妖夢幻影

陰東 一華菱

月夜に通ずる道

 冴歌が洗面所で手を洗い居間にやってくると、大きな木製のテーブルの上にはさまざまな料理が並んでいた。
 筑前煮、肉じゃが、卵の巾着煮、焼き魚、ほうれん草のおひたし、豆腐の味噌汁などが人数分並べられ、テーブルの傍に置かれた盆の上には炊いたばかりの米を入れるおひつとポット、そして湯飲み茶碗が用意されている。

 この光景は冴歌にとってごく当たり前の、日本古来の食卓風景だ。

「冴歌、お料理が冷めちゃうよ。さぁさぁ、座りなさい。手は洗ってきたね?」

 先に席に座っていた祖母の頼子が手招きで呼び寄せる。
 テーブルの上座には父の信明が座り、その横には割烹着姿の母、彩菜がいそいそとおひつから茶碗にご飯をよそっている。その向かいに頼子が座り、冴歌は決まってその祖母の隣に座る事になっていた。

「よし、それじゃあ皆揃った事だし、ご飯を頂くとするか」

 各自にご飯が回った事を確認して、信明がそう声をかけると皆が一様に手を合わせ「頂きます」と頭を下げる。
 昔ながらの質素な食事ではあるが、この場にいる全員にしてみれば普通の事だ。もちろん、いつもこんな食事ではなく時々は洋食や中華をする事もあるが、日本食を摂る事が多い。

 何気なく点けているテレビではニュースが流れ、明日に迫ったスーパームーンとブルームーンの事について触れられている。それを見た信明がふと、口を開いた。

「またこの時期が来たんだね」

 その呟きに頼子は手にしていた味噌汁のお碗をテーブルに置き、筑前煮に箸を伸ばしながら言葉を付け足す。

「そうだねぇ……。まぁ今回も何もないと思うが、用心しとくに越した事はないだろうね」

 意味深に呟くその言葉に、冴歌もまた箸が止まる。

「何かあるんですか?」
「おや冴歌。父さんから聞いてないのかい? 伝承の事」

 驚いたようにこちらを見た頼子に、冴歌は目を瞬いた。

「伝承って……、あの人狼のことですよね?」
「そうさ。何だ、ちゃんと聞いてるんじゃないか。あたしゃ聞いてないのかと思って驚いたよ」

 ホッとしたように表情を緩める頼子に、冴歌は首を傾げる。

「月と伝承にどう繋がりがあるんですか?」

 信明は食事の手を止めて腕を組み、小さく呻いた。

「繋がりはあるんだ。ただ、一定の条件があってね。満月が一番高い位置に昇る夜更けに、薄雲がかかると妖かしの世界と現世が繋がると言われているんだ。もしも世界が繋がると、妖かしの世界にはびこる妖怪たちが現世に現れ、百鬼夜行と言う妖怪達の行進が始まる。その行進に遭遇した者はお念仏の書かれた札や数珠を持っていなかった場合、妖怪たちに命をとられる可能性もある。だが一番厄介なのは、妖怪の中でも上位に入る人狼の妖怪だ。人狼は戦をとても好んでいて、老若男女問わず人間達を惨殺すると言われているんだが……。しかし、伝承として伝えられて約一千年経つけど、その間にそんな現象が起きた事例はないとされているし、まぁ、おそらく明日も何もないとは思うよ」

 冴歌は真面目に話す父の話に、食事を摂る手を止めて真剣に聞き入っていた。
 ここまで事細やかに聞いたのは初めてだ。この話はいずれ自分も後世に伝えていかなくてはならない身。しっかりと聞いておく必要はある。

 老若男女問わず人間を襲う人狼……。だから躊躇う事無く仕留めるよう伝え続けられているのか。
 冴歌は納得したように小さく頷く。

 父の言う通り一千年もの間に何もなかったと言うのであれば、ただの伝説でしかないのかもしれない。

 そう思い、再び食事の手を動かした。

「それより彩菜。うちに今、サツマイモはあるかい?」

 真面目な会話をしていたかと思った矢先の話の転換に、それまで黙って食事を摂っていた彩菜が驚いたように顔を上げる。

「何ですか。急に話を変えて……」
「いや、今日冴歌が掃除して集めた落ち葉が山のようにあったからさ。明日はアレで久し振りに焚き火でもしようと思ってね。ついでにサツマイモを蒸かせば美味しい焼き芋ができるなぁって……」
「それは構いませんけれど……。くれぐれも気をつけてくださいよ? 前は小火ですみましたけど、本当に周りの草木に移ったら大惨事になるんですからね?」

 彩菜が呆れたように顔を顰めてそう言うと、信明は笑いながら「大丈夫だって」と、のん気に答える。
 信明は以前、焚き火をして小火騒ぎを起こしてしまった前例があるだけに、彩菜にしてみれば心配以外の何ものでもない。

「焚き火もいいですけど、神社の運営についても考えて頂きたいのですけど」
「ん? あぁ、分かってる分かってる」

 神社の運営は正直苦しい状況にある。それなのにのん気に焚き火で焼き芋などと言う話題を振ってくる信明に、彩菜はやや癇に障るところもあるようだ。その件に関しては、信明もそろそろマズイと感じているのか、ムッとしている彩菜の顔を見て苦笑いを浮かべている。

 両親達のそんなやりとりを横目に、黙々と食事を摂っていた冴歌は先に食事を終わらせて箸を置いた。

「ごちそうさまでした。明日も早いので先に部屋へ戻ります」

 そう言うと自分の食器を集めて立ち上がり、流しに置いて二階の自室へと上がる。
 部屋に入ると一変。それまで古き良き日本の風景から、柔らかなカーペットとベッド、洋服ダンスに勉強机と言った洋室が広がる。
 着替えるまもなく急いで食卓に着いた冴歌は、巫女装束を脱いで丁寧に折りたたんで片付けると、ベッドの上に置いてあったパジャマに袖を通した。

 学校から帰宅してすぐに明日の用意と宿題は済ませてある。特別他にやる事も無いため、何気なくテレビの電源を入れてみた。

『明日はいよいよスーパームーンとブルームーン、更に皆既月食も重なると言う非常に珍しい夜です。これを逃すと次に同じ条件で見られるのは33年後になると言われています。是非ともこれは見ておきたいですね。気になる明日の天気は晴れ。雲ひとつ無い夜空が広がり、最高に綺麗な月を見ることができるでしょう』

 やや興奮気味に話す気象予報士の話を聞きながら、冴歌は先ほどの父の話を思い出す。

 月が一番高い位置に昇り、薄雲がかかった朧月夜になると妖かしの世界と現世が繋がる……。

 いつ聞いても夢のような話にしか聞こえない。現に、そんな現象が起きて来ていないのだからまるで人事のように聞こえるのも無理は無い。

「妖怪だか何だか知らないけど、遭遇したら絶対に仕留めなきゃいけないなんて、物騒な話だよね」

 冴歌は短く息を吐くとテレビを消してゴロンとベッドに横になる。
 今日はもう寝よう。明日もまた学校に出向くのに早く起きなければならないのだから……。

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