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転生したらゴキヴリだった件

まさかミケ猫

転生したらゴキヴリだった件

『この俺が過労死するとはなぁ』

 家野いえの清玲せいれい、35歳男、独身。
 三週間ぶりに自宅に帰れたと思ったら、目を回して転倒。
 そのまま帰らぬ人となった。

『さすがにコレは諦めざるをえない』

 彼の目の前には、自分の死体があった。
 死後10日ほどが過ぎ、腐敗が進んで蛆が沸いている。
 水膨れのような水泡、虫か何かに食べられた眼球。
 とてもじゃないが生き返れるとは思えなかった。

 そして、自分の新しい体を見る。
 流線形のボディ、素早く動く六本の手足。
 長い二本の触角、茶色いはね

『まさか生まれ変わるとはね。しかもゴキヴリ……』

 心の中で大きなため息をつく。
 彼は体長3センチほどのゴキヴリになっていた。


 天井の隙間からアパートの屋根裏に出る。
 明るい場所から逃れ、ホッと一息。
 そのまま暗い影をたどって慎重に進む。
 カサカサカサ。

『っ!!』

 彼の何倍も大きなネズミが、蜘蛛の死骸を食べている。
 幸い、まだ彼の存在に気づいてはいないようだ。

 暗い場所を辿りながら大きく迂回する。
 カサササササ。
 慎重に素早く移動し、やがて他の部屋の天井裏へとたどり着いた。

『お、この隙間暖かいなぁ……暗いし狭いし、いい感じ』

 中身は人間なのだから、ちゃんと考えて安全に生きよう。
 彼はそんな風に考えているようだ。

 残念ながら、客観的にはどう見ても立派なゴキヴリである。



 蜘蛛やヤモリに殺されかけたり、アパートの一室で腐乱死体が発見されたり。
 なんやかんやとバタバタしているうちに、三ヶ月が過ぎた。

 その間に気づいたことがある。

『ゴキヴリって絶対【回復力強化リカバリーブースト】みたいなスキル持ってるよな』

 彼の生活は全くの平穏無事ということはなく、数多くの怪我をしてきた。
 それでも今こうしてピンピンしているのは、人間だった頃に比べて圧倒的に回復が早かったからだ。
 一度人間として生活していた身からすると、この回復力は凄いを通り越して異常であった。

 いつかこの不思議な力を解明したい。
 彼はそんなことを考える。
 ただのゴキヴリで一生を終えるつもりはなかった。

 暗い部屋の中で、彼は一人決意する。

『俺は、心までゴキヴリにはならない』



 床に落ちた埃や髪の毛は美味しそうだが、彼はそれを決死の思いでスルーした。

 人間の心を忘れてたまるか。
 そう考えながら向かうのは、山本さんという女性の部屋だ。
 壁の角から部屋に出る。

『……よっしゃ、コンビニ弁当!』

 カサカサカサ。
 眠っている山本さんの髪に登り、その顔をこっそり覗き込む。
 なんというか……どこにでもいそうな普通の女性だ。

 振り返ると、散らかったテーブル。
 その上に食べかけのコンビニ弁当が置いてある。
 彼氏が来る日は別として、普段はだいたいこんな感じだ。

 そう、この部屋は彼にとって格好の餌場なのである。
 彼は山本さんを『餌場の女神』とこっそり呼んでいる。
 前肢を擦り合わせて祈りを捧げた。

『では、いっただきまーす!』

 ブーーーーーーン。
 彼はコンビニ弁当に飛び乗った。
 見事な着地、テンション上げ上げだ。

『豚肉旨っ!ご飯旨っ!このタレがいいね』

 バクバクモグモグ、食らいついた。
 体のサイズからしてそこまでの量は食べないが、懸命に咀嚼しエネルギーを溜め込む。

 人間のご飯を食べる。
 この行為こそが、彼の心を平穏に保っていた。
 自分が元人間であるという証明として。

 もちろん客観的には残飯に群がるただのゴキヴリでしかない。


『ごちそうさまでした』

 心の中で呟くと、少し離れた棚の隙間に移動する。
 山本さんは寒がりなのか暖房をガンガンつける人だから、この部屋は非常に居心地が良いのだ。


 空が明るくなり、山本さんは目を覚ました。

「んんっ…………はぁ、仕事か」
『お疲れ様』
「腹減った……弁当残ってたっけ……」
『昨日ちょっとだけシェアしてもらったけど、まだあるよ』

 もちろん会話は成立していない。
 山本さんはのそのそ起き上がると、テーブルまで這いよる。
 昨日使った割り箸を逆さに持って、残りの弁当を食べた。

「はぁ……養われたい」
『養ってもらってすみません』

 お腹をボリボリ掻きながら、おならをブッと出す。
 恋人が泊まりに来てる時とはえらい違いだ。

 そして、この堕落っぷりこそが彼女の『餌場の女神』たる所以であった。



 それは突然の出会いだった。

 天井裏を歩いていると、どこからかいい匂いが漂ってくる。
 彼はそれに誘われるまま進む。
 その先に、一匹のゴキヴリがいた。

 向こうもこちらに気づいたようだ。
 カサカサと近づいてくる。

 嫌な予感がする。
 彼は警戒した。

『何か用ですか』
『ねーねー、しよーよー』

 それはメスのゴキヴリだった。
 このいい匂いは彼女か、と彼は思った。
 彼は頭を振り、理性で今の感覚を吹き飛ばす。

『ダメダメ、俺は中身は人間なんだ』
『きもちぃの、しよー?』
『イヤ、だめ、待って、近づかないで』

 言葉とは裏腹に、彼の体はその場を動かない。
 彼女はさらに近づいてくる。

 触角同士が触れ合った。
 瞬間、体に電撃が走る。

『んんっ、ま、待って――』
『はぁはぁ、きもちぃぃよ』
『あ、んぁ、何これちょっと待って』

 スリスリ、スリスリ。
 触角が擦れるごとに高まる性感。

『はぁはぁ、しよーよー、きもちぃの』
『何で、俺、こんな』
『ねーねー、うしろむいてよー』

 彼は快感に震えながら彼女に背中を向ける。
 そして、はねを大きく上に持ち上げた。

『いいにおいー』
『待って、俺は何を、あぁぁぁぁ』
『はぁぁん、きもちー』

 彼女は彼の背中の一部をペロペロ舐める。
 彼の体を今まで以上の快感が走る。
 理性は吹き飛び、彼は一匹のオスゴキヴリになった。

『はむ……ん、はぁはぁ、おいしー、はむ』
『っはぁ、気持ちいい、くっ……っはぁ』
『あぁん、おいしー……はむ』

 重なりあう二匹のゴキヴリ。
 理性を捨て、本能に身を任せる。
 生命の神秘とも呼ぶべき美しさがそこにはあった。

『おいしー……んぁ、ぁ、あ、ああ、くるのー』
『っ、俺も、そろそろ……』

 彼女は絶頂をむかえ、恍惚として固まる。
 彼は彼女の背後に回ると、180度反対を向いてお尻同士をくっ付けた。

 彼の生殖器が彼女に侵入する。

『っやば、気持ちいい』
『ふぁぁ、きもちーの』

 それから一時間以上の間、二匹は繋がったまま過ごした。
 彼の体からは大量の精液が彼女に注がれ続けた。



 しばらくして、彼女が妊娠した。
 正確にはお尻に卵をぶら下げている状態だが、彼はそれを妊娠と同じものだと思っている。

『俺は心までゴキヴリになっちまった』
『ねーねーごはんたべよー』

 落ち込みながらも、少しずつ彼は現状を受け入れた。
 自分はもう、人間ではなくゴキヴリなのだと。
 埃や髪の毛も食べてみたら悪くなかった。

『君とお腹の子は俺が守るよ』

 それでも、せめて責任を取ろうとするのが、彼に最後に残された人間らしさなのかもしれなかった。


 カサカサカサ。カサカサカサ。
 二匹で連れ立って餌場に移動する。
 今までは一人と一匹で食べていたコンビニ弁当。
 それを、今では一人と二匹で食べるようになった。

 ブーーーーン。ブーーーーン。
 二匹で弁当に飛び乗る。

『いっただきまーす!』
『まーす!』

 受け入れてみれば、意外とこの生活も悪くない。
 そんなことを彼は思い始めていた。


 彼が注ぎ込んだ子種はまだまだ彼女の中に残っていた。
 彼女は最初の卵を産み落とし、すぐに次の卵を孕む。
 産み落とした卵は、彼が暖かくて目立たない場所に移動した。

 どんな子が産まれるんだろう。
 男の子かな、女の子かな。
 俺に似てイケメンか、彼女に似てアホの子か。
 そんな風に、彼は孵化を楽しみに待った。

 そして、ついにその時がきた。

『そろそろ生まれる……!』

 彼は知らなかった。
 彼女が産み落としたのは正確には卵鞘というもので、中には沢山の卵が入っていたこと。
 それらが孵化すると、一気に40匹くらいの子供になること。

『みー!みー!』
『みーみー!』
『みみ?みー!みー!』
『みーみーみー、みー!』

 孵化は迫力のある絵面だった。
 それでも、彼は子供たちが可愛いと心底思った。
 野生は厳しいが、一匹でも多くの子供に生き残って欲しい。
 そう願った。



 それは、彼女が三つ目の卵を妊娠している時だった。
 天井裏を移動する中、ふと彼女の方に目を向ける。

『ごはんたべ――』
『危ないっ!』

 間一髪。
 彼らの何倍も体の大きいネズミが、彼女を捕らえようとしていたのだ。
 彼は彼女を体当たりで押し退け、代わりにネズミが降り下ろした前肢を受け止めた。

『あ……あ……あ……』
『逃げろ、俺が引き付ける』

 彼女は恐怖で固まっている。
 彼は声を荒げた。

『卵を、子供を守れ! 君は母親だろう!!』
『っ! わかった』
『行け! ここは俺がなんとかする』

 カサササササ。
 彼女は急いで後方へ逃げていく。
 それを追いかけようとするネズミ。

『おい、お前はこっちだ』

 彼はネズミの前に踊り出ると、捕まるか捕まらないかギリギリのラインで相手を挑発した。
 ネズミはちょろちょろする彼に気をとられ、彼女を見逃した。

 ドクン。
 彼の小さい心臓が脈打つ。

 先ほどネズミから受けた傷は決して浅くはない。
 体の一部が押し潰され、回復不能なほど破壊されている。

 ドクン。
 彼は考える。

 恐らく自分はここまでだろう。
 でもせめて、出来る限り相手を追い詰めて、彼女と子供たちを守りたい。

 ドクン。
 危機的状況に、彼の本能が能力のリミッターを外す。


『ははは……ゴキヴリってこんなことも出来るんだな』

 彼は不敵に笑った。

『スキル【回復力強化リカバリーブースト】を解除』

 彼の体を回復させようとしていた働きが止まる。
 もう手遅れなのだから、それで良いと彼は判断した。
 そしてそのリソースを、別のスキルに利用する。

『スキル【時間圧縮ヘイスト】を発動』

 瞬間、世界の進みが遅くなる。
 いや、彼の時間だけが速くなったのだ。

 しかも、単純な移動速度強化ではない。
 時間を圧縮しているため、運動も思考も神経反射もその全ての速度が圧倒的に跳ね上がった。


 ネズミにとっては厄介な相手だった。
 パワーでは圧倒的に勝っている。
 もう一発当たれば確実に捕食できる。

 だがその一発がなかなか当たらない。
 次第にフラストレーションが溜まっていった。

『ほらネズ公、こっちに来いよ』

 彼は近くの穴を抜けてアパートの一室に入る。
 ネズミも彼を追いかけ、その穴を抜けた。

『!?』

 見失ったか。
 ネズミは辺りの匂いを嗅ぐ。
 一度傷を与えていたため、体液の臭いは色濃く残っていた。

 匂いをたどり部屋の角へと向かう。
 すると、小さいトンネルの向こうに獲物を見つけた。

『くっ、見つかったか……』

 彼の焦った様子にネズミは少し溜飲を下げる。
 獲物をなぶるような気持ちで彼を見つめる。

『来るなー!』

 獲物の悲鳴に気をよくし、彼を捕まえるために突進する。
 小さいトンネルに入った。


 ベチャ。
 トンネルの床に、ネズミの手足が貼り付いた。


 その部屋の住人は佐々木さんという。
 物音に神経質で、大のネズミ嫌い。
 ネズミホイホイが仕掛けられていることを、前々から彼は知っていたのだ。



『へへ、ざまぁ見ろ……はぁ、にしても、俺もここまでか』

 ネズミ退治には成功したものの、彼はもう一歩も動けなかった。
 スキル【時間圧縮ヘイスト】の効果は既に切れ、回復の見込みもなく、後は死を待つのみ。

 だが、不思議と悲壮感はない。
 これで終わりかもしれないし、また別のものに転生するのかもしれないが、それすらも気になりはしない。

 ただ、愛するものを守れたという満足感。
 それだけを胸に抱き、彼の意識はゆっくり遠ざかっていった。








『で、なんで俺生きてるんだろう』

 彼の頭に疑問が浮かぶ。
 よく見ると、前の体よりも一回り小さくなっていた。
 もちろんゴキヴリボディである。

『あ、おかえりー』

 目の前には彼女がいた。
 全ての卵を出産し終えてしばらく、彼女の生命力もまた風前の灯火となっている。

『俺、死んだんじゃなかったっけ』
『うん、そーだよー』
『なんで俺ここにいるんだ』
『?』

 彼女には彼の疑問が理解できないようだ。
 しきりに首をかしげている。

 カサカサ。カサカサ。
 背後から足音がして、彼は振り返る。
 そこには、彼そっくりのゴキヴリと彼女そっくりのゴキヴリが合わせて20匹ほどひしめき合っていた。

『これは……どういう状態だ』
『お前は、俺なのか?』
『え、お前も?』
『どうして俺がこんなにいるんだ』

 彼そっくりのゴキヴリは揃って混乱の最中にいた。

『おかえりー』
『ありがとねー』
『こわいの、でなくなったよー』
『ごはんたべよー』

 彼女そっくりのゴキヴリは彼女そのものだった。
 それを見て、彼はなんとなく理解する。

『集合自我……とかいうやつなのか?』

 一匹だけで自我を持つのではなく、集団で自我を持つ。
 そんなことが物理的に可能なのかは分からないが、目の前の現象はそうとしか考えられなかった。
 彼がそう考えると同時に、目の前の彼らも納得し始める。

『なるほどなぁ』
『正確には集合自我も個別自我もあるみたいだけど』
『種族の本能も広義での集合自我なのかもね』
『微妙に彼女とも自我が混ざってるみたいだ』

 並列でそれぞれが考えて、それが自動的にみんなに共有される感覚。
 ゴキヴリって、人間が思ってる以上に高度な生き物なのかもしれない。
 彼はゴキヴリの秘める可能性にうち震えた。

『もうすこししたら、きもちーのしよーねー』
『……おう、楽しみにしてる』
『へへへー』

 彼は彼女にそっと寄り添った。



 カサカサカサ。
 カサカサカサ。
 カサカサカサ。

 天井裏にはネズミ以外にも天敵はいる。
 生まれたての子が蜘蛛の巣に引っ掛かることも多い。

 ブーーーーン。
 ブーーーーン。

 たまに人間に見つかることもある。
 彼自身スリッパで叩き潰されたことも数回ある。

『ごはんたべよー』
『餌場の女神は今彼氏が来てるからな』
『じゃー、ぬけげさんは?』
『そうだな、抜け毛さんちの風呂場に行くか』
『そうしよー』

 それでも、転生したての頃よりは楽しく暮らている。
 下手したら人間時代よりも……。


『落ち込むこともあるけれど、俺ゴキヴリが好きです』
『すきでーす』

 彼はいずれこの世界で最も有名なゴキヴリになるのだが、それはまた別のお話。

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