【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
137 - 「オーリアの任務」
俺達は真紅の亜竜の背に乗り、フログガーデン大陸の北西――広大な荒野地帯の中央部にあるサーズを目指して大空を飛行している。
右側には、近衛騎士団団長であるオーリア。
左側には、冒険者ギルドの受付嬢でもあり、サーズの村長の跡取りの婚約者でもあるノクト。
美人二人が――内一人は性格に難があるが――それぞれ俺の背中に掴まりながら騎乗している。
だが、飛び立った直後に問題の生じた者がいた。
そう、いつも強気なトラブルメーカー、オーリアだ。
「う、うぅっ!? ゆ、揺れる! は、速い…… 高い…… こ、怖い…… も、もう少し低く、ゆっくり飛べないのか!? 」
「それじゃあ真紅の亜竜に乗っていく意味がないだろ……」
真紅の亜竜の背に乗り、上空まで上昇するところまでは勇ましかったのだが、体験したことのない高度まで上がると、急にオーリアが半べそをかき始めたのだ。
騎馬と騎竜とでは勝手が違うのだろうか。
もしくは、ただの高所恐怖症か。
高所恐怖症なら、なぜ立候補したのだろう。
今は俺の横腹に、物凄い力で抱き着いている。
「オーリア、動きにくいから、もう少し離れて……」
「ば、ばか! 貴様は私を殺す気か!? 離れたら落ちるだろう! 嫌だ! 絶対に離れない!!」
「オーリア様、また陛下を貴様呼ばわりしてます」
「す、すまない…… わ、悪気はな…… きゃあっ!?」
真紅の亜竜が羽ばたき、上下に揺れる度に悲鳴をあげ、顔を俺の背中に埋めての繰り返しだ。
正直、少し可愛いなと感じないこともない。
普段トゲトゲしているから、ギャップ萌えという奴だろうか。
因みに、ノクトは出発時に、女王の専属メイドであり、教育係でもあるレティセから、オーリアの言動について色々依頼を受けていたようで、オーリアが俺を貴様呼ばわりしたりする度に、淡々と指摘する流れができていた。
オーリアは醜態を晒しているが、ノクトは相変わらず眠たそうに――恐らくそれが素の表情なんだと思うが――ジト目で周囲の景色を見て楽しんでいる。
僅かだが、目の輝きが違うように思う。
後、口角が少しだけ上がっているような。
婚約者に会うのが嬉しいのだろうか。
それとも空から眺める景色が綺麗だからかな?
(ノクトさんって可愛いよなぁ。たとえ俺に婚約者がいようが、相手に婚約者がいようが、そういうの関係なく可愛いと思う。まぁ言い寄ることはしないけど)
妄想だけなら許されるだろう。
最近はその妄想すら許されない状況が多かった。
(ふぅ、思考を読まれる相手が近くにいないって気楽でいいや…… シュビラは本当に何でも思考を読んでくるからなぁ。あれどうやってんだろ。防ぐ方法ないんかね)
今はこんな呑気なことを考えてはいるが、ちゃんとこれからのことを考えたりはしている。
今までは、目の前のことにいっぱいいっぱいで手が付けられずにいた、“元の世界に帰る方法探し” だ。
正体を明かした仲間にそれらしい情報を募ってはいるが、残念ながら収穫という収穫は今の所ない。
唯一、ネスがその手の禁術の開発を進めているという情報を得たくらいだ。
もちろん、情報源はシュビラ。
ネスに協力を促したのも、どうやらシュビラらしいのだが、詳しいことは分からない。
禁術の開発には、膨大な魔力が必要というので、魔力の提供は協力する旨を伝えてある。
ただ、元の世界へ帰れるようになったとして、実際に帰りたいかと問われれば、それは悩ましい問題だ。
(正直、この力をもって、この世界で生きた方が断然に楽しいんだよなぁ。日本に帰っても、この力が使えるならまだいいけど、多分無理だろうし…… とりあえず、もしもの時に帰れる手段があればいいや程度で思っておこう)
そんなことを考えながら、変わらず背中で叫んでいるオーリアを無視して飛ぶこと数分。
ロサの村だったと思わしき一帯が見えてきた。
「な、なんだあれ。土の砦? なぜあんな場所に」
「この地へ降り立ちますか?」
「いや…… 多分、シュビラの指示で土蛙人に作らせた即席の砦だと思うから、そのまま無視して先を急ごう」
「はい、分かりました」
一同は、真紅の亜竜の背に乗ったまま、ロサの砦を通過する。
ロサの砦は、黄土色の土の城壁で囲まれており、壁の内側には同じく黄土色の土でできた建物が無数に存在していた。
恐らく土蛙人の居住区だろう。
何の装飾もない、四角形の建物だ。
窓や入口らしき穴はあるが、木窓や扉という物は見当たらない。
その建物の上や周辺に、大小様々な土蛙人が闊歩している。
(あっ、こっちに気付いた)
真紅の亜竜に気付いた土蛙人が、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
だが、特に何もすることなく一同は通り過ぎていく。
「お、おい、マサト! 本当に無視していいのか!?」
オーリアが尚も聞いてくる。
「平気平気」
「なぜ平気だと言い切れる!?」
「いや、俺の配下のゴブリンが居るのが見えたから」
「なっ……」
「まぁ、土蛙人も俺の配下ではあるんだけどね。だから大丈夫」
「うぬぬ……」
納得したのかしてないのか分からないリアクションのオーリア。
背中越しだから表情が見えないものの、きっと唇を噛み締めているに違いない。
そんなオーリアを少しだけ揶揄ってやろうと、真紅の亜竜に念を送り、少し手荒く飛んでもらう。
すると、背中越しに「きゃあああ」という絶叫が聞こえ、程なくして急に静かになった。
オーリアは背中にしがみ付いたままなので、振り落とされたりはしていない。
「じっ……」
左側から視線を感じたので振り返ってみると、ノクトがジト目でこちらをじっと見ていた。
「ん? あ…… ど、どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
(あ、あれ…… もしや、オーリアへの悪戯がバレた? 悪いことはするもんじゃないな。反省反省。口煩いオーリアでも優しく接してあげよう。うん、そうしよう)
ロサの村から飛ぶこと一時間くらい。
前方に、遠近の距離感がおかしくなるほどの巨大な大木群が見えてきた。
まるで巨人の森に迷い込んでしまったかのようなスケール感だ。
「あれが空を喰らう大木か…… 聞いてたよりも大きい気がするけど……」
「きっと育ったのだと思います」
「そりゃあ、生き物だから育つんだとは思うけど…… どのくらいまで大きく成長するものなの?」
「さぁ……」
「さぁ、って……」
ノクトさんは意外に素っ気ない。
「そろそろ地上へ降りた方がいいです。空を喰らう大木が獲物を捉えるときの射程距離は、想像を超えると聞いたことがあります」
「お、マジか。了解。まぁ、そういう意外な武器がないとワイバーンだって狩れないよね。ガル、降下」
「ギャオォ」
地上に降り立つために緊急降下。
遊園地にあるアトラクション――フリーホールのような浮遊感が全身を駆け巡る。
(うおぉ、こっわ)
そのまま地上間近まで一気に下降すると、真紅の亜竜は両翼を大きく広げ、急減速し始める。
そこに、騎乗者への配慮は皆無だ。
真紅の亜竜は真紅の亜竜で、いつも通りに飛んでるに過ぎない。
人を乗せて飛ぶ訓練をしたことのないドラゴン――のようなワイバーンなので、当たり前といえば当たり前だが。
地面に近付くと、真紅の亜竜の羽ばたきにより、砂塵が盛大に舞い上がった。
そこで、ようやくオーリアの異変に気付く。
「……オ、オーリア?」
「ふぅんっ…… ぐす……」
ずっと静かだったので忘れていたのだが、どうやらオーリアは、俺の背中でずっと啜り泣いていたようだ。
地上へ降り立った今も、震えながら俺の背中に掴まっていて離れようとしない。
「じっ……」
ノクトの視線が痛い。
「も、もう大丈夫。ほら、地上についたから。もう飛んでないよ?」
「うぐ…… うぅ……」
「参ったな……」
高所恐怖症の相手に、真紅の亜竜という名のアトラクションは刺激が強過ぎたようだ。
心の中で、意地悪してごめんねと謝りながら、怖がる子供をあやすように優しく抱き締め、背中をゆっくりと叩く。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
暫くの間、そうやって背中を叩いてあげていると、少しずつオーリアの震えと身体の強張りが和らぎ始めたのが分かった。
「落ち着いたら、ゆっくり目を開けてごらん?」
オーリアがゆっくりと顔を上げ、横を見る。
その顔は青く、でも目元は赤く涙で濡れていた。
唇がまだ小刻みに震えている。
「ほら、もう地上。自分で降りれるかい?」
オーリアが無言で頷く。
だが、足に力が入らないのか、手を離そうとした途端にバランスを崩した。
「おっと危ない。しゃーない…… よっと」
「きゃっ!?」
ふらつくオーリアを、そのまま抱き上げる。
俗に言うお姫様抱っこという奴だ。
「は、はな、はな……」
「大人しくしてろ、って」
弱々しく抵抗するオーリアを一度上に放るようにして抱きかかえ直す。
オーリアが一瞬の浮遊感を感じたのか、「きゃあ」と再び悲鳴を上げて、慌てて俺の顔に抱き付いてきた。
オーリアの胸当ての上部からはみ出る豊満な胸に顔が埋められ、呼吸が止まる。
「……っ!? う、ぷはっ! ちょ、息できないから!」
「あ…… あ…… あ……」
みるみるうちにオーリアの顔が真っ赤になり――
(……また癇癪起こしたら、このまま地面に落とそうかな)
無言のまま両手で顔を覆うと、そのまま大人しくなった。
(……あれ? 恥じらうだけ? 抵抗もなし? それはそれで拍子抜けだな…… まぁ、いいか)
俺はオーリアをお姫様抱っこしながら、ノクトと真紅の亜竜と共に、前方に見える植物系の魔物――空を喰らう大木の群生地――サーズへと踏み入れるのであった。
◇◇◇
(は、恥ずかしい! このまま死んでしまいたい! 誰か私を殺してくれ!)
私は両手で顔を隠しながら、身悶えるほどの羞恥プレイに耐えている。
そう、私はマサトにお姫様抱っこされているのだ。
父上にもこのように抱っこされたことはない。
私の生涯において、男にお姫様抱っこされるなどないと思っていた。
なのに……
(くっ…… ダメだ…… まだ立てそうにない…… 力が入らない……)
不甲斐ないことに、自分で歩こうにも、空の旅のせいで腰が抜けてしまったらしく、地面に立つことすらできない。
男の前で女々しく泣き喚いたこと自体、一生後悔しそうな恥ずべき行為だったのだが、終いには、抱っこされたことに驚いて、マサトの顔を自身の胸へ埋めてしまった。
(う、うぅ…… う、うわぁああああ! 誰か! 誰か私を殺してくれぇええええ!!)
私は顔を両手で隠したまま、声にならない悲鳴をあげる。
一通りそうやって心の中で絶叫していると、少し心が落ち着いてきた。
(そうだ…… よし…… それでいい…… これ以上、醜態は晒すな、私。レティセから受けた任務を思い出せ。覚悟はしただろ。この程度で狼狽えていたら、この…… この極秘任務は達成できないぞ!)
乙女のように女々しく騒ぎ立てる心を律する。
そう、私は男どもが羨む近衛騎士団の団長だ。
女を出すな!
常に冷静であれ!
そして任務を忘れるな!
そう、私はこの任務で――
――数日前。
「なんだ、レティセ。フロン様にも内密な話か?」
「いえ、姫様はすでに承知しております」
「では、なぜフロン様が同席されないのだ」
「それは、この極秘任務の内容を聞けば、自ずと分かります」
「極秘任務……」
「そうです。その前に、オーリア様。いえ、オーリア。今は姫様の家臣としてではなく、一人の友人として、あなたに質問があります」
「な、なんだ? 私は構わないが……」
「では…… オーリア、あなたは姫様を愛していますか?」
「なっ…… そ、それはどういう…… も、もちろん、主君として……」
「いえ、そうではありません。同性愛という意味で、愛しているかと聞いています」
「ど、同性愛!? そ、そんな話」
「すみません。これを質問とはいいませんね」
「あ、当たり前だ! そんな馬鹿な話……」
「これは事実確認です」
「なっ!?」
「あなたの姫様への異常な愛欲には、既に気付いておりましたが、今までは気付かないフリをしてきました。それが姫様への忠誠心に繋がるものと確信があったからです」
言葉を失う私に、レティセは淡々と続けた。
「ですか、状況が変わりました。姫様は国を失い、今や公国に追われる身です。それは理解していますね?」
「それは理解しているが、それと先ほどの話に何の関係性が……」
「大いにあります。姫様が再び国を取り戻すには、公国にも匹敵する軍事力を持った協力者が必要です。その協力者がいなければ、国を取り戻すことなど決して成し得ないでしょう。あなたも理解している通り、姫様が国を取り戻す唯一の頼みの綱は、ローズヘイムの新たな王――マサト様なのです」
「それは理解しているが……」
「いえ、あなたはまだ理解できていません。問題はここからです」
レティセの表情に力が篭る。
「マサト様は、国や権力に固執していません。それどころか、絶対王政に否定的な考えをもっています。それは姫様や私達にとって、とても都合の悪い思想です」
「……そうだな。頭の痛い話だが、下手にこちらの思想を押し付けて、マサトの協力が破談になる方が危険だろう」
「ええ。その通りです。オーリアがそこまでは考えられているようで安心しました」
「揶揄うな。私もそこまで馬鹿じゃない。ただ、少し気が短いだけだ…… それは、自分でも直したいと思っている」
「良い心掛けです。反省し、改善しようと意識できているのであれば、その望みはいずれ叶うでしょう」
「私のことはいい。それで、そのことが私の姫様への、その、愛欲とどう関係しているのだ」
私の質問に、レティセは少し微笑みながら、私を驚愕させるような質問で返してきた。
「オーリア、あなた、姫様と家族になりたくはないですか?」
「……えっ?」
「マサト様の側室になれば、姫様と同じ家系の中に入ることができます。側室でなくとも、マサト様の愛人になれば、マサト様と姫様の夜の営みに混ざることも可能でしょう」
「な…… 何を……」
「まだ分かりませんか? オーリア、あなたに姫様への絶対的な忠誠心があるのであれば、その魅惑的な身体を武器に、マサト様を籠絡せよと言っているのです。籠絡が無理でも、マサト様が負い目を感じるような既成事実を作るだけでも構いません」
「籠絡…… 既成事実…… だと……?」
「はい。オーリア、あなたが姫様だけでなく、マサト様にも好意を感じ始めているのは、私も気付いています。あなたにとっても、両方の愛を手に入れるまたとない機会です」
「フ、フロン様は、このことを……?」
「はい。ご存知です。全て知った上で、許可いただきました。オーリア、あなたがこの任務を達成さえすれば、姫様はあなたを、夫であるマサト様の側室に迎えることを歓迎するでしょう」
「フロン様が…… し、しかし……」
レティセが私の腕を掴み、動揺する私の眼を見ながら訴えかけてくる。
「オーリア、覚悟を決めてください。そして、拒否するのであれば、その代償も正しく理解した上で拒否してください。いいですか? 既に、姫様の生殺与奪の権は、マサト様に握られています。それは姫様も理解しておいでです。今はマサト様の温情で協力いただいていますが、婚約も口約束にしか過ぎず、仮に公国側がマサト様を懐柔するようなことがあれば、姫様は全てを失うことになりかねません。そうなってしまってからでは遅いのです」
「わ、分かった。だが、どうすれば……」
「あなたが生娘だということは既に知っています。ですが、マサト様相手であれば、それは武器になります。サーズにある集落で宿泊の際、これをマサト様の飲み物に混ぜなさい。そして、一夜をともにして既成事実を作るのです」
そう告げたレティセの手には、薄紅色の液体の入った小瓶が握られていた。
「これは……?」
「マサト様の配下である薬学者が調合したとされる新薬です」
「新薬? どんな効果が? それに配下が作った薬がなぜ?」
「効果はただの眠り薬です。マサト様の身体に一番詳しい薬学者だからこそ、マサト様に効果のある薬を調合できたのです。噂では、マサト様には遺産級の古代魔導具に使われるような猛毒ですら効果がないらしいですから」
「眠り薬…… そのような常識外れの耐性をもつ者に、この眠り薬が本当に効くのか?」
「薬学者の方には、マサト様が熟睡できるとっておきの安眠薬をプレゼントしたいとお願いして特別に作ってもらいました。効果は他の方で実証済みです。とても普通の眠り薬とはいえない代物でした」
「わ、分かった。その任務、必ず」
私が決意のもとに頷くと、レティセは「ふぅ」と溜息をつきながら、少し残念そうに微笑んだ。
「本当は、あなたが拒否すれば、サーズへの同行も降りてもらうつもりでした。もちろん、あなたの代わりは私が同行し、私が任務を実行するという計画でしたが」
「何!? それは本当か!?」
「はい。姫様も了承済みです。私もマサト様を好いていますから。命の恩人を罠に嵌めるようで良心が痛みますが、心と身体はマサト様を求めていますので」
「か、身体…… レティセ、いつの間に……」
「マサト様に命を救われてからですよ。死にたくても死ねない激痛から救おうとしてくれたオーリアにも愛はありますが、それは友人として。私でなくとも、あの状況で颯爽と現れ、死に行く命を救い、そして見返りを求めず立ち去っていく殿方が現れれば、世の女性は大半が恋に落ちるでしょう。極め付けはあの台詞です――いつか俺か竜語りのメンバーが困っていたら助けてくれればそれでいいです――はぁ、今でも信じられません。このような発言のできる方が、この世に果たして何人いることでしょうか…… 願わくば、私も彼に護られる中の一人に加わりたいものです」
まるで恋する乙女の如く、頬を染めて何処か遠くを見て祈り始めたレティセに言葉を失う。
すると、「こほん」と咳払いを一つして表情を元に戻したレティセが、先の話題へと自分から話を戻した。
「決して叶わぬ恋、それ以前に、望んですらいけない恋が、叶うかもしれない最大の好機です。これを逃せば、あなたにも、そして姫様だけでなく、アローガンス王国にとっても最大の好機を逃すことになります」
「分かっている…… だが、なぜサーズに向かった先でなのだ? ここではダメなのか?」
「ここには、マサト様の優秀な仲間や配下の方が多数おられます。そして、姫様の護衛に抜擢されたレイア様は、冒険者ギルドのサブマスターであるソフィー様を上回る隠密技術を習得されているとお聞きしました。そして、それを看破する術も…… その者達がいる中、任務を遂行できると思いますか?」
「……難しいだろうな」
「そういうことです。頼みましたよ。オーリア」
「分かった。私に任せてほしい。必ず任務を遂行してみせる」
「ええ。期待しています」
こうして、私は王国の今後を左右しかねない重要な任務を受けた。
それは王国の後ろ盾を確固たるものにするための鎖となるものだ。
あの甘い考えを持つマサトだからこそ有効な手段でもある。
性的な誘惑や話術を得意とする工作員としての技術には疎い私だが、肝心な夜の行為については、その日の夜に、レティセから簡単に手解きを受けた。
抜かりはない。
だが、そう意識すれば意識するほど、私の中の女が膨らみ続ける。
真の敵は、自分だ。
自分を律し、恥じらう気持ちを殺さなければ、この任務は達成できない。
だが、私ならできる。
近衛騎士団の団長まで上り詰めた私なら、どんな苦しい訓練にも耐えてこられた私なら、好いた男に夜這るくらいどうということはない。
どうということは……
好いた…… 男……?
この男が……?
「うぅ……」
羞恥のあまり声が漏れた。
顔が熱い。
つい先ほどまで凍えるような寒さを感じて震えていた身体も、今では蒸気が出るくらいに火照っている。
胸が高鳴り、全身をむず痒いような甘美な感覚が駆け巡る。
そのせいで、我慢できず両脚をもじもじと交差させ、擦り合わせてしまう。
「んん……」
再び声が漏れた。
自分でも驚くくらいに色っぽく、悩ましい声が。
顔を覆った手の隙間から、少しだけマサトの顔を盗み見てみた。
心なしか、マサトの顔が赤くなっているようにみえる。
(この男と…… 私は……)
マサトに抱きかかえられながら、私はこの時が永遠に続けば幸せなのだろうかと、柄にもないことを無意識に考えていた。
右側には、近衛騎士団団長であるオーリア。
左側には、冒険者ギルドの受付嬢でもあり、サーズの村長の跡取りの婚約者でもあるノクト。
美人二人が――内一人は性格に難があるが――それぞれ俺の背中に掴まりながら騎乗している。
だが、飛び立った直後に問題の生じた者がいた。
そう、いつも強気なトラブルメーカー、オーリアだ。
「う、うぅっ!? ゆ、揺れる! は、速い…… 高い…… こ、怖い…… も、もう少し低く、ゆっくり飛べないのか!? 」
「それじゃあ真紅の亜竜に乗っていく意味がないだろ……」
真紅の亜竜の背に乗り、上空まで上昇するところまでは勇ましかったのだが、体験したことのない高度まで上がると、急にオーリアが半べそをかき始めたのだ。
騎馬と騎竜とでは勝手が違うのだろうか。
もしくは、ただの高所恐怖症か。
高所恐怖症なら、なぜ立候補したのだろう。
今は俺の横腹に、物凄い力で抱き着いている。
「オーリア、動きにくいから、もう少し離れて……」
「ば、ばか! 貴様は私を殺す気か!? 離れたら落ちるだろう! 嫌だ! 絶対に離れない!!」
「オーリア様、また陛下を貴様呼ばわりしてます」
「す、すまない…… わ、悪気はな…… きゃあっ!?」
真紅の亜竜が羽ばたき、上下に揺れる度に悲鳴をあげ、顔を俺の背中に埋めての繰り返しだ。
正直、少し可愛いなと感じないこともない。
普段トゲトゲしているから、ギャップ萌えという奴だろうか。
因みに、ノクトは出発時に、女王の専属メイドであり、教育係でもあるレティセから、オーリアの言動について色々依頼を受けていたようで、オーリアが俺を貴様呼ばわりしたりする度に、淡々と指摘する流れができていた。
オーリアは醜態を晒しているが、ノクトは相変わらず眠たそうに――恐らくそれが素の表情なんだと思うが――ジト目で周囲の景色を見て楽しんでいる。
僅かだが、目の輝きが違うように思う。
後、口角が少しだけ上がっているような。
婚約者に会うのが嬉しいのだろうか。
それとも空から眺める景色が綺麗だからかな?
(ノクトさんって可愛いよなぁ。たとえ俺に婚約者がいようが、相手に婚約者がいようが、そういうの関係なく可愛いと思う。まぁ言い寄ることはしないけど)
妄想だけなら許されるだろう。
最近はその妄想すら許されない状況が多かった。
(ふぅ、思考を読まれる相手が近くにいないって気楽でいいや…… シュビラは本当に何でも思考を読んでくるからなぁ。あれどうやってんだろ。防ぐ方法ないんかね)
今はこんな呑気なことを考えてはいるが、ちゃんとこれからのことを考えたりはしている。
今までは、目の前のことにいっぱいいっぱいで手が付けられずにいた、“元の世界に帰る方法探し” だ。
正体を明かした仲間にそれらしい情報を募ってはいるが、残念ながら収穫という収穫は今の所ない。
唯一、ネスがその手の禁術の開発を進めているという情報を得たくらいだ。
もちろん、情報源はシュビラ。
ネスに協力を促したのも、どうやらシュビラらしいのだが、詳しいことは分からない。
禁術の開発には、膨大な魔力が必要というので、魔力の提供は協力する旨を伝えてある。
ただ、元の世界へ帰れるようになったとして、実際に帰りたいかと問われれば、それは悩ましい問題だ。
(正直、この力をもって、この世界で生きた方が断然に楽しいんだよなぁ。日本に帰っても、この力が使えるならまだいいけど、多分無理だろうし…… とりあえず、もしもの時に帰れる手段があればいいや程度で思っておこう)
そんなことを考えながら、変わらず背中で叫んでいるオーリアを無視して飛ぶこと数分。
ロサの村だったと思わしき一帯が見えてきた。
「な、なんだあれ。土の砦? なぜあんな場所に」
「この地へ降り立ちますか?」
「いや…… 多分、シュビラの指示で土蛙人に作らせた即席の砦だと思うから、そのまま無視して先を急ごう」
「はい、分かりました」
一同は、真紅の亜竜の背に乗ったまま、ロサの砦を通過する。
ロサの砦は、黄土色の土の城壁で囲まれており、壁の内側には同じく黄土色の土でできた建物が無数に存在していた。
恐らく土蛙人の居住区だろう。
何の装飾もない、四角形の建物だ。
窓や入口らしき穴はあるが、木窓や扉という物は見当たらない。
その建物の上や周辺に、大小様々な土蛙人が闊歩している。
(あっ、こっちに気付いた)
真紅の亜竜に気付いた土蛙人が、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
だが、特に何もすることなく一同は通り過ぎていく。
「お、おい、マサト! 本当に無視していいのか!?」
オーリアが尚も聞いてくる。
「平気平気」
「なぜ平気だと言い切れる!?」
「いや、俺の配下のゴブリンが居るのが見えたから」
「なっ……」
「まぁ、土蛙人も俺の配下ではあるんだけどね。だから大丈夫」
「うぬぬ……」
納得したのかしてないのか分からないリアクションのオーリア。
背中越しだから表情が見えないものの、きっと唇を噛み締めているに違いない。
そんなオーリアを少しだけ揶揄ってやろうと、真紅の亜竜に念を送り、少し手荒く飛んでもらう。
すると、背中越しに「きゃあああ」という絶叫が聞こえ、程なくして急に静かになった。
オーリアは背中にしがみ付いたままなので、振り落とされたりはしていない。
「じっ……」
左側から視線を感じたので振り返ってみると、ノクトがジト目でこちらをじっと見ていた。
「ん? あ…… ど、どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
(あ、あれ…… もしや、オーリアへの悪戯がバレた? 悪いことはするもんじゃないな。反省反省。口煩いオーリアでも優しく接してあげよう。うん、そうしよう)
ロサの村から飛ぶこと一時間くらい。
前方に、遠近の距離感がおかしくなるほどの巨大な大木群が見えてきた。
まるで巨人の森に迷い込んでしまったかのようなスケール感だ。
「あれが空を喰らう大木か…… 聞いてたよりも大きい気がするけど……」
「きっと育ったのだと思います」
「そりゃあ、生き物だから育つんだとは思うけど…… どのくらいまで大きく成長するものなの?」
「さぁ……」
「さぁ、って……」
ノクトさんは意外に素っ気ない。
「そろそろ地上へ降りた方がいいです。空を喰らう大木が獲物を捉えるときの射程距離は、想像を超えると聞いたことがあります」
「お、マジか。了解。まぁ、そういう意外な武器がないとワイバーンだって狩れないよね。ガル、降下」
「ギャオォ」
地上に降り立つために緊急降下。
遊園地にあるアトラクション――フリーホールのような浮遊感が全身を駆け巡る。
(うおぉ、こっわ)
そのまま地上間近まで一気に下降すると、真紅の亜竜は両翼を大きく広げ、急減速し始める。
そこに、騎乗者への配慮は皆無だ。
真紅の亜竜は真紅の亜竜で、いつも通りに飛んでるに過ぎない。
人を乗せて飛ぶ訓練をしたことのないドラゴン――のようなワイバーンなので、当たり前といえば当たり前だが。
地面に近付くと、真紅の亜竜の羽ばたきにより、砂塵が盛大に舞い上がった。
そこで、ようやくオーリアの異変に気付く。
「……オ、オーリア?」
「ふぅんっ…… ぐす……」
ずっと静かだったので忘れていたのだが、どうやらオーリアは、俺の背中でずっと啜り泣いていたようだ。
地上へ降り立った今も、震えながら俺の背中に掴まっていて離れようとしない。
「じっ……」
ノクトの視線が痛い。
「も、もう大丈夫。ほら、地上についたから。もう飛んでないよ?」
「うぐ…… うぅ……」
「参ったな……」
高所恐怖症の相手に、真紅の亜竜という名のアトラクションは刺激が強過ぎたようだ。
心の中で、意地悪してごめんねと謝りながら、怖がる子供をあやすように優しく抱き締め、背中をゆっくりと叩く。
「大丈夫。もう大丈夫だから」
暫くの間、そうやって背中を叩いてあげていると、少しずつオーリアの震えと身体の強張りが和らぎ始めたのが分かった。
「落ち着いたら、ゆっくり目を開けてごらん?」
オーリアがゆっくりと顔を上げ、横を見る。
その顔は青く、でも目元は赤く涙で濡れていた。
唇がまだ小刻みに震えている。
「ほら、もう地上。自分で降りれるかい?」
オーリアが無言で頷く。
だが、足に力が入らないのか、手を離そうとした途端にバランスを崩した。
「おっと危ない。しゃーない…… よっと」
「きゃっ!?」
ふらつくオーリアを、そのまま抱き上げる。
俗に言うお姫様抱っこという奴だ。
「は、はな、はな……」
「大人しくしてろ、って」
弱々しく抵抗するオーリアを一度上に放るようにして抱きかかえ直す。
オーリアが一瞬の浮遊感を感じたのか、「きゃあ」と再び悲鳴を上げて、慌てて俺の顔に抱き付いてきた。
オーリアの胸当ての上部からはみ出る豊満な胸に顔が埋められ、呼吸が止まる。
「……っ!? う、ぷはっ! ちょ、息できないから!」
「あ…… あ…… あ……」
みるみるうちにオーリアの顔が真っ赤になり――
(……また癇癪起こしたら、このまま地面に落とそうかな)
無言のまま両手で顔を覆うと、そのまま大人しくなった。
(……あれ? 恥じらうだけ? 抵抗もなし? それはそれで拍子抜けだな…… まぁ、いいか)
俺はオーリアをお姫様抱っこしながら、ノクトと真紅の亜竜と共に、前方に見える植物系の魔物――空を喰らう大木の群生地――サーズへと踏み入れるのであった。
◇◇◇
(は、恥ずかしい! このまま死んでしまいたい! 誰か私を殺してくれ!)
私は両手で顔を隠しながら、身悶えるほどの羞恥プレイに耐えている。
そう、私はマサトにお姫様抱っこされているのだ。
父上にもこのように抱っこされたことはない。
私の生涯において、男にお姫様抱っこされるなどないと思っていた。
なのに……
(くっ…… ダメだ…… まだ立てそうにない…… 力が入らない……)
不甲斐ないことに、自分で歩こうにも、空の旅のせいで腰が抜けてしまったらしく、地面に立つことすらできない。
男の前で女々しく泣き喚いたこと自体、一生後悔しそうな恥ずべき行為だったのだが、終いには、抱っこされたことに驚いて、マサトの顔を自身の胸へ埋めてしまった。
(う、うぅ…… う、うわぁああああ! 誰か! 誰か私を殺してくれぇええええ!!)
私は顔を両手で隠したまま、声にならない悲鳴をあげる。
一通りそうやって心の中で絶叫していると、少し心が落ち着いてきた。
(そうだ…… よし…… それでいい…… これ以上、醜態は晒すな、私。レティセから受けた任務を思い出せ。覚悟はしただろ。この程度で狼狽えていたら、この…… この極秘任務は達成できないぞ!)
乙女のように女々しく騒ぎ立てる心を律する。
そう、私は男どもが羨む近衛騎士団の団長だ。
女を出すな!
常に冷静であれ!
そして任務を忘れるな!
そう、私はこの任務で――
――数日前。
「なんだ、レティセ。フロン様にも内密な話か?」
「いえ、姫様はすでに承知しております」
「では、なぜフロン様が同席されないのだ」
「それは、この極秘任務の内容を聞けば、自ずと分かります」
「極秘任務……」
「そうです。その前に、オーリア様。いえ、オーリア。今は姫様の家臣としてではなく、一人の友人として、あなたに質問があります」
「な、なんだ? 私は構わないが……」
「では…… オーリア、あなたは姫様を愛していますか?」
「なっ…… そ、それはどういう…… も、もちろん、主君として……」
「いえ、そうではありません。同性愛という意味で、愛しているかと聞いています」
「ど、同性愛!? そ、そんな話」
「すみません。これを質問とはいいませんね」
「あ、当たり前だ! そんな馬鹿な話……」
「これは事実確認です」
「なっ!?」
「あなたの姫様への異常な愛欲には、既に気付いておりましたが、今までは気付かないフリをしてきました。それが姫様への忠誠心に繋がるものと確信があったからです」
言葉を失う私に、レティセは淡々と続けた。
「ですか、状況が変わりました。姫様は国を失い、今や公国に追われる身です。それは理解していますね?」
「それは理解しているが、それと先ほどの話に何の関係性が……」
「大いにあります。姫様が再び国を取り戻すには、公国にも匹敵する軍事力を持った協力者が必要です。その協力者がいなければ、国を取り戻すことなど決して成し得ないでしょう。あなたも理解している通り、姫様が国を取り戻す唯一の頼みの綱は、ローズヘイムの新たな王――マサト様なのです」
「それは理解しているが……」
「いえ、あなたはまだ理解できていません。問題はここからです」
レティセの表情に力が篭る。
「マサト様は、国や権力に固執していません。それどころか、絶対王政に否定的な考えをもっています。それは姫様や私達にとって、とても都合の悪い思想です」
「……そうだな。頭の痛い話だが、下手にこちらの思想を押し付けて、マサトの協力が破談になる方が危険だろう」
「ええ。その通りです。オーリアがそこまでは考えられているようで安心しました」
「揶揄うな。私もそこまで馬鹿じゃない。ただ、少し気が短いだけだ…… それは、自分でも直したいと思っている」
「良い心掛けです。反省し、改善しようと意識できているのであれば、その望みはいずれ叶うでしょう」
「私のことはいい。それで、そのことが私の姫様への、その、愛欲とどう関係しているのだ」
私の質問に、レティセは少し微笑みながら、私を驚愕させるような質問で返してきた。
「オーリア、あなた、姫様と家族になりたくはないですか?」
「……えっ?」
「マサト様の側室になれば、姫様と同じ家系の中に入ることができます。側室でなくとも、マサト様の愛人になれば、マサト様と姫様の夜の営みに混ざることも可能でしょう」
「な…… 何を……」
「まだ分かりませんか? オーリア、あなたに姫様への絶対的な忠誠心があるのであれば、その魅惑的な身体を武器に、マサト様を籠絡せよと言っているのです。籠絡が無理でも、マサト様が負い目を感じるような既成事実を作るだけでも構いません」
「籠絡…… 既成事実…… だと……?」
「はい。オーリア、あなたが姫様だけでなく、マサト様にも好意を感じ始めているのは、私も気付いています。あなたにとっても、両方の愛を手に入れるまたとない機会です」
「フ、フロン様は、このことを……?」
「はい。ご存知です。全て知った上で、許可いただきました。オーリア、あなたがこの任務を達成さえすれば、姫様はあなたを、夫であるマサト様の側室に迎えることを歓迎するでしょう」
「フロン様が…… し、しかし……」
レティセが私の腕を掴み、動揺する私の眼を見ながら訴えかけてくる。
「オーリア、覚悟を決めてください。そして、拒否するのであれば、その代償も正しく理解した上で拒否してください。いいですか? 既に、姫様の生殺与奪の権は、マサト様に握られています。それは姫様も理解しておいでです。今はマサト様の温情で協力いただいていますが、婚約も口約束にしか過ぎず、仮に公国側がマサト様を懐柔するようなことがあれば、姫様は全てを失うことになりかねません。そうなってしまってからでは遅いのです」
「わ、分かった。だが、どうすれば……」
「あなたが生娘だということは既に知っています。ですが、マサト様相手であれば、それは武器になります。サーズにある集落で宿泊の際、これをマサト様の飲み物に混ぜなさい。そして、一夜をともにして既成事実を作るのです」
そう告げたレティセの手には、薄紅色の液体の入った小瓶が握られていた。
「これは……?」
「マサト様の配下である薬学者が調合したとされる新薬です」
「新薬? どんな効果が? それに配下が作った薬がなぜ?」
「効果はただの眠り薬です。マサト様の身体に一番詳しい薬学者だからこそ、マサト様に効果のある薬を調合できたのです。噂では、マサト様には遺産級の古代魔導具に使われるような猛毒ですら効果がないらしいですから」
「眠り薬…… そのような常識外れの耐性をもつ者に、この眠り薬が本当に効くのか?」
「薬学者の方には、マサト様が熟睡できるとっておきの安眠薬をプレゼントしたいとお願いして特別に作ってもらいました。効果は他の方で実証済みです。とても普通の眠り薬とはいえない代物でした」
「わ、分かった。その任務、必ず」
私が決意のもとに頷くと、レティセは「ふぅ」と溜息をつきながら、少し残念そうに微笑んだ。
「本当は、あなたが拒否すれば、サーズへの同行も降りてもらうつもりでした。もちろん、あなたの代わりは私が同行し、私が任務を実行するという計画でしたが」
「何!? それは本当か!?」
「はい。姫様も了承済みです。私もマサト様を好いていますから。命の恩人を罠に嵌めるようで良心が痛みますが、心と身体はマサト様を求めていますので」
「か、身体…… レティセ、いつの間に……」
「マサト様に命を救われてからですよ。死にたくても死ねない激痛から救おうとしてくれたオーリアにも愛はありますが、それは友人として。私でなくとも、あの状況で颯爽と現れ、死に行く命を救い、そして見返りを求めず立ち去っていく殿方が現れれば、世の女性は大半が恋に落ちるでしょう。極め付けはあの台詞です――いつか俺か竜語りのメンバーが困っていたら助けてくれればそれでいいです――はぁ、今でも信じられません。このような発言のできる方が、この世に果たして何人いることでしょうか…… 願わくば、私も彼に護られる中の一人に加わりたいものです」
まるで恋する乙女の如く、頬を染めて何処か遠くを見て祈り始めたレティセに言葉を失う。
すると、「こほん」と咳払いを一つして表情を元に戻したレティセが、先の話題へと自分から話を戻した。
「決して叶わぬ恋、それ以前に、望んですらいけない恋が、叶うかもしれない最大の好機です。これを逃せば、あなたにも、そして姫様だけでなく、アローガンス王国にとっても最大の好機を逃すことになります」
「分かっている…… だが、なぜサーズに向かった先でなのだ? ここではダメなのか?」
「ここには、マサト様の優秀な仲間や配下の方が多数おられます。そして、姫様の護衛に抜擢されたレイア様は、冒険者ギルドのサブマスターであるソフィー様を上回る隠密技術を習得されているとお聞きしました。そして、それを看破する術も…… その者達がいる中、任務を遂行できると思いますか?」
「……難しいだろうな」
「そういうことです。頼みましたよ。オーリア」
「分かった。私に任せてほしい。必ず任務を遂行してみせる」
「ええ。期待しています」
こうして、私は王国の今後を左右しかねない重要な任務を受けた。
それは王国の後ろ盾を確固たるものにするための鎖となるものだ。
あの甘い考えを持つマサトだからこそ有効な手段でもある。
性的な誘惑や話術を得意とする工作員としての技術には疎い私だが、肝心な夜の行為については、その日の夜に、レティセから簡単に手解きを受けた。
抜かりはない。
だが、そう意識すれば意識するほど、私の中の女が膨らみ続ける。
真の敵は、自分だ。
自分を律し、恥じらう気持ちを殺さなければ、この任務は達成できない。
だが、私ならできる。
近衛騎士団の団長まで上り詰めた私なら、どんな苦しい訓練にも耐えてこられた私なら、好いた男に夜這るくらいどうということはない。
どうということは……
好いた…… 男……?
この男が……?
「うぅ……」
羞恥のあまり声が漏れた。
顔が熱い。
つい先ほどまで凍えるような寒さを感じて震えていた身体も、今では蒸気が出るくらいに火照っている。
胸が高鳴り、全身をむず痒いような甘美な感覚が駆け巡る。
そのせいで、我慢できず両脚をもじもじと交差させ、擦り合わせてしまう。
「んん……」
再び声が漏れた。
自分でも驚くくらいに色っぽく、悩ましい声が。
顔を覆った手の隙間から、少しだけマサトの顔を盗み見てみた。
心なしか、マサトの顔が赤くなっているようにみえる。
(この男と…… 私は……)
マサトに抱きかかえられながら、私はこの時が永遠に続けば幸せなのだろうかと、柄にもないことを無意識に考えていた。
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