ブラックリストハンター ~異世界ルールで警察はじめました~

チョーカー

三者の決意

 『……はい、もちろんです。……そちらの件は…はい……はい……お願いします』

 リョウマはスマホを切り、ふり返った。
 伽藍堂の空間が広がっているだけだった。
 ほんの1時間前まで人で埋まっていたとは信じられない静けさ。
 時折、関係者らしき人間が忙しそうに走っているのを見かけるだけだ。
 「確か……」とリョウマは呟き、自身の頭から知識を引き出す。
 主催者発表では1万5000人。所謂、満員御礼よりも満員札止め状態ってやつだ。
 こういうのは主催者が乗客数をサバを読み、多めに発表するもんだが……
 異世界には、そういう風習がないのか、1万5000人は実数なのだろう。
 つまり……

 (容疑者1万5000人ってわけか)

 リョウマは深いため息をついた。
 入国管理局の連中が、現在、島内にいる異世界人の情報を記録している。
 その島にいる異世界人の9割が、この武道大会の観戦に来ていたので、観客たちは全員帰らせたのだ。
 しかし、1万5000人。リョウマには犯人を見つけれる気がしなかった。
 リョウマは視線を動かした。その場所は青く染まっている。
 かつて試合場があった場所には、現場を覆い隠すようにブルーシートが幕代わりに縦に張っているからだ。
 その中へリョウマは進む。
 内部には加賀とスタンがいた。2人に挨拶をして、地面を見つめる。
 ユウトの遺体はすでに病院に運ばれている。
 しかし、その場所には鮮血に染められていた。
 あの後、倒れたユウトから関係者が鎧を脱がしたのだが、その内部に溜まっていた大量の血液が零れ落ちて地面に広がったのだ。
 異世界の検視がどのくらいのレベルかは不明だが、「死因は出血によるショック死。背中の傷から背後から鋭い刃物で一突き……」というものだった。
 しかし―――
 容疑者1万5000人だが、同時に目撃者も1万5000人。
 一体、誰がどんな方法で、武道大会で戦っている選手の背後に近づき背中を刺せるのか?
 それも、ユウトの死の直前には、他ならぬスタンが背中に抱き付くように絞め技を行っていた。

 リョウマはスタンを見る。
 スタンは、戦いによる疲労と対戦相手の突然死のショックが大きかったのか?
 力なく俯き、動きも鈍い。
 身内を疑う事はしたくないが、第一容疑者はスタンになるだろうとリョウマは考えた。
 あの絞め技の最中、衣服に刃物が飛び出すような装置を仕込んでいたとしたらどうだろう?
 スタンは衣服の上にマントを羽織っている。隠すような所はいくらでもありそうだ。
 しかし、信じられない事に―――
 ユウトは無敵なのだ。
 全ての攻撃を弾く無敵のチート能力 『無敵の鎧インヴィンシブルアーマー

 ……いやいや、無敵ってなんだ?
 今更ながら、リョウマは混乱した。

 そんな曖昧なものに対して、そう捜査すればいいんだ?
 そのまま頭を抱えて悩んでいるリョウマに加賀が質問してきた

 「えっと、リョウマさん、本部からの応援はどうなってますか?捜査本部の設置の準備もしないといけなのでは?」
 「あぁ、それか……可能な限り遅らせてもらっているが、それも1日が限界らしい」
 「遅らせてもらっている???応援を?ですか?」
 「……通例なら事件発生後はどうする?」
 「はぁ、まずは鑑識による現場検証ですね。それと同時に機動捜査隊による周辺捜査。それから2時間以内に事件が解決しなければ、我ら所轄が捜査を引き継ぎますね」
 「だが、ここには鑑識も機捜もいないから、即座に我々が本格的な捜査に移らないければないらないが……問題はそこではない」
 「 ? ではどこに問題があるのですか?」
 「……事件発生時に本部の人間がこの島に上陸する事は国から許可はされている。だが、それは日本の法律を基本にしているからであって、表向きの話だ。政治的な話になると……非常にマズい」
 「……マズいですか?」
 「あぁ周辺諸国は、部外者を入れるために国が殺人事件を仕組んだはずだ……なんて言いかねない」
 「あっ、それはマズいですね。それを理由にいろんな国々がここに入ってきちゃう……と?」
 「だから、我々は24時間前後で、この事件を解決しないといけないのだよ。加賀くん!」
 「……oh」

 「しかし、そうは言ってもだ……」とリョウマは再び血痕を見つめ話を続ける。

 「なにからやれば良いのか、皆目見当がつかない」

 そう呟いたリョウマに対して加賀の反応はと言うと――――

 「なんです?リョウマさんはそんな事で悩んでいたんですか?」
 「そ、そんな事だと!」
 「いいですか?考えてみてください。例えば100年前の警察組織は、科学捜査もできず、犯人がわからないと諦めていたんですか?いいえ、違うはずです。シャーロック・ホームズの時代に戻ったと思えばいいのです。推理して犯人を捕まえるのです。リョウマさんだって警察官を志したばかりの頃は妄想に励んでいたはずです。華麗な推理で犯人を捕まえる名探偵ってやつに!!」

 そんな熱弁を振るう加賀。
 一方、振るわれた方のリョウマは―――

 爆笑していた。

 「いいぜ、加賀。こういう事件のためにお前とスタンを呼んだのを忘れていたぜ」
 「まぁ、偉そうな事を言っても現状では私の得意分野は使えないのですが……」
 「あの……」

 「ん?」「え?」とリョウマと加賀が声の方向を見る。
 すると、そこにはスタンが立っていた。 さっきまで死んだ魚のような目には、生気が燈って見えた。

 「僕も自分のできる事をやります。それがユウトさんへの弔い合戦です」



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