妖夢幻影

陰東 一華菱

いつもとは違う朝

 着替えと仕度を整えて、食事の前に顔を洗う為に一階に下りてくると、居間にはすでに両親と頼子が起きてテレビを食い入るように見つめていた。

「……おはようございます」

 不思議に思い冴歌が声をかけながら居間に顔を出すと、テレビからは様々な事件を中継する異様な光景が流されていた。

『この事故現場は、普段人通りも少なく、大変見通しも良い場所です。この場所でこのような悲惨な事故が起きる事は信じられない状況です。ご近所に住む住民の方々にお話を窺ったんですが、ここまで悲惨な事故が起きた事はこれまで一度もないと、皆さん口を揃えています』

 固い表情で実況中継をする女性リポーターの後ろには、大破した車が電柱や壁などを次々と破壊し、煙を微かに上げている様子が映されていた。すぐ傍に敷かれているブルーシートには、誰かがこの事故に巻き込まれたのだろうか。凄惨な現場となっているようだった。

「……今朝になってから、どこのニュースでもこんな事故や殺人、行方不明者の事ばかりだよ。これまでもこんな事件や事故は起きていたが、昨晩だけでこんなに被害者が出るのは異常としか思えない」

 頼子が固い表情で、冴歌を振り返る事無くそう呟く。
 ボタンを押して別のチャンネルへ回すと、そこでもやはり様々な事故や事件のニュースが取り上げられており、リポーター達の緊迫した状況が良く伝わってきた。

『昨晩9時頃から、突然各家々の電気が落ちました。昨夜は天気も良く、雷が発生したと言う情報はありません。実際に、変電所に雷が落ちたと言う話もありませんし、なぜ急にこの地域一帯の電気が機能しなくなってしまったのか。現在もまだ復旧の見込みは立っていないとの事で、日本電力は現在、原因を調べると共に復旧への早急な対処が望まれています』

 同じように黙ってテレビを見ていた信明は、冴歌を振り返り小さな小袋を差し出した。

「これからは何が起きるか分からない。お前はこれを肌身離さず持って行きなさい。妖怪たちから身を守る為の護符だよ」

 妖封寺の小さな白いお守り袋に、信明の作った護符が小さく折り畳まれて入っている。冴歌はそれを胸ポケットに仕舞い込み、小さくため息をこぼした。
 もう、なるようにしかならない。始まりがあれば必ず終わりはある。そう思い、自分の重たくなった気持ちを奮い立たせる。

 臆病になっていても何も始まらない。どうすることも出来ないなら、今はこのままこの状況に任せて流されていくのも一つの方法だろう。
 一千年の時を経た今回の出来事は、現在を生きる自分たちにとって未知の世界でしかない。どんな事が起こるのか全くと言って分からないからこそ、今は流れに身を任せるべきなのかもしれない。全ては手探りだ。

「ありがとうございます。お父さん。私も何か出来る事がないか色々やってみたいと思います」

 前向きに言った冴歌の言葉に、信明と頼子は深く頷き返した。
 彩菜はまだ不安そうな表情を浮かべていたが、冴歌はそんな母に向かってニッコリと微笑んでみせる。

「お母さん、大丈夫です。きっと何とかなりますから」
「冴歌……」
「とにかく、今は何が出来るのか全然分からないけれど、やれるだけの事はやってみます。それが私にしか出来ない事なんだとしたら、尚更です」

 冴歌のその言葉に、彩菜はきゅっと口を引き結び、不安を拭いきれないままながら頷き返した。

「分かったわ。それなら私は、お父さんやおばあちゃんと一緒にあなたをサポートするわ」
「はい。お願いします」

 本当はまだ不安は拭いきれて居ないのだが、暗くなっていても仕方が無いと、持ち前の明るさと割り切りの良さでこの場をやりすごした。


                 *****


「神宮寺パイセン、おはようッス」
「おはよう。松脇くん……?」

 いつもは元気な奏が、今日は暗い表情で声を駆けてきたことに冴歌は驚いて目を瞬いた。
 いつもニコニコ笑っている彼の様子が明らかにおかしい。表情が固く心なしか背中もまるまっているように見える。

「どうしたの? 何か元気ないみたいだけど……」
「そッスか?」

 軽い調子でそう答えるものの、やはりいつもと全然違っている。
 肩に学校の手提げ鞄を掛け、ポケットに両手を突っ込みながらダルそうにしている様子はただならない。

「何かあった?」

 心配になりそう声をかけると、奏はボリボリと後ろ頭を掻きながらため息を一つ吐き出す。

「いや、なんていうか……。今朝起きたら、何か変だったんスよね」
「変って?」
「俺、朝シャワー浴びるタイプなんスけど、今朝シャワー浴びてて何か痛いなって思ったら、鼻の頭と胸と、それから脇の辺りに切り傷があったんスよね」

 しきりに首を傾げ、何でそんな事になっているのか分からないと唸っている。
 冴歌は奏の顔を覗き込むと、確かに薄っすらとした目立たない程度の切り傷がある。

「……でも、顔のはよく見ないと分からないね」
「そうなんスよ。一番深いのが脇腹にあった切り傷で洋服に血が付いてたんスよね……。気になってスマホで色々検索してみたんスけど、ストレスとかでそう言うことがあるらしくて」
「ストレス? 働きすぎなんじゃないの?」
「や~、それは否定しないッスけど、ストレスが原因だったらもう確実に病気ッスよね。それか妖怪か」

 妖怪、と言うキーワードを聞きつけ、冴歌はぎくりとした。
 もし、彼も分散した帝釈天の血を引く者の一人だったとしたら、接触があってもおかしくはない……。
 しかし、そんな事を言えるはずもなく、冴歌はこの場を笑ってやり過ごした。

「まさかぁ。妖怪だなんて……」
「カマイタチッスよ、カマイタチ。まぁ、実際問題、妖怪じゃなくストレスだとは思うんスけどね」

 はははっとここに来てようやく奏は笑って答えた。
 そんな奏に、冴歌も笑って答えるがその心は穏やかではいられない。
 もしも彼が狙われているとしたら、今朝見たニュースのように殺されてしまう事も有り得ないわけじゃない。
 見知らぬ人が被害者に遭うのは嫌だが、よく見知った人物が被害に遭うのはとても怖い。
 冴歌は腕に嵌めていた数珠を外し、それを奏に差し出す。

「ね、これ。あげる」
「へ? 数珠? パイセン古風っスね~」
「気休めにしかならないかもしれないけど、一応お守りとして持ってて。ほら、何か今朝から変な事件も多いし」

 奏は笑いながらも数珠を受け取ると、素直にそれを腕に嵌めた。

「さんきゅーッス」

 少しだけ照れたように笑う奏に、冴歌も安心したように微笑んだ。

「妖夢幻影」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く