シスコンと姉妹と異世界と。
【第156話】北の幸⑰
ショーたちが海鮮に舌鼓をうっている頃。
この国のとある一室にて、獣耳の見習い女兵士は孤軍奮闘していた。
「ねえねえフィーナお姉ちゃん、なんか最近面白い話無いの?」
目の前に座る女の子のこの一言が始まりであった。
「もうそろそろ、私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶのは止めて頂けませんか? 外の者に聴かれたら私の首が飛びます」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん! なにか楽しい話はない? 基本的にはわたしはずっとここの中で暮らしてるから、毎日が退屈でしょうがなくて……」
「それを聞けば今日の課題が捗りますか?」
「うん! 絶対出来る!!」
やったー、と目の前の女の子はぴょんぴょん跳ねる。
「おじさんがたまに外に連れ出してくれるくらいで、あとはずっとお勉強。仕方ないけど、やっぱり飽きちゃうもん」
そんなことをしでかす危ないおじさんは、自分の知る限りではあの人しかいない。
「おじさんというのは、アレクサンダー大佐の事でしょうか?」
「そう! ごはん食べに連れて行ってもらったりね、お花畑に行ったりね、他にも……」
少女が指を折りながら答えていく。
ほんと、あの人は何をしてくれているんだろうか。国王やその周辺に知れたらどうなることやら。
目の前の少女はこの国の王位継承権を持っている。つまり王女だ。
何故、自分がこの少女と共に居るのかと言えば、先日の九尾討伐によって一つ新たな称号が与えられたから。
『王女護衛見習』
要するに、そこらの貴族における執事のようなものだ。
護衛対象と性別が同じというのも任命された一つの理由だろうか。他にもわかりやすい理由はあるが、それはまた後日。
目の前の少女はまだ十歳なので専属の教師を家の方が雇い、独りで初等教育を受けている。で、今はそこで課された宿題をやっていた最中である、のだが。
「かくかくしかじか……」
とりあえず、先の九尾との戦いの話を掻い摘んで聴かせた。
最近、王女に聞かせる話の定番ネタになりつつあるが、ちょこちょこと小出しにする事で消耗を減らしている。
「わたしも学校行ってみたいな……。あのおじさんの子供ってことはさ、わたしと年齢も近いでしょ!? お友達になってくれないかな……」
少女の家柄故に少なからず遠慮はされるだろうが___彼にとっては些細なことと一蹴出来るのかもしれない、そんなことは間違っても顔にも口にも出さない。
「きっとなれますよ。そうだ、それでしたら___」
「(さてどうしたものか……)」
サニーは考えていた。
今は女子全員で湯船に浸かっている。他愛もない話に盛り上がりながらも、気持ちは宙ぶらりん。
整理がつかずに着地しないのは、水の中に身を置いているからだろうか、なんて考えていたりいなかったり。
サニーの頭を悩ます議題とは___今後の人生設計やもっと現実的なところで言えば近々来たるクリスマスの過ごし方などでは無く、
「(このあとどうしよ……)」
もっと単純に、今ここにいない少年に対してどう振る舞うかを決めかねていた。
現在進行形で一方通行な恋心を持て余していたのだ。
アリスからの宣戦布告を受けた上で、今夜は二人きり(の予定)となれば、年頃の女子だしそれなりのことは考えてしまう。
ただ相手は未成年の子供なのだ。時たま三つ四つ上に感じるような時もあるが、まだまだ若干十二の一年生。色々早過ぎる。
万が一、今日にでも一線を越えたとして。
少なくとも今のこの面子で顔を合わせる回数は大幅に減るだろう。それこそ、三人の仲に亀裂を生み出してしまうかもしれない。
まぁ、色々理由を並べたところで、社会的枠組みを三段飛ばしで飛び越えていく真似をする勇気も無い。
失うものが多すぎる。
支払う代償が大き過ぎる。
恋は博打感覚でするものではない。
そう言い聞かせて、サニーは考えるのを一旦放棄した。
「……、どうしたのサニーさん?」
ローズちゃんに気付かれてしまったようだ。
ショーくんの一つ下の妹で、背が小さく、おっぱいの大きい子である。
今現在ここにいる面子においては、クラリスさんに次いで二番目の大きさだろうか。だいたい今のアリスと同じくらいか。
ただ四年後、今のクラリス、アリス両名と同じ年齢になったとき、ローズちゃんは今の二人を超えているだろう。
とても羨ましい。
しかしだ。
だがしかし、大き過ぎれば実戦において運動の妨げにもなるし、肩も凝るし。
現状のわたしですら凝るんだから、そのうちローズちゃんも悩まされるのだろう。腰まで響きそうな気もするけど。
「ちょっとね、考え事」
「サニーさんにも悩み事あるんですか?」
この子は普段わたしをどういう目で見ていたのだろうか。
誰の影響だろうか。
後で問い詰めるのもありかもしれない。兄の方に。
「そりゃあるわよ、女の子なんだから。ローズちゃんだってあるでしょう?」
「たまーにですけど、あるかもです」
意外と、ローズちゃんとサシで話すのは初めてかもしれない。
周りに誰もいないってわけではないが、普段は誰かが居て三人以上の時に話していたと思う。
「何のことで悩んでたんですか?」
と、ローズちゃん。
ズバッと聴ける素直さみたいなものは、お姉様譲りということなのだろう。
ショーくんなら、色々と考えすぎて聴くか聴くまいか悩んで黙っちゃいそうだなぁ……。
「んー、将来のこととか」
嘘だ。
いや、厳密に言えば嘘の範囲には入らないのだろうが、はぐらかしたのは間違いない。
「卒業まで半年切ってるけど、その後どうしようかってのはまだ見えてなくてね。本当ならもう決めてなきゃいけないのかもしれないけど……」
「進路かぁ……。わたしもお兄ちゃんに話したことがあって。そしたらなんか難しい返しをされちゃって」
「難しい?」
「えっと……」
ローズちゃんは目を閉じながら、
「『今から未来に道が伸びてるんじゃなく、今から過去へ道が伸びてるんだ。それを未来へ向けて逆走してるって言うのかな。当然未来側への道は伸びてなくて、一歩一歩手探りだ。当然過ぎた時間は戻らないからその道は一方通行だ。でも振り返ったりは出来る。先のことなんか誰にも分からないんだから、過去の自分と向き合って考えたら良いんじゃないか?』って。わたしにとっての過去なんて、物心つく前を引いたら七年間くらいなんですけどね」
そう言って笑った。
とてもショーくんから出た言葉とは思えないくらい、しっかりとした芯を感じる話だ。
ローズちゃんの物覚えの良さにも驚いたが。
難しいと言いながらも、あんなにスラスラと他人の言葉が出てくるものだろうか。
お兄ちゃんの言葉はちゃんと聴いてる、ってことなのかな。
なんか妬ける。
「あはは、確かにね。二十歳くらいで将来の選択を迫られるっていうならまだしもね。わたしたちみたいに十四、五歲でってなると難しいね。でも、言ってることはわかるかも」
「お父さんの受け売りだ、って言ってましたけどね。妙に深い事言うなーと思って聞いてみたら」
「納得いったわ。あのショーくん発信だとは思えなかったもの」
「へっくし!」
飛沫爆裂。
「女性陣は何話してるんだかなぁ……」
(ショー様の噂話でもしているのでは?)
ナビ子さんである。
他人からは見えないが、今はバスタオル一枚を纏った姿で一緒に湯船に浸かっている。
なんとびっくり、ベランダに露天風呂が付いていたのだ。さすが高級志向と言ったところだろうか。
温泉の成分か、浴槽の床が滑るのはアンケートに書いておかねば。おかげでケツが痛い。
「なんか悪い事したかな……」
(噂話は悪い話だけではないと思いますよ?)
「だと思いたいよ……」
手を前に伸ばすが、虚空を掴むだけですり抜ける。
(なぜわたしの胸を鷲掴みにしようと?)
「てへぺろ」
(十割がた悪い噂をされてしまえばいいです!)
ナビ子にも見捨てられた。
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