シスコンと姉妹と異世界と。
【第180話】父と迷子なチビッ子と⑨
店を出てすぐに俺たちはコソコソと裏路地へ入った。
何もいかがわしいことをしようというわけじゃない。
俺の隣を手を繋いで歩く、家出系箱入り娘に変装を施すのだ。
「金髪で、髪の長さは肩までくらいにしとけばいいよな……。ちょっとすまねえけどさ、髪の毛一本だけくれないか?」
「? いいよ?」
頭上に『?』マークいっぱいのユイ。
よく分かってないながらも、素直にプチッと髪の毛を抜いてくれた。
幼女の髪の毛……、好きな人は好きなんだろうか。
「『増幅魔法ッ___ヅラジャナイカツーラ』!!」
呪文に関しては適当だが、俺のではなくユイの髪を使ったのには理由がある。
俺がロリコンだから?
いいやそれは違う。
俺が好きなのは妹とか姉とか身内属性だからだ。
「これがカツラっていうやつ!? 凄い、初めて見た!!」
「女の子は『ウィッグ』って言うらしいぞ? よくわかんないけどな。ほら、これで地毛と上手いこと留めとけ」
そう言って髪留めピンを手渡す。
当然の事ながら、今回のことを予見してピンを予め用意していた訳では無い。
姉さんが前にこれを紛失したことがあって、偶然俺が見つけるも姉さんは既に新しいものを買っていて、返すタイミングを失っていたものだ。
何の装飾もない、タダの無機質な金属。
あげちゃっても問題無いだろう。
「うん! これって、すぐ使い終わったら消えちゃうの?」
「色が抜けるかもしれない、元のユイの赤色に。でも一週間に一回、魔力を流してやれば長持ちすると思うぞ」
ユイの赤髪は魔女に起因するものらしい。
となれば魔術的リソースとしてかなり有用なのではと考えたわけだ。
ユイの髪を百万円として、それを一本一円の作り物百万本に両替した……みたいなイメージか。
俺はチート持ちのせいか一本百円くらいで作れているかと思う。
単純な最大出力なら、並の人と比べれば百倍くらいあるらしい。
実感の域は出ないのだが。
「やった! これで今度からも使えるね!!」
二度目の脱走予告……、聞かなかったことにしよう。
「お父さん以外の男の人から贈り物されたの、お兄ちゃんが初めてかも!」
「……そっか。まっ、変装は完璧だろ。早く用事済ませちまおうぜ」
ちょっとユイの言葉が嬉しかった。不覚にもキュンと来たというか。無邪気って怖いわね。
歩いて数十秒。
ミノルさん指定の仕立て屋に到着。
中に入ってみると、思っていたよりも洒落っ気が強めの店構えで安心。もっと荘厳で、五十歳くらいにならないと立ち入り難いような店のイメージだった。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
白髭を蓄えた初老の男性が話しかけてきた。
持っている杖が剣になりそうな雰囲気がある。幾つもの修羅場を潜り抜けてきた猛者の様な。
「あ、えっと……、ミノルさんから紹介されて来たんですけど……」
「左様でございますか。お話は伺っておりますとも。して、そちらの方は……」
まずい。デュボワ商会に仕えるこの人が、ウチの家族構成を知らないってことは無いだろうし、妹だって言い訳が出来ない。
「ショーさんの、彼女です」
「ほほ、成程。道理でお忍びのご様子。納得いきましたぞ」
変装のことまでバレているようだ。いっそユイの身元含め正体暴いてくれたら、俺も気が楽になるんだけど……。
「どうしても耳が目立ってしまうもので。こうして隠してやれば、周りの目も気にせずに二人で外に出られますから」
俺はユイの頭を撫でながら、正直に告げた。
脱帽だ、敗北宣言だ、と。
「若いとはいいものですな。老兵シルバ、お客様の秘密はしかと守ります故」
シルバさんっていうのか。覚えやすい。
「ええ、よろしくお願いします。まだ家族にもこの子のことは話していませんから。秘密のお付き合い、ってやつです。な?」
「う゛んッッ!」
「いや、そんな急に泣くなよ……」
謎のガン泣きである。
「そんな風に、想ってもらえてるなんて、聞いたことなかったから……」
やっぱり、普段から寂しい思いをしてきたのかもしれないな。思わず再び頭を撫でてしまう。
「こちらの三点の中から一着選んで頂きたい。会長のご要望に添え、尚且つショー様の様な若い世代にも似合うものというと、これらがよろしいかと思いました」
「じゃあ……、ユイも指差してみてよ。この三つでどれが俺に似合うか。せーのっ」
俺もユイも、黒のストライプを選んでいた。悩んだのがグレーの同じくストライプ。悩まなかった一着は、見た目が完全にダンディ坂野だった。ガチチョイスでなくミノルさんの遊び心だと信じたい、
「それじゃ、これで決まりです」
「確かに。奥で採寸等を行いますが、お連れ様もご一緒しますか? 彼のキメた姿を最初に御覧になってはいかがでしょうか?」
シルバさんがユイに水を向ける。
「はい! 是非お供します!!」
扉を潜り、一つ奥のスペースへ。ここなら誰かに見つかることもないだろう。
「それでは、ショー様をお借りしますので、こちらで少しお待ち下さいませ」
奥のスペースの中には着替え部屋があるようで、そこにシルバさんが俺を促しつつ、ユイに声を掛けた。
「はい」
恐らく靴を履くための椅子にユイは腰掛けていた。
「さて、我々も行きましょう」
「あ、はい」
部屋に入る。部屋というよりはウォークインクローゼットといった感じで、そこに着替えられる空間が少しプラスされているくらいの広さだ。
「さて、ショー様。着方は分かりますかな?」
「ええ。以前着たことがあるので、なんとか」
「左様でございますか。それでは少し老いぼれとの小話にお付き合い下さい」
手を動かしつつ、服を脱ぎつつ、シルバさんの方へ意識を向ける。
「彼女様のお名前はなんと?」
「ユイです」
「ユイ……様ですか……」
なんとなく、シルバさんが噛み締めるように言った。
「ユイが何か?」
「彼女のことはどこまでご存知で?」
「どこまで……とは?」
シルバさんは何か、ユイについて知っているようだ。
「いえ……、彼女の口からはあまり自身のことは聞かされていないのですね?」
「ええ。とりあえず、小さい時からずっと寂しい思いをしてきたらしい、ってことくらいですかね。あとはあの髪色だし、魔女教に狙われる可能性を孕んでるってのは……」
「ええ。確かにそれもそうです。そこは彼氏である君が命を懸けて護ってやらねばならないでしょう。しかし、本当に重要なのは……」
シルバさんは一旦そこで言葉を区切った。
沈黙が続いた。
言葉を紡ごうと、息を吸ったところで。
「カ゜ッッッッ!?」
シルバさんはそのまま床へと倒れ込んだ。
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