妖夢幻影

陰東 一華菱

夢路で出会う伝説の姫君

 冴歌はその晩寝付けずにいた。
 万が一の事もあるからと、自分の部屋へ戻る時に手渡された数珠とお札を枕元に置き、ベッドに横になったままぼんやりと天井を見上げている。

 これから一体どうなるのだろうか。

 先ほど遭遇した百鬼夜行はどこへやら、今はもうシン……と静まり返っている。
 窓の外に揺れる竹林の葉が揺れ、月明かりの中に影を落としている様を見つめながら冴歌は考えていた。

 妖怪達が修羅界から出てきた。そして彼らが元の世界に戻る為には、次の条件を満たしたスーパームーンを待たなければならない。しかし、調べたところによると今回と同じ条件の揃うスーパームーンは33年も先であることを考えると、気の遠くなるような思いに包まれる。
 冴歌の代だけでは片付かないかもしれない。冴歌の子供たちにも、この厄介な仕事を回さなければならないのかと思うと、落ち込みそうになる。

「安請け合いしちゃったかもな……。本当に私に、封印する力なんてあるのかしら……」

 まだ少し実感として湧かないのは、あまりにもその話が夢物語のような気がして仕方が無いせいかもしれない。ただ、実際に彼らの姿を見てしまった。それ故に信じざるを得ない。

 冴歌はふいに襲ってくる眠気を感じ、数珠を手に取って腕につけるとそっと目を閉じる。
 朝起きたら全てが夢だった。そんな希望を抱きつつ、冴歌は眠りに落ちていった。



                  *****



――目覚めの時は近い……。


 どこかで誰かがそう囁いた。鈴を転がしたような可愛らしい女性の声。
 冴歌はその言葉に導かれるようふっと目を開くと、そこは辺り一面竹林に覆われた、見た事もない風景が広がっている。

「……ここはどこ?」

 冴歌は見覚えの無い景色に、眉間に皺を寄せてぐるりと辺りを見回す。
 四方を全て竹林に覆われ、出口らしき出口はどこにも見当たらない。ただ、目の前には立派な御殿が建っていた。
 御殿の入り口とも言える古い木戸に近づくと、そこにはとても美しく広い日本庭園が広がっている。池には色鮮やかな錦鯉が優雅に泳ぎ、その池の奥には立派な御簾の下がった大きな屋敷……。
 まるで平安時代にタイムスリップしてしまったのではないかと思えるほど、今冴歌のいる場所は現代とは掛け離れていた。

「これ……確か寝殿造って言われる平安貴族の屋敷よね……」

 冴歌は学校で習ったことを思い出しながら、屋敷の門を潜り抜けた。
 人の気配が無い静かな屋敷。きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていると、ふと目前の軒先に十二単を着た女性が無言で座し、こちらの方へ視線を向けたままゆっくりと手招きをしている姿を捉えた。
 一瞬、誰が呼ばれているのか分からずに周りを見回してみたが、この場にいるのは自分しかいない。

「私……?」

 何も言わずにされる無言の手招きほど怖いものはなかったが、他の人間がこの場にいないのでは、呼ばれているのは自分だと思うのが妥当だろう。
 安易に近づいて何かあっては問題だと警戒しながらも、ここかどこかも、帰る道も分からないのでは女性の手招きに応じる他はない。
 おそるおそる近づいて行くと、手招いていた女性がゆっくりと向きを変え、何も言わずに御簾の手前に手を差し出した。

 冴歌は訳も分からず、弓道で慣れた動作で座ると御簾の向こうから先ほど聞こえた声の主から声がかかった。

「……冴歌殿、ですね?」

 鈴を転がしたような可愛らしい声で名を呼ばれ、冴歌は瞬間ドキリとする。

「え……はい。あの……どうして私の名前を……?」
「愛しい我が子孫。私の名は華宮耶かぐやと申します」

 華宮耶。その名を聞いて冴歌はハッとなって目を見開いた。
 御簾の向こうにいる女性は、頼子の言っていたあのかぐや姫なのだろうか?

「あ、えっと……」

 言葉に困り、整理がつけられず口篭っていると、華宮耶の方から再び声がかかる。

「一千年もの間、開かれる事がなかった異界への道が開いてしまったそうですね」
「どうしてそれを?」
「見えるのです。私の可愛い娘の血を色濃く継ぐ者よ。ここは月の都。地球から遠く離れたこの月から、地球の異変を見てきました。かつて私の育ての両親を手に掛けた妖怪たちが、再び地上に溢れ出た事、気が気ではありません」

 何もかもお見通しだと言わんばかりにそう語る華宮耶の言葉に、冴歌は疑う事をやめた。
 御簾の向こうにいる彼女の姿は見えないが、彼女はあのかぐや姫本人なのだろう。

「娘にも継承された私の力。妖かしを封じ、調伏するこの力は、一千年もの間でだいぶ弱まってしまいました。そんな時に、あなたの生きる時代で再び妖かしが現れてしまったとあっては、問題も多いはず。だからあなたをここへ招きました」

 その時ふと、女中と思しき女性が一人。衣擦れの音を立てて屋敷の離れから歩いてくる姿が見え、冴歌はそちらに眼を向けた。
 女中は手に盆のような物を持ち、冴歌の前までやってくるとその盆を置いて頭を下げた。
 冴歌がその盆を見下ろすと、そこには4つの不思議な光を放つビー玉よりも一回りほど小さい玉がが乗っている。

「冴歌殿。その玉をあなたに授けます。その玉はこれからのあなたに必要な物。今のままでは目覚めない封印の力を一時的に引き出すものです。必要な時は、その玉を飲むのですよ」
「ま、待ってください。私にも、あなたのような力が眠っているんですか? それはどうやって……」
「……目覚めの時は近い。今はただ、静かにその時を待つのです」

 答えになっていない答えを返され、冴歌は思わず膝を詰めて再び問いただそうとすると、ぐらりと視界が傾いで急激に意識が遠のいていく。
 かすむ視線の先に御簾を見たまま、冴歌はその場に倒れこみ意識を失った。



 鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 聞き慣れたアラームの音と、無意識にもそれを止めた動作にハッと目が覚める。

「……あれ?」

 冴歌はぼんやりとする頭で、先ほどまで見ていた物が夢だったのか現実だったのか、模索する。

 今自分は目覚まし時計のアラームで目を覚ました。と、言う事は先ほどまで見ていたのは夢?

「……何だか凄くリアルな夢だった」

 冴歌はふぅっとため息を吐いてベッドから起き上がると、布団の上をコロコロと転がった小さな玉を見つけ目を見張った。

 夢だったはず。ではなぜ、夢で見た玉がここにあるのか……? 理由が分からない。夢だけど夢じゃなかったと?

 冴歌はその玉を手に取り、ベッドサイドに置いてあったラックから小袋を取り出してその中にしまいこむ。

 必要な時はこれを飲めと言っていた。よく分からないが、肌身離さず持っているのが良いのだろうと解釈した冴歌は、それを鞄に入れると登校の支度を始めた。

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