妖夢幻影

陰東 一華菱

因縁.2

 自分が知らない、身に覚えの無い因縁に絡めとられ、今がどうと言うのでもなくただ“帝釈天とかぐやの血縁者”と言うだけで恨まれるなど、相手の一方的な言いがかりだと言ってしまえばそれだけなのかもしれない。だが、先ほど遭遇した阿魅雲羅の憎悪の篭った眼差しは、そんな言葉一つでかわせるほど簡単なものではない事が身に染みて分かった。

「因縁って言うのは、本当に厄介なものだよ……」

 頼子は深いため息を吐きながら落胆したように肩を落とす。
 話をしている内に震えが治まった冴歌は、複雑な表情を浮かべたまま視線を自分の手元に落とし黙り込んだ。
 頼子が話してくれた内容を全てではないが理解したつもりだった。

 自分は妖怪たちからは恨みの標的に遭っている事。かぐやの血筋であり、かぐやのような封印する力も持っていること……。

 自分の中で頼子の言葉を反芻していて、ふと冴歌は顔を上げた。

「……私は、彼らを封じる力と言うのを知りません。そんな力があるなんて、とてもじゃないですけど思えないです。だって、私、普通の女子高生ですし……」

 冴歌の言葉に、頼子も信明も難しい表情を浮かべて頭を抱えた。

「こればっかりはあたしにも信明にも分からないんだ。あたしにも子供の頃はその力の片鱗が見え隠れしていたらしいんだが、完全に目覚めない内に失われちまってね。残念だよ。あたしの代で力がちゃんと覚醒してれば、冴歌にこんな思いさせずに済んだのに……」

 心底悔しそうに呟く、頼子に信明もまた眉間に皺を寄せてうな垂れていた。

「そうだな……。男の僕にも、その力が受け継げたら良かったのに……」
「どういう事ですか? 男の人には継承されないんですか?」
「そうさ。この力は女性にしか受け継がれない。だからと言って確実に冴歌にあるかと言われると、それも分からないんだ」
「それじゃあ、さっきの妖怪たちはどうなるんですか?」

 あんな恐ろしい形相をした人ならざる化け物たちが辺りに散らばってしまった事を考えると、ゾッとしてしまう。何もなければ良いのだろうが、ただ静かにしているとは思えなかった。
 もしここで誰もその力を持っていないとなったら、これから先どんな事が起こるのかと想像するだけでもおぞましい。
 その冴歌の考えを察した信明がゆっくりと口を開く。

「妖怪たちは恐らくこれから色々な所で問題を起こしてくるだろう。彼らの行動はすぐにでも現れてくるはずだ。彼らの狙いは、“帝釈天の血を引く者”。今となっては、かぐやの血は細く細く、世界中に拡散されている。だから例え僅かでも縁のある人間達に何かしら接触してくるはずだ。それが、いたずらにせよ……最悪、殺人にせよ、な」

 殺人……。

 それを聞いた瞬間、冴歌はゾッとした。
 ならば、やはり封印する力を持つ者がいなければ、その血が流れているが為にこれから先、何の罪もない人間達が殺されていく可能性もある。そしてそれは自分も例外なく……。

「……私、どうしたら」

 忘れていた震えが呼び起こされ、冴歌はぎゅっと手を握り締める。
 彩菜はそんな冴歌の傍に近づいて、手が白むほど硬く握られた彼女の手にそっと手を添え、抱きしめた。

「冴歌……」

 抱きしめてくれる母のぬくもりに、冴歌は目を閉じた。
 遅かれ早かれ、自分も殺されるかもしれない。そう思うと怖くて仕方が無かった。

「……やるしかないよ」

 ふいに頼子が呟いた。
 その言葉に全員が頼子へ視線を向けると、頼子は真っ直ぐに冴歌を険しい表情で見詰め、もう一度同じ言葉を口にする。

「やるしかないよ。冴歌」
「え……?」
「お前はかぐや直系で、細く続く血の巡りの中でも一番色濃く受け継いでいると言っても過言じゃない。あたしに片鱗が見えたぐらいだ。お前にもその力がきっと眠っているはず。妖怪たちは次に条件の揃う月の道が通じる時までは、自分の世界に帰る事は出来ないとされているし、そのまま野放しにしておく訳にもいかない。なら、やるしかないじゃないか」

 頼子の言葉に、冴歌はぎゅっと唇をかんだ。
 誰かがやらなければ妖怪たちの思う壺。自分も遅かれ早かれ殺される運命にあるのなら、力を目覚めさせ立ち向かえと、祖母は言っている。
 たった一人で多くの妖怪を相手にするなど、目に見えて不利だとしか思えない。
 そう思った矢先に、ふいに彩菜が頼子に噛み付いた。

「お義母さん。それは、冴歌一人に先立って死ねと仰るんですか」
「あたしだってこんな事言いたかないさ。だが誰かがやらねばならん。それに、あたしらの一族は元々そうなる運命にあったんだ」

 心苦しそうにそう呟く頼子に、彩菜は深く眉根を寄せて顔を俯け涙を流した。

「なぜこんな事に……。一千年もの間何も無かったのに、何故今なの……」

 白い割烹着をきつく握り締めて涙する彩菜を見つめていた冴歌は、ぎゅっと胸が掴まれる。
 自分が何とかしなければ、母も父も、そして祖母も殺されてしまう。そう思うと、恐怖に震える事しか出来なかった気持ちに、ふっと心が定まるのを感じた。
 他に力が目覚めていない人がいないとも限らない。もしかしたら細く続く同じ血の流れている人の中に目覚める人がいるかもしれない。最後までたった一人で立ち向かう訳じゃないかもしれないと思うと、ほんの少し気持ちが楽にさえなった。

「……分かりました。やってみます」
「冴歌……」
「お母さん。私、皆が苦しむ姿を見たくないんです。自分にできる事があるのなら、精一杯やろうと思います。お母さんやお父さん、おばあちゃんの事も守りたい。それにもしかしたら、どこかで同じ力に目覚める人もいるかもしれませんし……。そうしたら一人じゃないですよね」

 冴歌はそう言うとニッコリと微笑んで見せた。
 心が定まれば潔い。それは冴歌にとってプラスでもありマイナスな部分でもあった。
 彩菜はこの状況で微笑む冴歌を、勇ましくも優しく、しかし不憫に思い涙が止まらなかった。

「力の覚醒に何が必要なのかは分からない。あたしと信明で色々調べてみるから、冴歌はひとまずいつも通りに生活を送りなさい」
「はい」

 複雑な表情を浮かべる頼子と信明を見つめ返し、冴歌は真剣な表情で頷き返した。

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