シスコンと姉妹と異世界と。

花牧優駿

【第187話】父と迷子なチビっ子と⑯


「(いやはや……助かったわぁ……)」

 頭の中で、姿の見えないナビ子に話しかける。

「(しながら話しかけてくるのはご遠慮頂きたいのですが……)」

「(フェリはどした?)」

 流すものを流してナビ子に話しかける。

「(よく分かりませんが、凄い内側に引きこもってますね。何かあったのでしょうか?)」

「(さあ? 悩ましい時期なんじゃないか? まぁそのうち出てくるだろ)」

「(フェリが立ち直らないと、わたしが現界出来ないんですよね……)」

 受肉対象に引きこもられちゃどうしようもないか。
 とりあえずトイレから出る。
 すると、ナビ子が霊体のまま姿を現す。
 ナビ子に関しては、フェリと違って俺以外の誰にも見えない存在だ。

「姉さんたちも授業で居ないしな……」

「確か、冷蔵庫の中に昨日エリーゼ様が作ったお惣菜があったと思います。フェリが伝言を頼まれていた筈ですが……」

「まぁもちろん聞いてないよね」

「ですよね……」

 てなわけで取り出して、

「『熱源魔法レンチン』!!」

 ただただ温めるだけの魔法。
 魔法と言えるのかも微妙なところかもしれないが。

「ナビ子にも食わせてやりたかったんだけどなぁ〜……」

「毒味役は辞退させていただきますよ?」

 俺の姉に対してなんて失礼な。
 そこまでやばくはないだろ……多分。

「お、肉じゃが作れるようになったのかぁ。どれひとつ……、ん、ちゃんとじゃがいもに味も染みてるし美味いじゃん」

「美味しいのでしたら、それは食べてみたかったですね……」

 折角だしユイに持ち帰ってやろう。
 棚から容器を取り出して、少量肉じゃがを詰める。

「いや、こっちに転移すりゃいいのか?」

 そう気付いて手を止める。が、
 ユイはどうするんだろう?
 どこから帰るのか分かんないし……、とりあえず肉じゃがは持って行って、二人で食ってから話を聞こう。そう決めた。




 ___そんなわけで。


「とりあえず朝シャンするかな……」

 ユイもまだ寝てたし、特段やることもないので風呂へ。
 ササッと身体を流して、魔法でお湯を張った湯船へダイブ。

「飯食って、ユイ送って、学校行って……、まぁ授業は出れなくても皆に顔見せるくらいはしてもいいか」

 行動予定を立ててみた。基本的にはこれでいいだろうが、あとはまぁユイ次第になるだろうか。

「お兄ちゃーん? ここの机の上に置いてあるやつって何ー?」

 シャワーの音で起こしてしまったか、ユイの声が響く。

「肉じゃがー。食べてていいけど、俺の分少し残しといてなー」

 ……、返事が無いけど大丈夫だろうか。

「……食べらんなーい!!!」

 ユイが爆発した。
 とりあえず、風呂を出ることにしよう。子供の癇癪を放っておくのはよろしくないだろう。

 五分くらいして着替えまで済ませると、

「肉じゃがの前で正座してどうしたユイ……」

「フォークとか無いんだもん……」

 あぁ……、食器忘れてたか。どらどら……。

「ちょっと待っててな……。『投影魔法トレース』!!」

 箸を二組。イメージするまでもなく、掌の中にあの二本の感触が生まれる。

「すっご……」

 ユイが驚いた顔は初めて見たかもしれない。ちょっとしてやったりな気分だ。

「今の……どうやったの? 何にもないところからお箸出てきたけど……」

「『投影魔法トレース』って言ってさ、ざっくり言えば想像を現実に引っ張り出す……みたいな?」

「こっちに聞かれてもわかんないよ!」

「す、すまん……。ま、まぁ、作った箸が形を保っていられる時間にも制限はあるから、早いとこ朝兼昼飯済ませちまおうぜ」

 そのまま、取り皿も投影トレースして机に並べる。とりあえず一時間は持つように作ってある。無論、落としたりしなければだが。

「はーい。……いただきます」

 二人で手を合わせて食事を摂る。ふと気付いたのだが、ユイは難無く箸が使えている。この世界の大半の人間は箸の扱いに不慣れ、或いは知らないというのに。
 ユイってもしかして元日本人なのか?

 ……なんて、聞くに聞けないけどな。

「……どうだ、いけるか?」

「? 普通に美味しいと思うけど、なんで?」

「いや、それ作ったの俺の姉さんなんだけどさ、姉さんってば結構料理は修行中みたいなもんでな」

 俺の言葉を聞いたユイは、ハッとしたように俺に詰め寄り、

「わたしを毒味役に使ったってこと!?」

 と、凄んできた。

「違う違う。ちゃんと味見してから持ってきてるよ。ただ、あんまり外でこの料理を出してる店とかは無いからさ。食べたことないんじゃないかと思って」

「なんだそういうこと……。食べたことあるよ。『肉じゃが』でしょ、これ? ウチでも偶に食卓に並ぶよ?」

 ビバ日本家庭。ただ、本人のトーンから察するに、ユイ自身は日本人ってわけじゃなさそうだな。

「あ、でも具材は違うかも。この辺は各家庭によって違うものなのかな?」

「多分な。地域によっては使われる出汁も違うみたいだし」

「へぇ〜。お兄ちゃん、料理詳しいんだね。魔法も凄いの使えて、料理もできて……、絶対学校でモテモテでしょ!?」

「モテモテってなぁ……。一人、剣技で全く俺が敵わない奴がいるんだけど、そいつは本当にモテるな。一時、机の中にどっさりと(おそらく)女の子からの告白の手紙が入ってたのを見たことがあったんだ。そいつに比べれば俺なんか……、ある程度実技は出来ても座学とかはからっきしだしなぁ。むしろみんなに助けてもらう事の方が多いかもしれないし、モテモテには程遠いだろ。姉さんの友だちは良くしてくれてるけどさ」

 「いいねいいね。そういう話が聞きたかったんだ〜。いいな〜羨ましいな〜。食べ終わったらお兄ちゃんの学校連れて行ってよ!!」

 学校連れて行ったとして、ロリコンとして祭り上げられた挙句、誘拐の現行犯で逮捕とかにならないだろな。
 そこはかとなく断る方向で行こうかな……。

 「いや、でもさ、ユイが学校に来ちゃったらどうやって帰るんだ? すんごい遠回りになったりしないのか?」

 「むしろすんごい近道になるよ! 学校に転移門があるのは知ってるもんね!!」

 あぁ、作戦失敗。こりゃダメだァ、お手上げ。

 「はぁ……分かったよ。そしたら今から直接学校に跳ぶか……。外は晴れてるし、屋上で食べるのも乙なもんだろ。どうせ授業中で誰もいないしな」

 超緊急時に備えて、ナビ子に地点登録させておいたのがここで役に立つとは。寝坊して遅刻しかけた時用にと考えていたのだが……(実際には、しっかりした姉妹に起こされて一緒に歩いて行くんだけど)。

 「(そういやナビ子、ちょっと姿見せられるか)」

 「(どうしました?)」

 ナビ子さん、何故か夏場の自転車の後ろが似合いそうなワンピと麦わら帽子で登場。季節感もへったくれもない格好に面食らった。

 「(……、ここの支払いってどうなってるんだ?? フェリ任せで全然わかんないんだけど)」

 「(少々お待ちください…………………………………………、済んでいるそうです。『平日は休憩も一泊も変わらず三千円ポッキリなんだって!』だそうです)」

 お待ちくださいからの少しの間に、当人たちでどんなやりとりがあったのだろうか。引きこもっていたはずのフェリが調子を取り戻したとみえる。

 「(そかそか。手間取らせてすまないなナビ子。埋め合わせは今度フェリの身体を受肉したときにでも)」

 「(はい、期待していますね。それと、屋上の座標は固定してありますので、何時でも跳んで平気ですからね)」

 と、言い残して消えていくナビ子。
 なんて気の利く精霊だこと。
 ……、とりあえず扉だけ開けて出ていけば、チェックアウトしたのにも気付いて貰えるかな。部屋の鍵はドアノブにでも差しっぱなしにしとけばいいし。

 「……ごちそうさまでした」

 「ん。お粗末さまでした。結局食べちゃったのか」

 「だってお兄ちゃん急に黙り込んじゃうんだもん」

 「ああ……、すまん。ちょっと考え事してた。跳ぶ前に確認だけど、フィーナさんはいいのか? わざわざこっちまで探しに来てたんだろ?」

 「いいのいいの。置いてっちゃっても自力で汽車でも徒歩でも帰れるんだから」

 「発送が最早暴君の域だぞ。本当に子供かお前」

 「えぇ!!!???」

 「なんでユイがビックリしてんだ?」

 「い、いや、何でもないよ。ほら、早く行こ?」

 「……、ちゃんと手握っとけよ。跳べるのは俺の身体に接触してるものだけなんだからな。……『転移魔法テレポート』起動オン!」



 視界が光に包まれて十秒ほど。ようやく見慣れた景色に帰って来れたのだった。

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