妖夢幻影

陰東 一華菱

目に見えない恐怖

「行って来ます」

 玄関先で靴を履きながら抑揚のない声でそう言うと、冴歌を見送りに来ていた彩菜は心配そうに声をかけてきた。

「冴歌、顔色が悪いわ。大丈夫なの?」
「う、うん。大丈夫。あんまり寝れなかったから……」

 慌てて取り繕うように微笑みながらそう言うと、彩菜はいかにも心配げに見つめて来る。

「あんまり無理しちゃダメよ。気をつけて行ってらっしゃい」

 朝6時。母に見送られ、冴歌は自宅を後にする。
 神社を出て自宅前の砂利道を通り、大きな鳥居を潜り抜けると国道に出る。その国道を反対側に渡れば、一時間に一本の割合で市街地まで行くバス停があった。
 いつもの事だが、この時間このバス停に立っているのは冴歌だけ。やってくるバスにも、人が一人二人乗っていれば良い方だ。

(あと5分か……)

 山の上のせいか、今日は吐く息が白くなるほど冷え込んでいる。
 バスが来るまでの時間を時刻表で確認して何気なく空を見上げると、今日は天気予報の通り雲ひとつない、抜けるようなスカイブルーが広がっていた。

「……さむ」

 それにしても今日は良く冷える。
 冴歌はポケットに入れていたウサギのカイロ用ケースを握り締め、まだ寝ぼけた頭でバスを待っていた。
 自宅である神社から、冴歌の通う学校まではバスでおよそ二時間ほど山を下ったの中心街にある。
 街中は都会ほどではないにしろ多くの人々が行き交っている。
 最近建った有名ブランドショップやコンビニ、観光客目当ての名産品を扱う土産店がデパートなどが立ち並び、中心街から少し外れれば、軒並み一軒家や小学校や福祉施設、娯楽もあるそこそこ開けた場所だった。
 その中心街にある高翔こうしょう高等学校と言う公立校が冴歌の学校だ。

「神宮寺パイセン、おはようッス!」

 バスを降りて通学路を歩いていると、ふいに背後から元気な声がかかった。
 冴歌がそちらを振り返ると、一つ下の男子生徒、松脇奏まつわきかなでがニコニコしながら隣に並んでくる。
 少し見上げるくらいの背の高さの奏を見上げ、冴歌はニッコリと微笑み返した。

「おはよう、松脇くん。今日はずいぶん元気ね」
「そうッスか? いつもと変わんねッスよ。そう言うパイセンは何か元気ないッスね」
「寝不足よ、寝不足。昨日ちゃんと寝れなくって……」

 あくびを僅かにかみ殺しながらそう答えると、そのあくびが移ったのか奏が人目もはばからず大きなあくびをしてのけた。
 僅かに涙目になりながらそれを見た冴歌が、奏の脇を肘で軽く小突く。

「ちょっと、やめてよ。移るでしょ」
「何言ってんスか! パイセンが先に移したんじゃないッスか! うわ~、ないわ~」

 じゃれるように笑いながら歩く二人の姿は、同じ学校の生徒達にしてみればお馴染みの事だった。
 艶やかな黒髪のポニーテールの冴歌に対し、金髪に染めた髪をワックスでツンツンにしている奏の組み合わせは、“世界一似合わない二人組み”として学校中に知られている。
 二人は特別恋人同士と言うこともなく、幼馴染という訳でもない。去年の体育祭でたまたま同じチームになり、たまたま近くに居たと言うだけで何気なく会話した事から、妙に意気投合して仲良くなったのだ。

「松脇くんは、今日もバイトなの?」
「そッス。いや~、留学って大変スよねぇ。資金繰りとかマジ、パネェッス」
「でも、えらいよね。留学の為にバイト掛け持ちして稼いでるんでしょ?」
「そ~なんスよ。今週12連勤ッスよ。マジバカですよねぇ俺」

 へらへらと笑いながら軽い乗りで話す奏の大変さと言うのが、イマイチ分かりにくい。だが、中学時代に短期留学で行った先が良かったのか、こうしてもう一度留学しようする彼の頑張りは、素晴らしいものだ。
 彼と話をするのは楽しくて、冴歌は昨晩の夢の事をこの時はすっかり忘れる事が出来ていた。


                    *****


「この方程式は次のテストに出るところだから、しっかり覚えておくように! あと、明日は小テストだからな~。予習、復習忘れるなよ~」

 白いチョークを黒板に打ち付けながら、数学担当の男性教師が生徒達にそう言うと、当然ながら教室内に怒涛のようなどよめきが生まれる。
 皆が思い思いに色々な文句を言い合う中、冴歌は一人窓の外に目を向けていた。

 雲一つない晴天。今日の夜は天気予報通り、月がとても綺麗に見える事だろう。

「さ~えか。お昼、食べよ」

 ふと名を呼ばれた冴歌は、驚いて後ろを振り返る。
 いつの間に授業が終わっていたのだろうか。自分の机にはお弁当箱を持った親友の月葉つきはが立っていた。

「あ……月葉」
「何? どうしたの? 考え事してるみたいだけど」

 そう言いながら、月葉は冴歌の前の席の椅子を引き寄せ、背もたれを抱き込むように跨って腰をかけた。

「う、うん。ちょっとね。昨日変な夢見ちゃって……」
「変な夢? どんな?」

 月葉は自分のお弁当箱の包みを開きながら、あまり興味がなさそうに訊ね返してくる。
 冴歌も鞄からお弁当箱を取り出しつつ、話を続けた。

「う~ん……簡単に言うと、もの凄く人を恨んでいる人が、恨み節を残して死んでいった、みたいな」
「何それ」
「よく分からないでしょ? でも凄く怖かったの。よく聞くじゃない? 日本のホラー映画にある、この恨み、晴らさでおくべきか……って言うやつ」

 その話を聞いた月葉は、箸を咥えたままふいに不適に笑う。

「末代まで呪って祟ってやろう、って言う?」
「そう、それ。怖いわよね」
「ふ~ん、随分深く想われてるんだねぇ」
「はぁ?! そんなわけないでしょ! アンタ何考えてんの?」

 ムッと顔を顰めて反論すると、月葉はへらっと笑いつつ「なんちゃって~」と言いながらお弁当の蓋を開け、「やぁおかず君たち。今日の君達もとても美味しそうだよ」と妙な言い回しで物言わぬお弁当の中身を褒めた。

 月葉は昔から変わった子だ。本人にしてみれば至って普通の事だと言うが、他の目から見ると変な子だと思われても仕方がないような発言や行動を取る事が多い。

 冴歌が初めて月葉に出会ったのは小学校の入学式の時だ。
 両親と共に校門前に掲げられた「入学式」の看板の前で写真を撮っていると、月葉は前日降って出来た水溜りをじっと見つめていた。そして何を思ったのか、突然真顔で「好きだー!」と叫びながら水溜りにダイブし、せっかくの綺麗な洋服を汚して親に怒られている姿を見たのが始まりだった。
 なぜ水溜りに告白したのか。それは後々知った事だが、ただ彼女は単純に水溜りが好きなだけで、それ以外の意味は特になかったのだという。
 まだ幼稚園や保育園から上がったばかりの子供には、ありがちな行動だと言われればそうなのかもしれない。ただ少々、女の子の割には落ち着きがないだけの話だった。
 そして泥まみれになってしまった月葉とは同じクラスになり、席も近かった事もあり、次第に仲が良くなっていったのだ。

「って言うかさ~、その末代までって言うの、実は子孫とか関係ないんだってね」

 目の前のミニハンバーグを箸で刺しながら月葉がそう言うと、冴歌は不思議そうに見つめ返してくる。

「え? そうなの?」
「うん、こないだテレビで言ってた。末代って言うのは、実は恨む相手が死んだ後も呪ってやるって言う可能性? みたいなやつらしいよ?」

 突き刺したハンバーグを美味しそうに頬張りながらそう言うと、感心したように目を瞬かせる。

「へぇ……そうなんだ。知らなかった」
「でもさぁ、言い換えてみれば、その人が特定の人を憎んで死んでも、その相手をずっと恨んでるって事は、凄く相手を想っている事だでしょ。ある意味ロマンチック?」
「そんなわけないでしょ! 好意で想われるのとは意味が違うもの。死んでも憎まれるって相当怖いわよ」

 冴歌もソーセージを摘み上げて口に運ぶと、短いため息をこぼす。

「何? どしたん?」
「そんな夢を見たからって、まさか眠れなくなるとは思わなかったよ……。小さい子供じゃあるまいしさー」

 肩を落とし、箸を置きながらもう一度ため息を吐く冴歌に、月葉は「ほんと、小さい子供みたい」とバカにしたように笑いながら頷き返した。

 月葉は冴歌にとって気の置けない親友だ。毒づいた発言をしはするものの、それが本気でない事を分かっているからこそ、そのまま笑って受け流せる。きっとこれからも、彼女は唯一無二の友人でいてくれることだろう。

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