【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
147 - 「空を喰らう大木、伐採戦4」
空を舞う巨大なカブトムシ――巨人の盾甲虫。
数はそれほど多くない。
四、五、六―― 七匹。
だが、一匹の大きさが30〜40m近くある。
空を喰らう大木も、背の高い木でせいぜい400~500m。
木に対してのスケールが、昆虫の度合いを超えている気もするが、そこはさておき……
「どうやって操ってんだ……」
「これがエンベロープ族の真の力だ! 我らを見くびるなよ!!」
ヨヨアの乗るバッタムカデ――正式名称は蝗百足――が跳躍し、マサトに迫る。
「ハァッ!!」
ヨヨアの気迫とともに、白い刀身の美しい剣が弧を描く。
だが、マサトもその軌道は見えていた。
ヨヨアの攻撃をひらりと躱すと、すれ違いざまに、ヨヨアの乗る蝗百足を斬り払う。
「ちぃっ!」
斬られた蝗百足がキリキリと鳴きながら絶命し、ヨヨアが舌打ちしながら落下していく。
エンベロープ族が、どうやってこの巨大なカブトムシを操っているのか気にはなるが、それは追々ニドからにでも聞き出せばいい。
それよりも、今はこちらへ向かって飛んできている巨人の盾甲虫だ。
「これはラッキーだったと喜ぶべきかな。ここへ来た時から、一匹くらい狩っておきたいと考えていたところだし」
マサトは顔に笑みを浮かべると、巨人の盾甲虫に向けて掌を向けた。
「取り敢えず、火魔法が効くかどうか調べるか」
一番手前の一匹に狙いを定め、[火魔法攻撃Lv2] による火の玉を放つ。
ドドドッと音とともに、三発の火の玉が、火花を撒き散らして巨人の盾甲虫へ直進――
そのまま被弾し、赤と黒の花を咲かせた。
「効果は軽微と…… やっぱり硬そうだ」
手応えがない訳ではなかった。
目立った外傷はないが、被弾した巨人の盾甲虫の高度が僅かに下がった後、手足を動かして嫌がった素振りを見せたのだ。
集中砲火を浴びせれば、見るからに固そうな装甲を破れるかもしれない。
だが、それでは一体倒すのに時間がかかり過ぎる。
「宝剣でいくか。動き鈍そうだし。おっし!」
気合いを入れたマサトが、顔に浮かべた笑みを深くしながら、空に浮かぶ巨大な虫に向かって加速していく。
一方、地上では蝗百足に乗った仮面の一団が一斉に飛び跳ね、周囲を包囲している不死化した火蟻達からの離脱を試みていた。
◇◇◇
「奴らに捕まるな! 飛び続けろ! この包囲から抜けるぞ!!」
私の命令に、部下達が「アラァ!」と応じ、地上にいる火蟻を翻弄するかのように、無数の蝗百足が空を滑空し始める。
だが、蝗百足の跳躍、飛行力をもってしても、この地獄の包囲網から抜け出すのは容易くはないだろう。
私は、ここで大半の仲間が討たれる覚悟をしなければならない。
「実力を読み違えたか……」
あろうことか、あの男――ローズヘイムの王――は、私が呼び寄せた巨人の盾甲虫に怯えるどころか、顔に笑みを浮かべ、嬉々として巨人の盾甲虫へと向かって行った。
あの様子では、認めたくはないが、巨人の盾甲虫すらも単騎で、そう、たった一人で討伐できる力をもっている気配すら感じる。
現にあの男は、空を喰らう大木を斬り倒しただけでなく、火蟻の大群をも蹂躙してみせた。
異能という言葉だけでは表現しきれない異常な力。
邪神。
そう呼んだ方がまだしっくりくる。
なぜならば――
「な、なんだ!? よせ! う、ぐぁああ!?」
「なぜ味方が!?」
「絶対に死ぬな! 死んだらアンデット化するぞ!!」
「何!?」
「アンデット化した者は、仲間であろうと躊躇せず首を落とせ!!」
死んだ仲間をアンデット化させ、新たな敵として襲いかからせる状況を作り出してみせたからだ。
どういう原理かまでは分からない。
だが、実際にあの男は、何千と湧いて出た火蟻を一掃するだけでなく、アンデット化することで自分の手駒にしてみせた。
お陰で、私の仲間達は、誇りある死すら遂げられぬ悲惨な状況に立たされている。
死ねばアンデットとなり、この世を彷徨う?
ふざけた話だ。
悪い冗談にもならない。
呼び寄せた巨人の盾甲虫であれば、巨人の盾甲虫が放つ超振動による衝撃波で、地上にいる火蟻を一掃できるかもしれないが、仮に何千といる地を這う火蟻に捕まれば、鋼の外殻をもつ巨人の盾甲虫でもひとたまりもないだろう。
「ニドめ…… 最初から我らをこの男に消させるつもりだったな」
個の力では、我らエンベロープ族は、コロナ族に劣る。
だが、我らには虫呼びの力がある。
この力があれば、強力な昆虫系の魔物が存在するサーズでは負けることはない。
そう、今まではそうだった――
「ヨヨア! ユユアの足――蝗百足――がやられた! オレが必ず連れ戻す!  オマエは先に行け! 」
側近のムンゾがそう叫びながら旋回して引き返していく。
「ムンゾ! ちぃ!!」
ユユアは私の大切な妹だ。
いつもであれば、窮地に立たされた状況だとしても心配することはない。
今までも、危険な戦いはいくらでもあった。
その度に、我らは死戦をくぐり抜けてきた。
我らには、その自信がある。
力もある。
だが、私は今までに味わったことのない焦燥感を感じていた。
今回ばかりは相手が悪い。
そう感じた。
だが、一族を率いる族長として、引く訳にはいかない。
始まりは、ニドから届いた一通の報せ――
『明朝、ローズヘイムの王を名乗る者が、西にある空を喰らう大木を伐採しに行く』
その報せがニドからということで、私は警戒した。
だが、内容が内容だけに、無視することはできなかった。
すぐ様部下に調べさせると、ローズヘイムの王と名乗る男が、空を喰らう大木を本当に伐採しようとしていることが分かった。
空を喰らう大木を伐採するなど言語道断だ。
決して許すことはできない。
私はただちに精鋭を集め、その男が現れる場所へと向かった。
事前の情報では、あの男――マサトは、炎の翼を生やして自在に空を飛び、凄まじい斬れ味の光の剣を操るという。
異能者。
それが、最初に抱いたマサトの印象だ。
ニドがその男に敗れ、傘下についたという話も聞いた。
最初こそ半信半疑だったが、実際にマサトと対峙して理解した。
“あの男は、我々とは住む世界が違う”
悪夢は、空を喰らう大木が空を舞う光景から始まった。
城よりも高く聳える空を喰らう大木が空を舞ったのだ。
その光景が与える精神的な衝撃は、それは凄まじいものだった。
いくつもの死戦をくぐり抜けてきた戦友達が、その光景に目を奪われ、唖然とした。
見上げた空からは、空を喰らう大木の黒い血――食残虫が降り注いできていた。
まだ食残虫がいる。
誰しもがそう思った。
我らが手を下さずとも、食残虫が外敵を排除してくれるだろうと。
男は逃げると思われた。
食残虫の脅威を知っていれば、立ち向かうことがどれだけ無謀なことか理解しているはずだからだ。
だが、男は逃げる素振りすら見せなかった。
そして一部の食残虫が男に纏わりつき――
食残虫と男の戦いが始まった。
男が応戦とばかりに炎の翼を広げ、食残虫を焼き払い始める。
その光景を見て、私はなんて馬鹿な男だと笑った。
食残虫に喧嘩を売るなど、正気の沙汰ではない。
当然の如く、その男を敵と認識した食残虫が、空を黒く染めるほどの味方を引き連れ、仲間を焼き払った男へと襲い掛かった。
我らの出番はなくなった。
そう思った。
男が溶かされるイメージが頭に浮かぶ。
だが、溶かされたのは男の方ではなく、食残虫の方だった。
業火を鎧のように身に纏った男は、襲い狂う食残虫を次々に焼き払っていく。
その度に、空にばら撒いた火薬が爆発するようにパチパチと小さな閃光が弾け、至る所で灰色の煙が上がった。
いつの間にか、黒みがかった空は灰色に煤けていた。
空を埋め尽くしていた食残虫が、どこにもいなくなっていたのだ。
再び皆が言葉を失う。
同時に、怒りも込み上げてきた。
神と崇める空を喰らう大木が伐採されたという事実が、ようやく飲み込めてきたのだろう。
その怒りは、仲間へと伝播する。
「あの男は生かしてはおけない」
皆が一斉に頷く。
敵は一人。
対する我らは精鋭300人。
全員が蝗百足に乗り、森の中での機動力は馬や地竜を軽く凌駕する。
短時間であれば、跳躍からの飛行も可能だ。
木にも容易に登れる。
死角はない。
そのはずだった――
我らが突撃をかけると、男は火魔法で威嚇してきた。
下級魔法のようだったが、威力はその比ではなかった。
被弾した地面は大きく抉れ、爆発で吹き飛んだ石が肌を切り裂いた。
直撃すれば、ひとたまりはないだろう。
だが、我らはそのまま突進した。
上級魔法であれば、詠唱硬直が長いはず。
そう考えての判断だった。
だが、男は私の予想をあっさりと裏切り、凶悪な威力の火魔法を連発し始めた。
苦し紛れの乱れ撃ちなど怖くはないと自分に言い聞かせたが、すぐ様非情な現実を突き付けられる。
飛来する火魔法に直撃した部下が、蝗百足ごと木っ端微塵に爆散したのだ。
石の次は、部下の肉片を身体に浴びる。
これには、さすがの私も顔が凍りついた。
宮廷魔術師級の魔法攻撃が、まるで豆鉄砲を撃ち放つかのような気軽さで間髪入れず乱れ飛んでくるのだ。
  だが、例えそれが、触れたら即死級の火魔法だとしても、我らが足を止める理由にはならない。
それに怖気付くような弱者は我らにはいない。
そんな我らでも、突然の火蟻乱入には、足を止める他なかった。
奴らは空を喰らう大木の根を蝕む害虫だが、人族が数百人集まった程度でどうにかできるクラスの魔物ではない。
一匹が精鋭数人に匹敵し、それが数千と集まり、巨大なコロニーを地下に作って生活している。
危険すぎる魔物だ。
奴らには、我らが行使できる虫寄せ術も通用しない。
このまま黙って空を喰らう大木が蝕まれる光景を眺めていなければいけないのかと、その時ばかりは歯を強く噛み締めた。
我慢のできなかった者が火蟻へと攻撃を加えたが、案の定、火蟻の硬い外殻は容易には傷つけることができなかった。
逆に火蟻の反撃を受け、死んでいく者が増え出始める。
「守りに徹せよ! 無闇に攻撃するな! 我らの敵は火蟻ではないぞ!!」
守りの陣形へと組み直し、襲い掛かる火蟻に対抗する。
幸いなことに、それまで我らに向けられていた火球は、突如現れた火蟻へと矛先が変わっていた。
爆音とともに火蟻が宙に舞う。
だが、止め処なく地上へと溢れ出てくる火蟻に、男はついに攻撃の手を緩めた。
諦めたのかと思えば、突如何かを口ずさみ、男を中心として、黒い靄のような何かが衝撃波のように周囲へ広がった。
男から発せられた黒い靄が、一瞬で地上を駆け抜ける。
靄が迫るも、何もできず、臓器を直接撫でられるような不快な感覚だけを残して通り過ぎていった。
「何だ今のは!? 何をされた!?」
部下達にも動揺が走る。
理解できない何かをされた。
だが、これといった異常は感じられなかった。
それが返って私を不安にさせた。
「ヨヨア、アレは危険だ。オレ達の手には負えない。本能が逃げろと警鐘を鳴らしている」
「何だムンゾ。臆病風に吹かれたのか? お前らしくもない」
そうは言ったが、それは私も感じていた。
そして、その手の悪い直感は、決まってよく当たる――
ユユアを助けに引き返していったムンゾの背中から視線を外し、男が向かった空を見上げる。
「やはり落とされたか……」
そこには、サーズに生息する昆虫の王者である巨人の盾甲虫達が、一匹、また一匹と、羽をもがれた蝶のように、くるくると旋回しながら地上へと落ちてくるところだった。
◇◇◇
巨人の盾甲虫の背後へと回り込み、宝剣で羽を斬り落とす。
こいつが最後の一匹。
羽を失った巨人の盾甲虫は、そのままくるくると回転しながら落下していった。
その巨人の盾甲虫の背を見送りながら一息つく。
(カブトムシは、異世界で図体がでかくなってもカブトムシだったな。宝剣があるお陰で、硬くても動きが鈍い相手なら楽勝だ)
巨人の盾甲虫を落とすのは容易かった。
火蟻や食残虫のように、厄介な酸を吐くことはなかったからだ。
抵抗らしい抵抗といえば、鋭利な棘のついた手脚を振り回したり、脳みそが揺さぶれたと錯覚するほどの空気振動を放ってきたくらいで、特に苦戦はしなかった。
宝剣がなければ、少しは苦戦していたかもしれない。
(もう増援はないよな?)
あたりを見回す。
(大丈夫そうか)
地上へと目を向けると、キモいバッタが四方に飛び回っているのが見えた。
(うぅ…… あのフォルムで飛ぶのは反則だろ。さすがに生理的嫌悪を覚えるな…… でもどうすっか。どうにかしてエンベロープ族を屈服させられないだろうか……)
ふと、斬り倒した空を喰らう大木から光の粒子が舞い上がっているのが視界に入った。
(もしかしたら…… あの手が使えるか?)
上手くいけば、エンベロープ族を支配下におけるかもしれない。
それでも無理であれば、ここで殲滅するまでだ。
(やるだけやってみるか……)
炎の翼を広げ、高度を下げる。
そして、全てのエンベロープ族に聞こえるよう声を張り上げた。
「全員武器をしまえ! 戦いは終わりだ!」
ゴブリンと火蟻が、マサトの声に反応してサァーと引いていく。
突如大人しく引き始めた火蟻達を、仮面の者達は呆然と立ち尽くしながら見送った。
すると、マサトとは別の、透き通るような声が場に響いた。
「アラァーー!!」
それを聞いた仮面の者達が、声のした場所へ一斉に集結し始める。
(ヨヨアか。まだ生きてて良かった。彼女が死んでたら交渉なんてできなかっただろうしな)
地面を真っ赤に染めるほどの火蟻の群れ。
その中央、円形を作るように空いた空間に、エンベロープ族が再び集結する。
巨人の盾甲虫を狩る前と同じ光景。
だが、決定的に違うのは、エンベロープ族は既に満身創痍の状態だということ。
ヨヨアの脇には、側近と思わしき筋骨隆々な仮面男に肩を抱かれた仮面の女が、流血した右腕を垂らしながらぐったりとしている。
バッタのようなムカデ――蝗百足も、脚が数本なかったり、下半身が半分溶けていたり、傷を負っている個体が多い。
更には、切り札かのようにきってみせた巨人の盾甲虫を、マサトが討伐してみせた直後だ。
戦意も先程とは比べ物にならないくらい落ちていることだろう。
マサトは、炎の翼を威圧用の六羽仕様へと変えつつ、再びエンベロープ族の前へ降り立った。
「もう勝負はついた。武器を捨てろ」
マサトの言葉に、ヨヨアが答える。
「断る。我らは神を斬った貴様を許しはしない」
ヨヨアの言葉に迷いは感じられなかった。
(やっぱり意思は固いか。まぁそんな気はしてたけどな)
ヨヨアの背後に控える、仮面の者達へと目を向ける。
仮面で表情は見えないが、目に見えるほど戦意は落ちてないように思えた。
再びヨヨアへと視線を戻し、先ほどよりも力強く見返す。
今度はそこに殺意を込めた。
すると、マサトの殺意に、仮面の戦士達が先に反応した。
身体を仰け反らせる者や、反発していきり立つ者。
反応はそれぞれだ。
だが、劣勢な状況下など微塵も感じさせない気概がそこにはあった。
一方で、その族長であるヨヨアはというと――
微動だにしていなかった。
瞳は未だにマサトを睨み付けたまま。
少しも揺れることはなかった。
相当、肝が据わっているのか、はたまた、超頑固者なだけなのか。
(少しは揺さぶれるかと思ったのに、全く無反応かよ。脅しには屈しなそうだな。てかこれ、あの手で屈服させられるのか不安になってきたぞ……)
マサトの次の言葉を、黙って待つエンベロープ族。
既に最後まで戦い抜く覚悟のようだ。
(やれやれ…… これだから脳筋は……)
そう思ったところで自分でおかしくなり、自傷気味な笑いがフッと漏れた。
オーリアなら「何が可笑しい!」と噛み付いてくる場面だが、ヨヨアはそれでも微動だにしなかった。
だが、次の一言で、すぐさまマサトの喉元に短剣を突き立てるくらいの行動は起こしかねない。
そういう気迫がヨヨアにはあった。
そして、マサトが最後の言葉を告げる。
「俺が空を喰らう大木を創造できるとしたら? 神を創造する俺はお前達の何になる?」
それまで微動だにしなかったヨヨアの瞳が大きく開かれ、その心の動揺を表すかのように、青い瞳が左右に揺れた。
その瞳の先、空に浮かぶマサトの背後には、いつ間にか数多の赤と緑の光の粒子が浮かび、それぞれが光の帯を引きながら、光の川となってマサトへと流れてきているところだった。
「エンベロープ族よ。これからは俺に従え!!」
マサトの声が、静まり返った大地に響き渡る。
「空を喰らう大木、召喚!」
その瞬間、一本の巨大な光の柱が上空へと聳え立ち、呆然と立ち尽くすヨヨア達を、光の柱から発せられた突風と光の濁流があっという間に飲み込んでいったのだった――
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