シスコンと姉妹と異世界と。

花牧優駿

【第110話】日常の終わり⑤




 「これ、食べる?」

 「いや、大丈夫っすまだ……」

 小袋に包まれた何かを差し出されるが、夕飯もあるのでパス。そのまま差し出そうとしたそれをシャロンさんは口に放り込んだ。

 「さぁ、お姉さんとイイことしましょ?」

 「唐突!? や、嫌です! 顔怖いっすっ!!」

 結果、部屋に入るなり早々俺はドアを背に壁ドンされている。シャロンさんの左手が俺の両手首をホールドしている。尋常じゃない握力なのか魔法なのか、外せる気がしないほどだ。

 「だって、その為にわざわざウチまで来てくれたんでしょう?」

 「いや、だから任務のっ」

 「照れるな照れるな〜」

 ダメだ、聞く耳持たずもいいとこ過ぎる。姉さん、俺、貞操の危機やでコレ。

 「って、酔ってませんっ!?」

 この世界って成人は十五歳だけど、酒とかはダメじゃなかった!? ん、机の上のあれは……チョコか? さっきくれようとしたのはこれか。ラム酒みたいなんが入ったチョコがこの世界にもあるとは驚いたなぁ。

 どうしようもなくなると、酷く冷静になるな。いや、かなりの強さで魔法使えば何とかなるかもしれんけど、この状態のシャロンさんに使って下手に怪我となさせたら明日の任務がやばい。

 「こういうのって男がリードすべきですよねベッド行きましょうベッド」

 とりあえず早口でまくし立てる。

 「んもう、やっとやる気になったかぁ〜。ほら、こっちよ〜」

 さすがに足取りまではおかしくなってないのか。でも、ようやく腕が解放された。

 「はやくぅ〜」

 「はわっ!? ぐはぁっ!!!??」

 シャロンさんが脱ぎだしたのが見えたと思ったら、急に後ろのドアが開き、ものすごい勢いで壁ドンした(物理的かつ肉体的に)。もとい、挟まれた。

 「ショーくん、いるっ!?」

 「あれ、サニー?」

 「シャロン、あんたどんな格好してんの……」

 「お前も下着姿で寝転んでいただろう……」

 姉さんの冷静なツッコミが聞こえる。

 「で、お兄ちゃんは?」

 「扉の裏でーす」

 「えっ!? まさかわたしが開けた拍子に……ごめんねっ!?」

 「あっ、でも助かりました……」

 「お兄ちゃんまた鼻血が出てるよ。ほら顔こっち向けて」

 「んっ……」

 ローズがさっとハンカチで鼻を拭ってくれる。こんなことに慣れさせてしまったことが申し訳なくなる。

 「で、ショー、何があってこうなった?」

 「さぁ……? 部屋の外でサニーさんが着替えるの待ってたらシャロンさんが来て、そのままこっちに連行されて今に至る感じ」

 「ちょっとシャロンどゆことー? って寝てるし」

 「嘘!?」

 「あー、またこれ食べてたのかー」

 「知ってるんですか?」

 「チョコでしょ、これ。たまにシャロンが買ってきたの貰ったりするよ」

 「なんか酔ってるっぽいっすよね」

 「お酒入りのやつもあるらしいから、それだろうね」

 「へぇ、美味しそう! ひとつもらっちゃお〜」

 「で、ではわたしも……」

 「あっふたりともちょっと待ってっ! ……あぁ」

 間に合わなかった。ローズも姉さんもお腹空いてたのかなぁ。

 「なんか嫌な予感しますね、サニーさん」

 「同感」

 「ほら、ふたりとも一旦戻ろうぜ? シャロンさんも連れてった方がいいか」

 「んあー」

 善は急げ。シャロンさんを抱き抱えてふたりに帰投を促す。シャロンさんはまだなんかアルコールが残ってるのか変なままだ。

 「……、なんすか?」

 「お兄ちゃん、私も抱っこして?」

 さすがにふたり同時は無理じゃないですかね……。姉さんもローズも俺の服の袖をつまんで上目遣いで瞳を潤ませる。

 「わたしもたまには……な?」

 「姉さん酒回ると素直になるんだな……」

 「なんか意外な発見……」

 「普段はやっぱビシィッとしてたんすか?」

 「うん。格好いいんだよ〜。だからこんなエリーゼお姉様はやっぱり珍しいかな」

 うんうんとサニーさんが頷く。まぁ学校では清く正しく美しくの三拍子揃った姉さんだし。持ち上げ過ぎかな?

 「ま、とりあえず部屋戻りましょうよ。アリスさん待たせちゃってるし、早く任務の事とか話しちゃいましょう」

 「だね〜。ふたりはどうするの?」

 「勝手についてくるでしょうし、放置でいいんじゃないすか?」

 最悪もう首輪とリードでも付けて引っ張ればいいんじゃねーかな。

 「たまにショーくん冷たいよね」

 「そうっすか? 普通に世間一般の女性達の方が冷たい印象があるんですけど。サバサバしてるっていうか」

 「まぁ、それは否めないかもしんないけど……」

 シャロンさんの部屋を出て、廊下を歩く。

 「サニーさんの部屋ってどこっすか?」

 「分かってて前歩いてたわけじゃないのね」

 「ほぼ拉致だったから覚える暇なくて」

 周りを見渡すとこまで余裕は無かったからな。

 「あ、生きてた!」

 「第一声がそれってどうなんすか」

 サニーさんの部屋に戻ると、アリスさんがそんな一言で出迎えてくれた。

 「だって、何かしらエリーゼの逆鱗に触れてぼこぼこになるかと思ってたから……。慰めてあげようと思って、膝開けといたんだけど……」

 チラっと太ももを魅せつけながら、ポンポンとアリスさんがこっちにおいでの合図。

 「……」

 「ほら、ショーくん見蕩れてないでシャロン降ろしてあげて? それにアリスもっ。そんなえっちな誘い方はダメだって。ずるいじゃん」

 「ずるいじゃん!?」

 サニーさん、何の対抗心? 

 「ほら、クリアオールッ!」

 アリスさんが呪文を唱える。まぁその名の通りデバフを消去する魔法だ。この場合はアルコールによる酔いだったりが無くなる。

 「よし、明日の任務について話そうか」

 「お兄ちゃん抱っこ〜」

 「恥ずかし過ぎて死にたい……」

 ひとりだけクリアオールが効いていないのか、さっきと言ってること変わらんけど。それともシラフでさっき言ってた? シャロンさんはいつものネガティヴモードに戻ってるし大丈夫そう。死にたいっつってるけど。

 「記憶が無くなるわけじゃないんだね」

 「そうみたいね。魔法掛けたわたしもその変よくわかんないから」

 サニーさんの疑問にアリスさんが応える。

 「とりあえず、シャロンが進行を頼む」

 「うぅ……、はいぃ……」

 話が進む中で、任務に行くのはここにいる五人に加えて、明日現地で待ち合わせるヴィオラさんの計六人ということになった。

 「最後に誰か質問はある?」

 シャロンさんが問いかける。質問は無いけど、膝枕してもらい損ねたのが悔やまれる、という感想はあります。

 「まぁでも、俺からひとつだけいいっすか」

 「ショーくんどうぞ」

 「今回の任務では本格的な魔物討伐になる以上、最悪命が失われるかもしれないってのは頭に入れといてほしい。この中の誰かかもわからんし、国軍の中の誰かかもしれないし。死を悼む間もないほど戦場は混乱するかもしれない。それでも一緒に来てくれるんだろうか」

 「……、愚問だな」

 「「「うんうん」」」

 姉さんのつぶやきに他三人が頷いて同意を示した。まぁ、ここで折れてもらってはさすがにこっちも困るし。

 「じゃあこの後はパーっと、明日以降の為に力蓄えるのにご飯食べに行こっか!」

 「イイっすね! 任務中はあまり期待出来ないですしね」

 「じゃあ決まりね。エリーゼ、よろしく」

 「わたしが持つのか??」

 「だって、リーダーの姉なんだからそれくらい……」

 「よろしく。お姉ちゃんっ」

 「あぁ……」

 俺たちはこの夕食で親睦を深め、ついに明日、遠征任務につくことになったのであった。



 

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