【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

128 - 「新薬の成果」



「ふあっ!? はぁ…… はぁ……」


 悪夢から目が覚め、ベットから飛び起きる。


(や、やっぱり夢か…… 夢、だよな。ほ、本当に夢か?)


 不思議なことに、先ほど夢で見た光景は、目が覚めた後でも鮮明に覚えていた。

 魔法が存在する夢のようなこの世界で、はたして今さっき見た映像が夢だといえるのか。

 手に嫌な汗をかきながら、マサトは必死に夢で見た怪物の名前を思い出そうと記憶を辿っていた。


(あの銀色の怪物…… 何て名前だっけ…… 何て……)


 そんなマサトへ、ベットの脇に待機していた二人が、一瞬驚きつつも、安堵した表情に変えながら声を掛けた。


「ふぅ、ようやく目を覚ましたか」

「良かったぁ。また失敗かと思いましたよ」


 ベットの脇には、白髪のじいさんと少年――熟練の薬学者マスター・アポセカリーのエドワードとフレードリッヒが、飛び起きたマサトを見て胸を撫で下ろしていた。


「ここは…… ああ、屋敷か」

「そうですよ」

「お前さんが担がれて来たときは、心臓が止まるかと思うたわい」

「ホントです。もう何日も眠ったままで、このままずっと目を覚まさないんじゃ?って、皆不安だったんですから。言っても無駄だと思いますが、無茶もほどほどにしてくださいよ?」

「あ、ああ。ごめん、次から気を付け……」


 そう言おうとして、フレードリッヒの言葉が引っかかった。


「え、何日も? 俺そんな眠ってたの?」

「はい、えーっと…… 10日間も眠ったままでした」

「なんじゃ、もうそんなに経つのか。相変わらず研究に没頭すると時が進むのが早い」

「10日間……」


 あまりの長さに一瞬呆けてしまう。

 すかさずステータスを開く。


<ステータス>
 紋章Lv26
 ライフ 44/44
 攻撃力 99
 防御力 5
 マナ : (赤×3074)(緑×99)(黒×44)
 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
     炎の翼ウィングス・オブ・フレイム
     火の加護
 装備 : 心繋きずなの宝剣 +99/+0
 補正:自身の初期ライフ2倍
    +2/+2の修整
    召喚マナ限界突破12
    火魔法攻撃Lv2
    飛行
    毒耐性Lv5 New


(毒耐性Lv5? まぁこれは一先ずいいか。毒系のカウンターが全部無くなってる。ということは……)


「二人が治療を?」

「おう。傷は癒し手ヒーラーの嬢ちゃん達だがな。毒や状態異常やらは、わしとそこの坊主の研究の成果だぞ」

「はい! お陰で色々人体実験…… じゃなくて、この世界で学んできた知識を十二分に発揮できることが証明できました! ありがとうございます!」


(今、フレードリッヒの奴、人体実験とか何か言わなかったか……)


「そっか。二人ともありがとう。お陰で毒はもう完全に消えたよ。それどころか、毒耐性Lv5なんていう耐性補正まで新しく獲得できたみたいで、二人には感謝してる」


 マサトの言葉に、二人が一瞬固まる。


「ど、毒耐性……」

「う、うごほぉっん!」


 エドワードが咳払いすると、フレードリッヒの襟首を掴んで、そそくさと退出しようとした。


「お前さんはまだ病み上がりなんじゃ、そこでゆっくりしとれ。他の者には、わしらから伝えておく。ほれ行くぞ坊主」

「そ、そうですね。お兄さんはまだここで休んでてください。僕とおじいさんはまだやりかけの研究がありますのでこれで……」


 そわそわしながら部屋から退出した二人の背中を見送る。


(あいつら、俺の身体で何かしてたな……)


 念の為、身体に不具合がないか、見たり、触ったり、ちょっと動いてみたりしたが、異常はなさそうだった。


(まぁいいか。毒耐性得ただけラッキーだったと思っておこう。それより、俺が眠っていた間に何か起きてないか聞かないと……)


 部屋から出ようとすると、白髪のショートカットヘアーが素敵な女性が走って来たところだった。

 その女性にそのまま抱き着かれる。


「マサト!!」

「うおっ、べ、ベル?」

「うん、目を覚まして良かった……」

「ああ、もう大丈夫。ベルは?」

「わたしも大丈夫」

「そか。良かった。てか、ベル髪切ったんだね」

「うん」

「似合ってるよ。前の長い髪のベルも好きだけど」

「……あり、がと」


 そういいながら、ベルはゆっくりとマサトから身体を離す。

 その頬は朱色に染まり、目尻には薄っすらと涙が溜まっている。


(女の子は髪を切ると印象がガラッと変わるなぁ。切った理由は、自分へのケジメとかかな。あんなことがあった後だし)


 ベルは涙を手で拭いながら、ぎこちなく微笑んだ。


「このまま目を覚まさなかったらどうしようって、凄く、凄く心配だったんだよ?」

「十日も眠ってたんだってね。心配かけてごめん。まさか毒で気を失うとは思わなかったよ」


 マサトが頭をかきながら面目無さそうにそう答えると、ベルは少し目を伏せ、寂しそうな顔をした。


「わたしのせい、だよね…… ごめんね。マサトの力になりたくて…… でも失敗して、それでマサトの足引っ張って。マサトを危険な目に遭わせちゃった……」


 落ち込むベルの頭をそっと撫でる。


「誰のせいでもないって。いや、考えも無しに敵に突っ込んで勝手に気絶したのは俺の方か…… それは素直に認めて反省するよ。もっと強くならないとなぁ」


 頭を軽く撫でられながら、ベルは何か言いたそうに、揺れる瞳を向けた。


「……わたしも、強くなりたい。レイアさんみたいに、マサトに信頼されるくらいに強く」

「そっか。そうだなぁ。よし! じゃあ、一緒に強くなろう!」

「うん!」


 再び抱き着かれ、少し蹌踉めきながらベルの身体を受け止める。


「べ、ベル?」

「フロン女王と結婚しても…… わたしのこと忘れないでね……」

「……え? そりゃあ、忘れるわけないけど。急にどう……」


 そう言いかけ――左頬に柔らかい何かが触れた。


「あ……」

「わたし、負けないよ」

「……え、あ、え?」


 突然のことに動揺して言葉を出せずにいると、間が悪いのか良いのか、丁度トレンが駆け付けてきたところだった。


「目を覚ましたって聞いて急いで駆け付けて見れば…… もう少し外で時間潰した方が良かったか?」


 トレンの言葉に、ベルが慌ててマサトから離れ、恥ずかしそうにしながら前髪を弄り始めた。


「だ、大丈夫です。トレンさん、どうぞ……」

「あ、ああ」


 そういうと、ベルは俯きながら走り去ろうとした。

 それをすかさず止める。


「あ、ベルちょっと待った!」

「えっ!?」


 頬を赤く染めたベルが、慌てて振り返る。

 ベルの周りを、白い靄が纏わり付いているのが微かに見えたからだ。


「……いや、何でもない。あんまり無理しちゃダメだよ」

「う、うん! 次は気を付けるから!」


 再び踵を返して走っていく。

 その後ろ姿を、トレンと二人で見送る。


永遠の蜃気楼エターナル・ドラゴン、あれからずっとベルのことを護ってくれていたのか。さんきゅ。もうしばらく頼んだ)


 マサトがそう念じると、耳にキーンと高音の叫びが聞こえた気がした。

 ベルの走り去った方角を見ていたマサトへ、トレンが顔だけ向き直り、再び話し始める。


「ベルさんは意外に行動派なんだな。純粋そうな見た目に騙されそうになるが。王の血の闘争本能は争えないってことか」

「い、いや…… 多分、そういうんじゃ……」

「いい、いい。おれは野暮なことはしないから安心してくれ」


 トレンが手を振り話を遮りつつ、話題を変えた。

 どうやら本当に興味はないらしい。


「……で、だ。ボスにさっそく積もる話があるんだが…… ここで立ち話するような話でもないな。一先ず書斎へいいか?」

「分かった」


 書斎まで二人で向かう。


「何から話せばいいか……」


 書斎へ到着すると、トレンはそう呟きながらも、一通り部屋の中を確認して回り始めた。


「そういえば、トレン前より目の隈が酷くなってない? 大丈夫?」

「あ、ああ…… 大丈夫、は、大丈夫、なんだが……」

「何か困り事?」

「国を背負う立場になったからな。悩みの種は多いんだが、それが原因じゃない……」

「じゃあ何が? もしかしてこうやって部屋を確認しているのに関連がある?」

「……ん? ああ、そう。そうだな。あると言えばある」

「なんだよ。歯切れの悪い。隠し事はしないって約束だったろ?」

「そうだな…… いや、大したことじゃないんだが、夜中に枕元で誰かが毎日立ってる気がしてな…… 最近ゆっくり眠れないんだ……」

「怖いなそれ…… レイアあたりに相談しておこうか?」


 レイアの名前を出した途端、トレンの身体がビクッと一瞬飛び退いた。


「い、いや、それはしないでいい。レイアには何も言うな。頼む」

「お、おう」


(トレンとレイア何かあったんだろうか……)


 トレンはマサトへ打ち明けなかったが、トレンがマサトとフロンの婚約を勝手に快諾した翌日から、トレンの一方的な決断を知った女性陣達に、執拗な嫌がらせを受けていたのだった。

 因みに、夜な夜な相手に気付かれずに忍び込み、枕元に立つような技術のもつ者は少ないため、トレンも目星は付いていた。

 とはいえ、トレン自身も確固たる証拠もないため、ただただ疑心暗鬼になっていただけで、特に行動を起こすことはしていない。

 トレンが一通り人が紛れ込んでいないことを確認し終わると、最後に扉の鍵を閉めてから本題を話し始めた。


「……これで、良し」

「聞かれたらまずい話?」

「ああ、まずいだろうな。だが、念の為でしかないから、そんなに気にする必要はない。で、まずは後家蜘蛛ゴケグモのことだが……」


 マサトが気を失った後、デクストはその場から逃げ去る事に成功し、黒崖クロガケへと報告に行ったらしい。

 そこでデクストの報告を聞いた黒崖クロガケは、情報の入れ違いが招いた不運な事故とはいえ、デクストの行為を許さなかった。

 デクストに激怒した黒崖クロガケは、そのまま組織内への見せしめとして、デクストを拷問した上で、晒し首にしたという。

 嬉々として黒崖クロガケへ報告しに行き、地獄を見る羽目になったデクストには、正直可哀想だなと同情心も湧いたが、まぁ自業自得だろう。素直に成仏して欲しい。


「ベルからは、ボスが黒崖クロガケを召喚したと聞いたが…… 本当か?」

「それは本当だけど…… 正直たまたまだから、また同じ事をしろと言われても出来ないよ」

「たまたまだとしても、そんなことが可能なのか……」


 驚くトレンに、その重大さをちゃんと理解していることを伝える。


「俺も自分で驚いたけど、これは外には出せない情報だっていうのは分かるよ。他人に漏らしちゃいけない力だ」

「そうだな。秘密にしておいた方がいいだろう。もしかしなくても禁術の類いだ。ベルさんには既に口止めしてある」

「それは助かるよ」


 頷いたトレンが、今度は探るような目つきで話し始めた。


「それで…… 黒崖クロガケは信用して大丈夫なんだな?」

「それは大丈夫。ただ、黒崖クロガケ以外は絶対とは言い切れないから、監視にゴブリンを使おうと思ってるけど、どう?」

「監視にボスの召喚ゴブリンか。良い案だと思う。ボスの召喚したゴブリンの信用度は、身を持って体験しているからな。だが、ゴブリンを連れてくるなら、街の住人に先に周知する必要がある。街に呼ぶ際は、先におれへ預けて欲しい」

「分かった」

「それと、黒崖クロガケから、この屋敷へ後家蜘蛛ゴケグモの出入り口を繋げるようボスに言われたと打診があったんだが…… これも事実でいいんだな?」


(……あれ? 俺、そんなことまで黒崖クロガケに言ったっけ? もしかして思考読まれた?)


「そ、そうね。それは半分は本当。一度トレンに相談してからと思ってたから、命令はしてないけど」

「そうか。まぁどちらにせよ保留にしてある。後家蜘蛛ゴケグモのアジトとの直通路なんて、余程の信用がなければ危険でしかないからな」

「お、おっけい。それで大丈夫」


(さすがトレン。判断が的確で頼りになる)


「次は、王都ガザの件だが……」


 トレンが渋い表情に変わる。


(なんだろ…… 言い難い話だろうか……)


 少し場を和ませるために、冗談っぽく話す。


「俺が寝ている間に隣国に占領されてたー、なんて事にならなくてよかったよ」

「あ、ああ、そうだな」

「それで隣国の動きは?」

「降伏勧告は来たが、女王陛下が突っ返した。その際にひと騒動あったにはあったが、その後は何もない。今のところ、公国がこちらに仕掛けてきてるとすれば、情報と流通の遮断くらいだ」

「ん? 降伏勧告をフロンが突っ返した?」

「そう。今となっては元女王だが…… 後、この街――いや、もうここも国ってことでいいのか? ちょっとややこしいが、この国の代表であるマサトは寝てて判断できない状態だったからな。その婚約者として元女王陛下が対応したと」

「そ、そうだったのね。まぁ確かにその辺曖昧ではあるな。王国の後ろ盾があった上で、国として独立って話だったし。で、その降伏勧告って、飲めないような条件だった?」

「ああ。実質、領土含め全ての権利を公国に引き渡せっていうだけの内容だったからな。条件なんてものじゃなかったぞ」

「そっか。それじゃあ俺が対応しても同じ結果だったかな? でも皆が無事なら何よりだよ」

「ああ。それもドラゴンのお陰だな。公国側も一度だけ軍隊を向けて来たんだが、外の騒ぎに反応したドラゴン達が上空を飛び回ってね。そのお陰で、こちらの被害はなしさ。公国側の兵士が尻尾を巻いて逃げ帰って行くところは流石に笑えたよ。次、奴らが攻めてくるときは、ドラゴン対策をした上でだろうから、辛い戦いにはなりそうだけどな」

「ドラゴン役に立ったんだ。それは良かった。でも、まさかこんなに早く公国側が攻めてくるとはなぁ。これは急いで自衛力を高めないとか……」

「ああ、そうだな」


 マサトとトレンが力強く頷き合う。トレンも、例え公国が相手でも引く気はないらしい。トレンの意気込みを間近で感じ、マサトも気持ちが少し昂ぶるのを感じた。


「皆の様子は?」

熊の狩人ベアハンターのメンバーは、持ち回りで屋敷の警備。三葉虫トリロバイトは虫の養殖に取り掛かってるんだが…… これは後で報告する」


(虫の養殖…… 何か成果があったかな?)


癒し手ヒーラー達は、引き続き屋敷で無償治療を継続中、これはいつまで続けるか相談だな。後、薬学者アポセカリーの二人だが……」


 そういいながら、トレンは深く息を吸い込み、突然黙り込んだ。


「ど、どうした? 問題?」

「あの二人は、本っ当ーに凄いぞっ!!」


 突如、興奮した様子で食い気味に話し出したトレンに気圧される。


「お、おおう」

上級回復薬ハイポーション――つまりは、7等級の回復薬ポーションやら解毒剤を大量生産する製法を確立させたんだ! これは歴史的な大発見になる!!」


 両手でガッツポーズをするかのように、目を血走らせながら力説するトレン。

 そんなトレンの行動に、マサトが目を丸くしていると、その反応に気が付いたトレンが、少し咳払いをしながら、勢い余って振り上げていた両手を隠すように背中へと回した。

「ああ、すまない。少し興奮した。だが、心配はいらない。歴史的な大発見とはいえ、一先ず6等級以上のものは、試作段階のものも含め厳重に保管してある」


 回復薬ポーションには、魔法同様、効果や希少性によって格付された「等級」という指標がある。

 一般的に、魔法等級は1〜10等級まで10段階あり、回復魔法や回復薬ポーションは、9等級から始まるとされる。

 9等級魔法は、別名――初級魔法と呼ばれ、9等級回復薬ポーションが該当する。効果は軽度の裂傷回復で、価格相場は1000Gだ。冒険者が常備携帯するのは、この等級が主になる。

 8等級魔法/回復薬ポーションは、中度の裂傷回復で、相場は1万G。ここまでが、一般で入手可能な範囲で、冒険者達もここぞというときのために購入しておくという認識の代物だ。

 そして、7等級魔法/回復薬ポーションまでいくと、効果も部分欠損繋ぎと、治療薬としての効果の想像を超えるようになる。その代わりに、相場も10万G――日本円にすると100万円と、希少性も価格もぐっと高まり、この等級魔法を扱える魔法使いソーサラーは、上級魔法が使えると重宝され、所属クランもAランク以上が基本となる。この等級の回復魔法が使えるか使えないかで、生存率が大きく変わってくるため、需要はあるのだが、使い手がかなり少ないという現実があるようだ。たまにオークションに出品されることもあることから、上級魔法と同じ認識で、上級回復薬ハイポーションと呼ばれることもある。

 6等級魔法/回復薬ポーションは、更にその上となり、この等級が扱える魔法使いソーサラーは、宮廷魔術師クラスとされ、魔法区分としては、宮廷魔術師筆頭魔法と称されるほどに貴重なものとなる。効果は、現代医学をも超える部分欠損再生だ。相場は更に上がって100万Gほど。この等級の魔法が使えるだけで一生金に困らなくなるのだから、トレンの驚きも理解できる。

 因みに、6等級回復薬ポーションは市場にも滅多に出回らないため、アイテムレアリティも、国宝級トレジャーとして扱われるようになる。

 そして、5等級魔法/回復薬ポーションからは、この世界の住民にとっては非現実的な話に変わる。主に伝記や古書にて、過去にそういう物が存在していたという程度の認識になるのだ。

 具体的には、5等級魔法/回復薬ポーションが、英雄魔法とか、遺産級レガシーと呼ばれるクラスになり、効果は義足技術不要の四肢欠損再生。相場は推定1000万G以上。

 4等級魔法/回復薬ポーションまでいくと、伝説級レジェンドとして扱われ、分かっている効果も、どんな傷でも治すという抽象的な認識に変わる。もちろん、相場は不明だ。

 3等級魔法/回復薬ポーションは、古代魔法ロストマジック神器級ゴッズと呼ばれ、効果は瀕死蘇生。以前、マサトが熊の狩人ベアハンターのメンバーに使ってみせたレッドポーションや白妙の秘薬アラバスターポーションは、この3等級回復薬ポーションに該当する。

 2等級魔法/回復薬ポーション以上は、伝記上でも残っていないため、この世界の人間にとっては未知の領域となる。

 つまり、まとめると――

 薬学者アポセカリーの二人が、7等級の回復薬ポーションですら凄い発見なのに、宮廷魔術師が不要になる代物の6等級回復薬ポーションまで試作精製しちゃったよどうすんのマジ凄い! みたいな感じなのだろう。


(確かに…… そう考えると凄いことをしてる気がしてくるな……)


 尚もトレンの饒舌は続く。


「どの国も喉から手が出るほど欲しがるだろう製法であり、希少な商品だ。公国が攻めてくるきっかけにもなりかねないからな。惜しむべきは、公国のせいで販路を遮断されていることだ。この状況で公国と貿易するわけにもいかないからな…… あれを商材に出来ればかなり儲けられることは確実なんだが…… と、今どうすることもできないことを嘆いても始まらないか」


 後半は独り言のようにブツブツ言い始めたので、トレンを現実へ引き戻す意味も兼ねて、声を大きめにして返答する。


「取り合えず、薬学者アポセカリーの二人が凄い回復薬ポーションの生成方法を発明したっていうのは理解した。販売やその他もろもろはトレンに任せるよ」

「あ、ああ、任せてくれ。損はさせない」


 トレンは商売が本当に好きなんだろう。

 この話題の間は、眼の輝きと声のトーンが全く違う。

 そして、普段の調子に戻ったトレンが、続きの報告をしていく。


「街の復旧作業についてだが、取り急ぎ、倒壊した建物の建て直しや、市街にある荒れた畑の復興のため、土蛙人ゲノーモス・トードを呼び戻して、木材の伐採や運搬を手伝わせている」

「それは全く問題ないよ。上手く使って欲しい。むしろ土蛙人ゲノーモス・トードが役に立って何よりだよ」

「ああ。お陰で街も畑も、数日で大分元の外観を取り戻しつつある。この調子でいけば、後一月程度で元の様子にまで戻るだろう」

「それは良かった」

「屋敷に避難していた住民の数も順調に減ってきている。とはいえ、職を失った連中も多いから、炊き出しはまだまだ続けるつもりだ。ああ、元女王陛下方には、領主館の方へ移ってもらったぞ。ここに居座られても気を使うだけだからな」

「それは構わないよ。でも、これでようやく屋敷が自分の手元に返ってきたということか……」


 感慨深い。

 ふと、後家蜘蛛ゴケグモのアジトで泣いていた盲目の少女のことが頭をよぎった。


「そういえば、後家蜘蛛ゴケグモのアジトに捕まっていた人達はどうなった?」

「ああ、彼らなら身辺調査した上で、問題なさそうならそのまま解放したぞ」

「その中に身寄りのない子供がいなかった? 盲目の子がいたはずだけど」

「狐人族の少女か。その子なら屋敷で保護してるはずだ」

「そ、そっか。良かった」

「気になるなら後で挨拶に行ってやれ。ここへ来たときは、かなり怯えていたようだったからな」

「そうするよ」


 それから少し雑談を挟み、一息つくと、トレンが再び重い話題を振ってきた。


「次は、貴族達の反乱についてだが……」


 トレンとの報告会は続く――

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