シスコンと姉妹と異世界と。
【第108話】日常の終わり③
「……、腰痛ですか?」
量の部屋を後にして、俺とアリスさんはシャロンさんが住んでいる第二寮館へ向けて出発することにした。だが、玄関近くのロビーに来るとアリスさんが急に椅子に座ってしまった。
「そ、そんなおばあちゃんじゃないからっ! もう、いきなりそんな失礼なこと言って〜」
疲れてるのかなと思って尋ねたら逆効果。シンプルに怒られてしまった。
「ほら、ショーくんも座って?」
「は、はぁ……。行かなくていいんですか?」
「ちょっと作戦会議じゃないけど、ふたりっきりでお話しましょう?」
「そういうことなら……、よっ」
指を鳴らすのを合図に遮音シールドを展開。アリスさんとの話を周りに聞かれてはちょっと困ることが多そうだから。
「なにこれ?」
「遮音シールドです」
「なるほどねー。日本出身のわたしたちの話を他人に聞かせるのは、ちょっと都合が悪いもんね〜」
「そういうことっす。そのへんの話も聞いてみたいですしね」
「おっけーおっけー。じゃ何から話そうか」
「ひとまず今回の任務のことを片付けませんか?」
「賛成。とりあえずリーダーはショーくんでいいんだよね?」
「えっ、俺なんすか?」
「だってお父さんからの指名でしょ? それに唯一の男の子なんだから当然でしょ」
モーリスにも声を掛けてはみたんだけど、あいつも別任務が入っているみたい。剣の腕を買われて護衛の任につくことが多いんだそうな。本人は座学の授業に出れないって嘆いているけど。
「……、嫌だなぁ」
「腹を括りな男の子。戦力とか作戦的なのはもう考えてるの?」
「とりあえず俺がフォローで、ローズを前衛、中間に姉さんかなって思いますけど」
「わたしは?」
「アリスさんの力をあんまし知らんのでなんとも……」
実際そうなのだ。身の危険があるような本格戦闘を伴う可能性のある任務は一応今回が初。なので、どこまでアリスさんがやれるのか分からん。剣の腕は姉さんにも引けを取らないって言ってたっけか。
「まぁ、わたしもショーくんの本気は知らないからお互い様ってとこかしらね」
「俺はモーリスに言わせると、"マナの寵愛"を受けてるらしいんです。実感としては何でもイメージを魔法として再現出来る、って感じですかね。どっかの一族が三十年かけて習得した魔法だったりも多分三秒で再現出来たりしちゃうと思います」
「同情したくなるような力ね」
「アリスさんはどうなんすか?」
「まぁ、わたしも一通り魔法は万能的に使えると思うわ」
「なんか転生する時に自称神様の真っ白ちび助が言ってましたね。転生した人間は人並み以上の力を持って転生する、って」
「そうなの? もう、わたしはそのへんの記憶が曖昧だから良くわかんないや。でもこっちで言う"寵愛"的な能力は持ってるわね」
「どんな?」
「超、五感に優れてる」
「五感に?」
「そう。目を凝らせば遠くでもピントを合わせられるし、耳をすませばかなり遠くの足音も拾えるし、料理も失敗しないし。お弁当美味しかったでしょ?」
「はい。いつも作ってくれるの楽しみにしてます」
「また今度作ってあげるからね。まぁそんなとこだから、そういう時もビ・ン・カ・ンなのよ」
そういう時!? 敏感!? ×××を×××したりとかそういうことを言ってるわけか……?
「ショーくん鼻血出てる」
「すいません、つい。いろんなイケナイ想像が膨らんでしまいまして」
「それを堂々本人に告げる潔さは好きよ」
「空前絶後の超絶怒涛の大胆不敵な男ですから」
「何言ってるんだか」
「さーせん。とりあえず俺らふたりは他の人のフォローに回る感じにしましょうか」
「そうね。変に国軍の目の前とかで派手なことして目立ったりするのは避けたいところだから」
「確かに、面倒な事になりそうですね」
「でしょ!? 国軍の隊員さんたちより強いのがバレたら、変に妬みを買ったりするかもだし、他所からしつこい勧誘があるかもしれないし……。それに、わたしは一応令嬢になるから求婚の申し出とかも……ね」
「確かにそれは嫌ですね。お嬢様にありがちな、親同士が決めた無理やりな結婚とかはしんどいでしょうし。……とりあえず、お互い気をつけましょうね。他人に俺らの第二の青春の邪魔はして欲しくないですから」
「ね! やっぱりこういう依頼とかクエストみたいなのわくわくするよね!? ゲームの世界に飛び込んだみたいなさっ」
「しますします! アリスさんは結構向こうにいた時はゲームとかやってたんですか?」
「んー、ある程度知識としては知ってるからやってたのかもしれないね。でもホントもう記憶の大半がアリスとしてのものに占められてるのよ」
「ハンター生活憧れてましたねぇ。よく授業中とか友達とやってたっけ。俺は銀○こでのバイトかゲームだったりラノベ読んだりって生活だったような気がします。何読んでたかまではちょっと覚えてないっすけどね。前世のこと思い出したのは去年の年明けとかそんなもんで、結構最近なんすよね」
「へぇ〜。ショーくん前世では悪ガキだったんだ」
「そんな所だけ拾わなくてもっ」
「ねえ、ショーくん。なんで、ショーくんはわたしに本音でぶつかってくれるの?」
「ぶつかってるつもりは……」
そんな強めな態度とかは取ってない……はずだ。
「ちゃんと答えて?」
「……よく分かんないです。でも、アリスさんに嘘つくのはなんか嫌だなと思えるんです」
「そっかぁ〜、愛してるからか〜」
「んな事言ってませんよ!? 別に好きか嫌いかの究極ならそりゃ好きの方にはなりますけどっ」
「あら嬉しい……」
そこで照れられると……言ったこっちも照れる。いっつもこんな感じで振り回されてる。弄られ損なんじゃないのこれ。それとも役得って言うべきなの?
「でもなんで嘘ついてないってのがわかるんすか?」
「わたしのチカラのせいよ。感覚が研ぎ澄まされてるから、声のトーンだったりで表情だったりで分かっちゃうのよ。直感にも優れてるから、ギャンブルとかも多分お手のものよ」
そんな博才も備えてるなら、向こうの親父に競馬勝たせてやってほしい……。
「羨ましいっすね……。ギャンブルとかこっちにもあるんすか?」
「サイコロ使ったヤツとか競馬とかはあるらしいわよ、パパが言ってたけど。逆にカジノっぽいようなスロットだったりポーカー、ルーレットの類は無いんだと」
「結構和風なんすね」
「まぁ地名も箱根とかあるくらいだからね」
「それもそっすね」
「……、んじゃそろそろシャロンたちのとこ行こっか」
「じゃ、遮音シールドは解きますね。えいっ」
解除の旨を念じると、フッとシールドが消えた。
「おっ、消えた消えた。じゃ、行こっか♪」
「……、なんで腕組んでるんすか」
「えー、寒いからいいじゃん、減るもんじゃないしー」
「後ろから刺されても知らないっすよ」
「えっ? あっ……」
振り返った先には姉さんとローズ。ふたりとも感情を失ってしまったロボットのような、光を失った瞳でこちらを見据えていた。俺にはそれが殺戮の天使に見えた。
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