【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

73 - 「嵐の前触れ」

「姫様、いい加減落ち着いてください」


 ローズヘイムより齎された援軍要請により、フロンの心は時化た荒海の如く荒れに荒れた。


「なんで西から土蛙人ゲノーモス・トードの大群が攻めてくるのよっ! ありえないっ! ありえないわっ!!」

「現実逃避も良いですが、ロサの村が土蛙人ゲノーモス・トードに占拠された事実は覆りません。今は他にやることがあるのではないでしょうか」

「そんなこと言われなくたって分かってるわよっ!! 直ちに各地へ伝令を走らせなさい! このままだとローズヘイムが堕ちるわよ!!」


 フロンのその発言に、ローズヘイムから来た使者だけでなく、その場に招集された大臣や騎士、レティセまでもが意外な顔をした。

 全員が抱いた疑問を、ブライ・ブマーニ大臣が代弁する。


「女王陛下、些か大袈裟過ぎはしませんかな? あの堅牢なローズヘイムを蛙如きに堕とされるとは考え難いですぞ。ドラゴンならまだしも……」


 その言葉に、フロンが鋭い視線を向けたが、ブライ大臣は臆することなく、ぷっくりと突き出たお腹を右手で撫りながら、少しカールした口髭を左手で摘んでやり過ごした。

 その太々しい態度に、近衛騎士隊長のオーリア・クトが苦言を呈す。オーリアは濃い藍色の長髪を胸元まで伸ばしている切れ長ツリ目の美人だ。胸の形に大きく膨らんだ胸当てが特徴的で、オーリアが動く度にその巨大な胸当ては上下に揺れる。


「ブライ大臣! 女王陛下に無礼ではないか!」

「ほぅ。先程の発言の何が無礼に当たるのか、非凡なわたくしには理解が及ばないところがあるようで…… 是非とも崇高なる近衛騎士隊長殿にご教授頂きたいところですな?」

「減らず口をっ!!」

「止めないか二人共! 女王陛下の御前だぞ!」

「ふんっ!」

「やれやれですな」


 オーリアとブライのやりとりを、ルーデント騎士団長が諌めるも、2人は悪びれた様子もなく、お互いに反目し続けた。

 王国アローガンスでは、女王陛下直属の近衛騎士団と、王国を守る王国騎士団の大きく2つの騎士団が存在する。近衛騎士団の指揮権限保持者は女王だが、王国騎士団の指揮権限は女王にあらず、王国騎士団長であるルーデントが保持者となる。そして王国騎士団含めた王国アローガンスの軍隊の出兵権限は、ここにいるフロン女王、ブライ大臣、ルーデント騎士団長のうち、2人以上の同意がなければ動かせられない決まりとなっている。つまりは、フロンが自由に動かせる軍隊は近衛騎士団のみで、国の軍隊を動かすにはブライとルーデント、どちらかの説得が必要不可欠だった。


「報告では、ロサの村を襲ったのは2万の土蛙人ゲノーモス・トードよ。そしてその土蛙人ゲノーモス・トード達は、ロサの村を拠点に変え、ローズヘイム側を警戒しているそうよ」


 フロンの言葉に、ブライがすかさず言葉を挟む。


「女王陛下、お言葉を返すようで申し訳ないですが、わたくしにはたった2万の土蛙人ゲノーモス・トードでローズヘイムが堕ちるとは……」

「ブライ大臣! 貴殿はまたっ!」

「オーリア。今は私とブライ大臣が議論しているのよ。控えなさい」

「は、はっ! 申し訳ありません……」


 ブライの物言いに再びオーリアが噛み付き、話を脱線させまいとフロンがオーリアを叱責した。その様子は、普段の癇癪を起こしているフロンとは異なる王としての威厳が含まれていた。

 叱責されたオーリアは、こうべを垂れて後ろに下がる。

 だがフロンは、何もただオーリアを叱責した訳ではなかった。オーリアを叱責することで、場の空気を支配しようとしたのだ。ブライは計算高い人間だが、同時に小心者でもある。フロンはそのブライの性格の隙をついた。

 そしてフロンの突然の剣幕に、ブライ大臣はその弛んだ顔の皮膚を引き攣らせた。

 場の空気はフロンの思惑通りに変わったと言っていいだろう。


「ブライ大臣、あなたには報告にある2万がどういう規模か分かってないようだから、女王である私が特別に教えてあげるわ」

「うっ、そ、そのようなことはなされなくとも……」


 ブライはフロンの威圧プレッシャーに気圧されながらも、何とか飲み込まれないようにと反論しようとする。


「いいから黙って聞きなさいっ!」


 フロンが王座の肘掛けへ拳を振り下ろすと、鈍い音がその場に響き渡り――、その直後、フロンの背後に無数の光の柱が発現し、蜃気楼のように揺らめいた。


「は、ははぁーっ!」


 その光を見たブライは、焦りながらもその場に跪く。俯いた状態から見える額には大量の汗をかいており、喉元についた大量の脂肪が喉を圧迫してピューピューと苦しそうな呼吸音を鳴らしている。

 だが、ブライはそれどころではなかった。

 王国アローガンスを代々統治してきたシャロン王家が代々受け継いできた適性「王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キング」によって、自身の適性や加護を消される可能性に、ただただ恐怖していた。


 ブライに続き、ルーデント騎士団長が跪く。

 その様子を見届けたフロンは話を続けた。


土蛙人ゲノーモス・トードは、先代の王の時代に一族全て根絶やしにしたと記されているのよ。でも、再び私達人間の前に現れた。根絶やしにされたはずの土蛙人ゲノーモス・トードが、自身を根絶やしにしようとした人間達に反旗を翻してね。これがどういうことだか分かるかしら? ブライ大臣」

「い、いえ……」

「では、ルーデント騎士団長はどうかしら?」


 名指しされたルーデントは、フロンの威圧プレッシャーに気圧された様子もなく、毅然とした表情で淡々と話し始めた。


土蛙人ゲノーモス・トード達が、ロサの村を占拠したというのが気にかかります。人間達の反撃を警戒するのであれば、今まで隠れていた住処に戻るのが自然。だが、そうしなかった。恐らく何か目的があってあの場所に留まっていると見ていいでしょう。もし私がロサの村からローズヘイムを攻めるのであれば…… 空か、もしくは…… そうか、地中、ですかな?」

「さすが団長ね。土蛙人ゲノーモス・トードは地中に穴を掘って住処を作る種族よ。その土蛙人ゲノーモス・トードが人間達の要塞のすぐ側に住処を作るとは考え難いから、まず間違いなくローズヘイムの要塞内へ穴を掘っているところだと思うわ」


 すると、先ほどまで大人しくしていたブライが再び口を開いた。


「し、しかしですな、たとえそうであっても2万でローズヘイムは……」

「誰が攻めてくるのが2万と言ったかしら?」

「は……? じょ、女王陛下がご自身で……」

「私はロサの村を襲撃したのが2万と言っただけよ。私達が戦争してる北の蛙人フロッガー達も、今回の土蛙人ゲノーモス・トード達も、同じ種族よ。過去の戦でも同じ記録が残ってるわ。奴らが攻めてくるときは、本体に先遣部隊の5倍以上の数が控えてるとね。奴等が攻めてくるときは、決まって増えすぎた一族が住む土地が足りなくなった時よ」

「5、5倍!? だとすると10万ですぞ!? そ、そんな大軍で攻められたとすれば、さすがにこの王都もただでは済みませぬぞ!?」

「だから私は早くしないとローズヘイムが陥落すると言ったの。ローズヘイムが土蛙人ゲノーモス・トードに占拠されてみなさい、あいつらはすぐ繁殖して増えるわよ。そしたら最後、北の蛙人フロッガーと2面攻撃されて王都は火の海ね」

「そ、そんなことが……」


 ブライが絶句する中、ルーデントが蛙人フロッガーとの戦について言及する。


「しかし、我らは北の蛙人フロッガーと戦争中。その状況下で更にローズヘイムへ援軍を出す程の余裕は軍にありません。既に最低限の兵数で巡回と警備に当たっている状況ですので」

「分かってるわ。北の蛙人フロッガーを殲滅する包囲網を指揮したのは私だもの。だから、各地を治める貴族達へ出兵命令を命じます」

「貴族達は、応じるでしょうか……」

「応じさせるのよ。と言っても、ちゃんと兵を出してくれるのはヴィッテン侯爵とリウドリフ侯爵くらいかしらね。ザクセン辺境伯からは期待できないわ。あそこはハインリヒ公国との国境線にあるし、今は小競り合いが続いてる状態だから」

「ハインリヒ公国と協定を結ぶことは……」

「……その話は済んだはずよ」

「はっ! 失礼を」


 ルーデントの協定提案を聞き、フロンは露骨に機嫌を悪くしたが、ルーデントは顔色を変えず、ただ頭を下げるだけだった。


(全く…… ブライもルーデントも一筋縄ではいかないわね)


 結局、王国騎士団含め王国軍の大半は、北の蛙人フロッガー掃討作戦へと出ているため、ローズヘイムへは地方貴族の助力を要請する形で決議された。



 ◇◇◇



 王の間から退出したブライは、ルーデントの前で悪態をついた。


「女王陛下はわたくしたちを何だと思っているのだ! 命令を聞くだけの犬に成り下がった覚えはないですぞ! 終いには王の傲慢アローガント・オブ・ザ・キングをチラつかせて脅すなどっ! 女王陛下のすることとはとても思えん仕打ちだ!」

「ブライ大臣、女王陛下の悪口など…… どういうつもりだ? 反逆罪で捕らわれたいのか?」

「わたくしを反逆罪で捕らえるようであれば、いずれこの王都は遅かれ早かれ廃れるでしょうよ。それよりもルーデント卿、卿は国の法を権力で捻じ曲げるような現状が正常だとお思いですかな? わたくしはそうは思いませぬぞ。少なくとも、先代のインディ女王陛下の時はそうではありませんでした。今の陛下は蛙人フロッガー共に過敏になり過ぎている!」

「ブライ大臣! 口が過ぎるぞ!」

「そうですな。些か頭に血がのぼってしまっていたようです。甘い物の取り過ぎですかな。いやはや、歳をとるとカリカリしてしまっていけませんな。こんなことであれば大臣失格だ。お見苦しいものをお見せしてしまった卿に、何かお詫びをさせてほしいのですが」

「要らぬ気を回さずとも大丈夫です。誰にでも気の迷いはあるもの。先ほどの言葉は誰も聞かなかった。それだけでいいでしょう。では、私は用事がありますのでここで失礼を」


 ブライの発言に、ルーデントは言葉でこそ怒りを表したものの、その表情は一貫してあまり感情の篭っていない無機質なものだった。

 その場から立ち去るルーデントの背中を、ブライは元々細い眼を更に細くしながら見送った。


(何を考えているのか分からない薄気味悪い奴め。女王陛下の愚痴を吐けばこちらに靡くかと思ったのだが、勘違いだったか。奴も女王陛下には愛想を尽かしていると感じたのだがな)


 ブライが今の地位を確立できたのは、先代インディ女王が政に無関心だったことが大きい。先代の時代に政に介入し、莫大な富を得たブライだったが、当代のフロン女王は、インディ女王とは正反対の性格だった。フロン女王は、積極的に政に参加し、家臣の私腹が肥えるだけの政策や法を徹底的に排除していったのだ。これによりブライの収入は激減するのだが、ブライがフロン女王に良い感情を抱かないのは当然のことだとも言えた。


(見世物小屋からラミアが逃げ出したせいで、利益が更に減ったのは確かに痛手ではあるが、フロン女王の規制の後押しになる材料を与えてしまったことが一番の痛手だな。これでは亜人同士を戦わせるコロシアムの建築に支障が出る。なんとかせねば……)


 まん丸と突き出たお腹をさすりながら、ブライは人気のない通路をゆっくりと突き進む。そして城壁塔へ着くと、そこから見える市街を見下ろした。これはブライの数少ない日課でもあった。高みからから市井しせいを見下ろすことで、自身の自己顕示欲を満たす為であったが、その行為の意味を知る者はいない。

 ふと、先ほどの別れたルーデント卿が路地の片隅へと消えたのが見えた。


(ルーデント卿……? 何故あんな裏路地に……いや、確かあの路地は娼館へと続く道。身持ちの固い男だと思っていたのですが、いやはや、彼も一端の男だったということですかな? これは良い発見をしましたなぁ。ふむふむ)


 陽が雲に隠れ、遠方からは黒々とした積乱雲が見える空の下で、ブライはルーデントが消えた路地を見ながら、意地の悪そうな笑みを浮かべるのだった。

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