シスコンと姉妹と異世界と。

花牧優駿

【第172話】父と迷子なチビっ子と

 


 北海道での任務から数週間。
 商店街を舞台にした仮装カボチャ祭りも終わって、なんとも言えない虚脱感に包まれたころ。

「ショー、放課後ちょっと応接室に来い」

 と、リーヴァ先生からお達しを受けてしまった。
 クラスの連中からは何やらかしたのかと質問攻めに遭い、ローズには生ゴミを見るような顔をされ、モーリスには笑顔で送り出された。

「おまたせしました。ショー・ヴァッハウです」

 ノックをして中へと問い掛ける。

「ショーくん? 入っていいよー」

 中からはアリスさんの声が。
 先生使ってまで、なんでわざわざ俺を呼び出したんだろう?

「失礼します」

「おお、君がショー君か。娘の手紙に書いてあった通りの少年だな。娘や会社諸共大変世話になってしまって申し訳ないな」

「ちょ、パパ!」

 いきなり知らんオッサンに握手された。
 まぁアリスさんの手紙の件はそのうち問いただしてみよう。

「パパ?」

「とりあえず、座って話そうじゃないか。……すまん、自己紹介が遅れたな。私はこういう者だ」

 名刺を差し出された。
 さすがビジネスマンと言ったところか。寧ろ会長だったっけ。

「ミノル・デュボワさん。ガッツリだな……」

「娘から話は聞いている。君も元日本人なのだろう?」

「え、ちょっ!?」

「大丈夫だ。人払いは済んでいるし、盗聴の類も無いよ。そこら辺は娘がくれているからな」

 ウインクでアリスさんが応える。

「まぁ、ミノルさんの言う通り僕も元々日本人です」

「箱根での土砂崩れに、先日の北海道での調査任務。改めて礼を言わせてもらおう」

 深々と頭を下げられてしまった。
 こういう人柄が成功の秘訣だったりするのだろうか。
 権力にふんぞり返るような人じゃなくて良かった。

「いやいやいや、僕なんかとてもそんな……」

「謙遜するんじゃない。君の父譲りの活躍は、軍のあいだでもちょっとした話題を呼んだんだぞ?」

「軍? なんで軍が……」

「私の商会では軍にも物資を提供していてな。その伝で色々と話も聞くものなんだ。あの……なんだ、フィーナといったか。あの若い娘と任務を共にし九尾討伐を果たしたろう? 当然任務の一環であるが故に報告書は上がる。まぁそういうことだ」

「なるほどです……」

「そこで、今日君を呼び出した本題だ。今週末、王宮で我が商会主催でちょっとした立食パーティー的な催しを行うのだが、そこに君を招きたいと思っている」

「いやいやいやいや」

「なに、君一人で来いとは言わないさ。うちの娘も当然居るし、君の姉や妹、友人たちも連れて来なさい」

「なんで王宮まで……。お偉いさん相手とかシンドいですよ正直……」

「ははは。正直で何よりだ。ただなぁ、今朝急にフィーナ嬢からお前を指名されてしまってな。最近フィーナ嬢は王女のお目付け役となったらしいのだが、その際に任務の話を聞かせたそうな。したらば、王女は本人の口からもっと詳しく話を聞いてみたいと仰ったそうでな。来てくれないと私の首が飛ぶ、とのことだ」

「そんなの狡いっすよ……」

 ミノルさんの隣でうんうんとアリスさんも頷いている。

「まぁ召し物はこちらで用意しよう。得意分野であるからな。勿論金など取らないから安心していいぞ。サイズは……、制服と同じでいいか?」

 正直姉さんは変わらないだろうが、入学から半年も経てばローズの方は色々と成長している気がする。

「まぁそれは明日にでもわたしの方で採寸しておくから」

「そうか。すまんなアリス。よろしく頼むよ」

「はいはーい」

 なんだかんだでこの父娘も上手くいっているようで何よりだ。
 俺が入学した当時はまだアリスさん僕っ娘キャラだったわけだし。
 時の流れを痛烈に感じる。

「ここまでで何か質問は?」

 色々あるけど言ったところで覆りそうもない。
 もっと言えば俺はそんなパーティーなんか出たくない。

「いえ、大丈夫です」

「(わたしは是非行きたいんですけど……)」

 応接間にはソファーが四つある。向かい合う二つに座るのはアリスさんとミノルさん。
 その向かいには俺。そして。
 フェリの身体を借りているナビ子だ。
 普段のフェリは目の色がアメジスト色なのだが、ナビ子が身体を借りているあいだはその片方が栗色に染まるのだ。
 ただ、身体の制御はナビ子任せでも、意識はちゃんとフェリのが共存してるらしい。
 以前試した時、一つの身体で同じ声なのに二人に話しかけられるという貴重な体験をした。

 恐らくアリスさんには、目の前に下着姿にほど近いフェリが、ピンと背筋を伸ばしてソファーに腰を下ろしているように見えているのだろう。
 勿論フェリとの契約の無いミノルさんには、まるで見えていない。フェリの存在を認知していない以上、ソファーが沈んでいる事すら認識出来ないはずだ。

「(大丈夫、行くから。この状況で断るとかそんな度胸の持ち合わせは無いからさ)」

「それでは、金曜日に迎えの者を寄越そう。それとこの後なんだが、ショー君にはこちらへ向かってもらいたい」

 と言ってミノルさんは懐から紙を取り出し、サラサラと地図を描き俺に手渡した。
 軽く目を通すと我が家から矢印が伸びていた。
 最短ルートまで示してくれるとはなんと親切な。

「そこでは君のスーツを作るように手配しておく。急な申し出で申し訳無いが……」

「さっきパパはわたしに任せる、って……」

「いやなに、折角元日本人の男に出会えたんだ。本当に良い物を用意してやりたいからな。スタッフが作業する時間も踏まえたら早い方がいいだろう」

「そういうことなら……」

「別に君の姉や妹たちのドレスがダメなものだという訳では無いから安心してくれ。如何せんこの世界で男がスーツ、というか正装に袖を通す機会は多くないからな。女性は着飾ると言ったら直ぐにドレスとなるが……」

「まぁ、僕もどうせ着るのは今回だけだし、適当なのでいいかなと思ってましたし……」

「そういうことだ。大半の客はそんな意識の元であるから、ウチの男モノの品揃えはユニ○ロ的だ」

「パパ、微妙なニュアンスで実在するやつディスるの止めてってば!」

「ディスってなんかないぞ? そこそこの品でそこそこの値段でそこそこのお洒落が楽しめる。ほら?」

「ほら? じゃなくて……」

 アリスさんは呆れて溜め息混じりだ。

「一旦帰って荷物だけ置いてから向かっても平気ですか? 閉店までの猶予が無ければアレですけど……」

「いや、一向に構わぬ。店は君の住む寮からもここからも歩いて行ける距離ではあるからな。コッソリ魔法でも使って飛ばせば……な?」

「閉店八時だから慌てなくていいわよ、ショー君」

 それなら確かに余裕があり過ぎるな。
 魔法使ってまで焦って行く必要は無さそうだ。

「それでは、そろそろ私は帰る。まだ沢山判子を押しまくらなくちゃいけなくてな……」

「ほらほら、現場で足となって働くよりは楽なんだから、音を挙げずに頑張ってねー」

 まるでアリスさんが奥さんのようだ。
 そんな声に背中を押されながら、トボトボとミノルさんは応接室をあとにした。
 その背中はまるで月曜日の父親のようだった……。




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