妖夢幻影

陰東 一華菱

因縁

 一体どれだけの時間、息を潜めその場から動くことも出来ずにいただろうか。
 ようやく妖怪たちの気配が消えた頃になって、抱きしめていた父の深いため息と共に手から力が抜けると、冴歌も閉じていた目を開いた。

「……た、助かった」

 心底安堵した信明が、まるで腰が抜けたかのようにぐしゃりと床の上に座り、力なく呟く。
 咄嗟の父の機転が無ければ、今頃自分はどうなっていたか分からない。

「あ、ありがとう、ございます……お父さん……」

 冴歌は膝の上に置いた手が、ブルブルと震えているのを見つめながら信明に礼を言った。
 信明は空に浮かぶ月を見上げ、もう一度深いため息を吐く。

「月食が終わって、また月が元に戻り始めた。妖怪たちは現世と繋がった道を伝ってこちら側へ来てしまったか……。これからいろいろと厄介な事が起きるかもしれない」

 力なくそう呟いた信明の言葉に、まさか本当に伝承が今現実のものとして起きるとは思わなかった冴歌も顔を俯かせた。
 もしかしたら自分はあの時の夢の続きを見ているのじゃないかと、自分が楽になる方へ勝手な解釈してしまいそうになるが、現実に起きてしまった以上夢とは言えない。

 百鬼夜行とあの人狼は一体どこへ行ったのか。
 そう考えた時、冴歌はハッとなって顔を上げた。

「お、お母さんとおばあちゃんは?」
「あぁ、二人なら大丈夫。あらかじめ二人の周りに結界を張っておいたから、見つかってないはずだよ」

 緩く微笑む父に、母と祖母の無事が分かり冴歌はホッと胸を撫で下ろした。

「お父さん……。あの妖怪たちは、一体どこへ?」

 不安げに視線を上げてそう聞き返すと、信明はいつになく真面目な顔で頷き返した。

「その話をこれからしよう。まずは居間へ移動しようか」

 まだ震えの収まらない体を支え起こされ、冴歌と信明は道場を後にし先ほどまでいた居間へと移動した。



「伝承が現実の物となったね」

 居間へ行くと百鬼夜行が通過した事で部屋の電気の一切が落ちて、真っ暗闇だった。
 あらかじめ用意してあった蝋燭を机の上に立てて、戻ってきた冴歌たちを祖母が重々しい言葉と共に出迎えた。

 四人は食卓を囲む時と同じ位置に座り、顔をつき合わせる。
 風が吹いて窓がカタカタと鳴る音を聞きながら、冴歌はおもむろに口を開く。

「さっきの百鬼夜行はどこへ行ったんですか? それに、あんなに沢山の妖怪が現れて、今後どうなるんですか?」
「その話の前に、少しあたし達の事について話をしておく必要があるね」

 頼子は真剣な表情でそう切り出すと、冴歌に向き直り一度すっと息を吸い込んだ。

「冴歌にはまだ言っていなかった事だけどね。あたしらは“かぐや”の血を引いているんだよ」
「かぐや? かぐやって、あの御伽噺のかぐや姫の事、ですか?」
「あぁ、そうさ。今は御伽噺の一つとして日本中に知れ渡っている話だけどね。かぐや姫は実在していたんだ」

 あまりにも突拍子も無い話に、冴歌の眉間に皺が寄った。
 かぐや姫の話を知らない訳じゃない。小さい頃から母親に本を読み聞かせてもらっていた。だから単なるフィクションにしか過ぎないと思っていたのだが、あの話が本当の事だと言う祖母の言葉が俄かには信じられない。

「まさか、そんな事……」
「そう思うだろう? だけどね、これは真実なんだ。かぐや姫の存在をあたしら人間は忘れちゃいけない。だから御伽噺として日本中に広めたんだ」

 忘れちゃいけない。その言葉に、冴歌は首を傾げた。
 頼子は夕食後、倉にしまい込んであったかぐや姫に関する古い書物を持ち出しており、冴歌の前にそれを開いてみせる。
 大昔に書かれた書物はあまりにも脆く、力の加減を少しでも間違えればすぐに破れてしまいそうな危うさがある。
 そんな紙に墨でかかれた文字は冴歌には読めないものがほとんどだが、頼子はすらすらとそれを読んでいく。

「かぐやが月へ帰ってほどなく、地球での育ての親が妖怪達に殺された。その事実を知ったかぐや姫は怒り狂い、修羅界と現世への道を唯一繋ぐ最も大きな満月の時を見計らい、もう一度地球へ戻って全ての妖怪たちを封じたとある」
「その話が真実だとしたら、かぐや姫の血を引いている私達にも、その……妖怪を封じる力が備わっている、と言う事ですか?」

 物分りの良い冴歌に、頼子はニッと笑って大きく頷いて見せた。

「ご名答。月へ戻ったかぐやは、自分と同じ力を持つ三人の愛娘の内の次女を地上ちきゅうへ下ろし、その血を細々と受け継がせた。なぜなら、またいつ妖かしが地上にはびこるか分からないからね。その時のために娘を、属に言う人柱としたのさ。その次女の血をあたしらが色濃く引き継いで今に至っているんだよ」
「……だから、妖怪たちから見たら自分達を封じる力を持った者は厄介だと?」
「そう。だがそれだけじゃない。更にややこしい事に、かぐやは天の神である帝釈天の血を引いているんだ」

 あまりに途方も無い話に、冴歌は眉根を寄せる。
 全てが作り話のように思えて仕方が無いのだが、頼子が見せる古書に書き残されている以上、事実なのだと受け入れるしかない。

「帝釈天にはどう言った関係が……?」
「大昔、妖怪たちを束ねる阿修羅王と帝釈天の間に拗れがあった。もともと阿修羅王は自分の娘を帝釈天に嫁がせたいと思っていたんだが、思っていたようにいかず、帝釈天は阿修羅の怒りを買う事になってしまった」
「つまり、その帝釈天の血を引くかぐやと、そのかぐやの血を引く私達は、無条件に阿修羅王や妖怪たちから憎まれている……と言うことですか?」

 そう聞き返すと、頼子は大きく頷き返した。

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