先程とは存在感が段違いに跳ね上がったヴァゾルに、オーチェの動きに集中していた黒崖が気付く。
「吸血鬼だと…… まさか死人の他に、絶滅種の吸血鬼にまで会えるとは。貴様らを剥製にすればさぞ高く売れるだろうな」
「剥製ですか。それはあまりお勧めできませんね。吸血鬼は剥製にしても死なず、仮死状態となるだけです。いつか復活して貴方に復讐するでしょう。まぁ、剥製にされる気などさらさらありませんが」
「そうか。ならば私の奴隷にしてやる。最高の身代わりになりそうだ」
「左様ですか。妄想するのは自由です。貴方のように、私の力を手に入れようとする者は珍しくありませんし。その欲の強さが、人族の強さの秘訣でもあるのでしょう。ですが、貴方はもう少し相手の力量を見極める力が必要なようですね」
そう告げたヴァゾルが目の前から消える。
次の瞬間、黒崖は背後から剣で貫かれていた。
「グフッ……」
黒崖が喉を込み上げる血に咽せると、背後でヴァゾルが呟いた。
「オーチェの動きについてこれなかったあなたに、私を捉えることはできません」
「チィッ!!」
胸に赤黒い剣を生やしたまま、強引に振り向き、背後へ斬りかかる黒崖。
だが、既にヴァゾルの姿はなかった。
どこからか声が聞こえる。
「貴方達の反撃もここまでです。御覧なさい。貴方と背赤に毒は効かないようですが、ゴブリン達はもう限界のようですよ」
「………………」
毒により動きの鈍くなったゴブリン達が、一匹、また一匹と討ち取られていく。
「勝負がつきましたね」
いつの間にか、ヴァゾルが再び目の前に現れ、腕を広げるように立っている。
そしてまた喋り始めた。
「どういう原理か分かりませんが、貴方は首の動脈を噛みちぎられても、心臓をこの呪剣で貫かれても平気なようだ。傷が広がるどころか、すぐ消えてなくなってしまう。本当に不思議です。ですが、同情しますよ。貴方のその体質に、オーチェが強い興味を持ってしまったようですので」
ヴァゾルの横へ、黒い影が落ちる。
手足を地面へ着けていたその影は、ゆっくりと立ち上がると、血で染まった手の甲を長い舌で舐め回しながらケタケタと笑った。
「ククク、強力な再生の加護か? それとも不死の加護か? どちらにせよ、良いおもちゃになりそうだ。暫く退屈せずに済む」
「死人のおもちゃ? 悪いが、気色の悪いお前に、赤子用の指しゃぶりは買ってあげられない。どうしても指しゃぶりのおもちゃが欲しいなら、隣にいるママにでもおねだりするんだな」
黒崖の返しに、オーチェが笑みを深くする。
ヴァゾルは、少し目を見開き「私がママですか? せめてパパの間違いでは?」と首を傾げたが、黒崖とオーチェの視界には入っていなかった。
「ほほぅ? まだ諦めていないのか。威勢が良いのは良いことだ。その顔が絶望に変わる瞬間が、より愛おしく感じられるようになる。さて、お前はどんな顔を見せてくれるのかな?」
オーチェとヴァゾルが動く気配を見せる。
「背赤! ゴブリン!」
黒崖の合図で、簒奪者達と交戦していた背赤が一斉に黒崖の元へ集結。
そして、まだ息のあるゴブリンが吠えた。
――ガアアァァ!!
ゴブリンが再び簒奪者達へ襲いかかり、背赤が黒崖の前面に弾幕をはるかのように無数の鞭を放つ。
咄嗟に黒崖から距離を取るオーチェとヴァゾル。
だが、黒崖の狙いは二人を退かせることにあった。
「絶望するのは貴様の方だ!」
黒崖が手を突き出すと、七色の光球が発現し、光の帯を引きながら回転し始める。
黒崖が誇る最大火力魔法―― [全属性魔法攻撃Lv1] だ。
それを見たオーチェとヴァゾルが目を大きく開き――叫んだ。
「「カジート!!」」
オーチェとヴァゾルの声が重なる。
だが、そのカジートは、複数のゴブリンと対峙しており、即座に対応できる状況ではなかった。
「無理だ! 間に合わない!!」
「ヴァゾル!」
「仕方ありませんね!」
オーチェとヴァゾルが目にも留まらぬ速さで黒崖へと迫る。
だが――
「ギィッ!?」
「ぐっ…… これは!?」
二人を何かが阻んだ。
オーチェとヴァゾルの足を止めさせたのは、地面に突き刺さった一本の短剣から発生した光の壁と、背赤の鞭から飛沫のように放たれた聖水だった。
「小賢しい真似を!」
「やられましたね」
顔を歪めて立ち止まるオーチェとヴァゾルへ、黒崖が少し口角を上げて告げる。
「いい表情だ。愛おしくなど到底思えないがな」
光球の回転が加速度的に速くなり、瞬く間に光の輪へと変化すると、その光の輪から大量の光線が前方へと放たれた。
狭い通路が眩い光で白色に染まる。
白に埋め尽くされた視界の先で、何かが爆発し、地面が揺れた。
黒崖の手から放たれていた光が弱まると、目の前の通路が適度に照らされ、奥の壁まではっきりと見渡せるようになる。
「チッ…… 逃したか」
そこに闇の手の姿は既にいなかった。
あるのは複数の死体と、通路の壁に開けられた大穴のみ。
丁度その時、ゴブリンの女王であり、マサトから召喚された仲間でもあるシュビラから念話が届いた。
『随分、派手に暴れておるようだの。援軍が必要か?』
『必要ない。敵は逃げた。だが、予想外に背赤が多くやられた。数を揃えるまで、暫くは表立って交戦できなくなる』
『ほぅ、それほどの相手か』
『暗殺ギルドの闇の手だ。その中でも、死人と吸血鬼の二人には油断するな。実力が他の奴と一線を超えている。恐らくだが、ローズヘイムへ向かった。何か企んでいるかもしれない。気を付けろ』
『ふっふっふ。歓迎の準備をしないといけないようだの。丁度、旦那さまからゴブリンの増援が到着する予定なのだ。戦力の補強はできよう』
『そっちは任せた』
『くふふ。任されたのだ。そなたも危険を感じたら、無理せずすぐに戻ってくるのだぞ?』
『ああ、分かっている。無理はしない』
『よろしい。そなたの身体は、もうそなただけの身体ではないのだからの』
クスクスという笑い声とともに、シュビラとの念話が途切れる。
「はぁ……」
目の前に転がっている無数の死体を見て溜息を吐く。
「連れてきたゴブリンは全滅か……」
最終的に、闇の手の撤退という形で幕引きとなったが、後家蜘蛛の被害も大きかった。
連戦となれば、また勝てるとは言えない相手であることは間違いない。
辛勝とも言い難い結果に、再び溜息が出そうになるのをぐっと堪える。
今まで連勝を重ね、敵なしともいえる強力な力を手に入れた黒崖にとって、マサトに引き続き、自分を大きく上回る実力者との対峙は、己の自信が削られるような憂鬱な気分にさせるのに十分過ぎる要因となっていた。
来た道を引き返しながら、黒崖がボソリと呟く。
「援軍は必要ないと言ったが、咄嗟に断らず、素直に増援を寄越してもらうべきだったか」
黒崖は、強がって増援を断ったことを、少しだけ後悔したのだった。
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