ブラックリストハンター ~異世界ルールで警察はじめました~

チョーカー

警察の2人

 行政特区『メギ』

 「いらっしゃい!いらっしゃい!」と怒声の如き声が市場を飛び交う。
 珍しい食品に紛れて、剣といった武器、あるいは防具一式が並び。
 中には、胡散臭い鉱物や植物。七色に光る液体が入れられた小瓶が売られているが、売り子であるお婆さんが、怪しさを加速させている。
 それらに並ぶ客たちも不思議な恰好をしている。

 杖を持った白鬚の老人(よく見れば、両足が地面から浮かんでいる)。

 大きな剣を背負う上半身裸の男(本来なら公然わいせつで逮捕だ)。

 一瞥するとビキニの水着を着ている女性だが、よくよく見ると水着ではなく金属だとわかる(要するにビキニアーマーだ)。

 商品を物色する客たちも、人間だけではない。

 整った顔立ちに加え、尖った耳が存在感をアピールするエルフ。

 背は小さいが筋骨ギュウギュウの肉体を持つドワーフ。

 人間サイズであり、二足歩行を行っている蜥蜴の戦士、リザードマン。

 犬によく似た顔立ちと毛並みをしているコボルト。

 中には、訳ありなのだろうマントで顔まで隠しているが、お尻から悪魔のような尻尾が見え隠れしている者もいる。

 いわゆる亜人たちである。

 そんな活気に満ち溢れ、人であふれる市場でも、もっとも注目を浴びてる男がいた。
 それは本当に奇妙な服装だった。
 メギの住民たちは、それらの民族衣装を着た者を見てきたが、まだ慣れる事はない。
 だから、住民たちは騒めきながらも、声を潜めて男の衣服について話し合っていた。
 例えば―――

 「あれはスーツと言われる民族衣装らしい。あの黒光りした靴は革らしいぞ」
 「首のチョーカー。たしか、ネクタイと呼ぶそうだ」
 「なぜ彼は、黒いメガネを? あれで、本当に周囲が見えているのか?不思議な道具だ」

 そして、彼が横切ると鼻を突くような臭いがした。
 香水?お香? 普通の者なら顔をしかめて通り過ぎるだけだが、犬並みの嗅覚を持つコボルト達は逃げ出していく。かわいそうに……

 人々の注目を浴びている本人は? と言うと、素知らぬ顔だ。
 おまけに「あ~タバコ吸いてぇ」と意味の分からない言葉を呟き、なにやら空を見上げている。

 「リョウマさん!リョウマさん!おいて行かないで下さいよ!」

 どうやら、男の連れらしい。若い女性が走ってくる。
 彼女もスーツに身を包んでいた。
 通りすがりの者たちは、「あんなにも動きづらそうな服装でよく走れるものだ」と感心していた。

 「遅いぞ、加賀。ノンキャリアのお前は兵隊が役割のはずだ。体力がないってのは問題だぞ」
 「リョウマさんが無尽蔵なだけですよ」
 「無尽蔵?何が?」
 「何がって、そのエナジー的な奴が無尽蔵なんです」

 リョウマと呼ばれた男は、暫し無言だったが「……そうか」と呟く、また視線を空に戻した。
 加賀と呼ばれた女性も、釣られて顔を上げた。

 「いやぁ絶景ですね。瀬戸大橋!」
 「そうだな。あれこそが、この場所が岡山県だという事を思い出させてくれるシンボル的建設物だな」

 そう、ここは異世界ではない。
 地球の日本。 岡山県の瀬戸内海に浮かぶ島の1つに過ぎなかった。

 ……1年前までは


 ――1年前――

 「もし、ワシに寝返れば、世界の半分をくれてやろう」
 「断る!!」

 人間との魔族との戦争は決着を迎えた。
 勇者たちは魔王との3日も続いたと言う直接対決を制し、世界へ平和をもたらせた。
 しかし、戦争の功労者である召喚者や転生者の一部に「日本へ帰りたい」と声が上がった。
 彼らが所属するそれぞれの組織は、要望を承諾した。
 しかし、彼らは―――召喚者や転生者は神々に愛された能力を保持していた(中には、召喚時や転生時に実際に神に会って話したと言う者もいる)。
 彼らは、そう……
 事もあろうに、その英知を振るい、世界を1つに繋げてしまったのだ。

 『ゲート

 島の中心にそびえ立つ、巨大な門。
 この門の向かうには、別世界が広がっているという。

 当初の予定では、誰にも見つからずひっそりと日本へ帰る予定だったらしい。
 そして、繋がった場所は無人島だったのは彼らの計算通りだ。
 しかしながら、昼間に数千人が一斉に現れたのを目撃されたのだ。
 誰に?もちろん、瀬戸大橋を走る快速マリンライナーの乗客たちにだ。
 彼らがスマホなどで撮影した画像は、インターネットの広大な世界に広まり、
 異世界からの帰還者たちの存在が世界中に知れ渡ったのは、彼らがこの無人島に到着して1時間も経過していなかった。

 世論は大波乱だった。
 ほとんどは、この帰還者たちに好意的なものだったのが……
 日本人全員が善意の人間とはいかなかった。
 例えば―――

 「全ての召喚者を拉致被害者と認定して、全員を日本へ連れ帰るべし!」

 と高圧的な態度で極論を振りまく者も入れば―――

 「転生者は日本人ではない。日本人として暮らしたければ帰化外国人と同等の手続きを行うべし!」

 と言う者もいて―――

 一筋縄ではいかない。

 それに『ゲート』は常時、繋がりぱなしであり、日本とは縁もゆかりもない異世界人たちが旅行気分でやってくる事になった。
 今では、召喚者より、転生者よりも、異世界人の方がはるかに多い。

(スーツ姿のリョウマが奇異の目で見られていたのも、そのためだ)

 そこで日本政府は、『ゲート』がある島は『行政特区』として、異世界関係者を期限付きを条件として、島から出るのを禁止した。
 それから1年。ようやく日本の行政機関の1つである警察がこの島―――『メギ』での活動開始の許可が下りたのだ。

 そう……

 リョウマと呼ばれた男は両馬りょうまけい
 警察庁から警視庁の都道府県警へ赴任となった警視……
 この男は岡山県警察部メギ警察署長である。

 一方、女性の方は加賀かが千里ちり
 両馬同様にメギ警察 刑事生活安全課に任命されたのだ。

 ちなみにだが、ここは何もかも異例づくしの島であり、
 現時点では入島の許可が下りた警察関係者はこの2人のみという事も付け加えておく。


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